2016年02月05日
民事訴訟法 平成22年度第1問
問題文
Aは、Bに対し、平成21年11月2日、返済期日を平成22年3月31日とする約定で200万円を貸し渡した。このような消費貸借契約(以下「本件契約」という。)が成立したことについてはAとBとの間で争いがなかったが、Bがその返済期日にAに本件契約上の債務を弁済したかどうかが争いとなった。
そこで、Bは、同年4月30日、Aを被告として、本件契約に基づくBのAに対する債務が存在しないことを確認するとの判決を求める訴えを提起した。
この事例について、以下の問いに答えよ。なお、各問いは、独立した問いである。
1 Bの訴えに係る訴状の送達を受けたAは、同年5月20日、Bの訴えとは別の裁判所に、別訴として、Bを被告として、本件契約に基づいて200万円の支払いを請求する訴えを提起した。この場合のBの訴えとAの訴えのそれぞれの適法性について論ぜよ。
2 Bの訴えに係る訴状の送達を受けたAは、同年5月20日、Bの訴えに対する反訴として、Bを反訴被告として、本件契約に基づいて200万円の支払いを請求する訴えを提起した。
(1)この場合のBの訴えとAの反訴のそれぞれの適法性について論ぜよ。
(2)同年6月1日の第1回口頭弁論期日において、Bは、Aの請求に対して、BはAに本件契約上の債務を全額弁済したのでAの請求を棄却するとの判決を求めると述べるとともに、Bの訴えを取り下げる旨述べ、これに対し、Aは、Bの訴えの取り下げに同意すると述べた。その後の同年7月15日の第2回口頭弁論期日において、Aは、反訴を取り下げる旨述べたが、Bは、Aの反訴の取り下げに異議を述べた。この場合のAの反訴の取り下げの効力について論ぜよ。
回答
設問1
1 Bの提起した債務不存在確認訴訟は、Bが訴え提起をした平成22年4月30日の時点では適法である。
2 Aの提起した訴訟は、二重起訴であって不適法ではないか(142条)。
142条の趣旨は@被告の応訴の煩、A訴訟不経済、B矛盾判決の危険の防止と言われる。しかし、Bについては前訴判決の存在を看過した場合にしか問題にならず、その場合でも後の判決を再審で取消すことができるから(338条1項10号)、理由にならない。二重起訴に当たるかどうかは訴訟物の同一性で判断する。Bの提起した訴訟とAの提起した訴訟の訴訟物はいずれもAのBに対する本件契約に基づく債権であるから、同一である。したがって、Aの訴訟は142条違反であるから不適法であり、却下されるのが形式的帰結である。
3 もっとも、確認訴訟よりも給付訴訟のほうが給付義務の存否まで確定できる点で紛争解決能力が高い。そのことを重視するならAの訴訟を適法とし、Bの訴訟を訴えの利益を欠くとして却下することも考えられる。訴えの利益とは、紛争解決のために訴訟によることの必要性・実効性を吟味する訴訟要件であり、訴訟が相手方や裁判所に手間をかけるものであることから必要とされる。現に、債務不存在確認訴訟に対して反訴で給付訴訟が提起された事案で、債務不存在確認訴訟を訴えの利益がないとして却下した判例がある。
本件はその判例と㋐反訴でなく別訴である点、㋑別の裁判所に提起している点が異なる。この二点をどうかんがえるか。まず㋐については、反訴であれば同一の裁判所で処理され、弁論が併合される可能性が高い。そのため二重起訴禁止の理由である被告の応訴の煩や訴訟不経済が生じず、紛争解決の実効性だけを考えればよいため、給付訴訟を残すという判断をしやすい。しかし、反訴であっても弁論の分離が禁止されているわけではないから(146条参照)、反訴と別訴でことさら違う判断をする理由はない。要するに、別訴であっても同一裁判所で弁論の併合を裁判所に義務付ける限り、判例の射程は及ぶと解する。
しかし本件では、甲は㋑別の裁判訴に提起しているのである。このままでは弁論が併合される可能性はなく、判例の射程外である。
そこで、以下のようにすればよい。まず、裁判所はそれぞれの訴訟が提起された裁判所のどちらで裁判を行うのがA及びBにとって衡平かを判断し、どちらかの訴訟をもう一方の訴訟が提起されている裁判所に移送すべきである(17条)。そして、移送された裁判所は二つの訴訟の弁論を併合する(152条1項)。そのうえで、Aの訴訟を残し、Bの訴訟を訴えの利益がないとして却下する。
したがって、以上の手続を経る限り、Aの訴えは適法であり、Bの訴えは不適法である。
設問2(1)
