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<場面緘黙児はしゃべれない事を辛いと思っていないですよ A>

緘黙児は”しゃべれない”という事を辛いとは思っていないような気がします。

自分は人前で”しゃべれない”ということを意識していないからだと思うのです。
緊張感や恐怖心で声がでていないだけで、故意でしゃべらないように
しているわけではないからなのではないでしょうか。

ですから緘黙児はしゃべっていない自分を別人扱いにもしていません。
しゃべっている自分もしゃべっていない自分も同一の自分だと思っているからです。

緘黙児が自分の置かれている環境で”辛い””悲しい”と感じるようになるのは
”しゃべれない””答えられない””声がでない”ことではないのです。

緘黙児をよく理解していないと「自分の名前をはっきりいいなさい」とか
「声をだしてごらん」「自分の口で答えなさい」など、何とかしゃべれるように
訓練してあげようという気持ちから、そういった言葉掛けをしてしまう場合があります。

この言葉掛けが余計、緊張を高め「次はどんな質問されるかな」と構えてしまうように
なりますし、周りの子どもたちはその言葉を真似て、先生が居ない時などに緘黙児に
同じ口調で連呼するようになります。

大人の知らない世界のできごとですが子どもは間違いなく、はやし立てます。
最初は悪気は全くありません。先生の真似をしているだけですから。

しかしこれが緘黙児にとっては過酷な辛さの始まりです。

こういったことが発端になり、深刻な”いじめ”が始まります。

緘黙児は言語に障害があるわけではないので発生練習は必要ないのです。

家では話せるのに学校とか園など特定の場面で話せないということは緊張感や恐怖心から
くる症状であって、それを取りのぞくことを最優先に考える必要があるのではないで
しょうか。

つづく

<場面緘黙児は人の心の中を読み取る力が優れていますよ〜>

全ての子どもは、いつも一緒にいてくれた親から離れ、ある日突然、入園、入学
といった大人社会のルールに従って大海に押し出されます。

子どもたちを取り巻く大人社会の縮図が子ども社会、ようするに学校や園ということに
なるのですが、未熟な子どもたちは場面緘黙児に限らず、どんな子どもでも不安で不安で
しかたがないでしょう。

そうなると、そこにいる一番身近な大人の人、ようするに担任の先生をまず最初に慕って
いきます。

その時、子どもは必ず先生の目を見ています。

子どもは知っているのです。”目は口ほどに物を言う”っていうことを。
”目は心の窓”だと言うことも。

先生の前に立つと、もじもじして何も話せない子、返事もしない子、張り切って
いっぱいしゃれる子など様々ですが、どの子どもも先生の目を見ているはずです。

そして先生の心の中を覗き込んでいます。

優しい目、悲しそうな目、あまり機嫌がよくない目、怒っている目、
話聞いてくれていない目、適当に聞いている目など敏感に感じとっていくでしょう。

緘黙児だけでなく全ての子どもたちには、大人以上の強い”感受性”が備わって
いるからだと思います。

そして先生の「○○くん、朝ごはんしっかり食べてきたかなぁ〜」こういった
さりげない一言、名前を呼ばれて話しかけられると、自分の存在を
認めてもらったという実感が安心感につながり信頼の糸口になって心が軽くなるようです。

このように具体的な話かけが、子どもに安心感や信頼感を与える大きな要素になるのでは
ないでしょうか。

そして、大人たちは決してその話しかけに対し返答を期待したり、返事を強要さえ
しなければ自然に心を開いてくれる事を知っておきたいです。

緘黙児はもちろんのこと他の子どもたちにも共通して言えるのではないでしょうか。

話しかける側が個人的な悩みを抱えている時などは子どもに話しかける時も自然に
トーンが下がってしまいます。

そうすると子どもはそれを敏感に受け止め不安になります。そして気を使って
本音を言わなくなります。

話しかける私たち大人側の心がその子どもを知りたいと真剣に思い、向き合って
いく中でしか心を開いてくれるカギはないように思います。

言葉とはそういった心の響きを声に代え言葉に代えて現しているような気がします。
そして目と言葉は伝導しているように思います。

つづく

<接し方の過ちが緘黙児への”いじめ”につながる事を知って! A>

子どもたちは、先生の何気ない一言が勇気になったり安心できたりします。
その反面、不安な状況に置かれると一瞬にして心を閉ざしてしまいます。
これは緘黙児だけの現象ではありません。どの子にもあてはまることです。

