2019年02月03日
部活、悪いことばかりでもなかった。
思い返せば、どうして辞めずに続けたんだろうと
不思議になる部活。
かたや現在、社会人バスケを続ける中で
決まって言われるのが
「ずっと走ってるけど足つらないの?」
「理琉は体力無限」
自覚はないけど、周りがそう言うのだから
そこそこ運動量があるんでしょう。
10代の頃は飛び抜けてスタミナのなかった僕が
まあまあ走れるようになった原因を思い返してみました。
予め断っておきますが、僕は
閉め切った40℃の体育館でバカみたいに走るような
ただ健康を損ねるだけの
昭和の非効率な根性論にはまったく反対です。
あくまで”今だから笑える結果論”として
読み流していただけると嬉しいです。
僕はケッペンの気候区分上では冷帯に属する地域から
空港にヤシの木(?)が茂るような遠方の大学へ進みました。
大学ではサークルではなく部活に入り、
裸足のまま飲み会から追い出される事件のような
はみ出しエピソードも作成してしまいましたが、
※参照:「父との関係。(5) -大学〜就職-」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/43/0
最大の壁だったのが気候の違いでした。
真夏は30℃を超えても湿度が低くカラッとしている環境から、
重力に押しつぶされるかのような高気温、高湿度の環境へ。
その中で閉め切った体育館は40℃を超え、
練習、合宿ではひたすら走り込む。
当時は今以上に体力がなかった僕は、
1年目、2年目は暑さにまったく慣れなかったこともあり、
スラムダンク・陵南の大黒柱:魚住の1年生時のように
練習中、本当に毎日吐いていました。
僕は今でこそ、きついだけのフットワークや
ディフェンスのいないパターン練習は無意味だと思ってるけど、
そんな練習でも、みんなについていけない魚住の悔しさと、
吐いていた当時の自分が重なって、たまに泣けてきます。
移り住んで2年間は
きつい体力トレーニングについていけませんでしたが、
人間の慣れとは恐ろしいもの。
3年生になる頃にはいつの間にか
「いつまでも走り回る姿が印象的」
と言われるほど走れるようになってたんです。
走る環境は変わってません、
体育館は相変わらず高湿度の40℃です。
何も特別なことはしていないし、
そんな頭が回るほど賢くも器用でもありません。
ベンチに入る、試合に出場するには程遠いのも相変わらず、
しかし運動量だけはなぜかいっぱしになってました。
これが成功体験とは思わないし、もしこの頃に戻れるなら、
こんなただ走り込むような非効率なことはしないでしょう。
まして、
「自分が苦しんで走って体力を付けたんだから苦しめ」などと
苦労の強要や美化などまったくナンセンス。
もっと目的に合わせた効率的なトレーニングを
今なら模索する頭くらいあります。
ただ、結果的にこれが
僕のスタミナの源流の1つにはなりました。
条件は違いますが、
形的には高地トレーニングのような格好になりました。
今までよりも暑い気候で4年間走り込んだことと併せて、
卒業後に始めた音楽活動、ボイストレーニングの一環、
「風船トレーニング」が図らずも体力強化に繋がりました。
※音楽活動を始めたエピソード
「路上ライブ時代の話。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/45/0
※風船トレーニングを始めたエピソード
「選手、理琉の特徴。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/19/0
風船トレーニングはかれこれ10年近く続けていますが、
当初は本当にボイストレーニングのためであって、
体幹や内臓、心肺機能の強化に繋がることは
まったく予測しておらず、まさに副産物です。
人生に無駄は1つもないとよく言いますが、
本当にそのことを実感しました。嬉しい誤算ってやつですね。
なお、
更なる副産物か、もともとの体質かは不明ですが、
僕は平常時の脈拍数が40前後と少ないです。
スポーツ心臓というらしいです。
丈夫なのか、単に動いてないだけか。
はみ出しエピソードは数多く作成したし、
ずっとベンチにすら入れなくて悔しい思いもした。
上位下達の不条理、軍隊のような根性論への嫌悪。
高校生の大会を観に行っても、
怒鳴る監督と怯える選手に目を覆いたくなります。
※参照記事:「部活って軍隊?」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/5/0
だけどこうして振り返ると、結果論とはいえ
丈夫な身体の基礎が作られたのは大学の部活(と音楽活動)だし、
今も競技を続ける自分のプラスになってることもあります。
いい思い出はほとんどないし、他人に勧められもしないけど、
部活は悪いことばかりでもなかったなぁと思います。
いいも悪いも、経験を生かすかどうかは自分次第。
少なくとも、僕の部活時代をこうして発信できたことは
ちょっとはプラスなのかな。
不思議になる部活。
かたや現在、社会人バスケを続ける中で
決まって言われるのが
「ずっと走ってるけど足つらないの?」
「理琉は体力無限」
