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2016年02月05日

民事訴訟法 平成22年度第2問

問題文
 Xは、Yに対し、ある名画を代金100万円で売却して引き渡したが、Yは、約束の期限が過ぎても代金を支払わない。この事例について、以下の問いに答えよ。なお、各問いは、独立した問いである。
1 Xは、Yを被告として、売買代金100万円の支払いを求める訴えを提起し、第一審で請求の全部を認容する判決を得たが、代金支払期限後の遅延損害金の請求を追加するため、この判決に対して控訴を提起した。この控訴は適法か。
2 Yが、Xから買い受けた絵画は贋作であり、売買契約は錯誤によって無効であると主張して、代金の支払を拒否したため、Xは、Yを被告として、売買代金100万円の支払請求を主位的請求、絵画の返還請求を予備的請求とする訴えを提起した。
(1)第一審でXの主位的請求の全部を認容する判決がされ、この判決に対してYが控訴を提起したところ、控訴裁判所は、XY間の売買契約は無効で、XのYに対する売買代金債権は認められないとの結論に達した。この場合、控訴裁判所は、どのような判決をすべきか。
(2)第一審で主位的請求を全部棄却し、予備的請求を全部認容する判決がされ、この判決に対してYのみが控訴を提起したところ、控訴裁判所は、XY間の売買契約は有効で、XのYに対する100万円の売買代金債権が認められるとの結論に達した。この場合、控訴裁判所は、どのような判決をすべきか。

回答
設問1
1 控訴は相手方や裁判所に負担を課すから、控訴を適法に提起するためには控訴の利益が必要である。どのような場合に控訴の利益が認められるかが問題となる。
 通説は、申立てにおいて求めた判決を得られたかどうかで判断する(形式的不服説)。しかし、黙示の一部請求の後に残部請求ができなくなってしまい、その場合には例外的に控訴の利益を認めるという理論構成にならざるを得ず妥当でない。そこで、控訴人が判決効によって別訴での救済を受けられなくなる場合に控訴の利益が認められると解する(新実体的不服説)。この説でも訴え却下判決に対して請求棄却を求める控訴が説明できないが、形式的不服説よりは妥当な結論を導きやすい。
 本件は、形式的不服説によれば全部認容判決であるから原則として控訴は提起できない。そこで、形式的不服説を採るなら、Xに遅延損害金の支払を受けさせる必要性と、それをYに支払わせたとしてもYの不意打ちにならず、かつYは第一審で実質的に遅延損害金に対しても攻撃防御をしていることを理由に例外的に控訴の利益が認められるという説明になる。新実体不服説を採るなら、Xが全部認容判決後に別訴で遅延損害金を請求するのは争点効または信義則(2条)に反し許されないから(遅延損害金の法的性質は履行遅滞に基づく損害賠償請求権だから、売買代金支払請求権とは訴訟物が別であり、既判力には抵触しない。)、控訴の利益が認められるということになる。
2 また、Xに設問の控訴を提起させることがYの遅延損害金についての審級の利益(300条1項、307条参照)を害さないかも問題となるが、Yは第一審で実質的に遅延損害金請求に対して攻撃防御していると認められるという前述の理由で、Yの審級の利益を害することはないと言える。
3 したがって、Xの控訴は適法である。
設問2(1)
1 主位的請求を全部認容した判決に対して被告が控訴し、控訴裁判所が主位的請求を棄却して予備的請求を認容することは、被告の不利益変更禁止原則(304条)に反しないか。
 不利益変更禁止原則とは、控訴裁判所が、相手方の控訴又は附帯控訴がないかぎり、控訴オ人の不利に第一審判決の取消又は変更をすることができないという原則である。その根拠は処分権主義(246条)に求めるのが通説である。処分権主義とは、当事者に訴訟の開始、審判対象の確定とその範囲の限定、判決によらずに訴訟を終了させる権限を認める建前であり、実体法上の私的自治を訴訟法的に反映したものである。しかし、控訴は既に提起されている訴訟についてされるものだから、処分権主義との関連は薄い。そこで私見では不利益変更禁止原則は控訴を委縮させないための政策的な規定と解する。
 本件では不利益変更禁止原則の根拠を処分権主義に求めると、Yによって控訴審の審判対象が主位的請求に限られているにも関わらず、予備的請求を認容してしまうのは不利益変更禁止原則に反し許されないのが原則と言える。しかし、実体法上、主位的請求たる売買代金請求訴訟が棄却されれば、予備的請求たる絵画の返還請求が認められる関係にある。そして、主位的請求を認容されたXに附帯控訴を期待することはできないし、控訴を提起したYは控訴が認容された場合に予備的請求が認容されることを予期していると言えるし、予備的請求についてもYは実質的に第一審で審理を尽くしていたと言える。そのため、例外的に不利益変更禁止原則に反しないと説明することになる。
 不利益変更禁止原則は政策だとする自説からは、そもそも控訴審の審判対象を主位的請求に限定する必要はなく、当然に予備的請求を認容しうるということになる。
2 控訴裁判所が予備的請求を認容することが、予備的請求についてのYの審級の利益を害さないか問題となるも、前述のように本件の主位的請求と予備的請求はいずれか一方が成立する関係にあるため、第一審で実質的に予備的請求についての審理もされていたとみることができ、Yの審級の利益を害してはいない。
3 したがって、控訴裁判所は、主位的請求を認容した原判決を破棄し、予備的請求認容の自判をすべきである。
設問2(2)
1 主位的請求を棄却し予備的請求を認容した判決に対して被告が控訴し、控訴裁判所が予備的請求を棄却する場合に主位的請求を認容することは、不利益変更禁止原則に反し違法ではないか。
 一般的に主位的請求のほうが予備的請求よりも原告の本来の要求に近く、そのため被告にとって負担が大きいと考えるならば、主位的請求の認容は被告にとっては不利益変更となろう。判例もそのように解している。
 しかし、本件は絵画の代金を支払っても絵画を引渡しても被告の負担はそれほど異ならないと考えられるし、(1)では主位的請求を棄却して予備的請求を認めることが不利益変更にならないという結論に至ったので、本件で判例通りに判断するのは(1)と矛盾するように思える。
 実質的に考えても、本件で予備的請求を棄却された場合に主位的請求が認容されることはYは予期しているべきだし、第一審で棄却された主位的請求についてYは当然に防御の手続を尽くしているはずである。ただ、(1)と少し異なり、主位的請求を棄却されたXに控訴ないし附帯控訴の提起を期待するのはそれほど不合理ではないが、そうかといって本件のように主位的請求と予備的請求の利益状況が異ならない場合にもそのように言い切れるわけではなく、本件Xが絵画の返還に満足して控訴ないし附帯控訴しなかったことを特段責めるわけにはいかない。
2 主位的請求は第一審で棄却されているので、審級の利益は本件では問題にならない。
3 したがって、控訴裁判所は、予備的請求を棄却し、主位的請求を認容すべきである。
以上

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