水曜日、隔週連載学校の怪談SSの日です。
今回の話は、時系列上は前作の後の話になります。
学怪の事を知ってる前提で書いている仕様上、知らない方には分かりにくい事多々だと思いますので、そこの所ご承知ください。
よく知りたいと思う方は例の如くリンクの方へ。
それではコメントレス
やっぱり、ファイヤー・ボールはヒータに合いますよねー。その他では灼熱の槍を振り回したり、またがって空を飛んでいる姿なんてすごくピッタリですね。あと、H−ヒートハートはヒータのカードだと思う。バックファイアも好き。
おお、いいですねそれ!!いつか機会があったら使ってみよう♪メモメモ・・・と。
エリア……そんなに爬虫類がいいのか?
”爬虫類”だからではありません。
このギゴバイト個人が好きなのです。
決して、作者の個人的嗜好が絡んでる訳ではありません。(いや、本当に)
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―無限憎歌―
「う・・うぁ・・・あ・・・」
さつきの喉が、裏返った声で呻きを洩らす。
身体の震えが止まらない。
歯の根が合わず、寒くも無いのにカチカチと音を鳴らす。
吹き出た脂汗が服に染み込み、肌にべったりと張り付いている。
恐ろしかった。
魔獣がではない。
今、自分の目の前に広がる光景が。
いつの間にか、さつきは見たこともない光景の中に一人立ち尽くしていた。
さつきの周りに広がる光景。
それは、見慣れた校舎の廊下ではなく、見たこともない場所の物だった。
広い草原、深い森、穏やかなせせらぎ、澄んだ空気、遠い、空。
その中に、数十程の家屋が見える。見慣れた近代建築の家ではない。
歴史の教科書に出てくる様な、草や簡単な木組みで作った簡単な家屋。
今ではない時、今ではない光景。
牧歌的。本当なら、そんな言葉が似合いそうな光景。
しかし―
紅い。
何もかもが紅い。
草原も、せせらぎも、家々も、空も、そして空気さえも。
空を染めるのは、家屋を焼く炎。
地を染めるのは、地面がぬかるむ程に流れ溜まった血溜まり。
そして、空気を染めるのは周囲を満たす血の臭い。
バシュッ
さつきの目の前で、また鮮血がしぶく。
酷く古風な鎧を纏い、馬に乗った人々が血塗れた武器を振るい、村を蹂躙していた。
彼らが振るう兇刃の先には必死に抵抗する人々―恐らくはこの小さな村落の住民達―がいた。
長めの手足。少し毛深い身体。色黒の肌。獣の皮をなめした衣服。明らかに、馬を駆る方の人々とは人種が違う。
火を放たれ、燃え盛る家々の間を、女達は泣き喚く赤子を胸に抱き、怯える子供の手を引いて必死に逃げ惑う。そんな女や子供を守ろうと、男達は石を穿って作られた斧や槍でもって敵に立ち向かっていく。
しかし、おそらくは野の獣しか相手にしたことの無い彼らが、鉄や銅で出来た武器で武装し、馬を駆る兵士に適う道理はない。
たちまちのうちに返り討ちにされ、新たな血溜まりが地を染める。
男達を血祭りにあげた兵士達は、血に狂った目をぎらつかせ、子供を抱いた女達にまで襲いかかる。
飛び散る血。響き渡る断末魔。
あまりにも、一方的な殺戮。
『見エルカ・・・?』
「・・・!?」
不意にかけられた声に、さつきは視線を上げる。
「!!」
紅い空気が陽炎の様に揺らぐ向こうに、暗い輝きを放つ単眼が八つ、まんじりともせずさつきを睨み付けていた。
『見エルカ・・・?聞コエルカ・・・?』
周囲の色を写し、さらに深い朱色に染まった身体を振るわせながら、異形の者が女性の声で人語を紡ぐ。
『地ヲ染メルハ愛シキ夫ノ無念ノ血・・・。空ヲ染メルハ罪無キ子等ノ悲シミノ声・・・。天ヲ染メルハ、我ラガ憎炎・・・。』
幾重にも並んだ歯牙が、苦しげにきしむ。
