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2018年08月10日
「代わりが簡単に見つかるか否か」で生産方法を変える
生産量と販売量の見極めがカギとなる
価格、性能、品質が同じ2つの商品があった時、
一方はすぐ入手できるのに、
もう一方は「1ヶ月待ちです」と言われたら
今すぐ手に入る方を購入するでしょう。
ただし製品の種類によっては話が変わってきます。
もしお客さんが店頭で買う際に、
売り切れなどで置いていない場合、
他社の製品で済ませてしまうような製品の場合は、
店頭で在庫がなければ致命的です。
見込生産をして、在庫を補充するように生産します。
それに対し受注生産は、
顧客からの注文があってから生産を始め、
指定された期日に納入します。
納期にはこの納入期日の意味と
お客さんが注文してから手に入れるまで
の2つの意味があります。
いずれにしても、
生産量は販売量、受注量に
完全に一致させることはできないので、
見込生産の場合は製品在庫、
受注生産の場合は受注残がバッファになります。
受注生産の場合も原料や部品は
見込生産がされているものを使うことが多いので、
そこには原料在庫、部品在庫が存在します。
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2018年08月05日
本国からの派遣を減らすべきか
カルチャーショックと帰国ショック
同じ多国籍企業とはいても、
日本企業は欧米企業と比べて
人の管理面では違いがあるといわれてきました。
例えば、1970年代から、日本企業では
海外子会社における日本人の海外派遣者が多いと
海外から指摘されるようになりました。
それは次第に批判に変わり、
日本人研究者も批判に同調するようになりました。
ただ、もともとこうした指摘は、
逆にアメリカ企業の早すぎる現地化と
海外派遣者の減らしす過ぎに警鐘を
鳴らしていた反面もあったのです。
本社とのパイプ役を果たす本国人材がいなくなり、
アメリカン・ジレンマと呼ばれるような
難しい状況に陥っていたのです。
その原因の一つにアメリカ人海外派遣者の失敗率
つまり途中帰任率が一貫して高いことにありました。
しかも、本国から海外に派遣されると
派遣先でカルチャー・ショックを受けることは
知られていましたが、アメリカの研究で帰国した際には
帰国ショックを受けることがわかっています。
実はアメリカ企業では海外帰任者の25〜50%が
帰国後1〜2年以内に離職するという研究結果まであります。
活動ごとのグローバル分散・集中
価値の連鎖の活動ごとに配列を決められる
多国籍企業化が進み世界中に拠点ができると
今度は、どこの国にどの活動を配置するのか
ということに関心が向き始めます。
20世紀前半は、各国が自国の産業を守るために
輸入品に関税等を掛けていました。
例えば自動車です。
第一次世界大戦前、アメリカは45%の関税をかけていました。
イギリスは1915年委33.5%、フランスは1922年に45%の関税を課し、
それを1931年には、90%に引き上げています。
ここまで関税障壁が高くなると、
自動車メーカーは世界各国の国内で自動車工場を持って
現地生産をしなくてはならなくなります。
これをポーター氏はマルチドメスティック産業と呼びました。
しかし、戦後になってグローバル化が進み、
関税障壁が低くなると、もっと価値連鎖の活動ごとに
自由に配置を決める事ができるようになります。
例えば、アメリカの航空機メーカーは、
部品調達やサービスは各国に分散させますが、
規模の経済が効く製造はアメリカ国内に集中。
スタッフに高度の熟練が必要で商談の頻度が低い販売も、
必要な時だけ出張すればいいので集中です。
つまり活動によっては左右されず、
グローバルに集中させるほうが効率的なのです
これをグローバル産業といいます。
2018年07月13日
製品開発段階に応じた多国籍化
1970年代前後のアメリカのみ通用した仮説
アメリカ企業の多国籍化については、
アメリカの経済学者バーノン氏が20年程度の経済的事実から
帰納的に導いて1966年論文で発表した
プロダクト・サイクル仮説が有名でした。
この仮説では、製品開発段階を3段階に分けて考えます。
【新製品】
アメリカは平均所得も労働所得も高いので
労働節約ニーズに応える新商品は、
まずはアメリカで生産されて国内市場に登場します。
【成熟製品】
製品需要が拡大するにつれ、製品デザインも標準化され
他の先進国市場でも売れるようになると現地生産するようになります。
【標準化製品】
製品デザインが標準化し、
陳腐化の恐れもなく在庫を生産できるようになると、
市場から離れていても労働コストの低い
第三国、発展途上国で生産し、そこから輸送するようになります。
これらの仮説はアメリカ以外の他国でもあてはまるのか
議論になりましたが、バーノン自身は1979年の論文で、
この仮説強い予測力を持っていたのは第二次世界大戦後の
20〜30年後までのアメリカ企業に関してだけであったと明言しています。
プロダクト・サイクル仮説を今の時代や国に適応するのは無理があるようです。
タグ:バーノン プロダクト・サイクル説