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2018年12月25日

歳末


 “歳末商戦”という言葉があります。

年末を迎え何かと世間は入用なようです。
仕事帰り、買い物で駅に寄りました。
今日はクリスマスでもあり、そのせいで人々はごった返し。

また期末賞与をもらった人も多いのでしょう。
人混みをあまり気にしない私でもストレスに感じるくらいでした。

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しかし人混みの中、中国の人はすぐにわかります。

なぜなのか、なぜ必ず赤系の色が服装に入るのでしょうか。
ぱっと見て、人混みの日本人はグレーっぽく見えました。
その中に、赤系が見えるとまず、中国語が聞こえてきます。

中国の春節はまだ来年の2月。
それにしては中国人がたくさんいました。

 “歳末賞与”と言っては古臭いでしょうか。
冬のボーナスといった方が良いのか。

私が冬のボーナスを最後にもらったのはいつだったでしょう。
もう昔過ぎて憶えていません。

ボーナスが出ると「何を買おう?」ってなるのでしょうか。
それとも前々から「冬のボーナスが出たら〇〇を買おう」と計画していたのでしょうか。

それを狙うかのように、お店屋さんでは戦略を立てるのでしょう。
それが“歳末商戦”ですね。書き入れ時です。
お店屋さんだって大きく売り上げて年を越したいでしょう。

 恥ずかしいのですが、さっき転びました。
家まであと10メートルくらいのところで。

今年の札幌は今のところ例年にないほど雪が少なく、また気温もさほど下がらなかったため、一度解け、また凍り、地面は凍っている個所が多くあります。
その上にうっすらと新雪がかかった状態。いちばん滑りやすい状況です。

今年は3月にも同じように雪が解けて凍った上に雨が降りました。これはさらに滑りやすいかも知れません。
そこでバスを降りた私はツルっと滑り、コンクリート製のプランタに脇腹から落ち、肋骨を骨折しました。

私、雪の上で滑って転ぶことがず〜っと、なかったんです。
最後に転んだのはいつだったか忘れているほどです。たぶん20年は転んでいなかった。

思うと去年から冬靴を持っていません。
さっき妻に「買った方が良い」と言われたので明日、買ってきます。
またあの人混みかと思うと、少し億劫になります。

今年の仕事はあと三日。
仕事といっても研修です。

しかし先月から、つなぎ つなぎで3箇所もセンターを動きましたから、かなり研修ばっかりです。
そして今のところも前のところも受信で、覚えなければならないことが山のようです。
だから研修といってもたいへんに疲れてしまいます。

今日は私事ばかりでした。謝













2018年12月24日

映画「グレムリン」


 クリスマスを舞台にした映画はたくさんあります。が、私は「グレムリン」が好きです。

1984年の映画です。
発明家の父は、仕事先で息子のおみやげに新製品:ギズモを買ってきます。
ギズモは歌のうまい小動物。人間の言葉が理解でき、少し話すこともできます。
とても愛らしいギズモですが、飼うには三つの約束がありました。

・光に当ててはいけない
・水に濡らしてはいけない
・夜0時過ぎに食べ物を与えてはいけない

父は息子にしっかり守るよう約束させます。
しかしたまたま少量の水がかかったギズモは分裂し、個体数が増えます。
増殖したギズモは、それぞれ性格が異なり、一部の企てか、さらに約束は破られていきます。

0時過ぎに食事を摂ったギズモはサナギになり、やがてふ化して醜いグレムリンになるのでした。
グレムリンは性格も凶暴で、町中をパニックに陥れていきます。

映画ではまず、このギズモが可愛いこと。

(YouTube:Hanna Stevens)


また発明家の父は発想は良いのですが、どの発明品にも必ず致命的な欠陥があります。
家の入口の壁には骨とう品らしき洋風の刀が飾ってあり、父が帰りドアを開けるごとに刀は床に落ち、父は毎回拾っては直します。(きちんと固定すれば良いのに)

このように笑いを誘うシーンがあります。

またギズモが話す言葉はよくわからない言語です。
が途中、
「コワいコワい、光コワい」
と日本語を話しているように聞こえます。

父がギズモを買ったのはどこか怪しげなチャイナタウンの骨とう品を扱う店。
映画のところどころに“神秘性”を感じるか箇所があります。

ひと言でいうならドタバタ劇的な映画なのですが、“神秘性”も交えて“味”のある映画なことは確か。

(YouTube:masa34649)


