新規記事の投稿を行うことで、非表示にすることが可能です。
2014年04月23日
459. 舘ひろしA 趣味・花・夢・インテリア・サングラス・渡哲也 「いっぷく!」
1950年生まれの64歳。身長181p。1975年、オートバイチーム「クールス」結成&レコードデビュー。
映画「暴力教室」、ドラマ「西部警察」「あぶない刑事」等で人気を博します。
「朝は強いですか?」と国分さん。
「けっこう強いですね…」と舘さん。「6時半とか…。もともと撮影が早かったので、早く起きるクセがついて…」
国分さんは「西部警察」に思い入れがあるようです。舘さんが30代のころの作品。
舘さんの「西部警察」裏話。撮影も大変だったのですが、宿に帰って渡さんと2人、朝まで話し込み、ほとんど寝ないで撮影に行っていたそうです。話は雑談だったとか。
今日もダンディーな舘さんですが、色気の秘密を問われると「女好きだから」(笑)
国分さんも「女好き」だと胸を張るのですが、色気という点では…。
今日もバスローブでTBS入りしたそうです。
「シャワーを浴びてバスローブを着て、パンツをポケットに突っこんで…」(笑)
花が好き
「ぷく袋」から取り出したのはチューリップの花束。
「お花が好きってことですか?」
「けっこう好きですね…。自分で買いに行きます」「基本的にカサブランカが好きで、カサブランカを飾るんです。カサブランカとバラをおまけに付けてもらうとか…。いろいろ交渉します」
花は「自分用」とのことで、「お花を好きになるきっかけってあったんですか?」と国分さん。
「…もともと好きなんです」と舘さん。ただお母さんが子どものころから勉強机に花を飾ってくれていたそうで、その影響が大きい?
「意外な一面を見た気がしますね」と国分さん。
「すいません…」と舘さん。
建築家志望だった?
次に「ぷく袋」から取り出したのは1枚の設計図。これは舘さんが建築科の学生だったときに描いたものだそうで。
「おやじが医者だったんで、『医者になれ』って言われてたんですけれども、試験に失敗して…。それで絵が好きだったので、理系ですから、絵が描ける建築がいいかなと…」
本人としては設計よりインテリアのほうに興味があったそうです。
「家へのこだわりはありますか?」
「ありますね…」と舘さん。「ぼくはデコ…、アールデコが好きで、(部屋は)デコっぽい」
好きな建築家はフランクロイドライト。近代建築の巨匠ですよね。
「日本でいうと帝国ホテルですね…」「非常に素晴らしい…。『現代建築の父』と言われて…」
「お金と時間があれば」建築に取り組んでみたいという舘さんですが、「でも、やりだすとパンパンになって、できないと思いますね、仕事辞めるかも…」
サングラス
次に「ぷく袋」から出てきたのはサングラス。
「舘さんと言えばサングラスですよ」と国分さん。「ぼくのイメージではティアドロップなんですよ」
舘さんがサングラスをかけると、「カッコいい」の声が次々と。
「学生時代、親に内緒でデビューしたんで、それでなるべく顔を隠そうと思って…」「結局バレました」(笑)
妹さんがクールスのアルバムを見つけてお母さんに報告したそうです。
家の反応は「医者にならなきゃ何でもいいや、みたいな…」「男たちは皆医者…。舘という名前で、男で医者でないのはぼくだけ…」
「おもたせ」は
「裕次郎すいーとあんぱん」(1箱6個入り 1,200円 税込)
石原裕次郎記念館2F「ハレ・コンテッサ」(北海道・小樽市) 石原裕次郎さんはロケ中に小腹が空いたときなど、よくアンパンを食べており、その味を石原夫人に聞いて再現したアンパンだそうです。
「これ、チンして食べるとおいしいんですよ」と舘さん。「これね、記念館でしか売ってない」「1日30個しかできないんです」
お酒好きだった裕次郎さん、アンパンを食べながらお酒を飲むこともあったそうです。舘さんは「お酒より、甘いもののほうが好きです」
今ハマっているスイーツは、「シーズ・キャンディ」。「板みたいになっていて、それを壊して…」
変わらぬスタイルは週に1回の乗馬でキープ。そして、30年前の靴を自分で磨き、大事に履き続けているという…。
この人のダンディーさは外見だけではないですね。ほんと、あやかりたいものですが…無理!
