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2018年11月29日

老人小説「冥途の土産」(2)





 和菓子屋で団子を買った。みたらし二本とあんこ二本。みつのアパートで食べることにした。

みつが日本茶を淹れながら鼻歌を歌っていた時だった。きみちゃんの携帯のメロディが鳴った。

みつはチッと舌うちをした。うるさいなあ。みつは携帯など持っていなかったし必要なかった。

「はい」

 きみちゃんが携帯に出る。

「なに?よく聞こえない」

 きみちゃんが大きな声を出す。みつはお茶の入った湯呑茶碗を持ってテーブルのところにやってくる。

「もしもし?」

 きみちゃんの相手は何かギャーギャー叫んでいるみたいだった。いたずらか?電話が切られた。

「誰から?」

「娘からなんだけど」

「わかるんだ」

「うん、ここに名前が出るから」

「ふーん」

「なんだろう?孫がどうのこうのって言ってたけど」

「またかかってくるんじゃないの。お団子食べよ。お茶淹れたし」

「うーん」

 きみちゃんは携帯を離さないでいる。

「わたし、帰る。ごめんね」

「えっ、食べないの?」

「気になるから、帰るわ。ごめんなさい」

「えええ」

 きみちゃんはバッグを肩からさげて玄関の方へ向かった。みつはイラッとして黙っていた。

湯呑から湯気が立っている。みつがよっこらせと立ち上がるとバタンとドアが閉まってきみちゃんの姿はもうなかった。

 部屋はしいんとして、団子が四本テーブルの上にあるだけ。みつはイライラして団子を捨ててやろうかと思った。

でもやめた。もったいないから一人で食べることにした。家族がいる人ってやだなと思った。つまらん、つまらん。

一人はつまらん。子どものころの一人っ子の思い出がよみがえってくる。団子を二本食べてお茶を二杯飲んだら

お腹がいっぱいになって眠たくなった。昼寝でもしよ。誰に迷惑をかけるでもなし。布団に横になった。

 夕方になって目が覚めた。時計を見ると二時間も経っていた。寝過ぎたか。ベランダに干していた洗濯物を入れて、

テレビでニュースを見た。また親が子どもを虐待していたという事件が流れている。馬鹿な親がいたもんだ。

自分の可愛い子どもを虐めるなんてさ。うちの息子なんて、と悲しい気持ちになる。




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 きみちゃんひどいなぁ。やはり友だちより家族の方が大事なんだよね。あたりまえか。

もうずいぶん家族がいないからわからないや。夫が死んだのが十三年前。夫は働くのが嫌いな人で体も弱かった。

良いところがあんまりなかったなぁ。せめて顔くらい好い男ならよかったんだけど。競馬を始めたのも夫が原因だった。

ギャンブル好きのくせに当てるのが下手な男だった。いつもみつの方が勝っていた。

 あの日もそう。雨の中、みつに馬券を買いに行かせた。みつは夫に頼まれた分と自分の分をわけて買った。

みつには独特なデータ分析力とクジ運みたいなものがあり、だんだん勝率が上がっていた。いつもは

馬連を得意とするみつであったが、その時はなんとなく三連単を買ってみたくなり、試してみた。

それが大当たりしてしまったのだ。今で言う所の二億円近くもうけてしまった。夫には黙っていた。

 今日の夕飯は何にしようか。お昼はラーメンだったから、夜は納豆ごはんでも食べよう。野菜も食べないとね。

みつは料理をするのが好きだった。そんなに手の込んだものは作れないが、野菜炒めとみそ汁はほぼ毎日

作って食べた。お酒も好きだった。晩酌はあたりまえ。時々昼から呑んだ。今夜もビールと赤ワインをちびちびやった。

だいたいこんな毎日。遠くへ出かけることはないが、池袋に住んでいるから近所に楽しい所がいっぱいあった。

あきない街だと気に入っている。

 九十歳も近くなると風呂に入るのもおっくうだ。特に湯船に浸かると出るのが大変。シャワーで十分。

洗面所で服を脱いでいると外でサイレンの音がした。近所で何かあったようだ。救急車か消防車か。

しばらくじっと様子を伺う。あまり近くではないようなので風呂に入ることにした。ふときみちゃんのことが気になる。

まさか、関係ないやねとすぐに忘れた。

 夜十一時。布団に入って目を閉じると戦時中の夢を見た。池袋が火の海になっている。みつの実家である

齋藤病院の周りには大きな杉の林があったため、火が家に燃え移らずに済んだ。みつと母親は防空壕に隠れていた。

みつは十代だったけれども、母親から寝ていなさいと言われたので大人しく寝ているうちに火が消えていた。

焼け野原となった池袋の西側をただ風に吹かれながらじっと見ていた。
 




つづく

※この物語はフィクションです。

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2018年11月28日

老人小説「冥途の土産」(1)





「きみちゃーん、生きてるー?」築二十年の日本家屋。玄関の引き戸を手で開けながら

みつ八十九歳が枯れた声をはりあげる。「いきてるよー」中から別のばあさんの声が聞こえた。

きみちゃんだ。みつのシワシワの細い手には美しく咲く赤い薔薇の花が一本。みつは膝が曲がって

弓のような脚をしている。

ガラガラとゆっくり戸を開けて老婆が出てきた。

「あんれまあ、また盗ってきたの?」

「あげる」

「だめだよー、人んちの盗ってきちゃあ」

「すんごくきれいだったからさ」

「花がかわいそう」

「そんなことない。もってって欲しそうだった」

「またそんなこと言って」

「担担麺くいにいかねぇか」

「担担麺?」

「かれえもん、食いたくてさ」

「辛いの?まぁ、いいけど。ちょっと待ってて、今娘に言ってくる」

 二人の老婆が歩道をゆっくりと歩いている。みつの唯一の友人きみちゃんは娘夫婦と孫と四人で暮らしている。

今どき珍しい二世帯住宅。きみちゃんの優しくて穏やかな性格もあって家族楽しく幸せに暮らしているように見える。

一方のみつは、夫とは死別。息子とも死別。築四十年のアパートに一人暮らしだ。

生まれた家は病院を経営していたので何不自由なく育てられたが戦争で父親が戦死してから

暮らし向きが変わってしまった。十九で結婚して二十歳で子どもを産んだが自分が幸せだと思ったことは

一度もなかった。

 なぜならみつには兄弟がいなかったから。兄弟がいないというのは本当につまらない。

みつは兄弟のいる人がうらやましくてたまらなかった。母親に弟か妹を産んで欲しいと頼んだが叶わなかった。

兄弟のいない寂しさを紛らわすために食べることに執着した。おかしはいくらでもあったし、普通の家では

めったに食べられない肉や魚もよく食べられた。

 子供の頃のみつは子豚のようだったし、大人になってからはずっとデブだった。夫は痩せていて背が高かったので

二人で並ぶとアンバランスでコミカルだった。だから二人で写った写真はほとんどない。息子はみつの遺伝子を

ついで赤ちゃんの時からデカかった。生まれた時から心臓が悪く、あまり長く生きられないのではないかと

医者から脅された。

 子どもが親より先に死ぬほど不幸なことはない。みつはずうっと憂鬱な気持ちで子育てをした。それでも息子は

19歳まで生きてくれた。不幸中の幸いとはこのことかとみつは思った。みつが39歳の時だからちょうど五十年も

前のことだ。



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 池袋西口の中華料理屋で担担麺を啜りながらみつは考えていた。自分ときみちゃんはどうしてこうも違うのか。