途中、陽気な“ヤンキーおじさん”が出てきます。
ヤンキーおじさんが言っています。
WWII(ダブリューダブリューアイアイ)と。

これ、第二次世界大戦のことです。
World War U
きっとおじさんは第二次世界大戦で戦ったのでしょう。

 攻撃性を持ったグレムリンたちは、プールに飛び込みます。
そしておびただしい数のグレムリンたちが街を襲います。

リュックにギズモを背負い、グレムリンたちと闘う息子、ビリーと恋人のケイト。
クリスマスを舞台に物語は進行します。

もしも まだご覧になっていなければ、一度見ていい映画だと思います。













posted by CSおじさん at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

2018年12月23日

躾(しつけ)


 先日、札幌で起きた爆発事故。

52人の負傷者で、よく死者が出なかったのが不幸中の幸いと各チャンネルのニュースで耳にしました。
本当にそうです。

・200m以上離れたマンションの窓ガラスが爆風で割れた。
・その爆音は15q以上も離れた、隣の江別市でも聞こえた。
・音速を超えたときに発生する“衝撃波”を伴う「爆轟(ばくごう)」という現象が発生した。

といった、そう例を見ないとんでもない爆発事故だったと思います。

また北海道の建物は冬期間の暖房効率を考え気密性がよく、それだけに大きな爆発になったのでしょう。
使用期限の近づいた除菌消臭用スプレー缶の処分をしていた不動産仲介業者の店長。
それこそ、よくご無事だったと思います。

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ただ、
この事故について、少し考えさせられてしまいます。

というのは、その店長がスプレー缶を扱う際に、果たして危険性を考慮できなかったのか?
この点です。

いつからか?
と問われてもわかりません。
でも私は スプレー缶 = 火気厳禁
というのを、子供の頃から知っていました。

というより、ヘアスプレーならライターで引火させると“火炎放射器”として使える。
そんなイメージがあるのです。

120本ものスプレー缶を一度に密閉された室内で放射し、部屋は白く煙るほどだったという。
私からすれば、くわえタバコで車にガソリンを給油する以上に危険だと思います。
そこへ手を洗うため、瞬間湯沸かし器に火を入れた。

さらにスプレー缶には火気厳禁と書いてあったといいます。
どうしてわからなかったのか、信じられないと共に、焦りを感じます。

 我が子はどうなんだろうか?

我が子といっても、とうに成人しています。
が、青い看板の不動産仲介業者の店長は33歳。

もし我が子が知らないとすれば、それは私の責任ではないかと、考えてしまいます。

 例えば自転車に乗る練習。
娘は祖母が、息子は私がしました。
でも私のときを思うと、自転車の練習は自分でするもの。

そう当たり前に思っていました。
だから「知らないことは自分の責任」という思いがどこかにあります。

 でもスプレーが危険と最初に教えてくれたのは母だった気がします。
まだ私が小さな頃、スプレー缶をゴミに出すには釘で穴を開けてからと見せてくれた記憶があります。
きっとその時に火気厳禁も教わっていると思うのです。

知らないことは自己責任と問うなら、
私は子供たちに、自ら学ぶことの基礎をきちんと教えたか?

そう気になって仕方ありません。














posted by CSおじさん at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 随想

2018年12月22日

オカルト番組


 今夜、“ビートたけしの超常現象Xファイル”が放映されましたね。

毎年、年末の特別番組で、楽しみにしています。
しかし最近、パッとしないですね。

こういった超常現象全般、マンネリというか、見飽きてしまったように思います。
さらに、最近ではコンピュータを使った映像加工技術が進み、心霊現象であっても、その信ぴょう性が問われる。そんな世の中になってしまいました。

心霊現象を扱うテレビ番組は、昔からありました。
昭和50年代初め、毎週土曜日の夜、放送された番組がありました。
けっこう楽しみに毎週見ていました。

あの頃はまだ心霊現象の映像自体が珍しく、いま見るときっと大したことのない映像だったかも知れません。
でも、それで十分だったんです。

そう考えると、進歩していく現代を生きる人間は不幸なのかも知れません。

それでも恐ろしい現象をカメラがとらえることは昔にもあり、有名なものでは昼のワイドショー番組内で古い掛け軸を紹介したとき。

斬首された侍の首を描いた掛け軸。現物をスタジオ内に掛け、その前でエピソードを紹介していた際に何と、掛け軸の片目が開いたというものでした。
これは当時、かなり話題になりました。

