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2018年10月22日

『オヤジおこし』第5話 父と息子の対立と葛藤






○せいの時計店・居間(夜)

   時生が夕飯を食べている。

   清野が入ってきて、

清野「遅かったですね」

   時生は黙って食べている。

清野「この間は、ぶったりしてごめんね」

   時生は手を止める。

時生「……」

清野「この町をでてゆくのですか?」

   時生、うなずく。

時生「寂しくなります」

   清野、お茶を入れる。

清野「僕は、一人暮らししたことないんです。だからちょっと憧れます」

   清野は時生の前に湯呑を置く。

清野「好きな町の好きな家に住んで、好きなもの食べて好きなことして。自由って素晴らしいですね。好きなことドンドンやらないと人生すぐに終わっちゃいます」

時生「……」

清野「時間って貴重ですね」

   清野、お茶を飲む。




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○同・夫婦の部屋(夜)

   清野がたんすの引き出しをあける。

   と、見慣れない箱。

   清野、箱を開けてみる。

   「インスピレーション」と書かれた取扱い説明書。

清野「インスピレーション?」

   取扱い説明書をどけると、女性用大人のおもちゃ。

   清野、手が震える。

   と、光が鼻歌を歌いながら入ってくる。

   清野はあわてて引出をしまうが、指をはさんでしまう。

清野「イタ!」

   悶絶する清野。

光「だいじょぶ?」

清野「だいじょぶじゃないです」

   光、おもちゃの箱に気付き、

光「あ〜ん、みつかっちゃったん〜」

   光、丁寧におもちゃの箱をしまう。

光「通販で一番売れてるっていうから何かと思ったらコレだったの。てへ」

清野「光さんはどこまで自由な人なんですか」

光「やだー。まだ試してないの」

清野「僕は、光さんの何なんですかっ」

光「夫でしょ」

清野「僕のムスコは傷つきました」

光「やだ、ごめん」

清野「僕のムスコに謝ってください」

光「ごめんね、ごめんね〜」

   清野、メガネを触る。

清野「僕は、僕は……」

   清野、光を押し倒す。

光「やーん」

   喜ぶ光。

   清野、動きを止める。

清野「お風呂入ってきます」

○同・風呂場

   墨で書かれた「故障中」の張り紙。

清野「忘れてました」




hakone1.jpeg




○かめの湯・外観(夜)

○同・中(夜)

   清野、脱衣所でキチンと服をたたみ、メガネをそっと置く。

   清野がタオルを腰に巻いて入っていく。

   と、時生が湯船に浸かっている。

清野「おー、奇遇ですねー」

   時生、タオルを顔にかける。

   清野は石鹸で身体を洗い、お湯をかぶってから湯船につかる。

清野「一緒にお風呂に入るのなんて、何年ぶりでしょう」

時生「……」

清野「時生は小さいころお風呂が嫌いでね。入れるのに苦労しました」

時生「……」

清野「お風呂でウンチしちゃうんですよ。僕潔癖だから死ぬかと思ったけど、不思議なことに時生のウンチだけは大丈夫でした」

時生「……」

清野「時生は、広告のデザイナーになりたい んですよね?」

時生「……」

清野「僕は、実は、商社マンになりたかったんです。商社マンになって、世界を股にかけてビジネスをするのに憧れていました。アメリカとかヨーロッパとか、アフリカとか!」

時生「全然違うじゃん」

清野「そうですね。高校卒業して、時計屋を継いで……お見合いして、光さんと結婚して、時生が生まれて。あっという間に21年経っちゃいました」

時生「それでいいの?」

   清野、顔を洗って、

清野「光さんと時生が幸せなら」

時生「父ちゃんは?」

清野「……」

   時生、湯船を出る。

   清野、時生の背中を見ている。

清野「時間が経つのは早いですね……」

   壁に、親亀の上に子亀が乗っている絵。

○せいの時計店・夫婦の部屋(夜)

   清野がふすまを開ける。

   光がイビキをかいて寝ている。

   清野、ため息。

○同・書斎(夜)