きみちゃんは取り立てて美人でもなかったし、特技があるわけでもお金持ちでもなかった。ただ普通に生きて普通に

暮らしているだけだ。でも、みつと違っていつもニコニコしていたし友人も多かった。何より家族に大事にされている。

みつときみちゃんが仲良くなったきっかけはパチンコだった。

 みつは若い頃よく競馬をやっていた。競馬で生計を立てていたと言っても過言ではない。競馬場へ足を運んでみた

ことは一度もない。新聞とテレビとラジオの情報だけでやっていた。それでも勘が働くのか大穴を当ててしまったことが

あり、それ以来競馬はやめてしまった。還暦を過ぎてからは近所のパチンコに出入りしていた。

その時に知り合ったのがきみちゃんだ。きみちゃんはあまりギャンブルをするようなおばあちゃんには見えない。

いつも明るい色のブラウスをきちんと着て、シワのないズボンを履いている。誰からも好感を持たれるタイプの

おばあちゃんだ。

 みつが、いつものように他人のパチンコ玉を拝借しているところをきみちゃんに見られた。きみちゃんは黙って

自分の箱を指さした。「取るならこっちからとりな」と言っていたが音がうるさくて聞こえなかった。それから時々

会うようになって、一緒に蕎麦を食べたりうどんを食べたりした。「なんでパチンコなんかやってるの?」と聞くと、

きみちゃんは「孤独を楽しんでいるの」と言った。みつにはちょっと理解できなかった。みつは孤独を楽しむことが

できなかったから。家に帰ればいつでも孤独だったから。きみちゃんは贅沢だと嫉妬した。

「辛いね、おいしいけど」

きみちゃんは笑った。

「うまいよね。あたし辛いもんが大好き」

「あとで甘いもの買って食べない?」

「いいね、そうしよ」

 中華料理屋で最高齢の二人。目立たないわけがない。周りの若い人たちからジロジロ見られていた。

きみちゃんは気にしていないようだが、みつは暗い気持ちになった。もうこういうところへ来ちゃいけないのだろうか。

ババアは家にひっこんでろって思ってるのかな。きみちゃんはラーメンを少し残したがみつは完食して店を出た。

もうすぐ90歳だがみつは胃腸が異常に丈夫だった。体もだんだん痩せてきて標準体型になったというかしぼんだ。

食べてもぜんぜん太らなくなったのである。これには驚いたしとても嬉しかった。たくさん食べても太らない

体を手に入れることが長年の夢だったのである。老後になって夢を手に入れる人はどれくらいいるのだろう。

少なくとも自分はそううちの一人だ。今が一番良い時。青春だ。





つづく

※この物語はフィクションです。

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2018年11月15日

恋愛小説「オレンジと青」(6)最終回

   





 枕に顔をうずめて泣いた。泣いて泣いて涙が枯れるまで泣いた。のどが渇いて水を飲んだ。飛鳥にはもう会えないと思った。

 失恋した。恋を失った。恋をしていたのだ私は。よかったではないか。恋ができたのだから。片思いだけど。ちょっとだけ前向きになれた。でも胸の奥が痛いのだ。

 家に帰って爪を切った。足の爪を切りながら、自分の人差し指はなんて長いんだろうと思った。親より出世する、か。妹は短かったな。だから主婦になるのかな、なんてぼんやり考えた。妹に先を越された。情けない。駆けっこも、逆上がりも、勉強も私の方が上だった。もちろん身長も。

 妹は何をやっても普通。標準だった。きっとこどもも二人くらい生むのだろう。普通ってつまらないってずっとバカにしてたけど、普通って一番尊い。

 妹と比較してもしょうがない。他の誰と比較してもしょうがない。自分は自分。大好きな人にフラれてしまった私。それ以外のナニモノでもない。

 フラれはしたが契約は契約。ビジネスなので毎日きちんとパンを納品した。飛鳥に会うことはなかった。くるみは怒って契約破棄にしてやればと言ったが、なんとなく縁が切れるのが寂しかった。運命の人だったから。

 坦々と仕事をした。村田さんに何気なく愚痴をこぼした瞬間、押さえていたものが溢れてしまった。飛鳥さんが好きだったこと。妹が先に結婚してしまうこと。くるみばっかり幸せなこと。村田さんは黙って聞いていた。

「明日香さん、告白してフラれてからが恋愛ですよ。もし縁のある人なら必ずまた会えます」

「諦めなくていいの」

「好きでいればいいんです。気が済むまで」

 無理して忘れようとしなくていいんだ。失恋の仕方も忘れていた。村田さんの言葉が心に沁みた。村田さんにも、彼女を連れてきてくれたくるみにも感謝だ。





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 一週間後、飛鳥は事務所を改装した。赤と黒からオレンジと青にイメージチェンジした。マッサージチェアは事務所に移動して従業員たちに使ってもらうことにした。

心無い言葉で木村さんを傷つけてしまった。ああでもしないとひきずるかと思ってきついことを言ってしまった。自分なんかと付き合ってもろくなことはない。本気でそう思っていた。

 木村さんと出会ってから今日までのことを思い出す。無表情で不感症な女という第一印象。しかしパンを焼くのが上手で意外と女性らしい面もあった。なにより誠実で優しい子だと感じた。