また、野外でロケ中に暗がりの中、旧日本軍の軍服を着た数人の霊が映ったというのもありましたね。
これは十数年前、レンタルビデオで見ました。

ビデオではテレビ番組の取材中に起きた現象だったが、その信ぴょう性を問われる恐れがあったため、放送できず、お蔵入りになった映像として紹介されていました。
しかしその映像、今となってテレビで放映されています。

今の方が放映しづらいと思うのですけどね。

 でもやはり、映り込んだ霊らしきものの映像は、見ているうちに飽きてくる気がします。
それでも見てしまうのですが。

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“ほんとにあった!呪いのビデオ”というシリーズがあります。
1999年に始まり現在79巻まで発売されています。
私はすべて見ています。

ご存知の方もきっと多いはず。
視聴者からの投稿でできており、けっこうすごい映像があります。
また、テレビで放映される心霊現象は、このシリーズから引用されているケースがとても多くあります。

一時期、こういったDVDに、はまった時期がありました。
“ほんとにあった!呪いのビデオ”ではまだ14巻あたりがその時期だったのですけど、けっこう恐ろしくて。
なにかこう、その恐ろしさが意識から離れないことになりました。

そのときに思ったこと。
それは恐ろしいと感じた映像から解き放たれるには、もっと怖い映像を見て上書きするということ。

ただ、もうひとつ。
当時、心霊現象のビデオばかり見ていた頃、
「これはあの世だ」
とされる心霊写真を見たとき、不思議と懐かしい気持ちになりました。

 でも超常現象を見るなら、このくらいがちょうどいいのかと思います。
これは2005年9月24日、放送された「江原啓之 超常現象解明スペシャル」です。
“江原啓之”さんが、イギリスの霊現象が起こる館、ホーンテッド ハム ハウスを訪れたときの映像。

(YouTube:mskeysky)



霊を信じる信じないは個人の勝手です。
しかし私は人があの世から舞い降りて生まれ変わり、人生の“生き役”を演じ、またあの世へ戻るのだと信じています。













posted by CSおじさん at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 随想

2018年12月21日

クモ


 二度と触れたくない話題なのですが。

クモって、あの八本足の虫です。
虫の中でもゴキブリと争うくらいの嫌われ者だと思います。
好きだって人は聞いたことがありません。せいぜい昆虫記のファーブルくらい。

クモが嫌いになったのは私がまだ7~8歳で、宇都宮に住んでいたときです。
転勤というか、ヘッドハンティングによく遭っていた父と家族はよく引越していました。
その宇都宮の家は一軒家の社宅でした。

庭があり木々が植えてあり、虫にとっては絶好の環境だったと思います。
あれは何の木だったのでしょう。
庭にたくさん植えてあり、夏になると緑色の葉っぱに白い蛾がびっしり、とまっていました。

クモが嫌いになったのはその庭でひとり遊んでいたときです。
その理由を書いても、あまり読みたい人はいないと思いますから割愛しますね。

とにかくハエトリグモを初めてみて、すぐに嫌いになりました。
その後はずっとクモを見るのが嫌いで、イヤでイヤで。
でもあるとき、

「小さな虫のクモを恐れるのは恥ずかしい」と思った私。
笑われるかも知れませんが、手の上で小さなクモと遊び、クモ嫌いを克服しようとまでしました。

だけどイヤなものはイヤですね。

 クモを恐れるわけ、見た目もさることながら、それは多分クモが実にしぶとい生き物だからです。
ケンカしたとき、やってもやっても倒れない奴って怖くありませんか?
それと同じことだと思うんです。