   清野が硯で墨をすっている。

   清野、真剣な顔。

   清野、筆に墨をつける。

   清野、半紙に「欲情」と書く。






……続く。

※この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

コピーライトマーク齋藤なつ

















2018年10月21日

『オヤジおこし』第4話 父と息子の対立と葛藤





○宝島区役所・全景

○同・会議室

   小田信子(50)、清野、犬飼が応接セットに座っている。

   信子は厚化粧、派手なスーツ。鼻の下に大きなほくろ。扇子を仰いでいる。

信子「無理ですね」

清野「区の文化遺産になると思うんです」

信子「税金の無駄遣いです」

清野「あの、戸塚いさむや、青塚としおを生んだアパートですよ」

信子「素晴らしい漫画家さんたちです」

清野「ご理解いただけましたか」

信子「仮に、仮にですよ。区が出資して、トキノ荘を再建した場合の費用対効果をデータとして示していただけませんか」

清野「費用対効果」

信子「当然、見込みがあるんでございましょう」

   清野、メガネを触る。

清野「もちろんです」

信子「その前に。トキノ荘通りは人を呼べるような環境になっていますか」

清野「と、いいますと?」

   信子、扇子を翻しながら、

信子「ゴミは落ちていませんか、壁に落書きはありませんか、公衆トイレはキレイですか?」

清野「それは……」

信子「3日あげましょう。4日後に、私が視察に伺います。その時に、ちり一つ落ちていないように町の清掃をお願いします」

   清野、腕時計を見て、

清野「1日でやります」

犬飼「ええ!」

清野「1日あれば十分です」

犬飼「無茶いうな」

信子「わかりました。明後日、10時に視察に伺います。ゴミが1つでも落ちていた場合、この話には死んでいただきます」




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○はらっぱ公園・公衆トイレ

   清野と犬飼が便器をそうじしている。

犬飼「なんで一日でできるなんていっちまったんだよー」

清野「時間は大切です。お待たせしては申し訳ないと思いまして」

   清野はゴム手袋、ゴーグル、マスクをしている。

犬飼「小田ってまだ独身らしいぜ」

清野「結婚しなかったんですね」

犬飼「あれじゃ、できないだろ」

清野「将来の夢が総理大臣でしたもんね」

犬飼「女性初の総理大臣になるんだって息巻いてたよなー。小学校も中学校も生徒会長だったし。大学出て、今じゃ区の職員か」

清野「夢と現実の乖離」

犬飼「だれでもそうなんじゃねーの」

   便器をゴシゴシこする清野と犬飼。

   時生が木の陰から清野と犬飼を見ている。

○トキノ荘通り

   ちり一つ落ちていない商店街。

   信子が来る。

   信子、ジロジロと辺りを見回し、扇子で仰いだりしている。

○せいの時計店・前

   清野、犬飼、信子が立っている。

   信子、扇子を閉じる。

信子「条件は満たしたようですね」

清野「では、出資していただけますか?」

信子「トキノ荘はどこに建てる計画ですか?」

清野「はらっぱ公園です」

信子「許可がとれるかどうか」

清野「そこを何とか、ご協力お願いいたします」

信子「一応、区長に相談してみます」

清野「ありがとうございます」

信子「なぜですか?なぜ、そこまでしてトキノ荘を再建したいのですか」

   清野はメガネに触る。

清野「トキノ荘は、宝だからです。この町の、この何にも取り柄がない商店街の唯一の宝だからです!」

信子「期待しないでください」

   信子は立ち去る。

犬飼「『タカラダカラ』ってダジャレ?」

   清野、真剣な顔。







……続く。

※この物語はフィクションです。実在の人物や団体とは一切関係ありません。

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2018年10月20日

『オヤジおこし』第3話 父と息子の対立と葛藤





○キャバクラ・店内(夜)

   清野、犬飼、松尾、中島、あけみが酒を飲んでいる。

清野「というわけで、我がトキノ荘通り商店街にあけみさんのお店を出す方向で検討したいと思います」

あけみ「よろしくピース」

   一同拍手。



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○清野家・居間

光の声「どういうこと?」

   光と清野が正座で向かい合っている。

   二人の間にはキャバクラのチラシ。

光「次郎ちゃんの奥さんから聞いたんだけど、この商店街にキャバクラ持ってくるって話マジ?」

清野「マジです」

光「ふざけるのもいいかげんにしてよ。ここは昔から生活しやすくて住んでる人たちがみんな真面目なんだよ。キャバクラなんてあったら風紀が乱れるでしょ」

清野「おっしゃる通りです」

光「すでに商店街の人たちからクレームきてるから」

清野「僕たちは真剣にこの商店街のことを考えてですね……」

光「真剣?キャバクラのどこが真剣なの!」

清野「だって、他に何も特徴が……」

   本棚に漫画が立てかけてあるのに気づく清野。

光「特徴?あったわよ、昔、ここには……」

   清野が漫画をじっと見ている。

清野「漫画……」

光「昔、トキノ荘っていうアパートがあってさ」

清野「トキノ荘」

光「そうさ、トキノ荘ってとこに有名な漫画家さんがたくさん……」

   清野、閃く。

   清野、光を抱きしめる。

光「え?」

   清野、走り出す。

○トキノ荘通り・全景

   清野がスキップで走っていく。

   通り過ぎる人たちが、清野を不思議そうに見ている。

○タバコ屋・前

   清野が来て、

清野「次郎くん!」

   犬飼が顔を出す。

犬飼「どうしたキヨシ?」

清野「トキノ荘です!」

犬飼「トキノ荘がどうかした?」

清野「有名な漫画家を生んだ、有名なトキノ荘があったんですよ!」

犬飼「あった。確かに、あった。うん?そうか、トキノ荘か!」

   清野と犬飼は抱き合う。

清野「なんでもっと早く気付かなかったんでしょう!」

犬飼「ほんとだよ!トキノ荘通り、なのに」

清野「みなさんを集めましょう!」

犬飼「トキノ荘に集合だ!」




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○はらっぱ公園・全景(夕)

   カラスの鳴き声が聞こえる。

○同・ベンチ(夕)

   清野、犬飼、松尾、中島がうなだれている。

清野「問題は、トキノ荘が存在しないってことですね……」

犬飼「でも、確かに、ここにあった」

松尾「けど、今は公園になっちゃってる」

   一同無言。

中島「あ」

犬飼「なに?」

中島「いや、なんでも」

犬飼「なんだよ、気になるじゃねーか」

清野「何でも言ってください」

中島「建てちゃうってのは」

   カラスが「アホー」と鳴く。

松尾「建てちゃうの?トキノ荘、建てちゃうの?」

   カラスが「アホ―アホ―」と鳴く。

清野「それはいいアイデアですね。しかし、資金はどうしましょう」

犬飼「役所に相談してみっか」

清野「宝島区に相談してみましょう」

犬飼「確か同級生がいたような」

   犬飼、アゴに触る。

清野「誰ですか?」

犬飼「気の強い女だ」

清野「まさか……」

   清野、メガネに触れる。






……続く。

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2018年10月19日

『オヤジおこし』第2話 父と息子の対立と葛藤



○美術大学・全景

○同・カフェテラス

   数人の学生の中にリクルートスーツ姿の時生。

学生「いいよなぁ、時生は実家が時計屋だろ?最悪そこで働けばいいじゃん」

時生「絶対イヤだね」

学生「なんで?」

時生「世界が狭すぎるだろ?生まれ育った町で一生終わるなんてぞっとするよ」

○せいの時計店・店内

   クマのぬいぐるみを椅子に座らせている清野。

時生の声「俺は、広告のデザイナーになってデカイ仕事をして有名になる。地味な時計屋で一生終わるなんてまっぴらごめんだ」

   クマのぬいぐるみに敬礼をする清野。

○カフェテラス

   時生、紙コップを握りつぶす。



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○キャバクラ・外観(夜)

○同・店内(夜)

