2016年02月08日
国際私法 平成20年度第1問
問題文
日本に常居所を有する60歳の甲国人男Aは、事理を弁識する能力を欠く常況にあったため、日本の裁判所により後見開始の審判を受け、嫡出子である甲国人Xが、Aの後見人として選任された。Aには認知をしていなかった甲国人の非嫡出子Yがいた。一時的に事理を弁識する能力を回復したAは、日本において、遺言書に「Yを自己の子として認知する。」旨、日付及び氏名を自著し、これに押印した。遺言書作成に当たっては、医師1名が立ち会い、Aに事理を弁識する能力のあることを確認する旨を遺言書に付記し、署名押印している。その後、Aは、日本国籍を取得し、日本において死亡した。Yは、日本において、Aの遺産の分割をXに対して求めている。
この事例について、甲国の国際私法からの反地はないものとして、以下の設問に答えなさい。
なお、設問の各問いは、いずれも独立したものである。また、甲国の民法は、その要件・効果とも、日本の民法が定める後見制度と同視することができる後見制度を有しており、認知と遺言については次の規定があること及び本件事例には法の適用に関する通則法(平成18年法律第78号)が適用されることを前提とする。
【甲国の民法】
第P条 父が被後見人であるときは、後見人の同意を得て認知をすることができる。
第Q条 認知は、遺言によっても、することができる。
第R条 認知には、子の承諾を要しない。
第S条 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自著し、これに印を押さなければならない。
第T条 被後見人は、その事理を弁識する能力が回復した時に限り、遺言をすることができる。
2 前項の場合には、医師1名以上が事理を弁識する能力のあることを遺言書に付記し、署名押印しなければならない。
第U条 遺言は、遺言者の死亡した時からその効力を生ずる。
〔設問〕
1.Aは遺言能力を有しているか。
2.Aの遺言は方式に関して有効に成立しているか。
3.Aの遺言が有効に成立しているとした場合、Yの認知は有効に成立しているか。
なお、A死亡の時点においてYは20歳であり、Xは、AによるYの認知を容認しない態度をとっているとする。
回答
設問1
Aは日本に常居所を有し、遺言作成時に甲国人であったから、Aの遺言能力の有無は渉外性を有する。遺言能力は人の行為能力と性質決定できるから、4条でその有無を決めるべきとも思えるが、4条は財産的行為能力に限って適用されると解されている(4条3項参照)。渉外性を有する遺言は、意思表示としての遺言自体の問題と遺言の内容となる法律行為の問題に分けられ、前者には37条が適用されると解されている。そこで、Aの遺言能力も37条で決める。
37条が遺言の成立及び効力を成立当時の遺言者の国籍に連結している。これに従えば、Aの遺言能力はAの本国法たる甲国法が準拠法となる。
甲国法T条は、被後見人はその「事理を弁識する能力が回復した時」に遺言能力を有する。そして、医師1名以上が事理弁識能力のあることを遺言書に付記し、署名押印しなければならないが(同2項)Aは、遺言をした当時これらの要件を満たす。
Aは日本の裁判所により日本法で後見開始の審判を受けたが、自己の行為の利害得失を判断する能力が不十分な者を保護する趣旨は甲国の民法と同じと考えられるから、Aは甲国民法T条の「被後見人」に当たると解する。
したがって、Aは遺言能力を有している。
設問2
1 遺言の方式に関する準拠法は、遺言の方式の準拠法(以下「遺言準拠法」という。)に関する法律で決める。Aの遺言が方式に関して有効に成立しているかどうかもこの法律を用いる。同法は、2条各号に掲げるいずれかに適合するときは、遺言の方式に関し有効としている。このように広い要件を定めているのは、遺言が方式の点で無効となるのをできるだけ防ぐことである(遺言保護)。
2 日本民法上の有効性
遺言準拠法2条1号の「行為地法」はAが遺言をした地は日本であるから日本法である。
民法968条1項によれば、自筆証書遺言の方式は全文、日付及び氏名を自書し、押印することである。Aの遺言書はこの要件を満たしている。
3 したがって、Aの遺言は方式に関して有効に成立している。
4 ちなみに、Aの遺言成立当時の国籍国法(遺言準拠法2条2号)である甲国法によっても、甲国民法S条は日本民法968条1項と同内容であるから、有効に成立する。
設問3