低学年の子どもほど、こういった先生の口調や行動は敏感に感じ取るものです。
そして良いことは目立って現れないのですが、問題の言葉や行動は直ぐに実行するのが
得意です。

子どもたちの心はどの子もとても純粋で大人以上に優しい気持ちや人を大切にする心を
いっぱい持っている気がします。
そして入園当初、入学当初は先生をとても頼っています。先生のことが大好きです。

先生から嫌われてもいいとは誰一人思っていないのです。
だから真似をするのです。先生がすることはすべて正しいと思っているからです。

「先生が言ってたんだから・・・」「先生がしていたんだから・・・」

こうして真似をしていくのですが、これが”いじめ”という深刻な事態に
発展していくということを私たち大人が認識しておかなければならない課題では
ないでしょうか。

娘、麻利は小学一年生の時、担任以外の先生に対して一切信頼しなくなりました。
その理由は

著書 負けたらあかん!より抜粋

<先生が、怖い!>

給食時間、担任が不在で別の先生が来ている時のこと

全部食べられなくてもじもじしていたら

「何突っ立てるんや!何か言い!」

「・・・・・」

「これも、これも残ってるやろ!全部食べ!」

「・・・・・・」

「何とか言い!ウンとかスンとか!」

「・・・・・・」

「だまってたら、わからへん」

「何が言いたいんや!しんきくさい子やな〜!」

この日から、担任が不在の時は緊張が頂点に達して、一日中身体と心が
カチカチに硬直し大変疲れたと話しています。

そして、担任の不在の時はクラスのみんなから、この先生と同じ口調で
「しんきくさいな〜」とか「何とか言い、ウンとかスンとか」と、
はやし立てられるようになっていきました。

幼い子どもたちは元々は純粋です。嫌われる人になりたいとは誰も思っていません。
ただ大人の人がすることは純粋ゆえに正しいと思ってしまいます。
悪い言動だということを、だれも気が付いていません。

子どもたちに”いじめ”の仕方を教えているのは結局、私たち大人に原因があるのでは
ないでしょうか?

つづく

<接し方の過ちが緘黙児への”いじめ”につながる事を知って! A>

子どもたちは、先生の何気ない一言が勇気になったり安心できたりします。
その反面、不安な状況に置かれると一瞬にして心を閉ざしてしまいます。
これは緘黙児だけの現象ではありません。どの子にもあてはまることです。

低学年の子どもほど、こういった先生の口調や行動は敏感に感じ取るものです。
そして良いことは目立って現れないのですが、問題の言葉や行動は直ぐに実行するのが
得意です。

子どもたちの心はどの子もとても純粋で大人以上に優しい気持ちや人を大切にする心を
いっぱい持っている気がします。
そして入園当初、入学当初は先生をとても頼っています。先生のことが大好きです。

先生から嫌われてもいいとは誰一人思っていないのです。
だから真似をするのです。先生がすることはすべて正しいと思っているからです。

「先生が言ってたんだから・・・」「先生がしていたんだから・・・」

こうして真似をしていくのですが、これが”いじめ”という深刻な事態に
発展していくということを私たち大人が認識しておかなければならない課題では
ないでしょうか。

娘、麻利は小学一年生の時、担任以外の先生に対して一切信頼しなくなりました。
その理由は

著書 負けたらあかん!より抜粋

<先生が、怖い!>

給食時間、担任が不在で別の先生が来ている時のこと

全部食べられなくてもじもじしていたら

「何突っ立てるんや!何か言い!」

「・・・・・」

「これも、これも残ってるやろ!全部食べ!」

「・・・・・・」

「何とか言い!ウンとかスンとか!」

「・・・・・・」

「だまってたら、わからへん」

「何が言いたいんや!しんきくさい子やな〜!」

この日から、担任が不在の時は緊張が頂点に達して、一日中身体と心が
カチカチに硬直し大変疲れたと話しています。

そして、担任の不在の時はクラスのみんなから、この先生と同じ口調で
「しんきくさいな〜」とか「何とか言い、ウンとかスンとか」と、
はやし立てられるようになっていきました。

幼い子どもたちは元々は純粋です。嫌われる人になりたいとは誰も思っていません。
ただ大人の人がすることは純粋ゆえに正しいと思ってしまいます。
悪い言動だということを、だれも気が付いていません。

子どもたちに”いじめ”の仕方を教えているのは結局、私たち大人に原因があるのでは
ないでしょうか?

