2013年05月07日
いまでしょ!の林修氏も借金をしていたことがある。
林修ウィキペディア
ウィキペディアより引用
日本長期信用銀行系シンクタンク「日本長期信用銀行経営研究所」でアナリスト職を希望していたが配属されず5か月で退社したのち、家庭教師をしたり、友人と投資顧問会社やIT企業の走りのような会社を起業して失敗したり、株取引で大損をしたり、競馬で食費をつないだりしていた。予備校講師になるまでの3年間は「火事になったこと」と「泥棒に入られたこと」以外はよく覚えておらず「空白の3年間」と呼んでいる。この時期に株取引や競馬の失敗で1000万円を超える借金を抱えた[8](正確には1800万円で大部分は親族からの借り入れ)。
大部分が親族から借り入れているということで自分とは状況は異なるが、厳しかったことは変わりない。どん底から這い上がったというのは本当にとてつもないことだと思う。
東大の同級生が官僚やエリートビジネスマンに転身した中、家庭教師という身分の自分を嫌っていた、借金返済の金策が必要であることと、人に教えることには自信があったため、知人から塾で働いてみないかと声をかけられて、指導力を評価され数年間塾講師のアルバイトをしていた。その時わかったことは「勝てる場所で誰よりも努力すること」だった。
「勝てる場所で誰よりも努力すること」
これはかなり重要なことだと思う。でもそこの見極めが難しいんだよな・・・。
運・決断等いろいろな要素がある。
とにかく前を向くしかない。
そう思う。
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ウィキペディアより引用
日本長期信用銀行系シンクタンク「日本長期信用銀行経営研究所」でアナリスト職を希望していたが配属されず5か月で退社したのち、家庭教師をしたり、友人と投資顧問会社やIT企業の走りのような会社を起業して失敗したり、株取引で大損をしたり、競馬で食費をつないだりしていた。予備校講師になるまでの3年間は「火事になったこと」と「泥棒に入られたこと」以外はよく覚えておらず「空白の3年間」と呼んでいる。この時期に株取引や競馬の失敗で1000万円を超える借金を抱えた[8](正確には1800万円で大部分は親族からの借り入れ)。
大部分が親族から借り入れているということで自分とは状況は異なるが、厳しかったことは変わりない。どん底から這い上がったというのは本当にとてつもないことだと思う。
東大の同級生が官僚やエリートビジネスマンに転身した中、家庭教師という身分の自分を嫌っていた、借金返済の金策が必要であることと、人に教えることには自信があったため、知人から塾で働いてみないかと声をかけられて、指導力を評価され数年間塾講師のアルバイトをしていた。その時わかったことは「勝てる場所で誰よりも努力すること」だった。
「勝てる場所で誰よりも努力すること」
これはかなり重要なことだと思う。でもそこの見極めが難しいんだよな・・・。
運・決断等いろいろな要素がある。
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