1 遺言による認知の効力は、遺言の内容となる法律行為の問題だから、37条の問題とはならない。29条1項前段は、非嫡出親子関係の成立に関して事実主義と認知主義双方の非嫡出親子関係の成立に適用される。そして、特に認知による親子関係の成立は、親子関係をできるだけ成立させることが子の利益に資するから、29条1項前段と同2項の選択的連結が定められている。1項後段は子の保護の趣旨から「子又は第三者の同意」を必要としている。
2(1)本件は「子の出生当時における父の本国法」(29条1項)は甲国法である。甲国民法P条は認知をするのに後見人の同意を必要としており、日本民法上後見人とされているXは甲国民法P条の「後見人」に当たると解されるから、Xの同意がないAの認知は無効である。
(2)しかし、「認知の当時における認知する者…の本国法」は、日本法である。なぜなら、Aは死亡する前に日本国籍を取得し、遺言の効力(設問1で検討したように甲国法が準拠法となる)は死亡の時から生ずるからである(甲国民法U条)。日本法上、認知をするには後見人の同意は不要である(民法780条)。そして、Yの父であるAは認知することができるし(779条)、認知は遺言によってもすることができる(781条)。Yは成年だからその承諾が必要だが(782条)、YはAの遺産分割を求めているから承諾はあると考えられる。786条との関係で、Xが認知を容認しない態度を取っていることが問題となるが、786条は認知の訴えを提起できることを規定したものであり、子その他の利害関係人の同意が認知の有効要件となるわけではない。したがって、日本法上、認知は有効に成立している。
3 ただ、通則法29条1項後段が「第三者の同意」を認知の有効要件としていることから、甲国民法P条の「後見人」すなわちXの同意がない本件では認知は無効とも思える。しかし、前述のように29条1項後段の趣旨は子の保護だから、「第三者」(29条1項後段)とは、子と利害が一致する者を意味すると解すべきである。そうすると、Xは遺産を巡ってYと利益相反関係にあるから「第三者」に当たらず、その同意は不要である。
4 したがって、Yの認知は有効に成立している。 以上
日本に常居所を有する60歳の甲国人男Aは、事理を弁識する能力を欠く常況にあったため、日本の裁判所により後見開始の審判を受け、嫡出子である甲国人Xが、Aの後見人として選任された。Aには認知をしていなかった甲国人の非嫡出子Yがいた。一時的に事理を弁識する能力を回復したAは、日本において、遺言書に「Yを自己の子として認知する。」旨、日付及び氏名を自著し、これに押印した。遺言書作成に当たっては、医師1名が立ち会い、Aに事理を弁識する能力のあることを確認する旨を遺言書に付記し、署名押印している。その後、Aは、日本国籍を取得し、日本において死亡した。Yは、日本において、Aの遺産の分割をXに対して求めている。
この事例について、甲国の国際私法からの反地はないものとして、以下の設問に答えなさい。
なお、設問の各問いは、いずれも独立したものである。また、甲国の民法は、その要件・効果とも、日本の民法が定める後見制度と同視することができる後見制度を有しており、認知と遺言については次の規定があること及び本件事例には法の適用に関する通則法(平成18年法律第78号)が適用されることを前提とする。
【甲国の民法】
第P条 父が被後見人であるときは、後見人の同意を得て認知をすることができる。
第Q条 認知は、遺言によっても、することができる。
第R条 認知には、子の承諾を要しない。
第S条 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自著し、これに印を押さなければならない。
第T条 被後見人は、その事理を弁識する能力が回復した時に限り、遺言をすることができる。
2 前項の場合には、医師1名以上が事理を弁識する能力のあることを遺言書に付記し、署名押印しなければならない。
第U条 遺言は、遺言者の死亡した時からその効力を生ずる。
〔設問〕
1.Aは遺言能力を有しているか。
2.Aの遺言は方式に関して有効に成立しているか。
3.Aの遺言が有効に成立しているとした場合、Yの認知は有効に成立しているか。
なお、A死亡の時点においてYは20歳であり、Xは、AによるYの認知を容認しない態度をとっているとする。
回答
設問1