今年の夏には車のリアスポイラーとウインドウの間に巣を張り、しっかり日常生活していたクモ。
しばらく長居していたものだから、タバコの火であの世へ送ってやりました。

 ごく稀にあります。6〜7センチはあるだろうクモが壁にいること。
それも、足の長いクモでなく、胴体の大きなクモです。
そのときはどう処分してやろうか困ります。

その前に、どうやって入ってきたのかが不思議です。

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季節はもう冬です。
なのについ数日前に見ました。

札幌はもう寒いです。
冬用のパジャマを出したんです。

そしたら何か動いている。
見ると1ミリくらいの子グモでした。

パジャマは寝室にしまってありました。寝室に暖房はありません。
そんな寒い部屋でよく生きていたものだと、その生命力がまた怖くなります。

 実は、その子グモがなぜ寝室に居着いたのかを知っていました。

夏の終わる頃だったと思います。
今年はよくセンターが変わったものだから、
入社手続き等で、普段はあまり使わないビジネスバッグを置いていました。

そのバッグがもう邪魔だと思って、手に取ったときです。
1センチ弱くらいのクモが付いていました。
その場で私は成敗したのです。

が、そのクモは、、
成敗する瞬間に、子グモたちを散らしたのでした。
数日前に殺(あや)めた1ミリくらいの子グモ、あれは散らされた子グモの残党です。

親グモを成敗したのはパジャマのあったすぐ近く。
もし哺乳類だったら寝室で冬を越す生命力はないでしょう。
だって寝室には、エサになるようなものさえ、何もないのですから。

 この家、隣は小学校です。
小学校には草木が多くあります。

9月に北海道で地震があったとき、“ブラックアウト”という停電に見舞われました。
それでも私の家がかなり早くに復旧したのは、隣が有事の際には避難場所になる小学校だったからでしょう。
このように良いこともあるのですが、クモがいるのもイヤなことです。


 二十四節気(にじゅうしせっき)をご存知でしょうか。
これは1年を24等分し季節を表す名称とされています。

誰もが知っている“春分の日”、“秋分の日”の“春分”や、“冬至”、“夏至”、“大寒”、また“立夏”などがそれです。
その中に、“啓蟄(けいちつ)”があります。
これは、毎年3月上旬にあり、来年は3月5日のようです。

広辞苑によると啓蟄は「冬籠りの虫が這い出る」とされています。
先日あやめた子グモはきっと、冬はパジャマの中で少しでも寒さをしのぎ、何も食べず啓蟄の頃、活動を始めるはずだったのです。その生命力、恐ろしい。

もし、シェパードくらい大きなクモがいたら、人は食べられてしまうでしょうね。














2018年12月20日

鏡!


 困ったもので、私は外を歩くとき自分の前へ真っすぐに歩きたいので。

雑踏の中でもあまり人をよけることなく、人によけさせるというイヤな奴なんです。私は。
それでもだんだんと、私だってよけて歩くようになってきました。

真っすぐに歩いて感じるのは、ぶつかるのはまず女性だということ。
女性蔑視ではないのです。
ただ通勤でも外に出ると、無礼だと感じることがよくあります。

例えば人の目の前を横切ったり、人の歩いている前に割って入ってきたリ。
なぜ女性が多いのか、仮説を立ててみました。

それは、先ほどのように歩いて人とすれ違うときにぶつかること、女性は多いんじゃないかと思うんです。
だから自分からよけようとしない人が比較的に多い。
ぶつかっても、雑踏の中だから仕方がないと割り切っているのではないでしょうか。

これがもし男性同士だったら、、
すれ違いざま振り返り
「なんだ?コラ!」
とケンカに発展する恐れが大きいと思います。

ぶつかることで二次被害的にケガをする。
その前に余計なケンカは誰だってしたくはないでしょう。
でも最終的には身の危険を感じ、男性はまずぶつからないのだと思います。

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 さて、道を歩いていて真っすぐに歩くことを阻害するのは他にもあります。
それは車。
交差点で狭い通りから広い通りに出ようとしている車です。

信号のない交差点でよくあることです。
狭い通りから一時停止して広い通りに出る際、交差点ギリギリ手前で止まります。
もちろん、その方が見通しが良いからです。

しかし交差点ギリギリで止まっている車は、歩道を歩く人間からすると、いま歩いている歩道と、その先の歩道をふさいでいるようにしか見えません。

そんなとき、多くの人は車の後ろを迂回していきます。
でもあくまで真っすぐに歩きたい私は、車によけさせられるのも嫌いです。

大概はいやいや迂回する私ですが、気分によっては車がいなくなるまでそこで立ち止まることがあります。
車の運転手からすれば、いかにも邪魔だと言われているようで不快なはず。
ときによっては危険な空気を感じることもあります。