   清野、犬飼、あけみ(22)、松尾(55)、中島(53)、が酒を飲んでいる。

あけみ「ゆるキャラなんてどうですか?」

犬飼「ゆるキャラ?」

あけみ「たとえば〜、トキボンとか!」

犬飼「トキボン、いいね〜」

   松尾と中島うんうんとうなずく。

   清野、黙って酒を飲んでいる。

あけみ「こんなかんじ〜」

   あけみがコースターの裏に置き時計のイラストを描く。

犬飼「あけみちゃん、天才!かわいいだけじゃなくて頭もいいし、絵もうまいんだから天は二物を与えずってあれウソだね!ガハハハ」

   松尾と中島も笑う。

   あけみが清野を見て、

あけみ「お客さんはどう思います?」

清野「トキノ荘通りのトキはわかります。でも、ボンって何ですか?」

   あけみは、イラストにクチヒゲを描きながら、 

あけみ「うーん、お客さんのお店は確か時計屋さんでしょ。時計がボーンって鳴るからトキボン、なんちゃって」

  犬飼、松尾、中島、爆笑。

  清野はメガネに触る。

あけみ「あ、やだ、怒ってる?」

清野「怒ってません」

あけみ「怒ってる〜」

   あけみが清野の手に触る。

   清野はおしぼりで触られた手をふく。

あけみ「お客さん、へん!」

犬飼「そう、変なの、こいつ」

清野「時間の無駄だ。というか人生の無駄だ。帰ります」

  清野は財布を出す。

あけみ「えー、帰っちゃうの〜。もうちょっといてよ〜」

犬飼「いいところなのに、帰るなよリーダー」

あけみ「リーダー?」

犬飼「そう、トキノ荘通り商店街、町おこしのリーダー」

清野「僕はリーダーじゃありません」

犬飼「まーまーまー、とにかくトキボンの線で行こうや。トキボンをはやらせて人集め、決まり!さ、乾杯乾杯」

   あけみ、犬飼、松尾、中島がグラスを合わせる。

4人「かんぱーい」

   清野はおしぼりで手をふく。


○トキノ荘通り・全景

   人気のない商店街。

   トキボン(とぼけた時計のキャラクター、クチヒゲが特徴)のポスターやらぬいぐるみやらが散乱している。

○せいの時計店・店内

   清野、犬飼が腕組みをしている。

   二人の間にトキボンのぬいぐるみ。

犬飼「絶対流行ると思ったんだがなー」

清野「何がいけなかったんでしょう。このゆるキャラ全盛の時代に……」

犬飼「残ったのは借金だけか……」

清野「デザインがまずかったんじゃないでしょうか。もっとキチンとした人に頼んだ方が良かったんじゃ……」

犬飼「俺は好きだぜ、あけみちゃんの絵」

清野「タダほどこわいものはないですね」

   犬飼の腹がグーと鳴る。

   犬飼は腹を押さえて、

犬飼「なあ、腹減らないか?」



ginboshi.jpg



○ラーメン「松尾」・外観

○同・店内

   カウンターで松尾がニコニコしている。

   時生がラーメンをすすっている。

   犬飼、清野が入ってくる。

犬飼「ちゃーっす。お、時生じゃん」

   時生が気づいて軽く挨拶する。

   犬飼と清野がテーブル席につく。

   松尾が水を運んでくる。

犬飼「ラーメン2つとギョーザ1つ」

松尾「あいよ」

犬飼「(時生に向かって)就職活動してんだって?」

   時生、軽くうなずく。

犬飼「せいの時計店に就職しちゃえばいいじゃん、なー」

   犬飼、清野に同意を求める。

   清野、黙って水を飲む。

時生「俺は、オヤジみたいにはなりたくないから」

   清野、松尾、動きが止まる。

犬飼「お前、言っていいことと悪いことがあるぞ!」

時生「俺は、一生ここで終わるなんてまっぴらごめんです。こんなさびれた商店街、早くなくなっちゃえばいいのに」

   清野が立ち上がり、時生に平手打ちする。

   ラーメンのどんぶりが揺れる。

松尾「ああ!」

清野「謝りなさい。ここの商店街の人たちに謝りなさい」

  犬飼、松尾が清野を見つめている。

時生「ダサイんだよ。オヤジも、この商店街も。吐き気がする」

  時生、荷物を持って出ていこうとする。

  トキボンのぬいぐるみが床に落ちる。

清野「時生!」

   時生がぬいぐるみを蹴飛ばし、出ていく。

   店のドアがピシャッと閉まる。

清野「すみません」

   清野、頭を下げる。

   清野、殴った手を反対の手で押さえる。

犬飼「俺が余計なこといっちまったから……」

   犬飼、ぬいぐるみを拾う。

   清野、メガネに触る。

清野「僕、町おこしのリーダーやらせていただきます」

犬飼「え?」

清野「ご協力、よろしくお願いします」

犬飼「やった!よろしく、よろしく!」

   犬飼、拍手する。

犬飼「まっちゃん、ビール、ビールだよ、何ボーっとしてんだよ」

   松尾、あわててビールの用意。





……続く。

※この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

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2018年10月18日

『オヤジおこし』第1話 父と息子の対立と葛藤

登場人物


清野清(50)時計屋さん

清野時生(21)その息子

清野光(47)その妻

犬飼次郎(50)タバコ屋さん

小田信子(50)区役所の職員

あけみ(22)キャバクラ嬢

松尾(55)ラーメン屋さん

中島(53)お風呂屋さん






第1話






○トキノ荘通り・全景(朝)

   シャッターが閉まっている商店街。

   野良猫がニャーと鳴く。

○せいの時計店・外観(朝)

   スズメがチュンチュンと鳴く。

   空き缶の転がる音。

○同・店内(朝)

   柱時計、置時計、腕時計が陳列されている。

   カチコチと時計の音。

   柱時計がボーンと7時を告げる。

   清野清(50)がシャッターをガラガラガラッと開ける。

   清野は髪をピッチリ七三に分けて、メガネをかけている。

○同・居間(朝)