自覚はないけど、周りがそう言うのだから
そこそこ運動量があるんでしょう。
10代の頃は飛び抜けてスタミナのなかった僕が
まあまあ走れるようになった原因を思い返してみました。
猛暑での走り込みを経験
予め断っておきますが、僕は
閉め切った40℃の体育館でバカみたいに走るような
ただ健康を損ねるだけの
昭和の非効率な根性論にはまったく反対です。
あくまで”今だから笑える結果論”として
読み流していただけると嬉しいです。
僕はケッペンの気候区分上では冷帯に属する地域から
空港にヤシの木(?)が茂るような遠方の大学へ進みました。
大学ではサークルではなく部活に入り、
裸足のまま飲み会から追い出される事件のような
はみ出しエピソードも作成してしまいましたが、
※参照:「父との関係。(5) -大学〜就職-」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/43/0
最大の壁だったのが気候の違いでした。
真夏は30℃を超えても湿度が低くカラッとしている環境から、
重力に押しつぶされるかのような高気温、高湿度の環境へ。
その中で閉め切った体育館は40℃を超え、
練習、合宿ではひたすら走り込む。
当時は今以上に体力がなかった僕は、
1年目、2年目は暑さにまったく慣れなかったこともあり、
スラムダンク・陵南の大黒柱:魚住の1年生時のように
練習中、本当に毎日吐いていました。
いっつも怒られて、体力はないし、
先輩たちの足手まといになるだけだ
-陵南高校1年 魚住純-
SLAM DUNK 19巻 168話より
僕は今でこそ、きついだけのフットワークや
ディフェンスのいないパターン練習は無意味だと思ってるけど、
そんな練習でも、みんなについていけない魚住の悔しさと、
吐いていた当時の自分が重なって、たまに泣けてきます。
3年目にはチームで一番走る選手に
移り住んで2年間は
きつい体力トレーニングについていけませんでしたが、
人間の慣れとは恐ろしいもの。
3年生になる頃にはいつの間にか
「いつまでも走り回る姿が印象的」
と言われるほど走れるようになってたんです。
走る環境は変わってません、
体育館は相変わらず高湿度の40℃です。
何も特別なことはしていないし、
そんな頭が回るほど賢くも器用でもありません。
ベンチに入る、試合に出場するには程遠いのも相変わらず、
しかし運動量だけはなぜかいっぱしになってました。
これが成功体験とは思わないし、もしこの頃に戻れるなら、
こんなただ走り込むような非効率なことはしないでしょう。
まして、
「自分が苦しんで走って体力を付けたんだから苦しめ」などと
苦労の強要や美化などまったくナンセンス。
もっと目的に合わせた効率的なトレーニングを
今なら模索する頭くらいあります。
ただ、結果的にこれが
僕のスタミナの源流の1つにはなりました。
条件は違いますが、
形的には高地トレーニングのような格好になりました。
図らずも風船トレーニングが加わった
今までよりも暑い気候で4年間走り込んだことと併せて、
卒業後に始めた音楽活動、ボイストレーニングの一環、
「風船トレーニング」が図らずも体力強化に繋がりました。
※音楽活動を始めたエピソード
「路上ライブ時代の話。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/45/0
※風船トレーニングを始めたエピソード
「選手、理琉の特徴。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/19/0
風船トレーニングはかれこれ10年近く続けていますが、
当初は本当にボイストレーニングのためであって、
体幹や内臓、心肺機能の強化に繋がることは
まったく予測しておらず、まさに副産物です。
人生に無駄は1つもないとよく言いますが、
本当にそのことを実感しました。嬉しい誤算ってやつですね。
なお、
更なる副産物か、もともとの体質かは不明ですが、
僕は平常時の脈拍数が40前後と少ないです。
スポーツ心臓というらしいです。
丈夫なのか、単に動いてないだけか。
部活、悪いことばかりでもなかった
はみ出しエピソードは数多く作成したし、
ずっとベンチにすら入れなくて悔しい思いもした。
上位下達の不条理、軍隊のような根性論への嫌悪。
高校生の大会を観に行っても、
怒鳴る監督と怯える選手に目を覆いたくなります。
※参照記事:「部活って軍隊?」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/5/0
だけどこうして振り返ると、結果論とはいえ
丈夫な身体の基礎が作られたのは大学の部活(と音楽活動)だし、
今も競技を続ける自分のプラスになってることもあります。
いい思い出はほとんどないし、他人に勧められもしないけど、
部活は悪いことばかりでもなかったなぁと思います。
いいも悪いも、経験を生かすかどうかは自分次第。
少なくとも、僕の部活時代をこうして発信できたことは
ちょっとはプラスなのかな。
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