 さっき仕事帰り、気分的に車の横に立ち止まりました。
行く手の信号機はいま赤になったばかり。
急ぐ必要はまったくありません。

私はタバコを取り出し、マナー違反とは思いながら火を点けました。

すると、その車は広い通りに左折することを一旦あきらめ、なんと私の前でバックしたのです。
そして歩道の幅まるまる、道を空けてくれました。

そうなると、今度はこっちが悪いことをした気持ちでいっぱいになります。
私は手で申し訳ないというジェスチャーをして車の前を横切りました。

見ると50代後半から60代にかかるかという男性。

これぞドライバーの“鏡”と思いました。

Delight(でぃらいと)!
人を嬉しくさせる運転です。

今度、逆の立場になったときに私もやってみようと思います。
失礼な行為は連鎖します。でも嬉しいことも連鎖したらいいなと思っています。














posted by CSおじさん at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 通勤

2018年12月19日

プリンター


 年賀状のシーズンです。

もう年賀状の準備はできましたか?
年賀状といっても、いろんなスタイルがありますね。
今は印刷かパソコンで作った年賀状を受け取ることが多くなりました。

 昔は一時期、“プリントごっご”の時代がありましたね。

パソコンで作るのならプリンターが必要ですね。
安いものはたいへん手頃な価格になりました。
その割に性能は格段に良くなっています。

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スキャナーも付いて、コピー機にもなる。
安価なものはインクジェットプリンターでしょう。
またビジネスに使うならレーザープリンターでしょうね。

昔、仕事用にカラーレーザープリンターを持っていました。
A3判対応のものです。44万円くらいでした。

その頃は森喜朗首相。
“IT革命”と言われたころです。
当時、自営業をしていた私は年に何度か知人とコンビでパソコン入門講座をしていました。

パソコンもそうですが、講座には資料(テキスト)が必要です。
資料も自分たちで作っていました。
知人も私も仕事をしながらだったので、資料作成が当日までかかることもあります。

仮に受講生が20名だとして、受講生と講師で22部。
また主催者は住んでいた自治体だったので自治体にも記録として1部用意します。
1回分が10ページの資料なら 23部 × 10枚 = 230枚

230枚の資料を、あと一時間で講座が始まるというときに、インクジェットプリンターで刷っていたのではとても間に合いません。レーザープリンターは重宝しました。

また予算は主催者である自治体が負担したので、レーザープリンターのトナー代は自治体持ちです。
買ったトナーの領収証を持っていけば、そのまま代金をもらえました。

ところが首相も代わりIT革命も終わるとパソコン講座も衰退します。
あまり使わなくなったレーザープリンター、トナー代は一色約2万円×4色です。
使わなければトナー代もかからない。しかしそれではせっかくのレーザープリンターがもったいない。

しかも場所を取る。
なので、旧友にあげると言ったら、喜んでもらってくれると言います。
でも私は北海道。旧友は東京。運賃だけは負担してねと頼みます。

確か旧友は、ヤマト運輸と佐川急便に見積もりを取ったと聞きました。
すると、どっちか憶えていませんが、片や1万円、もう一社は10万円弱だったといいます。
そしてプリンターは東京へ運ばれて行きました。

一般家庭ではインクジェットプリンターが多いと思います。
私が初めてインクジェットプリンターに触れたのは、1995年だったと思います。
まだインクジェットプリンターの黎明期です。

