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2016年08月22日

第329回 新婦人協会






文●ツルシカズヒコ




 一九二一(大正十)年二月一日、『労働運動』二次二号が発刊された。

 労働運動社が神田区駿河台北甲賀町の駿台倶楽部内に移ったのは一月中旬だったが、以降、大杉は麹町区有楽町の露国興信所(ロシア人経営の貸しアパート)から、駿河台の労働運動社まで通った。

「病室から」(『労働運動』二次二号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第三巻』/日本図書センター『大杉栄全集 第14巻』)によれば、大杉は奥山医師からは「絶対安静」を命じられていたが、『労働運動』二次の初号ができるまでは無理をして朝から晩まで社で仕事をしていたので、夕方、有楽町のアパートに帰宅すると氷嚢で胸を冷やさなければならないほど体調が悪化していた。

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『労働運動』二次二号の仕事は有楽町の「病室」(アパート)でやっていたようで、「病室から」には友人同志諸君へのお願いを四つ書いている。

 面会謝絶の札がかかっているときには黙って帰ってほしい、面会時間は十分ぐらいにしてほしい、病室内での禁煙、昼はともかく夜の誘いは絶対お断り、以上四つのお願いである。

 野枝は『改造』二月号(第三巻第二号)に「中産階級婦人の利己的運動ーー婦人の政治運動と新婦人協会の運動について」を寄稿した。

「婦人参政・拒婚同盟」特集欄の一文である。

 平塚らいてうら七名が執筆しているが、「婦人参政」については他に長谷川如是閑が執筆している。

 以下、抜粋要約。





〈一〉

 ●私は現在の婦人の政治運動には、男子のそれと同様に、なんの興味もありません。

 ●だから、婦人の政治運動の実際に関しても知識がありませんが、なんの引け目も感じません。

 ●その気になれば、そんなものの知識などすぐに身につけることができるでしょうから。

 ●私は婦人の政治運動に関する知識は持っていませんが、その運動の精神に対する理解は持ち合わせているつもりですから、批評をすることはできます。

 ●婦人参政権運動と言えば、英米の猛烈な示威運動や宣伝を第一に思い浮かべます。

 ●その団結や意気には感心し、羨ましくも思いますが、あれだけの努力が婦人たちのために実際どれだけ役に立っているのかを考えると、馬鹿らしくなります。

 ●婦人が参政権を得て政治に参加し、男子の勝手な為政から婦人や子供の権利を獲得し、擁護するのは非常に結構なことだと思います。

 ●しかし、考えなければならないことは、政治がどこまで信頼できるものかということです。

 ●現在の政治は立派な理想や希望を受け容れるような、余地を持っているでしょうか?

 ●ある社会的事業を成し遂げるには、その事業を多数の人に認めてもらうことが必要になり、最も多数の意志によって成り立っているのが政府だから、政府に認めさせるのが最上の方法とされています。

 ●しかし、「多数」の意志によって決定したことが、民衆の上にどれほど禍をもたらしていることでしょう。

 ●「もっともよき内容」を供えた「多数」なら問題はないのです。

 ●けれども、今は「最も多くの人々の心に遍在する醜悪なもの」が「多数」としてまかり通っています。

 ●すなわち、すべてのことが「数」で決定されていて、内容はまるで問題にされていないのです。

 ●議院において民衆の代表者である議員はどんなことしているでしょう。

 ●民衆の真の要求は常に裏切られ、権力や財貨が常に勝利しているのです。





〈二〉

 ●英米ことに英国の婦人参政権の運動者たちが、政府の圧力に対して憤激し反抗し戦ったにもかかわらず、彼女たちは政府の権力を認めて政治に頼る道を選びましたが、私の婦人参政権運動に対する最初のそして最大の侮蔑は、それに対してでした。

 ●女権論者である彼女たちは、権力からの圧迫を、女性の反抗に対する男性の因習的な圧迫だと解釈しているようですが、それは事実に対する正しい観察や批判を欠いていると思います。

 ●彼女たちは男性が女性に対して与える不平等暴虐は知り抜いていますが、自分たちの親兄弟たちがそれ以上の暴虐を、他の婦人の夫や親兄弟に与えている事実についてはまるで知りもしなければ、考えてみようともしません。