Aは日本に常居所を有し、遺言作成時に甲国人であったから、Aの遺言能力の有無は渉外性を有する。遺言能力は人の行為能力と性質決定できるから、4条でその有無を決めるべきとも思えるが、4条は財産的行為能力に限って適用されると解されている(4条3項参照)。渉外性を有する遺言は、意思表示としての遺言自体の問題と遺言の内容となる法律行為の問題に分けられ、前者には37条が適用されると解されている。そこで、Aの遺言能力も37条で決める。
37条が遺言の成立及び効力を成立当時の遺言者の国籍に連結している。これに従えば、Aの遺言能力はAの本国法たる甲国法が準拠法となる。
甲国法T条は、被後見人はその「事理を弁識する能力が回復した時」に遺言能力を有する。そして、医師1名以上が事理弁識能力のあることを遺言書に付記し、署名押印しなければならないが(同2項)Aは、遺言をした当時これらの要件を満たす。
Aは日本の裁判所により日本法で後見開始の審判を受けたが、自己の行為の利害得失を判断する能力が不十分な者を保護する趣旨は甲国の民法と同じと考えられるから、Aは甲国民法T条の「被後見人」に当たると解する。
したがって、Aは遺言能力を有している。
設問2
1 遺言の方式に関する準拠法は、遺言の方式の準拠法(以下「遺言準拠法」という。)に関する法律で決める。Aの遺言が方式に関して有効に成立しているかどうかもこの法律を用いる。同法は、2条各号に掲げるいずれかに適合するときは、遺言の方式に関し有効としている。このように広い要件を定めているのは、遺言が方式の点で無効となるのをできるだけ防ぐことである(遺言保護)。
2 日本民法上の有効性
遺言準拠法2条1号の「行為地法」はAが遺言をした地は日本であるから日本法である。
民法968条1項によれば、自筆証書遺言の方式は全文、日付及び氏名を自書し、押印することである。Aの遺言書はこの要件を満たしている。
3 したがって、Aの遺言は方式に関して有効に成立している。
4 ちなみに、Aの遺言成立当時の国籍国法(遺言準拠法2条2号)である甲国法によっても、甲国民法S条は日本民法968条1項と同内容であるから、有効に成立する。
設問3
1 遺言による認知の効力は、遺言の内容となる法律行為の問題だから、37条の問題とはならない。29条1項前段は、非嫡出親子関係の成立に関して事実主義と認知主義双方の非嫡出親子関係の成立に適用される。そして、特に認知による親子関係の成立は、親子関係をできるだけ成立させることが子の利益に資するから、29条1項前段と同2項の選択的連結が定められている。1項後段は子の保護の趣旨から「子又は第三者の同意」を必要としている。
2(1)本件は「子の出生当時における父の本国法」(29条1項)は甲国法である。甲国民法P条は認知をするのに後見人の同意を必要としており、日本民法上後見人とされているXは甲国民法P条の「後見人」に当たると解されるから、Xの同意がないAの認知は無効である。
(2)しかし、「認知の当時における認知する者…の本国法」は、日本法である。なぜなら、Aは死亡する前に日本国籍を取得し、遺言の効力(設問1で検討したように甲国法が準拠法となる)は死亡の時から生ずるからである(甲国民法U条)。日本法上、認知をするには後見人の同意は不要である(民法780条)。そして、Yの父であるAは認知することができるし(779条)、認知は遺言によってもすることができる(781条)。Yは成年だからその承諾が必要だが(782条)、YはAの遺産分割を求めているから承諾はあると考えられる。786条との関係で、Xが認知を容認しない態度を取っていることが問題となるが、786条は認知の訴えを提起できることを規定したものであり、子その他の利害関係人の同意が認知の有効要件となるわけではない。したがって、日本法上、認知は有効に成立している。
3 ただ、通則法29条1項後段が「第三者の同意」を認知の有効要件としていることから、甲国民法P条の「後見人」すなわちXの同意がない本件では認知は無効とも思える。しかし、前述のように29条1項後段の趣旨は子の保護だから、「第三者」(29条1項後段)とは、子と利害が一致する者を意味すると解すべきである。そうすると、Xは遺産を巡ってYと利益相反関係にあるから「第三者」に当たらず、その同意は不要である。
4 したがって、Yの認知は有効に成立している。 以上
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