   ちゃぶ台の上に朝食が用意されている。

   清野光(47)が味噌汁を運んでくる。

光「父ちゃん、ごはんだよ」

   光の親指が、お椀の中に入ってしまう。

   清野がお椀を見て、

清野「手を洗うとき、爪ブラシ使ってますか?」

   光はエプロンで指をふきながら、

光「はい、つかってまーす!」

清野「うそをついてもわかります」

   光はべーと舌を出す。

清野「今、味噌汁の中に指が入りました」

光「そう?ぜんぜん気が付かなかったけど」

   清野はメガネに触る。

清野「親指の第一関節まで入りました」

   清野はお椀をお盆に戻して立ち上がる。

○同・台所(朝)

   清野がお椀を電子レンジに入れる。

   レンジに1分かける。

   腕組みして待っている清野。

   電子レンジがチンという。

清野「よし、これで殺菌完了」



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○同・居間(朝)

   清野時生(21)が入ってくる。

   時生はリクルートスーツを着ている。

   光代がテレビを見ながら、

光「お、ビシッと決まってるねぇ」

   時生、横目で朝ごはんを見る。

   清野が来て、

清野「ネクタイが曲がっています」

   時生、無視。

光「ネクタイが曲がってるって」

   時生、めんどくさそうにネクタイを直す。

   清野、正座でご飯を食べる。

   と、犬飼次郎(50)がガラス戸の向こうに顔を出す。

犬飼の声「ちゃーっす!」

清野「おう」

   清野がガラス戸を開ける。

   犬飼が清野にキャバクラのチラシを見せる。

清野は怪訝な顔でチラシを見る。

犬飼「見学にいかねえか?」

清野「ちょっと待っててくださいね。僕に5分ください」

  清野は犬飼に手でパーをしてみせる。

  時計は7時27分を示している。

  清野、ガラス戸を閉める。

  清野は正座でご飯を食べながら、

清野「(時生に向かって)就職活動はうまくいってますか?」

   時生は無視してご飯を食べている。

光「がんばってるよね〜」

清野「今の人は仕事を選び過ぎてるんじゃないですか」

光「なによ、就職活動したことないくせに」

清野「僕の場合は選んでる余裕なんかなかったんです」

光「はいはい。高校生のときにお父さんが亡くなって、仕方なく時計屋をついだんだもんね」

清野「だから時生にはなんとなく仕事を選んでほしくないんです。本当に好きなことを……」

   時生が箸を置く。

時生「ごちそうさま」

光「はーい」

清野「まだ話が終わってません」

   時生は立ち上がり、

時生「いってきます」

   清野は時計を見て、ご飯をかき込む。

   時計は7時31分を示している。



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○同・店内(朝)

   清野と犬飼が座って話している。

犬飼「町おこしの起爆剤にキャバクラを持ってくるってのはどうだい?リーダー」

清野「キャバクラ、ですか?リーダーってなんですか、やめてください」

犬飼「キャバクラを売りにして町を活性化させようって企画、どうだい?いいアイデアだろ?」

清野「うーん。男性客が集まるかもしれませんが、この町のイメージに合ってるかどうか」

犬飼「とりあえず、どんな店か行ってみないとわからないだろ?リーダー」

 清野はチラシを見ながら、

清野「いやー。どう考えてもいかがわしいですよね。行く意味ないんじゃないですか?リーダーじゃないですから僕は」

犬飼「よっしゃ、今夜7時に集合ってことで。他にも行きたい奴いるから誘っとく」

清野「僕は行きませんよ」

   犬飼はチラシを置いていく。

   清野は丁寧にチラシを畳んでゴミ箱に捨てる。

○同・居間

   光がお茶を飲んでいる。

   テレビで「夫婦のセックスレス」をテーマにトーク番組をやっている。

   清野が入ってきて、

清野「お茶にしましょう」

光「自分でいれて」

清野「冷たいじゃないですか?どうしたんですか?」

光「別に」

   清野が急須にお湯を注いでいる。

テレビの声「主婦Aさんのお悩み。こどもができてから夫婦生活がないんです。私の方から誘っても、仕事で疲れてるからって主人に拒絶されてしまって……」

   清野、湯呑にお茶をつぐ。

光「最後にしたのっていつだっけ?」

清野「はい?」

光「だから、父ちゃんと最後にセックスしたの、いつだったっけ?」

   清野、お茶をふき出し、むせる。

清野「昼間から何ですか?そんなこと急に聞かれても……あ、時生が小6の時です」

光「覚えてんじゃん」

清野「12月24日のクリスマスイブでした」

光「正確に覚えすぎ」

清野「すいません」

   光、テレビの音を小さくして、

光「なんでしなくなっちゃったんだろ」

清野「なんででしょう」

光「あ、そうだ、父ちゃんが前と後で必ずお風呂に入るから、めんどくさくなっちゃったんだ」

清野「僕のせいですか?」

光「そうだよ、めんどくさいんだよ」

清野「僕はめんどくさくないですよ」

   光は清野をじっとみる。

光「無理。今さら父ちゃんのこと男性として見るなんて無理」

清野「失礼な」

光「父ちゃんは父ちゃんだからね。家族だから」

清野「僕は今でも光さんとできます」

   光は笑い出す。

光「ごめんね、笑ったりして。でも、父ちゃんまだ立つの?」

   光、真面目な顔。

   清野は赤くなって、

清野「立ちます!立ちますよ!もうビンビンです!」

   清野、腕を突き上げる。

   光は笑う。

光「あ、そーなんだ。もったいないねー」

清野「笑いごとじゃありません」

   清野はメガネを触る。

光「浮気してもいいよ」

清野「え?」

光「あたし、父ちゃんと無理だから、したけりゃ浮気してきていいよ」

   清野は湯呑を落とす。

   湯呑からお茶がこぼれる。

○同・書斎

   清野が硯で墨をすっている。

   清野、真剣な顔。

   清野、筆をとり、墨を付ける。

   清野、半紙に向かって「無常」と書く。




……続く。

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2018年10月17日

『オヤジおこし』S1グランプリ二次通過作品

『オヤジおこし』







   登場人物

清野清(50)時計屋さん

清野時生(21)その息子

清野光(47)その妻

犬飼次郎(50)タバコ屋さん

小田信子(50)区役所の職員

あけみ(22)キャバクラ嬢

松尾(55)ラーメン屋さん

中島(53)お風呂屋さん











   あらすじ

 潔癖過ぎる男・清野清(50)は人生の居場所を探していた。
清野は生まれも育ちも宝島区、職業は祖父の代からのしがない町の時計屋さん。
愛する息子は清野をすっかり無視、妻とはずうっとセックスレス。僕の人生このままで本当にいいんですか?