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
2014年04月22日
458. 甲斐よしひろ 趣味・収集癖・水泳・テレビ・ランボー・ストーンズ 「スタジオパークからこんにちは」
テレビで拝見するのは久しぶりですが、いつまでも若々しい甲斐さん。
「スタジオパークの司会やってよかった!」と興奮する高畑淳子さん。「こんな距離でお会いできるなんて…光栄です」「落ち着かなきゃ…」
高畑さんは1954年生まれ、甲斐さんは1953年生まれですから、高畑さんにとって甲斐さんは「同世代のHERO」。
あまりテレビに出ない甲斐さんですが、近々NHK「SONGS」に出演予定。博多の屋台でメンバーと話し込む場面もあるとか。
甲斐さんは福岡生まれ。男4人兄弟の末っ子。お父さんは事業の傍らアマチュアのマンドリン奏者。家には常に音楽が流れていたそうです。
ギターが好きな甲斐さんは高校生になると、ライブハウス「照和」に出演するようになりました。
この「照和」は昭和の芸能史を語る上で欠かせない存在。チューリップ、井上陽水、海援隊、長渕剛等がここから巣立っていきました。
21歳のとき「甲斐バンド」でデビュー。2曲目の「裏切りの街角」が大ヒットし、一躍人気バンドに。
結成40年。出したシングル40枚。アルバム38枚。
「アルバムを作って、次のアルバムに行くときは毎回煮詰まってる」と甲斐さん。「同じものを作りたくないのでそうなる」「ヒット曲、全部同じタイプがないんですよね」
「『テーゼとアンチテーゼの間が表現の幅だ』という有名な言葉があって…。すごく好きな言葉で…」「10代のころはランボーとか読んでて…。そういう影響はすごくあると思います」
収集癖
「HERO」の大ヒットは1979年。180万枚(!)ほど売れたそうです。
「私が中学のとき…。みんな口ずさんでいました」と伊藤雄彦アナ。
「あの時に戻る!」と高畑さん。
初期のころはテレビに出ていたそうですが、「セッティング30秒とか言われる」。30秒…。
すっぱりとテレビはやめて、ライブに専念することにしたそうです。
テレビには出なかった甲斐バンドが、時計メーカーのCMに出演したことがありました。そのCMを見て、「これ欲しい」と呟く甲斐さん。
「こういうの集めるの、趣味なんで…。」
自分のものは集めないようなのですが、「これは欲しい…」「珍しい、自分が欲しいものは、飽くなき追求をしていくタイプなんで…」
「はっぴいえんど」のものなど、すべて持っているそうです。「10代のときに買えなかった洋楽とか…。それは、自分の経済力にものを言わせてブイブイ…」(笑)
いわゆる「大人買い」ですね。大人甲斐?
ライブが大事
「ぼく、ストーンズ好きなんですけど…。裏ビートルズ派だったりするんですけど…」(笑)「ストーンズは(ライブを)ずっと続けてる」「自分が好きなバンドがライブをずっとし続けて…。」
甲斐さんにとっての「甲斐バンド・思い出のライブ」は、1981年に大阪「花園ラグビー場」で行われたものだったそうです。
開始早々ファンが大興奮。記念になるはずのシートカバーが宙を舞い、何やら不穏な空気。
「河内音頭のメッカなんで…」と甲斐さん。暴動が起こる気配に、甲斐さんは歌うのを止めて、約20分語りかけたそうです。「やりたいんだ!曲を…。やらしてくれよ…」「なだめたり、すかしたり、脅したり…」「大惨事にならなくてよかったです」
体力作りはスイミングで
「20代後半から(ライブで)ヘバッテきたんで、ずっとジムに…」と甲斐さん。「28くらいから続けてます」「週5日くらい」「今のほうが多く行ってます」
まず200mを「つま先で」歩き、その後800mほど、泳ぐそうです。
今はミュージシャンがトレーニングに励んでも違和感がありませんが、以前は全然違っていたとか。ある時、雑誌のインタビューでスイミングのことを話すと女性編集者に「すごく引かれた」。
