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2016年02月09日

国際私法 平成19年度第2問

問題文
 Yは甲国に主たる事業所を有する世界有数の医薬品製造販売業者である。Yはその製造する医薬品Aを甲国だけでなく、乙国等多くの国においてそれらの国に所在する事業所を通じて販売している。医薬品Aは日本の薬事法上の承認を受けておらず、Yは、日本に事業所を通じて販売している。医薬品Aは日本の薬事法上の承認を受けておらず、Yは、日本に事業所も担当者も置いていない。Xは日本に常居所を有する日本人である。以上の事実を前提として以下の設問に答えよ。
 なお、各設問はいずれも独立した問いであり、本件には、法の適用に関する通則法(平成18年法律第78号)が適用されることを前提とする。
〔設問〕
1.Xは、乙国に赴いた際に、日本では購入できない医薬品Aが売られていたので、乙国でこれを購入した。Xは、日本に帰国後、医薬品Aをしばらく服用していたが、体調が悪くなったため、病院で精密検査を受けたところ、医薬品Aの副作用の結果であることが判明し、日本の病院で乳通院を余儀なくされた。
(1)XはYに対し、入通院に要した費用等の損害賠償を求める訴えを日本の裁判所に提起した。日本の裁判所はこの訴えについて国際裁判管轄権を有するか。
(2)XのYに対する損害賠償請求に適用される法はいかなる国の法か。
2.乙国に常居所を有するZは、医薬品Aを大量に購入し、それが医薬品として承認されていない国々の居住者に対しても販売している。Xは、インターネットを利用してZから医薬品Aを購入し、郵送によって受領した。Xが医薬品Aをしばらく服用したところ、その副作用のため健康を害し、日本において入通院を余儀なくされた。XのYに対する入通院に要した費用等の損害賠償請求に適用される法はいかなる国の法か。

回答
設問1(1)
1 日本の裁判所が管轄権を有するか否かは民訴法3条の2以下の規定による。
2 3条の4第1項に基づき管轄が認められないか問題となり得る。同条は事業者と消費者の訴訟追行能力の差を考慮して、3条の2以下の他の規定と重ねて特に消費者を保護するために設けられた規定である。しかし、同条項は消費者と事業者との間で締結される契約に適用されるところ、本件で消費者Xは事業者Yとではなく乙国の販売店と売買契約を締結しているので、適用対象外である。
3 3条の3第8号に基づき管轄が認められないか。同条の「不法行為」とは国際私法上の概念であり、違法な行為によって他人に損害を与えた者が被害者に対してそれを賠償すべき債務を負う法律関係をいう。YはAの副作用という違法な行為によってXに入院に要した費用等の損害を与えたから、XY間の法律関係は「不法行為」に当たる。そして同号の「不法行為があった地」とは、加害行為地だけでなく結果発生地も含むと解されている。この趣旨は、不法行為地には証拠が存在する蓋然性が大きく、被害者保護に資する場合が多いからである。もっとも、不法行為が偶発的出来事であることから、加害者の予測可能性も考慮すべきであり、この趣旨で8号カッコ書きが定められている。結果発生地たる日本で訴えが提起された本件のような場合には、日本における結果発生が「通常予見することのできないもの」であるか否かが判断される。
 本件は、医薬品Aは日本の薬事法上の承認を受けておらず、Yは日本に事業所も担当者も置いていないことが、日本国内における結果発生が「通常予見することのできないもの」であることを立証する間接事実となる。一方、Yは世界有数の医薬品製造販売業者であること、Yはその製造する医薬品を甲国だけでなく乙国等多くの国においてもそれらの国の事業所を通じて販売していることは、「通常予見することのできないもの」であることを否定する間接事実となる。一般にある医薬品が未承認国の国民でも、承認国の国でそれらを買うことは容易な場合には、客観的に見て未承認国において副作用が発症する可能性はあるのだから、乙国でAの購入がXにも容易な状態で販売していたYは、Xの本国である日本で副作用が発症することを予見すべきである。そのため、本件は「通常予見することのできないもの」であるとは言えず、副作用という結果発生地すなわち「不法行為があった地」が「日本にあるとき」の要件を満たす。
4 3条の9で考慮されるべき特別の事情は認められない。
5 したがって、日本の裁判所は管轄権を有する。
設問1(2)
1 XのYに対する損害賠償請求は前述の不法行為に基づくものだから、通則法17条以下による。
2 AはYによって「生産され…た物」だから「生産物」(18条)に当たり、AはXに引き渡されているから「引渡しがされたもの」に当たる。「瑕疵」とは物が通常有すべき性質を有していないことを指し、Aの副作用はこれに当たる。そのため、本件は18条が適用される。
 同条の趣旨は以下のとおりである。生産物は性質上転々流通するから、17条によれば結果発生地が過度に広がるとともにそれが偶然に決定される可能性があり不都合である。そこで通則法は、生産者と被害者の接点であり、双方の利益のバランスをとることができるという観点から、生産物責任の準拠法を「市場地」法とする考え方を採用している。「市場地」の具体的内容は、本文では被害者保護の観点から引渡地とし、但書では生産業者と被害者の利益のバランス等の要請から主たる事業所所在地法としている。
 本件では、被害者Xが「引渡を受けた地」(18条本文)は、現実の引渡しを受けた乙国である。乙国ではAは承認されているから、乙国での引渡しは「通常予見することのできないもの」(18条但書)に当たらない。
そのため、乙国法が準拠法となる。
3 20条(例外条項)は明らかにより密接な関係がある地がある場合に例外的に当該地の法律を適用するとしているが、本件ではそのような地は見当たらない。
4 22条(特別留保条項)は日本法の重畳適用を定めている。同条は不法行為が日本の公序に関わることがあるため定められているが、不法行為は公益よりも私人間の利益調整の観点から把握されるのが最近の傾向だから、その合理性には疑問がある。
 この規定により、日本法も準拠法となる。
5 以上より、乙国法及び日本法が準拠法となる。
設問2
 XのYに対する入通院に要した費用等の損害賠償請求は不法行為の問題と性質決定され、前問と同じく生産物責任の問題だから18条による。
 本問はインターネットを通じた売買契約であり、引渡地と受領地が異なる。そのため、「引渡しを受けた地」の解釈が問題となる。前述のように、18条は生産者の予見可能性と被害者の保護との調和の観点から「市場地」法を準拠法としているのである。そして、一般的にインターネット販売のような隔地的取引の場合、消費者は世界中からアクセスするため予見不可能だから、販売場所が「市場地」となると解する。
 したがって、本件では受領地たる日本ではなく、引渡地たる乙国の法が準拠法となる。
以上

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