 そんな時、トキノ荘通り商店街の『町おこし』の話が持ち上がる。
リーダーに抜擢される清野だが、生来の引っ込み思案でなかなか決心がつかない。
やっと口をきいてくれた息子に「オヤジみたいにはなりたくない」と言われ大ショックを受けた清野は反動でリーダーを引き受けることにする。

 町おこしの運動は、清野自身の人生おこし運動でもあった。
 いざ、町おこしに取り組んでみたものの、町には何も特徴がない。
ゆるキャラを作ってみたが失敗し、キャバクラを目玉に持ってこようとするも住民の反対にあう。
どうしたもんかと頭を悩ませていると、『トキノ荘』の存在に気付く。


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かつて有名な漫画家たちが住んでいたアパート、トキノ荘。
今は影も形もないが考えてみれば通りの名前にもなっているトキノ荘。トキノ荘があったじゃないか!

 問題は、トキノ荘が存在しないこと。清野たちはトキノ荘再建のために区役所に相談に行く。
区役所はお金を出してくれるというが、たった100万円。100万でどうやって建てろっていうんだコノヤロウ!
で、清野たちが出した結論は公園にトキノ荘のレプリカを作ること。

 レプリカ完成を喜んだのも束の間、町おこしの目的である人がいっこうに集まらない。
人が集まらなければただの自己満足で終わってしまう。どうすれば人が集まるのか再び頭を悩ませる清野たち。

 一方、時生は就職活動に苦戦していた。第一希望の広告代理店のデザイナーにはなれそうもない。
時生は時生で自分の居場所を必死で探していた。
かわいい息子に苦労はさせたくない、と最近の父親である清野は息子にこう言う「おまえの居場所はここにある」。
清野と時生の心が一瞬通じ合う。


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 ところが一本の電話が二人を引き離す。時生は広告のデザイナーに就職が決まる。清野は嬉しいような寂しいような気分。

 時生は就職した後統合失調症を再発してしまい、会社を休職。責任を感じて自分を責める清野。
妻の光は清野がつまらないせいで家出。清野は初めての浮気をしてしまう。

 町おこしを頑張るオヤジの人生おこしは難航するが、町おこしの活動が注目されてマスコミの取材を受ける清野。
新聞に載っているのを見て、光が家に戻ってくる。ところが光は難病に侵されていた。妻を介護する清野。
時生はデザイナー兼漫画家として町おこしを手伝うようになる。

しがない時計屋のオヤジが町の、家族のヒーローになる物語。



※この物語はフィクションです。

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2018年10月16日

『羽化のとき』 第七話 最終回

『羽化のとき』 第七話






○テレビ局・全景

○同・スタジオ

   神谷と黒沢がにらみ合っている。

神谷「大人の事情?」

黒沢「頼むよ〜神谷ちゃ〜ん、怒らないでよ〜」

神谷「このセリフのどこがいけないの?」

黒沢「競合他社の広告のキャッチコピーとかぶってるってスポンサーからクレームがきちゃって」

神谷「“人生、笑っていればニャンとかなる!”は一番大事なセリフなんだ!」

黒沢「かえてほしい!」

神谷「いやだ!」

黒沢「俺の言うことが聞けないのか?」

神谷「絶対いやだ!」

黒沢「じゃあ、クビだ」

神谷「は?」

黒沢「クビだっていってるんだ!」

神谷「ふざけるな!監督は俺だ」

黒沢「俺はプロデューサーだ!」

神谷「花の脚本は俺が撮る!」

黒沢「かえれ!」



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○喫茶店「オリジナル」外観

○同・中

   花がコーヒーを飲んでいる。

   と、神谷が髪を掻き毟りながら入ってくる。

神谷「あ」

花「あ」

神谷「ここ、いい?」

花「どうぞ」

   神谷は、花の前に座る。

   花はコートと鞄をどかす。

神谷「あ、メールありがと」

花「いえいえ」

神谷「パリ、行ってたんだ?」

花「うん」

神谷「あ、体、だいじょぶ?」

花「うん。おかげさまで」

神谷「そう。よかった」

   言葉を無くす二人。

   ウェイターがきて、

ウェイター「ご注文は?」

神谷「クリームソーダ」

ウェイター「かしこまりました」

   ウェイターがいなくなる。

花「撮影、順調ですか?」

神谷「順調じゃな〜い」

   神谷は伸びをする。

花「まじですか?」

神谷「まじ〜」

花「どうしたんですか?」

神谷「どうしたもこうしたも、あのクソオヤジ」

花「ああ、黒沢さん?」

神谷「ぶっころしたい」

花「そんなこと言っちゃダメ!」

神谷「死ねばいいのに」

花「ダメ!」

   神谷はテーブルに突っ伏している。

花「人は必ず死ぬんです。人生はたった一度だけ。どんな命も大切にしなきゃいけないんです」

   神谷は顔をあげて、

神谷「えー、だってー、大事なセリフ削るっていうんだぜ」

  花はテーブルを叩いて、

花「なんですって?」

   花は立ち上がり、走り出す。

   神谷は慌てて荷物を持って追いかける。

   と、神谷は戻ってきてお金を払う。

○テレビ局・スタジオ

   黒沢が後ろ向きに立っている。

   花が駆け込んできて、

花「プロデューサー!」

   黒沢が振り向く。

黒沢「?」

花「どこですか?」

黒沢「?」

花「変えなきゃいけないセリフって、どこですか?」

黒沢「ああ、ここなんだけどね」

   黒沢は台本をめくって、ページを見せる。

花「わかりました。15分ください」

   花は、セットのブランコに乗る。

   花はブランコに揺れている。

   花は目をつぶっている。

   ×  ×  ×

   神谷が駆け込んでくる。

   神谷が花を見て、

神谷「なに?なに?」

   黒沢が、口に人差し指をあてる。

   花が、ブランコを止める。

   花は、スマートフォンを取り出し、打ち出す。

花は、ぶつぶつつぶやく。

花「できました」

   花は、スマートフォンの画面を黒沢に見せる。

   黒沢と神谷が覗き込む。

   画面には、“人生、泣いて笑ってまた明日”と書いてある。

   黒沢と神谷は顔を見合わせる。

黒沢「いいんじゃない?」

   花ガッツポーズ。

花「やった!」

   神谷が花を見つめている。



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○東京タワー・全景(夜)