「当時は不良性とキュートなお尻さえあればOKみたいな…」と甲斐さん。(笑)
ライブのためにスイミングを始め、タバコも止めたそうですから、世間のイメージとは逆行ですね。でもその努力のお蔭で40年間続けられたわけで…。
ギタリストの押尾コータローさんも、甲斐さんを慕う1人。「カッコいい」と押尾さん。「初めて日本のロックバンドのカッコよさを思い知らされたバンド」「この前まで、(甲斐さんと)ツアーまわって…」「最終日は大泣き。ステージに出られなかった」「甲斐さんのソロ見て、今日で終わりか寂しいな…」「ポロポロ泣いて…」
そんな押尾さんのことを甲斐さんは、「押尾くん、面白い…」。
今でもライブでは3時間弱歌い続ける甲斐さん。「バッチリなんですよ。喉も何ともないのに、その後2時間酒を飲んで声枯らす」(笑)
テレビ欄を熟読
甲斐さんの1日はテレビ欄の熟読から始まるそうです。風呂場に持っていき、濡らさないようにして見るべき番組を決めるという…。
「最近は向こう(番組欄)のほうから、『見てくれ』と声も」と甲斐さん。
「しないしない」と手を振るMCの2人。(笑)なかなか息が合ってますね。
大好きなのはメジャーリーグとサッカー。とくにサッカーは現地(ワールドカップ)に足を運ぶほど。
甲斐さんがNHKで評価するのはBSのニュース。「BSのニュースってすごい画期的ですよ」。
最初に報道のラインナップが出ますが、それはCNNでは昔からやっていたそうですが、日本ではBSが初めてだったとか。
うーん、話題豊富な甲斐さん。こういう方だったのですね。私の大学時代、HEROが大ヒット。皆が口ずさんでいましたが、当時のことが思い出されました。
音楽の持つ、この「思い出喚起力」ってすごいですよね。これからもご活躍を。
2014年04月19日
457. 剛力彩芽A トマト・夢・船舶免許・ペンギン 「にじいろジーン」
ぐっさんとの待ち合わせは表参道の近く。
「よく来ます。私の好きなお店があるので…。ぜひ」と剛力さん。「もともと事務所が近くにあるので、昔からこの辺はよく来て…」「けっこう制覇してますね。1人でも入るカフェとかもいっぱいありますし…」
「セレブ・デ・トマト 表参道本店」
トマト料理の専門店です。全国から厳選したトマトを扱うレストラン。トマト尽くしのメニューが人気。
「トマトだらけ…」とぐっさん。
「ワクワクしちゃう…一番好きな食べ物で…」
「完熟トマトのサラダ」(1,100円 税込)
静岡産の夢咲トマトを丸ごと使ったサラダ。カニサラダが隠れています。トマトの甘味と食感がカニサラダと絶妙にマッチ。
「トマト、こうやって食べるの、初めてやな…」とぐっさん。「おいしい…」
幸せそうな笑顔を見せる剛力さん。
「完熟トマトのビーフシチュー」(3,000円 税込)
愛知県産の小ぶりなトマトがゴロゴロ入ったビーフシチュー。
「んー…」と目をつぶる剛力さん。「甘い…」「丸ごと入ってるのが嬉しいですね、トマトの甘味と酸味がシチューにすごく合う…」
芸能界に入るきっかけ
小学生のころ、剛力さんは遊園地で行われたイベントに参加しました。
そこにはプロのカメラマンが来ていて、子どもたちを撮影。すごく楽しい雰囲気なのに、砂時計を持って「笑わないように」と言われました。
「不思議…」と剛力さんは興味を持ったそうです。
そして「国民的美少女コンテスト」に出場しますが2次予選で敗れます。体調も良くなく、休んでいると、現在の事務所のマネージャーが声をかけてくれたそうなのです。
それが縁で事務所に入りますが、「モデルとしてやるにはあと3pくらい身長を伸ばして」。
「朝起きてジャンプしたりとか、牛乳1日1リットル飲んだりとか…」「伸びるよ、と言われたことは全部やって…」
「伸びました?」
「たぶん…」(笑)「もう、気合ですよね」
船舶免許を取りたい
次に2人が来たのは、千葉県浦安市。
「浦安マリーナ」たくさんの船やヨットが置いてあります。