 好きです、か。自分にはもう恋愛なんて関係ないと思っていた。正直、前回の結婚で懲りていた。女に振り回されるのはもうごめんだ。

 僕なんかやめたほうがいい。友だちでいようなんて生半可な答えよりベターだと思ったんだが。また言い過ぎたか。
 ノックの音がして高橋が入ってきた。

「ずいぶん雰囲気変わりましたね。何かあったんですか?」

「いいだろう」

「こっちの方がオーナーに合ってますね」

「今まで無理してたんだ。強い人間を装ってた」

「わかってます」

 飛鳥はふっと笑った。高橋も笑った。

「ところで用件は?」

「先月の売上の件ですが…」

「しょうがない。本屋なくすか?」

「でも『ヨムネル』ですよ?本はうちの顔です」

「足をひっぱってる」

「代案を考えてはいるのですが」

「例えば?」

「花屋、雑貨屋、またはヨガ教室」

「なるほど。悪くない。悪くないがピンとこない」

「企画書を」

「ありがとう。みておく。パンの売れ行きは?」

「好調です」

「そうか。よかった」

 高橋はハッとして、

「社長、パン屋は?本屋のかわりにパン屋をやるのはどうでしょう?」

 飛鳥はスッと立ち上がる。

「なんで思いつかなかったんだろう。話してみる」


 明日香が汗を流しながら工房でパンを焼いている。明日は三十歳の誕生日。やっぱりできなかった恋人。好きな人はできたけど。

突然、村田が顔を出した。

「明日香さん、飛鳥さんがいらっしゃってます」

「うそ?」

 どんな顔で会えばいいのだ。明日香はいつもより丁寧に手を洗ってパンが並べてある方へ出た。

「パンに何かありましたか?」

「うちのホテルに引っ越してきませんか?」

「へ?」

「うちでパンを焼きませんか?」

 明日香は何が何だかよく理解できずにいた。

「お店が終わったらお話しましょう」

「はぁ」


 喫茶店で飛鳥と向き合っていた。自分はフラれたはずでは?フった女を自分のホテルに誘うって。これが傷つけるということなのか。

「お断りします」

「どうしても?そちらの条件は全部飲みます」

「条件?」

「希望は全部聞き入れるって言ってるんです」

「じゃあ、私と付き合って」

 何を言ってるんだ私は。やけくそにもほどがある。

 飛鳥はカフェラテを一口飲んだ。





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「いいですよ」

「え?」

「それで、いいんですね?」

「付き合ってくれるって言うんですか?」

「はい」

「こんな、こんなデカイ女と?」

「僕、木村さんが焼いたパンしか食べられなくなってしまったんです」

「パンですか…」

「いや、あなた自身にも興味がある。変わった人だけど面白い。恋愛対象になりえます。逆に僕みたいなオジサンでもいいの?」

「死んでもいい」

 明日香は信じられなかった。自分がこんなに素敵な男性とデートできるなんて。すぐに飽きて捨てられるかもしれない。それでもいい。飛鳥さんと恋人になりたい。

「でも、なんであんなひどいこと言ったんです?」

「女に疲れていた。元妻が作家だったんだ。小説のネタに浮気されたり不倫されたり。ほとほと女が嫌になった」

「幸せそうに見えたのに」

「ほんとに?なんでだろ。今は一人だからかな。自由が向いてるのかも。仕事は充実してるしね」

「最高じゃないですか」

「木村さんもお仕事充実してるでしょ?」

「木村さんじゃなくて」

「名前何て言うの」

「やっぱり納得いかない。なんで私と付き合ってくれるんですか」

「めんどくさい女だな」

「ごめんなさい」

「木村さんはパンで人を幸せにしてる。僕はホテルで人を幸せにする。二人で幸せを作ろろう。それじゃだめ?」

 飛鳥は白い歯を見せて笑った。明日香は嬉しいやら恥ずかしいいやら泣きそうになった。人生で一番幸せな瞬間だった。

 人を幸せにすることが自分の幸せなんだってわかった。なんだ私もともと幸せだったんだ。初めて気がついた。飛鳥さんのおかげで。

「アスカ」

「え?いきなり呼び捨て?」

「そうじゃなくて、私の名前。漢字でこう書きます」

「本当に?」

 二人で笑った。

「引っ越しのこと、くるみに相談しないと」

 くるみを説得しなければ。くるみは何と言うだろう。くるみのことだきっとポジティブなことを言ってくれるはず。頭の中はくるみのことでいっぱいだった。

「明日香ちゃん」

 飛鳥に呼ばれて我に返る。

私、三十前に恋人ができた。

「ちょっと来て」

 ヨムネルの屋上で明日香と飛鳥が夕方の空を眺めている。

「好きなんだーこの時間」

「私も、大好き」

 明日香は涙ぐんで飛鳥のコートの袖につかまった。全身から好きという感情が溢れ出てくる。飛鳥が明日香の手を握ってくれた。白い溜息が出る。生まれてきてよかった、生きててよかった。心から思えた。

私が飛鳥さん、いや健さんを好きな理由なんかない。好きは好きだから。


ヨムネルという名前はそのままに。ムソウは引っ越しをした。本屋はパン屋になったけど、本はいつでもどこでも読めるようにホテル中に本棚が設置された。





おわり

※この物語はフィクションです。

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2018年11月14日

恋愛小説「オレンジと青」(5)

   





 坂の途中の喫茶店で明日香は飛鳥と対面していた。椅子に座っているため身長の差は感じられない。そもそも明日香は気にしていなかったが。

 明日香は温かいミルクティを飛鳥はカフェラテを頼んでいた。飲み物が運ばれてくる間、飛鳥が一人でしゃべっていた。

美味しいパンを焼く秘訣とか、なぜ神楽坂という土地を選んだのかなど質問攻めにあった。明日香はあいまいな返事を繰り返すばかりで飛鳥に申し訳なかった。

 明日香にとって好きな男性と二人だけで話をするというシチュエーションは何年ぶり?という感じで、はりつめた空気を楽しめずにいた。

 商談は成立しなかった。飛鳥は毎日百個納品してほしいと提案したが、明日香には物理的に無理に感じたし、くるみに相談せずに決められないと断った。

 飛鳥はぜんぜん諦めていない様子だった。

「きっと、必ず、うんと言わせてみせる」

 飛鳥は明日香の目をジッと見た。明日香はドキリとしたし、ガッカリもしていた。これがプロポーズならどんなに興奮しただろう。恋愛の話ではなく、パンの話だからテンションはだだ下がりだ。