<接し方の過ちが緘黙児への”いじめ”につながる事を知って!@>

学校や園など集団生活の場で他の子どもたちと一緒に居る緘黙児に接する時は
先生の言動、行動は緘黙児以外の子どもに大きく影響するということを
認識して十分な配慮をしていく必要があります。

緘黙児童が居る、居ないに関わらず教育の現場では先生のさりげない言葉一つが
子どもたちに大きな影響を与えます。

良い事の影響も大きいのですが、印象の悪い言動、行動は特に子どもたちに反映し
即座に使われているような気がします。

娘は小学校3年の時から”いじめ”られるようになりました。

例)
6人ごとの班で給食を食べます。
先生が「全員食べ終わった班から外に出て遊んでいいですよ〜」
軽い気持ちでみんなにそう言い残して教室を出て行きます。

娘は、給食を食べるのには時間がかかりました。
班のみんなは遊ぶ時間がなくなるので”早く!早く!”と連呼して麻利を急かします。
イライラしながら待ちますが結局遊ぶ時間が無くなるということになります。

そういったことから”いじめ”がはじまりました。

「おまえの精でまた遊べなかった」と娘を責め机や椅子を蹴ったり頭をつつかれたり
しました。

次はクラスのだれもが娘と同じ班になることを拒否するようになりました。


<この班から出て行け!>

お母さん・・・

「学校へ行ったらいつも教室に私の机が無い」

「ろうかに放り出されてる」

「この間からずっーと」

「・・・・」

「おまえなんか、この班から出て行け! 死んでしまえって言うねん」

「お母さん、わたし、死んだ方がええの?・・・」

「しゃべれへんかったら、死ななあかん?・・・」

「お母さん、わたし・・・死にたくない!」

「わたし!なんにもしてへん!」

著書 負けたらあかん!より抜粋

まだ8歳の娘ですが、そう言って私のひざに顔を押し当て泣き続けていました。

そして”いじめ”は緘黙児の内面や接し方を十分認識できていない先生の言葉で
益々エスカレートしていったように思います。

つづく

<場面緘黙症児はしゃべれない事を辛いと思っていないですよ>

緘黙児はしゃべれない自分を意識し始めるのは小学校3年生ぐらいからのようです。
それまでは別にしゃべれないことが不自由だと思うこともなく、自分の中では自由奔放に
生活しているようです。

周りの大人たちからみれば不思議なのですが学校という場面が極度の緊張感と恐怖心を
駆り立てる場にもかかわらず学校を休みたいとか行きたくないという子どもが少ないのは
辛くないからなのでしょうね。

娘も「学校は楽しかった」と言っています。

人が遊んでいるのを傍で見ているだけで楽しくてずっと見ていたい子ども、みんなの輪の
中に入って、しゃべれないけど一緒に縄跳びしたり、ドッチボールに参加するのが
大好きな子ども。

このように、泣くことも笑うこともできない子どもでも、身体を動かす事のできる子は
結構活発にお友だちと遊びます。

どちらかというと一人でポツンと居るより、集団の中、仲間のそばに居るのを好む
傾向があるように思います。

その理由は一人ぼっちでいると、何も覚えることができないし、みんなが楽しそうに
笑っているのを見ていると自分もいつの間にか微笑んでいるような気がしているそうです。

友達などが遊んでいる姿を見ているだけでもいろんな遊び方を知ることができるし
音楽の授業などでも、自分は歌わないけれどみんなの歌っているのを聞いているのが
楽しいし、家に帰ったら歌ってみようと思いながら聞いているようです。

娘は緘黙症を克服した時からカラオケが大好きでよく行きますが、さほどオンチでもなく
楽しんで歌っています。学校の授業で歌ったわけではありませんが、しゃべれない分
人の歌声を耳でじっくり聴く習慣がついていたことが良かったのだと思います。