本問も形式的にはBの訴えは適法で、Aの反訴が二重起訴に当たり不適法である。しかし、弁論の分離を禁止する限り、Aの反訴が適法で、Bの訴えが訴えの利益を欠き不適法と解することができる。もっとも、前述の判例によれば、本件では弁論の分離を禁止するという条件なしに後者の結論となる。
設問2(2)
訴えの取下げ(261条)とは原告が訴えを撤回する訴訟行為である。私的自治の訴訟法的反映を根拠とする処分権主義(246条)の一環として認められる。反訴(146条)とは、訴訟の係属中に、被告が原告に対して、同じ訴訟手続での審判を求めて提起する訴えであるから、反訴の取下げとは、被告が反訴として提起した訴えを撤回する訴訟行為である。
訴え又は反訴の取下げは、取り下げる者の一方的意思表示で行われれば、訴訟による紛争解決を求めていた相手方の利益を害する。そこで、訴えの取下げは、相手方が本案について準備書面を提出するなどして争う意思を表明した場合には、相手方の同意を得なければ効力を生じないのが原則とされている(261条2項本文)。ただし、反訴の取下げには相手方の同意は不要である(同但書)。この261条2項但書を形式的に当てはめると、本件でAの反訴の取下げは有効である。
しかし、この結論は妥当でない。Bが本訴を取り下げたのは本訴の債務不存在確認訴訟よりも反訴の給付訴訟のほうが紛争解決力が高いためであって、本訴について争う意思をなくしたからではないからである。
そもそも261条2項但書が例外的に反訴の取下げに原告の同意を不要とした趣旨は、本訴を取り下げた原告には通常は本訴に係る紛争を民事訴訟という手段で解決する意思がなく、それにもかかわらず被告の反訴の取下げに同意しないのは信義に反するからだと考えられる。そうすると、本訴を取り下げた原告の意思が、本訴に係る紛争を民事訴訟で争う意思を残している場合には、261条2項但書は適用されないと解すべきである。
本件では、Bは本訴に係る紛争を民事訴訟で争う意思を残しているため、Bに261条2項但書は適用されない。
したがって、同条本文の原則通り、Aの反訴の取下げにはBの同意が必要であり、その同意が得られていない本件では、Aの反訴の取下げは無効である。 以上
Aは、Bに対し、平成21年11月2日、返済期日を平成22年3月31日とする約定で200万円を貸し渡した。このような消費貸借契約(以下「本件契約」という。)が成立したことについてはAとBとの間で争いがなかったが、Bがその返済期日にAに本件契約上の債務を弁済したかどうかが争いとなった。
そこで、Bは、同年4月30日、Aを被告として、本件契約に基づくBのAに対する債務が存在しないことを確認するとの判決を求める訴えを提起した。
この事例について、以下の問いに答えよ。なお、各問いは、独立した問いである。
1 Bの訴えに係る訴状の送達を受けたAは、同年5月20日、Bの訴えとは別の裁判所に、別訴として、Bを被告として、本件契約に基づいて200万円の支払いを請求する訴えを提起した。この場合のBの訴えとAの訴えのそれぞれの適法性について論ぜよ。
2 Bの訴えに係る訴状の送達を受けたAは、同年5月20日、Bの訴えに対する反訴として、Bを反訴被告として、本件契約に基づいて200万円の支払いを請求する訴えを提起した。
(1)この場合のBの訴えとAの反訴のそれぞれの適法性について論ぜよ。
(2)同年6月1日の第1回口頭弁論期日において、Bは、Aの請求に対して、BはAに本件契約上の債務を全額弁済したのでAの請求を棄却するとの判決を求めると述べるとともに、Bの訴えを取り下げる旨述べ、これに対し、Aは、Bの訴えの取り下げに同意すると述べた。その後の同年7月15日の第2回口頭弁論期日において、Aは、反訴を取り下げる旨述べたが、Bは、Aの反訴の取り下げに異議を述べた。この場合のAの反訴の取り下げの効力について論ぜよ。
回答
設問1
1 Bの提起した債務不存在確認訴訟は、Bが訴え提起をした平成22年4月30日の時点では適法である。
2 Aの提起した訴訟は、二重起訴であって不適法ではないか(142条)。
142条の趣旨は@被告の応訴の煩、A訴訟不経済、B矛盾判決の危険の防止と言われる。しかし、Bについては前訴判決の存在を看過した場合にしか問題にならず、その場合でも後の判決を再審で取消すことができるから(338条1項10号)、理由にならない。二重起訴に当たるかどうかは訴訟物の同一性で判断する。Bの提起した訴訟とAの提起した訴訟の訴訟物はいずれもAのBに対する本件契約に基づく債権であるから、同一である。したがって、Aの訴訟は142条違反であるから不適法であり、却下されるのが形式的帰結である。