 飲み物が運ばれてきてちょっと緊張がほぐれた。明日香は飛鳥の手を見ていた。体の割に大きな手。素敵。全部タイプ。声も、話し方も。

 ボーっとしていたら心の声が出てしまった。

「きれいな手」

「そう?初めて言われた」

 飛鳥が両手を組んだ時に高級そうな腕時計がチラッと見えた。

「フミヤに似てるって言われませんか?」

「言われないよ」

 はにかむ姿もまたいい。

「僕に興味があるの?」

「奥さんも、恋人もいますよね」

「いないよ」

「嘘つかなくても大丈夫です。私わかりますから」

「元妻ならいるけど」

「離婚されたんですか?お子さんは?」

「すごいつっこむね」

 笑った顔は神だ。

「ごめんなさい。恋愛障がい者なんです。私」

「恋愛障がい者?面白いこと言うね。でも僕なんかやめた方がいいよ」

「どうしてですか?」

「傷つけるだけだから」

 飛鳥は今まで見たこともない寂しそうな顔をした。

「傷つけられてもいいです。何もないより」

「そんなこと言っちゃダメだ。自分を大事にしないと」

 明日香は顔が熱くなっているのを感じていた。私ナニを言っているんだろう。ストレート過ぎる。熱でもあるのだろうか?なんだかクラクラしてきた。

「熱あるんじゃない?」

 飛鳥が明日香のおでこに手をおいた。

「熱い。病院へ行こう」

 明日香は興奮して鼻血が出てしまった。





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 二人で近くの内科へ行った。結果はインフルエンザだった。飛鳥はポカリスエット、お粥、フルーツゼリーなどをパパッと買って明日香の家まで運んでくれた。明日香はフラフラしながらなんとか家までたどり着いた。

「じゃ、僕はここで」

「ありがとうございました。なんとお礼を言っていいか」

「お礼はいいからパン納品して。なんて冗談」

 明日香はマンションの前で飛鳥が帰って行く後ろ姿をずっと眺めていた。地平線のオレンジと空の青が重なるあの時間だった。一緒に見られなかったけど一緒にいた。一緒に歩いた。これは夢なのだろうか。

 とりあえず着替えて寝た。夢の中で飛鳥と話をしているシーンが何度も何度も繰り返された。やっぱり夢か。わからなくなった。

 寝たり起きたりしている間にテレビで冬季オリンピックの試合を見た。スピードスケートの選手たちの中にオレンジと青のユニフォームの集団がいた。オランダの選手たちだ。オランダは強いんだ。初めて知った。

 オランダの選手たちに負けず劣らず頑張っていたのが日本の選手たち。こんなすごい人たちが日本にいたんだ。驚いた。みんな私より若いか同じくらいの年。立派だな。それに比べて私は。

 オリンピックをこんなに真剣に見たのは初めて。素直に感動した。彼らはこの一瞬のためにどれだけの時間と労力を使ってきたのだろう。

人は時に応援される方とする方にわかれる。応援する方が圧倒的に楽だ。自分は楽な生き方をしたいわけではない。楽しく、応援されたいのだと思った。

 夢中でパンを焼いている間に二十代が終わってしまう。これでいいのだろうか。いいも悪いもない。これがいいのだ。自分で選んだ人生だ。現実を受け入れよう。

 六日後店を開けた。五日間も休んでしまった。休んでいた間にメールで何回もくるみに相談した。ホテルに毎日百個納品できるか。どの種類にするか。価格は?などなど。飛鳥に片思いしていることも正直に話した。

 くるみは契約に前向きだった。仕事のことより明日香の恋の方が気になるようだった。これをきっかけに明日香に恋人ができればいいと考えているようだった。公私混同。頭が硬い明日香にはちょっと抵抗があったがくるみはおかまいなしという感じだった。





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 ヨムネルを訪ねたのは一週間後。飛鳥はバルで待っていた。

「前向きに検討していただきありがとうございます」

 相変わらず人懐っこい笑顔。

「佐藤とよく話合って、契約させていただくことにしました」

「ありがとう」

 飛鳥に握手を求められた。ゆかりはおずおずと手を出した。ぎゅっと手を握りしめられて胸がキュンとなった。私、この人が好き。二人で細かい打合せをし、最後に明日香が大きな紙袋を渡した。

「こないだのお礼です」

「お礼なんていいのに」

「本当にありがとうございました。優しいんですね」

「僕ぜんぜん優しくなんかないよ」

 飛鳥は紙袋の中を見た。焼き立てのパンがたくさん入っていた。

「ありがとう。僕大好き。木村さんが焼いたパン」

 幸せそうにチョコパンをほおばる飛鳥。

「あ、ありがとうございます」

 明日香の目から涙がこぼれ落ちた。

「大丈夫?」

 自分でも驚いた。まさか泣くとは。

「すいません。帰ります」

「よかったら休んでいきませんか?」

 五○一号室。オレンジと青の部屋。

「僕この部屋が一番気に入ってるんです」

「私、この色」

「空と地平線が重なる夕方の空の色」

「好きです」

 沈黙。見つめ合う二人。飛鳥の眼鏡の奥の黒い瞳に背の高いゆかりの姿が映っている。

「君には魅力を感じない」

 飛鳥は静かにドアを閉めた。

 フラれた。泣き崩れるゆかり。こんなに人を好きになったのは初めてだった。しかもこんなにはっきりフラれたのも。年を取った分ダメージも大きい。まだ二十九歳。もう二十九歳。もうすぐ三十歳。





つづく

※この物語はフィクションです。

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2018年11月13日

恋愛小説「オレンジと青」(4)

   4






 冬。午前五時。明日香は一人で店のシャッターを開けた。朝はだいぶ寒くなってきた。いつものように準備体操をしてから、発酵した生地を成型していく。どんどん体が温まっていく。

パンを焼き始めると工房はさらに室温が高くなる。これだから冬でも暖房はいらない。可愛いこどもを育てるようにパンを成型しては焼いていく。明日香が一番輝いている時間だ。

 九時半。くるみが出勤してきた。

「おはよう」

「おはよう。体調大丈夫?」

「うん。ありがとう。ごめんね、一人でやらせちゃって」

「いいって。元気な赤ちゃん産んでよね」

「それはわからないな」

「え?」

「出産は毎回どうなるかわからないものなの。五人産んだ人も言ってたよ。五回ともぜんぜん違ったって。毎回違くて毎回大変だったって」

「ふーん」

 自分は妊娠、出産なんて経験するのかな?ぜんぜん想像つかない。

「ほら、焼けてるヤツから並べてって。時間ない」

「オッケー」

 くるみは制服に着替えるなりパンを一つずつ丁寧に並べていく。まるで宝石でも扱うかのように。くるみは明日香のパン焼きの才能を開花させてくれた恩人だ。パンを愛し、お客様を大切にしている。明日香とくるみは最高のコンビだ。