○同・前(夜)

   花と神谷が並んで歩いている。

神谷「俺、一度もメール返さなかった」

花「いいの」

神谷「ごめん」

花「見返りを求めるのは、やめたの」

神谷「見返り?」

花「そう。自分が好きなら、相手が自分のこと好きじゃなくても、いいかもって」

神谷「つらくない?」

花「わたし、はじめて本気で人を好きになれたのかもしれない。遅すぎるけど」

神谷「それって、プロポーズ?(笑)」

   花は両手でピースをする。

   神谷は笑って、

神谷「ありがとう」

   神谷は、花の手を取って、握る。

   花は、神谷を見つめる。

   と、猫が寄ってくる。

神谷「たまこ?」

花「え?」

神谷「たまこ!」

   神谷は猫を抱き上げる。

花「え?たまこって死んだんじゃ……」

神谷「どこいってたんだ!たまこ!」

   花は笑い出す。

   神谷も笑い出す。

花「泣いて笑って、また明日」

   神谷が、花にキスをする。

   猫がニャーと鳴く。

○イメージ

   蝶が羽を伸ばして羽ばたいている。

○空港・ロビー

   成実がスーツケースを押して歩いている。





                
<終>

※この物語はフィクションです。

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2018年10月15日

『羽化のとき』 第六話 30歳のヴァージン

『羽化のとき』 第六話







○「水島ビル」・全景

○同・101号室・中

   成実と花がタロットカードを挟んで座っている。

成実「1枚、選んでください」

   花はカードをじっと見る。

   花は1枚カードを選ぶ。

   成実はうなずく。

   成実はカードを見て、

成実「年下の彼と上手くいくと出ました」

   花はクスクス笑いだす。

成実「なんですか?」

花「あなたって、いつも逆のこと言うからおかしくて」

成実「逆のこと?」

花「当たらないってことです」

成実「そんなこと……」

花「(さえぎって)もういいです。もう、自分のことは自分で決めます。ありがとうございました」

   花は5千円札を置いて、席を立つ。

成実「待ってください」

   花は立ち止まる。

成実「逃げるんですか?」

花「?」

成実「自分の気持ちに正直になってください」

花「自分の気持ち?」

成実「あなたは年下の彼を好きなんでしょう?」

花「好きじゃありません」

成実「どうしてうそをつくのです?」

花「好きじゃないから……」

   成実は溜息をつく。



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○テレビ局・全景

○同・打ち合わせ室・中

   黒沢と花が打ち合わせしている。

   黒沢はソワソワしている。

黒沢「脚本読ませてもらったよ。びっくりするほどよくなってた!なにかあったの?」

   花、笑顔。

黒沢「怒ってる?」

花「なんのことでしょう?」

   黒沢、花に見とれている。

黒沢「きれいに、なったよね?」

花「ありがとうございます!」

   花、満面の笑み。

黒沢「男でも出来たのかな?」

花「いいえ、振られました」

黒沢「もったいない!」

花「また、お仕事のチャンスがあれば使ってやってください!」

黒沢「う、うん、ぜひ頼むよ」

花「では、失礼します」

   花は、立ち上がって礼をする。

   黒沢は見とれている。

○関東ブレストセンター・診察室

   医師と花が話している。

医師「術後の経過は順調です」

花「ありがとうございます」

医師「前より、明るくなられましたね」

花「先生のおかげです」

   医師は微笑む。

   花も微笑む。

花「先生、ひとつ聞いてもいいですか?」

医師「なんでしょう?」

花「先生はご結婚されてます?」

医師「独身です」

花「結婚しないんですか?」

医師「一度、失敗してるんで」

花「失礼しました」

医師「いえ。僕の職業がいけなかったみたいで」

花「お医者さん?ですか?」

医師「医者とはいえ、女性の体専門ですから……」

花「あ……」

医師「妻が理解してくれていると思っていたのですが、離婚されてしまいました」

花「先生のせいじゃないと思います」

医師「そうでしょうか?」

花「女って、猫みたいな勝手な生き物だから」

医師「猫、ですか」

花「気まぐれなんです」



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○羽田空港・全景(夜)

○同・ロビー(夜)

   ソファーに腰掛けている花。

   花の手には、神谷の名刺。

○飛ぶ飛行機(夜)

○フランス・パリ・サンゼリゼ通り

   タイトル「パリ」

   凱旋門が見える。

   観光客がたくさんいる。

   花が歩いている。

   スマートフォンで写真を撮る花。

○パリ・カフェ・外観

○同・同・中

   カフェラテを飲んでいる花。

   フランス人のカップルを見ている花。

   スマートフォンを取り出す。

   スマートフォンに文字を打ち込む花。

   メールを送信する花。

   カップルがキスをする。

   カップルにみとれる花。

○同・サクレクール寺院・全景

○同・同・階段

   花が、写真を撮っている。

   と、雨が降ってくる。

   雨に濡れながら歩く花。

   雨宿りする花。

○同・ルーブル美術館・全景

○同・同・中

   花が、モナリザの絵の前に立っている。

   花、微笑む。

○同・エッフェル塔(夜)

   ライトアップされている。

○同・同・前(夜)

   花がエッフェル塔を見上げている。

   顔が自信に満ちている。

○(花の妄想)羽田空港・全景

○(花の妄想)同・到着ロビー

   飛行機から降りてくる花。

   スマートフォンを取り出す花。

   メールを作成し送信する花。

○(花の妄想)東京タワー・全景(夜)

○(花の妄想)同・前(夜)