このように緘黙児が日々の生活をのびのびと過ごせれば、それが本当は理想なのですが、
現実はそう上手くいかないのが現状です。

緘黙児がしゃべれないことを苦痛に思い辛く苦しんでいるとしたら、それは
私たち大人社会の一人一人が緘黙児のことを良く理解できていないからでは
ないでしょうか。

娘も、緘黙を自覚し始めた頃から苦しい戦いの日々が始まりました。

つづく

<場面緘黙児のおもな特徴>

昨日の投稿でコメントいただきました”はは様”著書 負けたらあかん!
を読んでいただいたそうで本当に嬉しく思っています。

緘黙を克服した麻利のその後は、これから時折このブログで紹介させていただこうと
思っています。

もし何か「こんな時どうだったのかなぁ」「この事が知りたいなぁ」そういったことが
ありましたら、気軽に書き込んでくださいね。

何らかの力になれるなら書きたいと思っています。


<場面緘黙児のおもな特徴>

集団生活をしなければならない学校といういう場面が緊張感と恐怖心を駆り立てる場で
あるにも関わらず、学校を休みたいという子どもは少ないようです。

どちらかというと学校が好きという子どもが多いようです。
人の中にいること事態が苦痛ということは全くないようですね。

教室の片隅でお友だちが楽しそうに笑って遊んでいるのを見ていると、いつの間にか
自分もその輪の中に入っているような気がするそうで自然と緊張感がとれるようです。

その緊張感がとれる瞬間が何ともいえない心地よさにつながるようです。

また緘黙児は「感受性が強い」「知的」「ちょっとだけ頑固?」
「自分の意志をきちんと持っている」しゃべれない分「文章表現が案外得意」
そういった共通点があるように感じます。

自分の気持ちを素直に文章で表現してくれるので緘黙児との接し方の最大のポイントは
交換日記などが有効のような気がします。

○月○日

先生あのね

きょう きゅうしょく のこしたよ

先生 お休みしたから

しらない先生がきて こわい顔して おこったよ

べんきょうの時も

「へんじ できるまで、立ってなさい!」って おこったよ

こわかったなぁー

ー著書 負けたらあかん!より抜粋ー


緘黙児は、家に帰ると集団からの緊張が解け普段どおりの生活に戻ります。
家庭の中では緘黙など微塵も感じられず性格そのものを発揮します。

娘は少し稀なぐらい口が早くて1才のお誕生を迎える頃には20曲ぐらいの童謡を
しっかりした口調で歌っていましたし陽気で活発な元気いっぱいの子どもでした。

そういった性格は場面緘黙になっても家の中では変わりありません。
学校から帰り家に入った途端、陽気になり少しやかましいぐらい、しゃべりだします。

緘黙児の殆んどはこういった共通点もあるように思います。

つづく

<まりの”叫び”が聞こえます>

今日は場面緘黙児だった娘(麻利)の三人目の子ども(私の8人目の孫)の
保育園最後の運動会でした。

秋晴れの下で大勢のお友だち家族とワイワイにぎやかにお弁当を食べている様子に
30数年前、娘、麻利が緘黙児と診断されたあの日のことを思い出しました。

娘(麻利)が緘黙児と診断されたのは、この孫と同じ年の幼稚園年長の時でした。

そしてその直後の運動会で本部席正面、一番前の列の中央に並んでダンスが始まった時
音楽が鳴り始めてから終わるまでじっと直立不動でつっ立ている麻利でした。

横のお友だち、後ろのお友だちはみんな張り切って踊っているのに、麻利は心の扉の中で
何を感じ、何を求めて立っているのだろうかと涙がこみ上げてきたのを思い出しました。

その麻利の娘が麻利そっくりの顔立ちでニコニコしながら楽しそうに踊ったり歌ったりしている
姿を見たとき30数年前のあの運動会が蘇り、今日はこの孫のおかげで感動で
青空のような澄みきった涙を流す事ができました。

成長した娘と成長した孫、そしてたくさんのお友だち、保育士さん、いっぱい、いっぱいの感動を
ありがとう! 秋空のもとほんとうに爽やかな一日でした。


<まりの叫びが聞こえます>

おかあさん! お部屋のカギ 無くしたの

おかあさん! お部屋の扉が 開かないよ・・・

おかあさん! お部屋のカギ さがしてね

早く 早く さがしてね

一人ぼっちで まりちゃん さみしいよ!