 村田が出勤してきた。最近では三人のチームになった。いつの間にか明日香がリーダーになっていた。

 今日も順調に売れて、もうそろそろ完売になりそうなころ、恋の女神が悪戯した。

 飛鳥がムソウの前に並んでいる姿が窓から見えたのだ。明日香はその長い体を不自然に折りたたんで隠れようとした。

「なにやってんの?」

 椅子に座って休んでいたくるみがへんな顔でつっこんだ。ふくらんできたお腹をさすりながら。

「い、いや、べ、べつに」

「怪しい」

 接客している村田の背中越しに客たちを見るくるみ。営業スマイルは忘れずに。

「だめ!みちゃダメ!」

「え?なに?なにをみちゃダメなの?」

 余計にジロジロ客たちを見る。

「やめて!」

「あんた、さては、好きなお客さんでもいるの?」

 顔を真っ赤にする明日香。

「図星?どれ?だれ?どこ?」

「む、むりむりむりむり」

 だんだん飛鳥の番が近づいて来る。

「あー、あー、だめ、むり」

 くるみは客の中に飛鳥を見つける。

「あ、アレだな!あの小さい男」

「失礼!」

「ごめんごめん。あんた自分でっかいくせに昔から小さい人好きだよね〜」

 明日香は驚いたのと恥ずかしさでほとんど泣いていた。

「ひどい」

「どうする?自分で接客する?」

「やだ!できない!」

「な〜んで、もったいない。ぜっかく仲良くなれるチャンスじゃん!ほら」

 くるみは明日香を無理やり立たせようとする。抵抗する明日香。もめる二人。

「うっ」

 くるみが妊娠六カ月のお腹を両手で押さえる。

「えっ!大丈夫?」

「ダメ…」

「き、救急車!救急車!」

 明日香は慌てて救急車を呼び、くるみを乗せ自分も乗り込んだ。店は村田にまかせて。




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 夕方、店に戻ると村田が心配そうな顔で待っていた。

「くるみさん、大丈夫でした?」

「切迫早産で入院しちゃった。ごめんなさい心配させて。店番ありがとうございました。村田さんがいてくれて本当に助かりました」

「心配ですね。無事に生まれてくるって奇跡ですよね」

 村田は涙ぐんだ。

「私、流産したことあるから」

 明日香は返す言葉が見つからなかった。人には色んな傷みがあるんだ、と改めて思った。村田さんともっとお話ししたい。

「急に残業頼んで申し訳ないけど、一緒に明日の仕込みしてもらえませんか?」

「よろこんで。今夜は主人飲み会で遅いんです!」

「ありがとう!」

 村田は仕込みをするのは初めてだったが覚えが早く、楽しそうだった。明日香も久しぶりに楽しく仕事ができた。仕事帰りに一杯だけ飲んで帰ることにした。

 ヨムネルの中にあるバルまで来てしまった。

「可愛いホテルですね。よく来るんですか?」

「ときどき」

「ここって何かムソウと似てません?」

「やっぱり?村田さんもそう思う?」

「空気っていうか、匂いっていうか」

「不思議だよね」

「きっと素敵な人が作ったんでしょうね」

「今日来たお客さんの中に、フミヤみたいな中年の男性いなかった?ちょうど救急車が来たころ」

「覚えてません。夢中だったんで」

「そうですよねごめんなさい。今日は本当にありがとうございました。ここは私にごちそうさせてください」

村田さんは本当に一杯だけ飲んで帰った。真面目で誠実な人だ。村田さんに来てもらえて本当によかった。素敵なご縁だと思った。大事にしなきゃ。

 一人でロビーを歩いていると高橋さんに会った。

「こんばんは」

「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」

 家は近くだが、たまにはホテルに泊まるのも悪くないと思った。くるみに悪いことをしてしまった罪悪感と、幸せの絶頂にいる妹がいる家には帰りたくない気分だった。

「お部屋、空いてます?」

四○二号室。

「きっと気に入りますよ」

 高橋は優しい笑顔で案内してくれた。

薄いピンクとクリーム色で統一された女子受けしそうな部屋。今の私の気分とは真逆だわ。

「恋する乙女のお部屋です」

 高橋は微笑みながら礼をしてドアを閉めた。

 明日香はさっそく浴室に入る。ゆったりとした白いバスタブが目に飛び込んでくる。わわ、お姫様みたい。大きいバスローブやバスタオルもピンク色。お湯の出る蛇口や手すりは金色だ。恋する乙女か。

 下の売店で買ってきた薔薇の入浴剤を入れてゆっくりとお湯に浸かる。私ったら最近お風呂大好き人間。いい匂い。癒される。とてもいい気分転換になった。

今度こそちゃんと本を読もうと以前読まずに返してしまった本を再び借りた。お風呂で読んではいけない決まりだそうだから、あがってからじっくり読むことにした。

 ベッドに寝っころがって読み始めたがやはり眠たくなってしまった。ポカポカのお風呂とフカフカのお布団。まるで天国だわ。

 朝四時。ハッとして目を覚ます。体内時計が起こしてくれた。あぶないあぶない。

読めなかった本は買うことにした。ロビーをとぼとぼ歩いていると高橋が立っていた。目が合う。

「お早いんですね」

「はい、仕事がありますので」

「どんなお仕事ですか?」

「パン屋です」

「すごいですね!」

「高橋さんこそ、徹夜ですか?」

「いつものことです」

明日香がもじもじしていると、

「あ、飛鳥ですか?上の事務所におりますよ。呼んできましょうか?」

「いえいえ、だいじょぶです!いいんです、こんなに朝早くダメです!よろしくお伝えください」

 慌てて逃げる明日香であった。




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 お昼過ぎ。明日香と村田が接客していると飛鳥が目の前にいた。