   花が立っている。

   花は真っ赤なコートを着ている。

   神谷がくる。

神谷「ひさしぶり」

花「ひさしぶり」

神谷「メールありがと」

花「ごめんね、呼び出したりして」

神谷「ううん」

花「撮影は順調?」

神谷「そうね」

花「脚本がいいから?」

神谷「そうね」

   笑いあう二人。

神谷「どしたの?」

花「ちゃんと、告白したくて」

神谷「?」

花「監督が好きです」

神谷「ありがと」

   花は万歳をして、

花「やったー!初めて好きな人に好きって言えた」

   神谷は笑う。

   花は、腕時計を外し、バッグにしまう。

花「わたし、かわった?」

神谷「うん、かわった。すごくかわった。すごく変わって、すごくいい」

花「ありがと」

   抱き合う二人。

   と、猫の鳴く声がする。

   花は怪訝な顔。

○パリ・カフェ・中

   居眠りしている花。

   近くで猫が鳴いている。

   花、目を覚まし、ぼーっとしている。

   猫をなでる花。

   スマートフォンを取り出し、猫を撮影。






つづく

※この物語はフィクションです。

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2018年10月14日

『羽化のとき』 第五話 30歳のヴァージン

『羽化のとき』 第五話









○水島ビル・101号室(夜)

   成実と神谷がテーブルを挟んで話している。

成実「お久しぶりです。お元気でしたか?」

   神谷はうなずく。

成実「たまこさんがいなくなって、3年になりますね」  

神谷「もうそろそろ、忘れたくて」

成実「無理に忘れる必要はありません」

神谷「たまこが夢に出てくるんです」

   成実、うなずく。

神谷「たまこを今でも愛しているんです」

成実「愛することはいいことです」

神谷「そうでしょうか?」

成実「自分以外を愛せなくて苦しんでいる人もいます」

神谷「俺も、そういう人知ってます」

成実「気の毒ですよねぇ」

   と、花が入ってくる。

花「あのぉ」

   成実と神谷は驚く。

成実「噂をすれば、あ、いや、まだ時間じゃないですよね?」

花「たまこさんて恋人ですか?」

神谷「関係ないだろ」

花「すいません。でも気になっちゃって」

成実「失礼な人ですね!時間までお待ちください!」

花「監督、たまこさんて誰ですか?」

神谷「うるさい。あっちへ行け」

花「行かない。人に変われっていって、自分は変わらなくてもいいんだ?ずるいよ、監督!」

成実「あなた、いいかげんにしなさい!」

   成実が立ち上がる。

   と、テーブルが揺れてテーブルの上の猫の首輪の鈴が鳴る。

   花が首輪を見る。

花「……たまこさんて、もしかして……」

神谷「悪かったな!」

   神谷すねる。

   花は微笑む。

   成実は座って、

成実「本当に失礼な人ね。人の心に土足で入り込むなんて。脚本家の方ってみんなそうなのかしら?」

花「ちがいます!」

成実「何が違うの?」

花「脚本家は、人の心に土足で入り込むんじゃなくて、人の心の泥を落としてあげるために書いてるんです」

成実「まあ、偉そうに」

花「少なくとも私は、人を癒したい。癒すために書いているんです」

神谷「もういいよ」

○同・同・玄関(夜)

   神谷と花が出てくる。

神谷「じゃ」

花「待って」

   神谷が花を見る。

花「飲みに行きませんか?」



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○バー・外観(夜)

○同・中(夜)

   花と神谷がカウンターに座っている。

   カクテルなど飲んでいる。

神谷「昔付き合ってた女がおいていったんだ」

花「?」

神谷「たまこ」

花「ああ、はい」

神谷「最初はぜんぜん懐かなくって、ぜんぜんかわいくなかったんだけど」

   花、相槌を打つ。

神谷「どうやらオスらしくて」

   花、笑う。

神谷「でも、一緒に暮らしているうちに相棒みたいな感じがして、いないと寂しくなっちゃって」

  花、相槌をうつ。

神谷「一度返しにいったことがあるんだ。でもなぜか戻ってきちゃって」

   神谷はカクテルを飲む。

神谷「だからまたすぐ戻ってくるって信じてたんだけど」

花「それって、その女性ですか?」

神谷「どっちも」

   花はカクテルを飲む。

花「女性は猫で、猫は女性なんですね」

神谷「めめしくて」

花「歌でも歌いに行きますか?」

神谷「……」

   花と神谷は見つめ合う。

○マンション「ローズバッド」・全景(夜)

○同・花の部屋(夜)

