水曜日、隔週連載学校の怪談SSの日です。
今回の話は、時系列上は前作の後の話になります。
学怪の事を知ってる前提で書いている仕様上、知らない方には分かりにくい事多々だと思いますの、そこの所でご承知ください。
よく知りたいと思う方は例の如くリンクの方へ。
それではコメントレス
私のイメージでは、アウスの優秀さというのは純粋な好奇心や探究心から来るものだと思ってましたが、今回の話を読んで、どーもそれだけじゃ無いような気がしてきましたね。何か、とてつもなく大きな野望を持っているような……いや、気のせいですね、なんか深読みが趣味みたいになっちゃってwww
フフフ・・・。どうかなぁ。人生の楽しみ方は、人それぞれだよ。(By アウス)
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―それぞれの戦い@―
キチキチ・・キチキチキチ・・・
暗い廊下に無機質な音が響き渡る。それは極上の獲物を目の前にした魔獣が喜びにその牙を軋ませる音。一本の太さがさつきの体ほどもある足がゾロリと動き、その巨体がゆっくりとさつきたちに迫る。
八つの暗緑色の単眼に見据えられ、さつきは身動き一つとれない。鋭い歯牙の間から不吉な声が響く。
『サ ァ・・・オ前 達 ノ血ヲ オ クレ・・・。』
猫と昆虫のそれを合わせた様な口がキパッと開き、緑色の唾液にぬめる紫色の舌がズルリと伸びてさつきの頬を撫でる。
「ひっ・・・!!」
かろうじて絞り出す様なうめきが喉からもれるが、体の方はまるで金縛りにでもあったかの様に動かない。それははたして彼の者の妖力のためか、それとも純然たる恐怖のためか。
チチ・・チチチチ・・・
背後から、鳥の雛のさえずりの様な声が聞こえる。
名も知れぬ男の血肉を食い尽くした子蜘蛛達が、次の餌食を求めて鳴いている。
『待 ッテ オイ デ・・・今、ソン ナ 筋張ッ タ肉ヨリ モ、ズット 柔ラ カクテ甘イ 肉 ヲア ゲル カラ ネ・・・。』
そう言いながら、またキチリと牙を鳴らす。
ギシリ・・・
巨大な足が一本、軋む様な音をたてて持ち上がる。その鉄柱の様な足の先には研ぎ澄まされた爪が三本、月の光を受けて磨き上げられた黒曜石の輝きを放つ。
その爪が、ゆっくりとさつきの頭上に構えられ・・・
「い・・いや・・やめて・・・。」
さつきの哀願など意にも介さず、死の爪はあっさりと振り下ろされた。
その頃、歩く人のいない夜の町を、天の川小学校に向って走る二つの小柄な影があった。前を走る影は天邪鬼、少し遅れてその後を追うのは家で礼一郎を看ているはずの敬一郎である。
「おい、敬一郎!!お前はさつきにおやじの事頼むって言われてたろうが!?大人しく家でまってろ!!」
「でも・・お姉ちゃんとハジメ兄ちゃんが危ない目に会ってるかもしれないんでしょ!!ぼくだって、行けば何かお手伝い出来るかもしれないもの!!」
「・・・ちっ、後で叱られてもしらねーからな。」
「うん!!」
天邪鬼はこの時点で、敬一郎を押し止めるのをあきらめた。普段は怖がりで泣く事しか知らない敬一郎だが、いざさつきや礼一郎といった大事な人達に危険が及ぶという時には、以外なほどの芯の強さと頑固さを見せる事を、天邪鬼はこれまでの付き合いでいやというほど知らされていた。
しばらく走り続け、天の川小学校の影絵の様なシルエットが見え始めた時、天邪鬼は校門の前に立つ二つの人影に気づいた。
「桃姉ちゃん、レオ兄ちゃんも!?」
敬一郎の声に二人が振り返る。
「敬一郎君!!天邪鬼さんも・・・。」
「ふん・・・どうやら、お前らもさつきの奴と同じ考えみたいだな・・・。」
天邪鬼が二人を見上げながら呟く。
「それじゃ、さつきちゃんはもう・・・。」
「ああ・・ハジメの奴もいっしょだ・・・。もっとも、町の妖気が消えてない所を見ると、案の定てこずってるみたいだがな・・・。」
そう言って、天邪鬼は夜の闇に浮かび上がる校舎のシルエットを見て、顔をしかめる。
(く・・・!!)