 明日香の心臓がエイトビートを打っている。うそ、むり、うそ、むり。飛鳥の方も驚いている。

「こ、こんにちは」

「あれ?以前うちのホテルにいらっしゃいましたよね?」

「へい」

 吹き出す村田。へいって。

「こちらのパンすんごい美味しいですよね。最近知ったんですけど、また来ちゃいました」

「ありゃがとうごじゃいましゅる」

 爆笑する村田。日本語がへん。

「あなたが焼いているんですか?」

「あ、はぁ」

「すごい!素晴らしい!そうだ、ぜひうちのホテルに置かせてもらえませんか?」

「へ?」

「ご相談させてください!お時間いただけます?」

「えーと、えーと、では、五時では?」

「ありがとうございます!では五時にまた!」

 飛鳥はパンを二十個も買ってくれた。明日香は赤いキリンになっていた。村田が横でいつもよりニコニコしながら接客していた。

 一時間後パンが全部売り切れた。

「村田さん、どうしよう!」

「よかったじゃないですか!すごいじゃないですか!業務提携ってことですよね?」

「ぎょうむていけい?」

「はい、うちのパンを毎日納品してくれってことですよね?」

 ガーンと頭をハンマーで殴られた気がした。南極なんて行ったことないけど体が南極にワープしたみたいに寒い。ビジネスか。ビジネス目的で会いにくるだけか。

 急に家に帰りたくなった。

五時までまだ時間がある。着替えてこよう。今日に限って適当な服で来てしまった。というかいつも適当だが。

『去年の服では恋もできない』という広告のキャッチフレーズが頭の中をぐるぐるしていた。しかし今年買った服がない。

今どんな服が流行っているのだろう。妹の部屋へ入る。昔は妹がよく自分の服を勝手に着ていたものだ。たまにはこちらが借りてもいいだろう。

 しまったサイズが小さい。残念ながら妹の服は借りられそうにない。とりあえず化粧だけ直してまた制服を着た。これが自分には一番似合っている。等身大のわたし。






つづく

※この物語はフィクションです。

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2018年11月12日

恋愛小説「オレンジと青」(3)

   3





 明日香は笑顔を作っていたつもりだったが飛鳥には引き攣っているように見えた。

「とっても気に入りました。ずーっとここに居たいくらいです」

「はっはっは。そうですか?ありがとうございます」

 笑いジワまでかっこいい。

「飛鳥さん、ですよね?」

「どうして僕のことを?」

「テレビで観ました」

「ありがとうございます」

 飛鳥は名刺をサッと出した。

「アスカタケルと申します。よろしくお願いします」

 アスカタケル。眼鏡までカッコイイ。

「ありがとうございます。き、キムラと言います」

 明日香は名刺を受け取った。

「私、名刺持ってなくて」

「大丈夫です」

 ニッコリ笑って質問された。

「入浴はされましたか?」

「いいえ」

「残念だな。うちのホテルはお風呂も自慢なんです。ご説明が足りず申し訳ございませんでした」

「いいえ、とんでもない」

「次回はぜひ、お風呂にも入っていってくださいね」

「あ、はい、ぜひ。ぜひとも。ぜひに」

もう無理。ゆかりはペコペコお辞儀しながら後ずさりした。

 フラフラして、入ってくる人にぶつかりそうになりながらエントランスを出た。あぶない。恥ずかしい。顔が火照る。


 遠くの空が青く濁って、オレンジ色の地平線を押しつぶそうとしていた。そして一瞬虹が見えた。落ち着け。ゆっくりと深呼吸する。

 出会ってしまった。そう確信した。彼がもし結婚していようとも。恋人がいようとも。彼と付き合えなくっても。彼は私にとって運命の人。

 名刺を両手で持ってジッと見る。通りを行く人に変な目で見られないように歩き出す。軽やかに。ステップを踏むように。自然と笑みがこぼれる。

 こんな気持ちになったの久しぶり。




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 飛鳥はイライラしていた。今日のテレビ番組の紹介の仕方が気に入らなかった。ディレクターに電話して文句を言ってやる。あれじゃうちの良さが伝わらないよ。打合せと全然違うじゃん。

 ホテルについてドアを開けると初めて見る客がいた。一見、宝塚の男役の様な大柄な女性だ。どこかで見たことがあるような気がしたが一応挨拶をしておこう。

 僕の営業スマイルは天下一品だ。大抵の女性は簡単に落ちる。ところがどうだろう。この大木のような女性は無表情だ。不感症なのかな。挙動不審だし。とりあえず社交辞令の挨拶を済ませ、事務所へと向かう。

「高橋、事務所にいるから後で来てくれ」

「承知しました」

「あ、あと、お客様に入浴をお勧めするように。いつも言ってるだろ」

「すみません」

 エレベーターで六階へ上がる。事務所内ではスタッフが数人作業していた。お疲れ様ですと声をかけられる。無視して自分の部屋へ入る。

 赤と黒を基調としたアールデコ調の部屋。パソコン、テレビ、オーディオ、あらゆる電子機器がそろっている。体に似合わぬ大きなマッサージチェアが真新しい。オペラを大音量でかける飛鳥。指揮者のように腕を振る。

 チョコレートを口に放り込み、パソコンに向かう。メールをチェックし返信する。それが終わるとデスクに積まれた書類に目を通す。サインが必要なものにはサインを、修正が必要なものには赤いペンで書き込みを入れる。

 コンコンコンとドアを三回ノックする音。

「失礼します」

 飛鳥はマッサージチェアに埋まっている。

「コーヒーを淹れてくれないか」

「かしこまりました」

 オーディオの音量を下げる高橋。

「今日の番組ひどかったな。お前の担当だったよな」

 ミルでガリガリとコーヒー豆を挽く高橋。

「申し訳ございません」

「あのテレビ局のくそディレクターにクレーム入れろ」

「承知しました」

 高橋は右手でゆっくりとお湯を注ぎながらコーヒーをドリップする。

「いい匂いだ」

「ありがとうございます」

「お前を褒めたんじゃない」

 高橋の手が一瞬止まる。

「チーフになってもう半年だよな。もっとしっかりしてくれ。本屋部門なんとかしないと、うち危ないぞ」

「はい」

「うちは少数精鋭なんだ。規模も小さいし他のホテルと差別化していかないと」

「わかってます」

「わかってねえから言ってるんだろ」

「すいません」

「まったく、サイト―がいなくなってからなんかガタガタしてるぞ。お前に任せた俺が悪いのか」

 高橋が飛鳥の近くのテーブルにコーヒーカップを持ってくる。カップがカタカタと揺れている。

「あまり僕を怒らせないでくれ」

「すいません」

「謝れば済むと思うな。行動で示せ」

「はい」

 飛鳥は一口コーヒーを飲む。

「これだけは上手いな」

 高橋は一礼して部屋を出る。

 またやってしまった。飛鳥は反省していた。僕は完璧主義過ぎて周りを委縮させてしまう。いつもそうだ。前のチーフもそれで辞めてしまった。はぁ、どうすればいいんだ。

 ホテルの経営はそこそこ上手くいっている。でも、もっと何かこう満たされない何かがある。お金とかそんなんじゃなくて。本当に心かから人を幸せにするための何かが足りない。

飛鳥はコーヒーを啜る。うまい。高橋は本当にコーヒーを淹れるのがうまい。チーフじゃなくてバルに戻そうか。いやでも三十八にもなって新人と同じじゃ可哀想だ。悩む。

 むしゃくしゃする。こんな時は風呂だ。風呂に入ろう。
 



soop4.jpeg




 家に帰った明日香はすぐに湯船にお湯を溜めた。こんな時間にお風呂に入るのは久しぶり。なんだかとっても入りたくなってしまったのだ。きっとあの人のせい。ふっと思い出し笑いをした。