   花と神谷がベッドに座っている。

   花の膝に、神谷が頭を乗せる。

   花は、神谷の髪をなでる。

   神谷は涙を流している。

   花は腕時計を外す。

神谷「前から気になってたんだ。よく触るくせ」

花「この腕時計は、祖母の形見なの。とても綺麗な人だったらしくて。男性と色々あったらしいの。

うちの母は、祖母のこと嫌っててね。“おばあちゃんみたいになっちゃだめ”って厳しく育てられた」

神谷「だから恋愛に臆病なんだね」

花「そうかもしれない。これは自分への戒めだったの」

   神谷が花に口づける。

   花は動けない。

神谷「あれ?もしかして、初めて?」

花「ううん。キスはしたことあるけど、それ以上は……」

   神谷は花を抱きしめる。

花「いいの?」

神谷「それ、こっちのセリフ」

花「30歳のヴァージンなんて恐くない?」

神谷「すごくコワイ」

   花は、神谷を殴ろうとする。

   神谷は花の腕をつかむ。

   見つめ合う二人。

   と、外で猫の鳴き声がする。

神谷「あ、たまこが」

   花は、神谷の手を取って、自分の胸に当てる。

   神谷は、花のブラウスのボタンを外していく。

   花のブラジャーが現れる。

   花は嬉しさと恥ずかしさで震える。

   神谷が花の左胸に口づける。

   花は涙を流す。

   花は、神谷の頭を抱きしめる。

   ×  ×  ×

   花と神谷が裸でベッドに横になっている。

花「ありがとう」

神谷「?」

花「わたし、実は乳ガンなの」

   神谷が体を起こす。

神谷「!」

花「手術する勇気がなかったけど。もう大丈夫」

神谷「ほんとに?」

花「うん」

神谷「何か俺にできること、ある?」

花「もう、してもらった」

神谷「こんなことでいいの?」

花「監督にとっては小さなことでも、わたしにとっては大きなことなの」

神谷「ごめん、俺、まだ、結婚とかそういうの」

   花はうなずく。

神谷「ごめん」

   テーブルの上に猫の首輪と、腕時計が置いてある。

○イメージ

   さなぎが完全に蝶の姿を現す。


○関東ブレストセンター・外観

○同・手術室

   花が手術台に乗っている。

   麻酔をかけられる花。

   花は目を閉じる。






つづく

※この物語はフィクションです。

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2018年10月13日

『羽化のとき』 第四話 30歳のヴァージン

『羽化のとき』 第四話






○駅・全景

○同・階段

   花が階段を下りていく。

   盲目の少年(16)が立っている。

少年「すいません」

花「はい?」

少年「ちょっとお手伝いしてくれませんか?」

花「いいですよ」

少年「ありがとうございます」

   少年は白い杖を畳んで、花の手を握る。

   花は驚く。

少年「大丈夫ですか?」

花「(大丈夫じゃない)ええ」

少年「家の近くまで連れていってもらえませんか?」

花「(嫌そうに)わかりました」

   花は握られた手を離そうとするが、少年が握り返す。

   ぎこちなく歩き出す二人。

○道
   少年と花が体をぴったりとくっつけて歩いている。

花「こっちの方ですか?」

少年「そうです。川沿いです」

   少年が花の腰に触る。

   花はびくっとする。

少年「大丈夫ですか?」

花「(大丈夫じゃない)へえ」

   少年は花に抱き付く。

   花は固まる。

少年「電話番号教えてください」

花「(ショック)それはできません」

少年「僕のこと嫌いですか?」

花「そういうわけじゃありません」

   神谷が現れる。

神谷「だいじょうぶ?」

   神谷は花の腕をつかむ。

   花は驚く。

花「あ、はい(助けて)」

   少年は、花から体を離す。

少年「ここでいいです。ありがとうございました」

花「あ、ありがとうございました(気が動転)」

  少年は白い杖をついて行ってしまう。

  花は疲れた表情。

神谷「だいじょうぶ?」

花「だいじょうぶじゃないです」



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○喫茶店「オリジナル」・中

  花と神谷がお茶している。

神谷「だまされたんだな」

花「やっぱり」

神谷「そういう子、専門の風俗とかあるんだぜ。思春期は難しい。かわいそうだな」

花「うん。かわいそうだけど。私、ボランティアは向いてないみたい」

神谷「ボランティア?」

花「そう。ボランティア。なんか手を握られたときに生理的に受け付けないっていうか、

 体を押し付けられて、よっかかられて、重いって思っちゃった」

神谷「そら、誰だって重いよ」

花「私、お金をもらって何かする方が向いてるみたい」

神谷「余裕がないんだね」

花「ないない」

神谷「ないものづくしだね」

花「うるさい」

神谷「脚本できた?」

花「一応」

神谷「やるじゃん。送ってよ」

花「アドレス教えてください」

   神谷は花に名刺を渡す。

○関東ブレストセンター・診察室

  医師(40)と、花が話している。

医師「手術すれば治りますよ」

花「本当ですか?」

医師「初期の初期なので、簡単な手術で済みますよ」

花「ちょっと考えさせてください」

医師「早く決めてくださいね」

花「すみません」

   X線画像を見つめる花。

○墓地

  花が歩いている。

  若い夫婦がお墓参りしている。

  若い夫婦を眺めている花。

  若い夫婦がお参りしているのは水子の墓である。花は墓を見つめる。

 花は若い夫婦に会釈をして通り過ぎる。

○花の部屋(夜)

   パソコンに向かって脚本を書いている花。

   だんだん夜が明けてくる。

○デパート・全景

○同・洋服売り場

   花が、洋服を物色している。

   店員Bが近づいてきて、

店員B「何かお探しですか?」

花「美しく見える服を」

店員B「十分お美しいですよ」

   花、笑う。

○イメージ

   さなぎの背中が割れて、蝶が出てくる。



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○喫茶店「オリジナル」

   花と神谷が打ち合わせしている。

   花は前よりあか抜けている。

神谷「変わったね」

花「だいぶ書き換えました」

神谷「あなたのこと」

   花照れる。

神谷「なんかいいことあった?」

花「ぜんぜん。いいことなんかひとつもないです」

神谷「ひとつもってことはないんじゃないの?」

   花は腕時計を触る。

花「お墓参りにいったときに……」

神谷「お墓参り?」

花「若いご夫婦がいたんです。とっても幸せそうだなって、うらやましいなって思った。

でも、お子さんを亡くされたみたいで。もしかしたら私の勘違いかもしれないけど。

お子さんを亡くされた悲しみに比べたら私の悩みなんてちっぽけだな、と思ってちょっと気持ちが楽になったっていうか。

すごく不謹慎で申し訳ないんですけど」

神谷「だれでもそうなんじゃないかな。人の不幸は我が身の幸せ、じゃないけど」

花「監督も、他人と自分を比べたりすることあるんですか?」

神谷「ないよ」

花「ですよね〜」

神谷「花はあれだろ、新聞の人生相談が好きなタイプだろ?」

   花、図星。

花「人生相談は、キャラクターの研究になるんです」

   神谷は鼻で笑う。

花「つまんないですよね。私と話してても」

神谷「つまんないね。セックスでもする?」

花「!」

   神谷は笑う。

花「私みたいなオバサンは嫌いなんじゃないんですか?」

神谷「セックスはスポーツだから」

花「スポーツって……」

   花は腕時計を触る。

   神谷はそれを見る。

○マンション「ローズバッド」外観(夜)

○同・花の部屋(夜)

   アダルトビデオを見ている花。

   下着の中に手を入れている。

   鏡に映る自分の姿を見る花。







つづく

※このドラマはフィクションです。

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