 ●彼女たちは参政権を得ることができるでしょう。現に獲得してもいます。

 ●しかし、彼女たちは自分たちの要求がいかに浅薄皮相なものであったか、そしてその努力がいかに徒労であったかを、すぐに知るでしょう。

 ●彼女たちが本当に婦人や子供たちのために何かをなそうとするならば、参政権の行使ではなく他の手段によらなければならないことに気づくはずです。

 ●「男子同様に」だけで満足している女権論者は論外です。





〈三〉

 ●最近、新婦人協会は日本の婦人界の一勢力になっていますが、彼女たちの政治に対する盲目的な態度に、私はイラつきます。

 ●新婦人協会が掲げる綱領や事業は、婦人にとって極めてありがたいことですが、彼女たちの実際運動に対しては、私はなんの敬意も払うことができません。

 ●彼女たちは女性の政治活動を禁止した治安警察法第五条修正と、花柳病の男性の結婚制限に関する「母性の保護の要求」請願運動をしています。

 ●この請願運動は、婦人の参政権要求運動を引き起こすことになるのでしょう。

 ●それが成功して、婦人が男性と同等に政治的な自由を獲得したとして、その自由を謳歌できるのはどんな階級に属する婦人でしょうか。

 ●婦人や子供の問題も重要ですが、その婦人や子供の夫や父親が彼らの雇い主からどれほど過酷な扱いを受けているかという視点が、新婦人協会の面々にはありません。

 ●貧しい多くの娘たちは、不味いものを食べるだけのわずかな報酬しか得られない賃金奴隷として、雇い主を肥やすために利用されています。

 ●彼女たちには母性の保護など考える余裕はありません。





〈四〉

 ●新婦人協会の運動は、中産階級の利己的な運動にすぎません。

 ●彼女たちは、自分たちが特殊な階級に属していることに気づいていません。

 ●彼女たちは、政治が権力保護、利益壟断(ろうだん)の機関にすぎないのに、あたかも民衆の要求が受け容れられる機関だと信じているおめでたい人々です。

 ●新婦人協会の面々は、今日までの自分の生活において不都合不自由を感じたことを改善するという狭い思考の持ち主です。

 ●たとえば、子供についても、自分たちの子供に対する不安を具体的に示したものばかりです。

 ●中産階級知識階級婦人は婦人労働者に優越感を持ち、婦人労働者を卑下し「教化」指導していますが、まずこれを恥ずべきです。

 ●欧州各国において、中産階級婦人の援助のために、労働組合の発達を阻害された例がいくつもあります。

 ●新婦人協会の運動の成果が平等にゆきわたるには、それを受け容れる生活状態が平等でなければならないのです。

 ●新婦人協会の面々は、それに気づいていません。





〈五〉

 ●新婦人協会は自分たちの立場だけを考えて、利己的な運動に専念すればよい。

 ●しかし、婦人労働者を「教化」することはやめてほしい。

 ●不幸な労働者階級の婦人たちは、夫や子供たちと協力して、切実に彼らに迫っている悲壮な戦いに参加するでしょう。

 ●そして、ここでも私は真に暖かい心の持ち主だったロシアの婦人たちがやったことを思います。

 ●大学の開放を要求して拒絶されれば、すぐに他の方法で要求を貫徹させました。

 ●彼女たちは、あらゆる暴虐と戦い、人民の無知な心を叩いてまわりました。

 ●不正なものに対しては、男子と肩をすり合わせて勇敢に戦いました。

 ●彼女たちは知識も教養も持っていましたが、利己心を棄てて命をかけて戦いました。

 ●現在の切迫した社会状態に一切無関心な新婦人協会の婦人たちは、中産階級の女だけの内輪な運動を推進していけば、権力の保護の下、その運動は着々と効果を納めていくでしょう。





 野枝は此の原稿の最後に「附記」を記している。

 附記ーー私はこの一文を書くに当たつていくつもの不自由を感じました。

 その不自由の内、最も私の筆を渋らせたのは、新婦人協会の重な人々の思想的な基礎についての批評を除外した事です。

 私は以前から表面に表はれた運動の批評よりは、その思想的方面に対する批評をして見ようと企てゝゐるのです。

 そして、其女性偏重及び教育過信に対しては充分な意見を発表して見たい希望で、其腹案も半分以上は出来てゐるのです。

 で、此度改造社からのお話で此一文を書くにあたつてもそれが始終邪魔をしてどうしてもうまくまとめることが出来ないのです。

 それで申訳けのない次第ながら此儘発表します。

 そして他日、前述のものが書けました際にまた併せて読んで頂きたいと思ひます。


(「中産階級婦人の利己的運動ーー婦人の政治運動と新婦人協会の運動について」/『改造』1921年2月号・第3巻第2号/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』_p238~239)


『定本 伊藤野枝全集 第三巻』解題によれば、「新婦人協会の重な人々」は誰なのかはっきりしないが、同協会の理事三人は平塚らいてう、市川房枝奥むめお、評議員は山田わか、坂本真琴、田中孝子、矢部初子ら十人である。


★『定本 伊藤野枝全集 第三巻』(學藝書林・2000年9月30日)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 14:09| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)『秩父事件再発見』(新日本出版社)など。
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