 湯船にお気に入りの入浴剤を入れる。ダークグリーンの森緑の香り。ふーっと深呼吸をする。いい。夕方に入る風呂もいい。これからは好きなとき、好きな時間に風呂に入ることにしよう。

 それにしてもカッコよかったなぁ飛鳥さん。あんな素敵な人とデートできたら最高だ。本気で思った。デートか。最後にデートしたのって一体いつかしら?思い出せない。大学の時?もう七年も前?信じられない。ひどすぎる。干物女とは私のことか。渇いている。とても渇いている。

 風呂からあがったらもちろんビールだ。

「ぷっは〜生きてて良かった!サイコ―だぜ!」

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「やだ、いたの?」

「うん。さっき帰ってきた。どうしたの?何かあった?」

「…あった」

「え?なに?まさかセックスした?」

「バカ!私がそんなウルトラCできるわけないじゃん!出会ったんだよ運命の人に」

「なにそれ?運命の人?まだ付き合ってないの?」

「付き合ってるわけないじゃん、今日初めて会ったんだから」

「なんだ。つまんない。付き合ってから話してくんない?」

「かわいくねーなー」

「マサキははるか可愛いって、愛してるって言ってるよ」

「騙されてるんじゃない?」

「私も飲もっと」

 姉妹でビールを飲む。夕飯は出前のピザにした。たまには手抜きしてもいいじゃない。

 こうして二人でピザを食べるのもこれが最後かもしれない。急に妹と過ごす時間が愛おしく感じられた。春香今までありがとう。幸せになってね私の分も。


 翌朝。明日香は工房で一人、パンを製造していた。くるみが店に来て青ざめた。

「なに?これ?」

「え?」

 二人の目の前にはクシャクシャになった生地の塊がでろんと鎮座していた。

「あんた何やってんの」

「やだ。水の分量間違えたみたい」

「これ全部?」

「うん」

「どーしたのよ!今まで一度もこんなことなかったじゃない!」

「ごめん」

 くるみは明日香の顔をじっと見た。

「風邪でもひいたか?」

 ムソウは初めての臨時休業をした。

 ヨムネルにはあれから二回行ってみたが飛鳥には会えなかった。






つづく

※この物語はフィクションです。

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2018年11月10日

恋愛小説「オレンジと青」(2)

   2




「は?休みたい?ダメダメ」

「なんで?いいじゃん!今まで三年間、年末年始以外休みなしでずっとやってきたんだし、あんたは産休育休入るんだし、私にだって休みくらいちょうだいよ」

「絶対ダメ!店休んだらどうなると思う?お客さん二度と来なくなっちゃうよ。そしたらあたしたち食いっぱぐれちゃう、マンションのローンも払えなくなっちゃう」

「でも…」

「はいはい、言い訳はいいから早く仕込み終わらせよう。時間ない」

 く〜自分ばっかり幸せになりやがって。私の幸せはどうなるんだよ。まったく。時間ない?私だってあと半年足らずで三十になっちゃう。時間ないよ!どーすんだよ!

 結局、村田さんにはフルタイムで働いてもらうことになった。店が忙しいうえに、くるみの欠勤が増えたから。明日香は葛藤しながらも『四百個限定』の貼紙を外した。

 定休日。洗濯と掃除をしてからゆっくりコーヒーを飲んだ。何気なくネットで『出会い』を検索してみると『婚活パーティー』の情報がたくさん出てきた。

 わー、こんなにたくさん。どうやって選んだらいいのかな。女性は無料?まじで?すごいな。医者限定?弁護士限定?年収一千万以上?うわーこわいな、男は金ってか。

 ネットを閉じてテレビをつける。たまたま神楽坂のお店特集をやっていた。

ムソウが紹介され始めた。あ、忘れてた!そうだ放送今日だった。慌てて録画する。もう何度も取材を受けていて、いけないことだがだんだん有難味が薄れてきてしまった。

 最初の頃は赤面するくらい緊張して嬉しくて興奮したのだが最近は自然体でテレビに映っている。映っていると言っても明日香は作業している姿がチラッと映ればいい方で、ほとんどくるみがレポーターとか芸能人と話している。

くるみはものすごく感じがよく、小柄で可愛らしいのでテレビ映りがとてもいい。くるみ目当てのお客様も多い。

 どうせ私なんか。デカくて可愛くない行き遅れのキリンさんだよ。キリンならまだしもこないだ電柱と間違われて犬におしっこをひっかけられそうになった。あれはショックだった。

 ムソウの紹介が終わり、明日香が録画を止めようとしたその時。ホテルと本屋を一体化した珍しい宿泊施設『ヨムネル』の映像が流れ始めた。

 明日香は手を止め画面に食いついていた。ホテルのオーナーの男性。四十代前半?眼鏡をかけていて落ち着いた雰囲気。でもどこか少年ぽさを湛えていて…素敵。まるでフミヤ君みたい。

 フミヤ君とは元チェッカーズの藤井フミヤのことである。

 あんな素敵な人が神楽坂にいたの?知らなかった。しかもあのホテル、バルもあるんだ。ちょっと行ってみようかな?
急いでヨムネルを検索するとムソウから歩いて十分くらい。神楽坂というより飯田橋に近いことがわかった。

 なんだ、こんな近くにあったんだ。番組が終わったので、録画を再生する。よく見たら北欧調の内装といい、家具の雰囲気といい、明日香の好みにもの凄く合っていた。これは何かのご縁かも知れない。

『オーナーの飛鳥健さん(49)』とテロップに出ている。アスカさん。ドキンと心臓が大きな音を立てた。なんだろうこの胸のトキメキ。ずっと忘れていた感覚。

飛鳥と明日香。同じ名前。

これだ!というお気に入りのマグカップを見つけた時以来。いや、素敵な俳優さんを発見した時かな?どうでもいいや。
一分で着替えて、慌てて化粧をした。

アスカケン?て言うのかな?独身かな?結婚してるよね、もちろん。そうだよきっと彼女だっているよ。会ってどうするの?別に会うくらいいいんじゃない?