異様に澱み、濁った空気。気温が明らかに低下している。周囲には妖気に中てられた鳥や虫の屍骸が転がり、街路樹や花壇の草花が軒並み枯れ果てていた。
辺りに気流の様に渦巻く妖気の凄まじさと禍々しさが、そこに存在する者の強大さと凶悪さを彼の肌に如実に伝える。
(なんて妖気だ・・・。「逢魔」の野郎が可愛く思えるぜ・・・。)
「・・・早く、さつきさん達を助けに行かないと!!」
血の気をなくした顔で慌てるレオに、天邪鬼はうんざりした顔で言う。
「お前ら簡単に言うがな、そう甘いもんじゃないぞ。さつきの奴にも言ったが、今度の奴はものが違う。なんだか分からんが、とてつもない憎悪と怨念のこもった妖気だ。簡単にどうこう出来ると思うな。」
「じゃあ、このまま指をくわえて見てろっていうんですかっ!?」
あくまで冷静な天邪鬼の態度に、レオが声を荒げる。
「何の策もなしにいっても、無駄死にするだけだって言ってんだよ。」
延々と続く、一人と一匹の言い合い。
『・・・!!』
「・・・?」
と、その様子をを傍らでおどおどしながら見ていた敬一郎が、ふと怪訝そうな表情を浮かべる。
「・・・ねぇ、桃姉ちゃん、今、何か言った?」
「?、いいえ。どうしてですか?」
不意の質問に、桃子も怪訝な顔をする。
「うん・・・。今ね、何か声がしたような気がして・・・。」
「え・・・?」
敬一郎の言葉に、桃子は思わず周囲を見まわすが、当然辺りに誰も居る筈もない。ただ時折、静まりかえった夜の空気を風が震わすだけである。
「誰も・・いませんよ?」
「でも・・・」
『・・・!!』
「また聞こえた!!」
敬一郎の視線が、見えない声の主を追う様に宙を泳ぐ。
『・・・!!』
「こっち!!」
そう言うと、敬一郎は突然夜の闇に向かって走り出した。
「敬一郎君!?」
唐突な敬一郎の行動に、桃子も慌てて後を追う。
「はぁ・・はぁ・・。け、敬一郎君、こんな暗い道でそんな急に走っては、危険ですわ・・・。」
少しの間の後、敬一郎に追い付いた桃子が、息を切らしながらそうたしなめる。しかし、その敬一郎はその言葉など耳に入っていないかの様に、目の前にある街路樹の茂みを弄っていた。
「敬一郎君・・・?」
敬一郎の行動を不信に思った桃子が声をかけようとしたその時―
ガサッ
「きゃ!?」
敬一郎が不意に立ちあがった。
「敬一郎君、一体・・・」
そう問いかけようとした桃子の目が、驚きに見開かれる。
「敬一郎君・・・それは・・・!?」
枯葉塗れになった敬一郎の手には、朽ち果てた一振りの刀が、しっかりと握られていた。
「・・・桃姉ちゃん・・・」
「?」
「この刀が、僕を呼んだんだよ・・・。」
「・・・!!」
敬一郎の言葉に、桃子は自分の背筋に気味の悪い旋律が走るのを感じた。
(・・・くそ・・・動け・・・!!)
廊下を満たす薄闇の中、ハジメは強大な敵の目の前で身動きが取れないという恐怖に、必死で耐えていた。
何とか自由を取り戻そうと、必死で抵抗を試みるが、まるで全身の神経が消滅したかのように身体が言う事を聞かない。
と、そのハジメの視界の隅で、不意に暗い閃光が夜の大気を引き裂く。
一瞬の後、ハジメはそれが矢の様に弾き出された魔獣の爪である事を理解する。
そしてー
(!!)
ハジメは確かに見た。その死の輝きの先端が迷う事無く、自分の隣で自分と同様に立ちすくむ少女に向けられている事を。
(さつき・・・!!!)