『我ラガ何ヲシタ・・・?我ラガ何ノ罪ヲ犯シタ・・・?古キカラ住マイ続ケテキタ地二居続ケルコトガ・・・古キヨリ伝エラレタ暮ラシヲ守ルコトガ・・・ソンナニモ許サレヌコトカ・・・?コノ様ナ仕打チヲサレネバナラヌホド・・・罪深キコトカ・・・?』
先刻まで暗いエメラルドの色をたたえていた魔物の八眼が、今は爛々と輝く深紅に彩られている。それは今この周囲に満ちる、ありとあらゆる負の朱を集め凝縮した様な、悲しいまでに美しい、絶望の朱。その朱が狂気の光を放ち、さつきに向かう。
『憎イ・・・。憎イ・・・。許サヌ・・・。許サヌ・・・。幾千ノ時を経ヨウトモ、忘レルコトノ適ヌコノ恨ミ・・・癒シテクレヨウ・・・。消シテクレヨウ・・・。オ前達ノ血ヲモッテ・・・。』
そして、燃える炎の色を照り返し、赤銅色に輝く脚がザワリと蠢く。地に累々と横たわる屍を乗り越え、ゆっくりとさつきに近づく。
「・・・ひ・・・!!」
その憎悪の凄まじさに、さつきは思わず後ずさる。
「ち・・・違う・・・。」
さつきの喉が、出ない声を必死に振り絞る。
「違う・・・違う・・・!!!わ・・わたしじゃない・・・。わたし達がやったんじゃない・・・!!」
駄々をこねる子供の様に、いやいやと首を振りながら、さつきは必死に訴える。しかしー
『・・・何ヲ言ウ・・・?』
冷たい声が、さつきの弁解を遮る。
『ナラバ・・何故オ前達ハ”ココ”ニイル・・・?我ラノ地タル”ココ”ニイル・・・?』
「・・・そ、それは・・・」
その言葉に、さつきの顔が強張る。
『オ前デアロウ・・・?オ前達デアロウ・・・?オ前達ガヤッタノデアロウ・・・?オ前達ノ同胞ガ・・・!!』
その言葉が、さつきに確かな確信をもたらす。
―狂っていた―
その身に収めきれない悲しみに。
絶望に。
憎悪に。
魔獣は、狂っていた。
気持ちの悪い汗が、じっとりと肌を濡らす。それまでとは違った「恐怖」がさつきの内を満たし始める。
「・・・・・・・。」
震える目で、改めて周囲を見回す。朱一色に染まった光景の中で、同じ色に染まった武器を振り上げて勝ちどきを上げる兵士達の姿。
「・・・昔の・・・昔の、人達・・・?」
虚ろになった瞳を、呆然と泳がせる。
魔物と、視線が合う。
八つの目が歪み、嘲る様な表情を作る。
「・・・あなたは・・・」
(山の洞窟や森の中に住居を構え、鳥や獣を狩って暮らしていた先住民族を、当時の人々は軽蔑と差別の意味をこめて・・・)
頭の中で、いつか聞いた校長の言葉が反響する。
(自分達とは違う体つき、異なった文化を持った者達。それは当時の人達にとっては野の獣と同じ程度のものにしか見えなかったのかもしれない・・・)
「あなた”達”は・・・まさか・・・」
(自分達の領地を広げるために、そういった先住民族達に戦争をしかけ、征服し、降伏した者は奴隷の様に扱い、あくまで抵抗する者は容赦なく叩き潰し・・・)
「『土・・蜘蛛』・・・?」
『・・・ソノ名デ・・・呼ブナ・・・。』
紅い眼球が、嫌悪と抗議の光を放つ。
『我ラハ、遥カ古ヨリ、コノ国二根を下ロス者・・・。』
「!!」
『アァア・・・紅イ空・・紅イ 川・・紅 イ 大地・・紅 イ紅イ 紅イ 紅 イ紅イ・・・何 モ カモ・・・!!!』
まるで悶え苦しむ様に、八つの紅眼が天を仰ぐ。
『痛 イ・・痛 イ・・心 ガ・・身体 ガ・・!!!』
目の前の魔獣の狂態を、さつきは呆然と見つめる。
『染メ テヤロ ウ・・オ 前達 ノ空 モ・・オ前 達 ノ川 モ・・オ前 達ノ 大地モ・・!!!コノ 空ノ様ニ・・コノ川 ノ 様ニ・・コノ 大 地ノ 様ニ・・・!!!・・・ソ シ テ・・・』
― 私達の 心の様に ―
朱く光る黒い爪が、ゆっくりとさつきに伸びる。
さつきは、佇んだまま、微動だにしない。
出来ない。
ザクリ
鋭い切っ先が、さつきの白い足に埋まっていく。
そして、さつきの視界は暗転した。
続く