エプソンのもので、A4判の用紙にカラー写真を一枚印刷するのに、30分以上かかりました。
画質だってとても褒められたものではありません。

またプリンター全般、インクやトナー、そういった消耗品にコストがかかります。
いま私はインクジェットプリンターを使っています。
また、あまり使いません。

そこへ連日、
「注文合計金額3,000円以上で、700円割引」
というクーポンメールが来ます。

プリンタインク700円引きは魅力です。
でも、今どの色も満タンなんです。
さらに、この年末年始は喪中。

すでに喪中欠礼はがきは出し終えています。
700円のクーポンは魅力なのでインクは購入しますが、
なんか“得した感”がありません。













2018年12月18日

子供叱るな来た道だもの


 今度のセンターは“GAFA”のひとつ。

今日、ブースに入ってビックリ。
一人ひとりのスペースが経験ないほど広い。
北海道弁でいうところの、“あずましい”ブースです。

 ただどうしても不安があります。
はっきり言って研修についていけません。

研修中の同期では私が一番の高齢かも知れません。
若者が多い中で数名、年長者がいて私がその頂点かも知れません。

また前のセンターが行き届いた研修でした。
が、今度の講師はまだ不慣れなようです。

若者たちは研修内容をどんどん吸収していきます。
しかし私は端末の操作に時間がかかり、その間に話が進み迷子になります。

慣れている講師なら、皆の足並みを揃えるのにいちいち確認してから次に進むことでしょう。
私にも講師経験があるので物足りなく感じてしまいます。

またどこのセンターでも共通しているのは、講師が自己流です。
しっかりしたレクチャーを受けて講師になっているわけではありません。

私が教わったのは、
「受講生は目隠しをされて手を引かれていくようなもの。」
だから迷子にしてはならないのです。

 具体的には、今から何をするのか、今何を見るのか、しっかり示さなくてはなりません。
しかし大抵、いつの間にかプロジェクタースクリーンの説明で、またいつの間にか端末画面の説明に。

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これこそはっきり言わなくてはなりません。
「はい、スクリーンを見て下さい!」
「はい、端末のモニタを見て下さい!」
というようにです。

といっても若い人たちはその辺りも器用にこなしているのでしょう。
若い人が多い中、ついていけないのは私ひとりかも知れません。
私ひとりのために、研修を止めては悪いので我慢します。

 昔、講師をしていた頃を思い出します。
当時私は30代半ば。一番バランスの取れていた年代だったでしょう。

そのとき、年配者の中には、ついてこれない人がどうしてもいました。
私は、どうしてついてこれないんだろう、もともと不向きな人なのかな?
そう思ったりもしました。

でも今、私がその道を歩んでいるのです。

こんな言葉があります。

 子供叱るな来た道だもの
 年寄り笑うな行く道だもの

 来た道行く道二人旅
 これから通る今日の道
 通り直しのできぬ道

若い頃には想像できなかった道を私も通っている。


 ただ、
研修にはついていけなくても、仕事ができないとは思っていません。
コールセンター歴10年になりました。
また、コールセンターに勤務する前はシステムエンジニアもしていました。

ただ、若い人より少し時間がかかるだけ。

 また、まだ経験の浅い講師なのでしょう。
一生懸命さが空回りして、自らを追い詰めているようにさえ見えます。

しかし、それは大目に見ても、ちょっとな・・
という一面も。

それは進行していく研修の中で、たびたび、
「どうすればいいと思いますか?」
と質問をしてきます。

いや、
ちょっと待って、
まだ聞いていないから。
それを習うのが研修でしょう。

でも講師は初めは挙手を求め、誰も挙手しないと次に名指しします。
しかし名指しされた研修生だって、まだ習っていないことは即答できません。
そのため、この間に余計な時間を消費してしまいます。

私はそんなのやめて、その分時間を切り詰め、
私のように遅れそうな人を気遣うこと。
そして

「はい、スクリーンを見て下さい!」
「はい、端末のモニタを見て下さい!」
これを徹底して欲しいと思うんです。

伝えたいところなんですが、へたをすれば講師のプライドにキズをつけます。
伝えるにはそれなりのシチュエーションが必要で、作るのには無理があるかと思います。













2018年12月17日

500記事目!


 どうも今日で500記事目になるようです。

このブログを始めたのが昨年の1月2日。
おおざっぱに2年だとすると、1年あたり250記事。
仕事なら週休二日で1年約250日ですから、このブログも週休二日のペースだったことになります。

途中、体調不良やケガであまり更新できなかったことが数度あり結果、このペースになりました。
でも皆さま、こんな拙文をよく読んでいただいたと感謝いたしております。

 コールセンターおじさん

というブログにもかかわらず、コールセンターネタはとても少なく、それはコールセンターは守秘義務が多く、美味しいところはネタにできないという苦しさがあります。
いつもの業務にせよ、書いて良いところは変化のない日常というのが殆どです。

そこにコールセンターおじさんというタイトルでスタートを切った私の大失態でありました。

 しかし未だに懲りず続けているられるのは、もちろん読んで下さっている皆さまの励ましと思っています。

このブログを書いている理由は二つあります。
ひとつは知識を共有したいということ。
もう一つは私自身のカタルシスです。

そこそこいい歳になってくると、それなりに知識も得てきます。
こんな知識を紹介しても良いだろうということを思い出しては書いています。
実用性のないトリビアが多いかも知れません。でもトリビアだって良いじゃないですか。