3 もっとも、確認訴訟よりも給付訴訟のほうが給付義務の存否まで確定できる点で紛争解決能力が高い。そのことを重視するならAの訴訟を適法とし、Bの訴訟を訴えの利益を欠くとして却下することも考えられる。訴えの利益とは、紛争解決のために訴訟によることの必要性・実効性を吟味する訴訟要件であり、訴訟が相手方や裁判所に手間をかけるものであることから必要とされる。現に、債務不存在確認訴訟に対して反訴で給付訴訟が提起された事案で、債務不存在確認訴訟を訴えの利益がないとして却下した判例がある。
本件はその判例と㋐反訴でなく別訴である点、㋑別の裁判所に提起している点が異なる。この二点をどうかんがえるか。まず㋐については、反訴であれば同一の裁判所で処理され、弁論が併合される可能性が高い。そのため二重起訴禁止の理由である被告の応訴の煩や訴訟不経済が生じず、紛争解決の実効性だけを考えればよいため、給付訴訟を残すという判断をしやすい。しかし、反訴であっても弁論の分離が禁止されているわけではないから(146条参照)、反訴と別訴でことさら違う判断をする理由はない。要するに、別訴であっても同一裁判所で弁論の併合を裁判所に義務付ける限り、判例の射程は及ぶと解する。
しかし本件では、甲は㋑別の裁判訴に提起しているのである。このままでは弁論が併合される可能性はなく、判例の射程外である。
そこで、以下のようにすればよい。まず、裁判所はそれぞれの訴訟が提起された裁判所のどちらで裁判を行うのがA及びBにとって衡平かを判断し、どちらかの訴訟をもう一方の訴訟が提起されている裁判所に移送すべきである(17条)。そして、移送された裁判所は二つの訴訟の弁論を併合する(152条1項)。そのうえで、Aの訴訟を残し、Bの訴訟を訴えの利益がないとして却下する。
したがって、以上の手続を経る限り、Aの訴えは適法であり、Bの訴えは不適法である。
設問2(1)
本問も形式的にはBの訴えは適法で、Aの反訴が二重起訴に当たり不適法である。しかし、弁論の分離を禁止する限り、Aの反訴が適法で、Bの訴えが訴えの利益を欠き不適法と解することができる。もっとも、前述の判例によれば、本件では弁論の分離を禁止するという条件なしに後者の結論となる。
設問2(2)
訴えの取下げ(261条)とは原告が訴えを撤回する訴訟行為である。私的自治の訴訟法的反映を根拠とする処分権主義(246条)の一環として認められる。反訴(146条)とは、訴訟の係属中に、被告が原告に対して、同じ訴訟手続での審判を求めて提起する訴えであるから、反訴の取下げとは、被告が反訴として提起した訴えを撤回する訴訟行為である。
訴え又は反訴の取下げは、取り下げる者の一方的意思表示で行われれば、訴訟による紛争解決を求めていた相手方の利益を害する。そこで、訴えの取下げは、相手方が本案について準備書面を提出するなどして争う意思を表明した場合には、相手方の同意を得なければ効力を生じないのが原則とされている(261条2項本文)。ただし、反訴の取下げには相手方の同意は不要である(同但書)。この261条2項但書を形式的に当てはめると、本件でAの反訴の取下げは有効である。
しかし、この結論は妥当でない。Bが本訴を取り下げたのは本訴の債務不存在確認訴訟よりも反訴の給付訴訟のほうが紛争解決力が高いためであって、本訴について争う意思をなくしたからではないからである。
そもそも261条2項但書が例外的に反訴の取下げに原告の同意を不要とした趣旨は、本訴を取り下げた原告には通常は本訴に係る紛争を民事訴訟という手段で解決する意思がなく、それにもかかわらず被告の反訴の取下げに同意しないのは信義に反するからだと考えられる。そうすると、本訴を取り下げた原告の意思が、本訴に係る紛争を民事訴訟で争う意思を残している場合には、261条2項但書は適用されないと解すべきである。
本件では、Bは本訴に係る紛争を民事訴訟で争う意思を残しているため、Bに261条2項但書は適用されない。
したがって、同条本文の原則通り、Aの反訴の取下げにはBの同意が必要であり、その同意が得られていない本件では、Aの反訴の取下げは無効である。 以上
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