「私、船舶免許が欲しくて…」と剛力さん。「本来は私、サーフィンしたいんですよ。海がすごく好きで…。でも、サーフィンってどうしても日焼けしちゃうじゃないですか?」「『あ、船だったら、海の上でゆっくりできるな』って…」
ずらっと並んだクルーザーを見ながら、「このあたりは何級で乗れるんですか?」とぐっさん。
「2級で乗れます」と係りの方。「合宿免許で最短で2日で取れます」
「ジール・クルージング」
「貸切チャーター(15名〜)カジュアル・プラン(120分) ビュッフェ料理、フリードリンク。
1人8,640円(税込) 問い合せ 株式会社ジール」
千葉の一部では免許保持者がそばにいれば、免許を持ってなくても運転できる海域があるそうです。そこで運転をする剛力さん。
「楽しい!」と、かなりのハイテンション…。「これ、取るしかないですよ!ハマっちゃいました!」
ペンギンが好き
次に来たのはスカイツリーの下。
「すみだ水族館」入館料 大人2,050円(税込)
「ペンギンが大好きなので…」しかし、クラゲの水槽が現れると「クラゲも大好きなんです」
たくさんのマゼランペンギンを様々な角度から見られる作りになっていて、ますますテンションの上がる剛力さん。
本当に明るく、元気いっぱいの剛力さんでした。
2014年04月18日
456. 大野智 家事・怪我・リズム感・お母さん 「徹子の部屋」
「今や、大人気。国民的アイドル、嵐のリーダー」と黒柳さん。「歌と踊りのうまさには定評があります」
「お久しぶりです」と大野さん。
「去年の夏以来…。暑かったですね」と黒柳さん。ニューヨークで会ったそうです。
13歳でジャニーズに入り、20年が経ちます。
前回「徹子の部屋」に出演(5年前)の後、一人暮らしを始めたのだとか。
「あなた、家事とか、お料理とか、そういうの全然困らなくて、できちゃうんだって?」と黒柳さん。
「意外と、一人で暮らしてみて…。意外と好きですね、全部…」
「すごいわね、お掃除もちゃんとやってんの?」
「そうですね、意外と、洗い物とかも、一番好きで、ずーっとやっちゃうんです…。『ほんとに取れてんのかな?汚れが』みたいな…」「けっこう時間がかかっちゃうんです」「全部きれいになるから、好きみたいですね…」
怪我だらけの少年時代
「あなた、子どものとき、怪我が多かったの?」と黒柳さん。
「そうですね、怪我ばかりしてました。なんか、チョコチョコしてたんですよ」と大野さん。
落ち着きが乏しかったようです。
@夕飯のとき、料理が並んだテーブルで、なぜか逆立ちをした大野少年。転倒して料理は台無しに…。
お母さんから3,000円を渡されて、「家から出てけ!」。
「すごく謝ったのを覚えてる」と大野さん。3,000円という、子どもにとっての大金を渡されたことで、やってしまったことの重大さが実感できたのでしょうね。
「みそ汁が垂れてたのを、まだ覚えてて…」
Aお父さんの運転する自転車に乗せてもうことになったのですが、すぐに寝てしまう大野少年。寝ないように言われてたのですが、やはり眠ってしまって、足を車輪に巻き込み大怪我。
近所の病院で15針ほど縫ったそうですが、泣きもせず、痛いとも言わないので、1時間ほど待たされたのだとか。
B今の缶詰はプルトップで安全ですが、缶切りで切っていた当時は切り口がギザギザになっていて危険でした。
「触ったらダメ」と注意されたのに触ってしまって、手を切りました。「ダメと言われるとやりたくなる…。昔から」
C友だちの投げた黒板消しが頭に当たり、血が出て、また近所の病院に…。
D朝礼中に貧血気味で直立不動で倒れてあごを切り、また近所の病院に…と、数限りなく病院に通ったそうです。
「よく治ったね…。きれいに…」としみじみと大野さんの顔を見る黒柳さん。
「…中1のときに終わりましたね。そういう怪我は…」と大野さん。チョコチョコしなくなったそうです。
「事務所に入ってから、怪我はしなくなりました」
ある意味目立った?