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また、若い人には失礼ですが、懐かしいと感じたこと。共感できる人がいたら良いと書いています。
もう一つ、カタルシスは心の浄化です。ストレスを書き出すことで発散し、心を浄化します。
これはよく、通勤のカテゴリに登場するのは、皆さまよくご存知かも知れません。(笑)


 小中学生の頃、私は理数系で文系が好きではありませんでした。
まさか自分が将来、書き物をするなんて考えもしなかったんです。
ですが、なぜか国語の教科書には好きな作品がときおりありました。

小学校のときは“きつねの窓”や、“あわやホームラン”というエッセイもありました。
中学校のときには島崎藤村の“初恋”、芥川龍之介の“トロッコ”。他にいくつもありました。
苦手な教科ではありましたが、日本語の持つ表現力と、その美しさに惹かれていたのだと思います。


 ネタは前のネタを書いた後か、朝にひらめくことが多くあります。
しかしネタを書いた後に、そう時間に余裕はありません。
また朝思いついたネタも、夜には忘れていることが多くあります。

そんなときは大変ですね。
「今日は何を書こうか〜」
と、1時間も考えたまま何もできないでいることがあります。

と、これは表向きの理由であって本当は、自分の実になることもあります。
それは、ネタを書くときって、けっこう調べながら書くことが多いんです。
書きながら「これは本当だろうか?」と確かめるため調べることが多々。
フタを開けてみれば、私が勉強させていただいているのです。

意外と時間は費やすものですが、書かない日は落ち着きません。
つたないブログではありますが、
今後もこのタイトル、そしてページTOPの写真も変える予定はありません。

どうぞ、変わらず宜しくお願いいたします。














2018年12月16日

追い込まれたときに聞く歌


 生きていると、もうどうしようもないくらい辛い心境になるときがあると思います。

そんなとき、救ってくれたのは“歌”でした。
もちろん、友に相談して救われたこともあります。

 “歌”って何でしょうね?

よく聞くのは「元気をもらう」
これが多いと思うんです。

また、アルツハイマーなど、認知にかかわる病気になった人も、昔の歌を聞くことで奇跡的に回復することがあると聞きます。

 否定的になりたくて歌を聞くことはなく、きっと肯定するために聞く。
それが必ず明るい歌とは限らないのが面白いのです。

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私が救われた歌。新しい順に

・foolish foolish 松下 優也
・HERO Mr.Children
・きみなき世界 松任谷由実
・天然色 あがた森魚

新しいといっても松下 優也さんのfoolish foolishは2008年の歌です。
またどれも明るい歌とはいえません。

 もし歌でなくて親友だとしても、打ち明けるときは
「なぁ、聞いてくれないか?」
といったように、決して明るくは切り出せないと思います。

悩みの深さにもよりますが、そこでもし親友が、
「なんだよ、ほら言ってごらん、俺が何とかしてやるから!」
そんなふうに明るく返されたら、話す気は失せてしまい、本音は明かせないでしょう。

心に深く沈んだ悩みほど、言葉に出しづらいと思います。
だから軽く返されるほど、心はバリアーを張ると思うんです。

「どうした?聞いてやるしかできないぞ。」
そう言ってくれた方が話しやすいと思います。

行き詰って本当に辛いときには、相手が明るくてはダメ。
歌も明るい歌では救われないときだってあるように思います。
行き詰っているとき、癒してくれるのは明るさだけではない気がします。

 暗い歌を聞きたくなっているとき、何かに行き詰っていませんか?
明るい相手ではダメなように、歌だってマイナーな歌を求めるのではないかと。

昔から暗い歌を聞いていたとき、何かに行き詰っていたのではないか?

2017/09/13「真夜中のドア
この記事に、私は同名の歌を何百回も聞いたと書きました。

この歌は失恋した女性が恋人と別れた日を思い出し、まだその思い出から抜けられない気持ちを書いています。もちろん明るい歌とはいえません。

その何百回と聞いたのは私が中学生の頃。
慣れない北海道へ引っ越してきました。とても人口の少ない田舎の町です。
田舎の町では幼稚園も学校も少ないですから、中学校まで、ずっと一緒に過ごしてきた友人同士が周りにはたくさんいたのです。

その中に放り込まれた転校生の自分。
楽しいこともありました。でもきっと孤独感は大きかったと思います。
だからあの明るいとは言えない歌を繰り返し聞いては心を救われていたのかも知れません。













posted by CSおじさん at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 随想
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