ー著書 負けたらあかん!からの抜粋ー

つづく





<場面緘黙になる原因は?>

場面緘黙症になる原因ははっきりわかっていないのが現状です。

その子どもの持って生まれた本能的な個性や家庭環境、社会環境など
いくつもの要素が組み合わされ、その子の心に働きかけるのでは
ないでしょうか?

私は娘が緘黙症と診断された時、自分を責めました。
自分の接し方に問題があったのではないかと・・・

娘は四人妹弟の第一子(長女)で生まれましたが聞き分けもよく、育てやすくてとても
良い子でした。
弟や妹にも優しくて、面倒も良く見てくれていたので助かっていました。

でも、そのように良い子だっただけに安心して、母親である私のほうが
この娘に甘えていたのではないかと思いました。

幼い娘は、本当は甘えたい気持ちを兄弟たちに譲り、いろいろな事に小さな心で
一生懸命、我慢してくれていたのだと気が付きました。

診断された時、心の中で誓いました。「必ずお母さんがあなたの心の扉を開いて
あげるからね」って。そして先の見えない長くて険しい道を娘と一緒に歩きだしたのです。

実際、緘黙になる決定的な原因はわかりません。自分を責め続けることが娘を救う
最大の手段ならその方法もいいかも知れませんが私はそうは思わなかったのです。

原因を探ることよりも緘黙を個性と捉え本人が”人と話せるようになりたい”と
思うなら、できる限りの手を差しのべて応援していこう。
そう決意して前を向いて歩きはじめました。


参考書籍
著書  負けたらあかん!石川百合子・麻利 

http://www.amazon.co.jp/dp/4773341440/ref=pe_185932_37924802_pe_multi_vfe_best_t1



<場面緘黙症児はしゃべれない事を辛いと思っていないですよ>

緘黙児はしゃべれない自分を意識し始めるのは小学校3年生ぐらいからのようです。
それまでは別にしゃべれないことが不自由だと思うこともなく、自分の中では自由奔放に
生活しているようです。

周りの大人たちからみれば不思議なのですが学校という場面が極度の緊張感と恐怖心を
駆り立てる場にもかかわらず学校を休みたいとか行きたくないという子どもが少ないのは
辛くないからなのでしょうね。

娘も「学校は楽しかった」と言っています。

人が遊んでいるのを傍で見ているだけで楽しくてずっと見ていたい子ども、みんなの輪の
中に入って、しゃべれないけど一緒に縄跳びしたり、ドッチボールに参加するのが
大好きな子ども。

このように、泣くことも笑うこともできない子どもでも、身体を動かす事のできる子は
結構活発にお友だちと遊びます。

どちらかというと一人でポツンと居るより、集団の中、仲間のそばに居るのを好む
傾向があるように思います。

その理由は一人ぼっちでいると、何も覚えることができないし、みんなが楽しそうに
笑っているのを見ていると自分もいつの間にか微笑んでいるような気がしているそうです。

友達などが遊んでいる姿を見ているだけでもいろんな遊び方を知ることができるし
音楽の授業などでも、自分は歌わないけれどみんなの歌っているのを聞いているのが
楽しいし、家に帰ったら歌ってみようと思いながら聞いているようです。

娘は緘黙症を克服した時からカラオケが大好きでよく行きますが、さほどオンチでもなく
楽しんで歌っています。学校の授業で歌ったわけではありませんが、しゃべれない分
人の歌声を耳でじっくり聴く習慣がついていたことが良かったのだと思います。

このように緘黙児が日々の生活をのびのびと過ごせれば、それが本当は理想なのですが、
現実はそう上手くいかないのが現状です。

緘黙児がしゃべれないことを苦痛に思い辛く苦しんでいるとしたら、それは
私たち大人社会の一人一人が緘黙児のことを良く理解できていないからでは
ないでしょうか。

娘も、緘黙を自覚し始めた頃から苦しい戦いの日々が始まりました。

つづく
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プロフィール

ゆりママ
1995年著書 負けたらあかん!を出版しました。 場面緘黙症を乗り越えた娘の体験をもとに いじめによる自殺を何としても食い止めたいという思いで書きあげた本です。 大津いじめ事件に、心が傷み”死に急がないで!” と訴えたくてブログを立ち上げました。
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