ジャニーズ事務所に入ったのはお母さんの勧めだったそうですが、本人はあまり興味がなかったのだとか。
オーディションの位置が最後列で、踊りの振りがよく見えず、「もういいや」と後ろを見たらお母さんがいて…。
「(母に)手を振っていたら社長が来て、『なにやってんだ?』」お母さんも手を振り返していたそうなのですが。
前で踊るように言われ、踊ったところ「いいねえ」「リズム感がいいねえ」。
生まれて初めて褒められた大野少年、嬉しくなり、踊りに興味を持ちました。
嵐のメンバー
以前「徹子の部屋」に出演した櫻井翔さんは大野さんのことを「精神的支柱」と評したそうです。
逆にメンバーのことを大野さんに尋ねる黒柳さん。
櫻井翔さん「陰のリーダー。自分で全部決められる人。休みのスケジュールも決める(タイプ)」「自分もそうです。似てる…」
二宮和也さん「一番変わらない。…周りの空気を感じ取る人」
松本潤さん「仕事熱心。自分の分からないことがあるのが許せない。すべて把握していたい。『すごいなあ』と…。真似できない」
相葉雅紀さん「去年どっきり企画をやって…」相葉さんの反応を皆で見て「ほんとにいい人だなあ…」。何回も同じことをするよう要求されたのに「何も文句言わず…。『ほんとにいい人だ』とみんな言って…」
ユニークなお母さん
かつてドラマの撮影で使ったトカゲ(アオヒゲトカゲ)を実家に持ち帰ったことがあったそうです。
お父さんはすぐに慣れたそうですが、お母さんは「いや!」と大変な拒絶反応。
数日して行ってみると、お母さんは首のあたりにトカゲをアクセサリーのように巻き付け、「そのままネギを切ってる」(笑)
前に付くバージョンと後ろに付くバージョンがあるそうですが。
「ずっと動かないんですよ…目が動くくらいで…」
野菜を切りながらときどき張り付いているトカゲにそれを餌として与えたりするそうです。(笑)
大野さんは松本潤さんほど饒舌ではなく、どちらかというとポツポツ喋る印象ですが、内容が面白く、黒柳さんが終始嬉しそうにしていたのが印象的でした。まるでお気に入りの孫と話しているおばあちゃんのような(失礼)。
童顔の大野さんですが、芯が強く、ブレない方のような気がしました。さすが嵐のリーダーですね。
2014年04月17日
455. 岩城滉一 趣味・冒険・夢・宇宙・レース・奥様 「徹子の部屋」
結婚40年。髪は揃ってロマンスグレー。お似合いの夫婦です。
「ご主人は冒険好きの岩城さん。奥さんも本当に綺麗で…」と、黒柳さん。結城アンナさんは20歳のころ、ハウスのCMで人気を得、その後結婚。20年ほど前でしたか、ご夫婦でハウスのカレーのCMにも出ていました。
「奥様がいなかったら、今の自分はないと、しみじみお思いなんですって?」と黒柳さん。
「そう言わざるを得ないですもんね」と岩城さん。「もう存在自体がね…。親に育てられたんじゃなくて、女房に育てられた亭主、みたいなところがあるんで…」
「やりたい放題だと、私なんかは思うんだけど」と黒柳さん。
「お互い様なんですよ…。私も習うことがたくさんあったし、若かったので、いろいろと…。お互い様」とアンナさん。
ついに宇宙に
宇宙に行くことが決まった岩城さん。
「『今度は宇宙なのね』という感じだった…」とアンナさん。
心配はあるかと思うのですが、「『やめて』と頼んでやめるようならつまらない」とアンナさん。
「ラクですね」と岩城さん。「(ぼくの)やりたいことがぼくのためになるんだと信じてるところが…」
何十枚もの契約書にサインをして、宇宙に行く実感が湧いてきたそうです。
「行くのはいいんですけど、私としては帰ってくるのが大事なので…。行くのはいいんです」とアンナさん。
飛行機を操縦し、アクロバット飛行の経験もある岩城さんですが…。
「だいたい見当はついてるんでしょ?」と黒柳さん。
「だいたい…。往復1時間くらいで行って帰ってくるんです」と岩城さん。
「行けるって嬉しい?」
「…楽しみではありますね」
岩城さんの友人が、今回の企画に関わっていて、「宇宙に行かないか?」と持ち掛けてきたそうです。「ああ、いいよ」と軽く返事をしたのですが、「こんなにすごいことになるとは…」。
民間人が宇宙に行くのは初めてだそうで。
これまでの趣味
オートバイレース、F3000のレース、クラシックカー・レース、ジェットスキー、ダイビング、スカイダイビング、ジェットスキー…。
どれもスピード感溢れる、危険なものばかりですね。
「今並んでらっしゃるのを見ると、ほんとにお似合いの2人ね…」と黒柳さん。
アンナさんは15歳までスウェーデンで育って、日本語が堪能ではなかったそうです。
「出会ったときは『お前』と呼ばれて」と岩城さん。(笑)
「この人が教えてくれたんです」とアンナさん。
「ご飯のときも『食え』って…」それもまた楽しかったのだとか…。若さですね。
アンナさんの趣味は絵画だそうです。ご主人と違ってグッと落ち着いた趣味。優しい、丁寧な絵を描かれます。
その絵にマザーテレサの言葉が添えられています。
「神様は私たちに成功してほしいなんて思っていません。ただ、挑戦することを望んでいるだけです。」
宇宙飛行に挑戦する夫に贈る言葉にも聞こえますし、挑戦する夫婦を応援する言葉にも聞こえます。
宇宙飛行が無事成功しますように。