ハジメの中で何かが弾ける。
「・・・っの野郎っっ!!!」
その瞬間、ハジメの気力が己を支配する不知の力を凌駕した。
ガシャアッ
暗い廊下に硬質の物同士がぶつかり合う音が響く。それは振り下ろされた蜘蛛の凶爪が硬い床を貫いた音。さつきの体を貫くはずだったそれはしかし、その目的を果たせずに廊下の床を砕くに終わっていた。
『ギィ・・・』
今一歩の所で獲物を逃した魔獣が、忌々しげに低く唸る。
「へへ・・・根性入れてやりゃあ・・なんとかなるもんだな・・・。」
苦痛に顔を歪めながらも、ハジメは自分の体の下で、呆然とした表情で横たわるさつきに笑いかける。
死の爪に貫かれる寸前、さつきは呪縛を振り払ったハジメにその軌道上から押し倒されていた。その身体には傷一つない。
「あ・・ありがと・・・。」
数秒の忘我からようやく立ち直り、さつきはハジメに礼を述べるが、今の自分達の状況に気がついた途端顔が熱くなる。
「あ・・あの・・・ち・・ちょっと・・お、重いよ・・・。早く・・どいて・・・。」
自分のあまりに場違いな反応に狼狽しながら、さつきはそう訴える。
しかし―
「きゃあっ!!?」
さつきの言葉に反する様に、ハジメの身体がさらにさつきに圧し掛かってきた。
二人の身体が、さらに密着する。
「ちょ・・ハジメ・・!!?や・・やだ・・こんな時に・・・!!」
何か甚だしい勘違いをしながら、さつきはハジメを押し戻そうとその身体に手をかける。
ヌルリ
「・・・え・・・?」
不意に手のひらに感じたその感触に、さつきの動きが止まる。
恐る恐る、その感触の残る手のひらを目の前にかざす。
強く匂う、鉄錆の臭い。
かざした手のひらをベットリと彩る、真っ赤な液体。
青白い月明かりの中、それは酷く鮮やかに見えた。
「何よ・・・!?これ・・・!!」
さつきがうめく様にそう呟いた時、覆い被さるハジメの身体がピクリと動いた。
「は・・・ハジメ・・・!?」
「わりぃ・・・ちょっと意識・・飛んじまった・・・。・・・重かったか・・・?」
血の気の失せた顔でそう苦笑すると、震える身体を無理に起こす。
身体の自由を得ると、さつきは慌てて起き上がり、傍らで荒い息をつくハジメの身体を調べる。
「酷い・・・!!」
背中を斜めに走る、大きく深い裂傷。
さつきを助けた時、自身が避け切れずに受けた傷である事が容易に理解できる。
さつきは青ざめながらハンカチを取り出し、震える手つきでその傷口を押さえる。
そんなさつきに、ハジメは振り絞る様な声で話し掛ける。
「・・・そういえば・・・さつき・・・怪我、ないか・・・?」
「・・・!!」
その言葉に、さつきは思わずハジメの体を抱きしめる。
「馬鹿・・・何言ってんのよ・・・。怪我してんの、あんたの方じゃない・・・!!」
ハジメの傷から流れる血が、傷口を押さえるハンカチを、そして抱きしめる手をベットリと濡らす。かなりの出血。血とともに、ハジメの体から力が抜けていくのがはっきりとわかる。
「お願い・・・止まって・・・止まってよぉ・・・!!」
流れ出る血を自分の体でせき止めようとするかの様に、さつきは抱きしめる腕に力を入れる。
(・・・役得ってやつかな・・・?)
さつきの腕の中、焼けつく様な背の痛みに喘ぎながらもハジメはそんな事を考える。
しかし、そんなハジメをよそに血は止まらない。もはや小さなハンカチでは間に合わず、流れ出る血が床に血溜りを作り始める。
「何で・・・何で止まらないの・・・!?」
焦燥するさつきを、ふっと黒い影が覆う。
それに気付き、顔を上げたさつきの目に、自分達を見下ろす八つの暗緑色の光が映った。
『止マ ラナイ ヨ・・・。』
光の主が、抑揚のない声で告げる。
『ソノ 子ハ 呪ヲ 受ケタノダ ヨ・・・。私 ノ爪 カラ・・・。ダカラ ソノ傷 ハ塞ガラナイ・・・ 血モ止マ ラナイ・・・。ソノ子ノ 命ガ 尽キル マデ・・・。』
その言葉に、さつきは自分の血の気が引くのを感じた。
続く