なんてうだうだ考えながら化粧をしていたらチークがやたら濃くなり、おてもやんになってしまった。

化粧をやり直していたらあっと言う間に三十分経っていた。お昼ご飯どうしよ。まぁとりあえず一度ヨムネルを偵察に行ってみよう。




chosho2.jpeg




小さなホテルの前。ここがそうなんだ。思ってた通り近い。外観もシックでお洒落。あんまり高くないのもいい。外からジロジロ見ていたら急に雨が降ってきた。傘を持ってこなかった。ええい、思い切って入ってしまえ。

明日香はホテルのドアを開けた。こういうのをモダンシックというのかしら。テレビで見るより狭く感じたものの小奇麗で清潔な感じがした。

理由もなく「好き」と思えた。勘違いかもしれないがムソウとちょっと雰囲気が似ている気がした。

「いらっしゃいませ」

 受付の男性に声をかけられびくっとした。男性は明日香と同じくらい身長が高かった。この人はアスカさんじゃない。
「あの、ランチって食べられるところありますか?」

「はい。サンドイッチなど軽いものでしたら奥のバルにございます。ご案内しましょうか?」

「あ、お願い、できますか?」

「どうぞこちらへ」

 ピシッとスーツを着た男性は明日香をスマートにエスコートしてくれた。

 バルと呼ばれている場所には七つだけカウンター席があった。ランチメニューはサンドイッチとおにぎりとフォーが用意されていた。面白い!

 一つだけ空いていた席に座るとレモン水の入ったグラスが出された。若い女性のバーテンダーがにこやかに「どちらになさいますか」と聞いてきた。綺麗な子だなぁ。なんか急に落ち込んできた。

 私、なんで来ちゃったんだろう。美しい肌に上手に化粧している若い女性を前に後悔し始める明日香であった。

 いいや。ランチを食べたらすぐ帰ろう。

「フォーをお願いします」

「かしこまりました。パクチーは入っていても大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

 笑顔はさらに美しい。はぁとため息が出る。バルの中を見まわすと、オーナーのこだわりが所々に感じられる。シンプルなのになんでこんなにお洒落なんだろう。

 運ばれて来たフォーを食べたら感動するほど美味しかった。びっくり。ベトナムに行ったことはなかったが、本場の味って感じがした。さっぱりしているのにコクがある。

 自分でもこんなに美味しいフォーが作れたらいいなぁなんて考えながらゆっくり味わった。

 そうだ、本が置いてあるってテレビで言ってたっけ。さっき歩いてくる途中に本屋さんぽい場所があったぞ。あそこも見てみよう。

 美味しいものを食べるとテンションが上がる。素直な女性である。黙っていればモデルか女優に間違われるほどのプロポーション。 

口下手でよくコミュショウと誤解されるが本を読むのは大好き。だから想像力やボキャブラリーは乏しくない。はず。妹に比べれば。しかしその妹に先を越された。

 ゆっくり食べて汁を飲み干してから本屋へ移動した。

 新しい本もあれば古い本もあったし外国の本もあった色が綺麗だったり大きさも統一されていた。これもオーナーのこだわりなのだろう。

 明日香の好きな作家の本が半分以上あってドキドキしてきた。もしかして、趣味が一緒なのかしら?村上龍の『自殺よりはセックス』を手に取る。村上流女性論が書かれたエッセイ。これ読みたい。

 先ほど受付にいた男性が近づいてきて、

「こちらにある本はすべてお部屋で読むことができます。一時間二千円となっておりますがいかがですか?」

 ニッコリ白い歯を見せられたら断る理由などなかった。

「二時間でお願いします」

「かしこまりました。ご案内します」

 一緒にエレベーターに乗る。ボタンは六階まであった。男性は『三』のボタンを押した。胸に『高橋』という名札をつけている。ふうん高橋さんていうんだ。そだ勇気を出して聞いてみよう。

「あの、アスカさんていう方は?」

「オーナーですか?今は不在です。何か?」

「いえ、何でもありません。テレビで見て、ちょっと」

「ああ、テレビをご覧になって来ていただいたのですね。ありがとうございます」

三階の三○三号室に案内された。

「ごゆっくりどうぞ」

「ありがとうございます」

 へー、かわいい。部屋全体がスウェーデンかフィンランドにワープしちゃったみたい。ペパーミントとグレーを基調としたデザイン。家具はすべて木材で作られている。

 明日香の身長ではギリギリ足が出ないくらいの小さなベッド。丸いテーブル。テレビや時計などデジタルなものは置いていない。唯一固定電話が置いてあるくらいだ。

 気に入った。いい匂いがする。森の中にいるみたいだ。ずーっとここにいたい。本を読もうと思ったがいつの間にかベッドの上でウトウトしてしまった。電話のベルで起こされる。

「木村様、お時間ですがどうされますか?」

「えんちょう、おねがいします」

 ヨダレをふきながら答えた。また眠ってしまう。一時間経ってまたベルで起こされた。

「えんちょうおねがいします」

 結局四時間も滞在してしまった。外は夕暮れてきて、明日香の好きな時間帯に近づいていた。雨もすっかり止んでいる。

 受付でお金を払っているとエントランスのドアが開いてフワッと甘い香りがした。彼だ。直感でわかった。

 明日香が振り向くと飛鳥が背筋を伸ばしスッと立っていた。

「いらっしゃいませ」

 明日香の肩くらいの身長だった。顔はフミヤに似ていたし、声も似ていた。とてもお洒落なジャケットを着ていてものすごく感じが良い。明日香はしばらく彼に釘付けになり動けなかった。

「気に入っていただけましたか?」

 かっこいい。かっこ良すぎる。絶対結婚しているし、彼女もいるわこの人。だって幸せオーラと色気がすごいもの。出会えた喜びと同じくらい残念な気持ちが胸を支配した。

 はっきり聞きたい。でも聞けない。心の中はピンクと紫の感情が渦巻いていた。
  




つづく

※この物語はフィクションです。

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2018年11月09日

恋愛小説「オレンジと青」(1)

登場人物


木村明日香(29)パン屋

飛鳥健(49)ホテル経営者

高橋(38)飛鳥の部下

佐藤くるみ(30)パン屋、明日香の相方

木村春香(26)明日香の妹

村田(43)パン屋のスタッフ







   1

 秋。マンションのベランダ。明日香はひとり佇んでいた。遠くでオレンジ色の地平線と濃い青色の空がサンドイッチ状態になっている。明日香は恍惚とした表情でそれを眺めていた。この時間の空が大好きだ。

 昨夜、妹の春香が婚約を発表した。発表と言っても芸能人ではないのでただ単純に姉であり同居人でもある姉に報告しただけのことなのだが、姉明日香が受けた衝撃は日本一の大女優が一般の冴えない男性と婚約したくらい大きなものだった。

 三歳年下の妹に先を越された。自分はずっと優秀で妹をリードしてきたのに。ものすごい屈辱。明日香は今、猛烈に結婚がしたかった。その前に恋がしたかった。

 親友のくるみとパン屋を初めてはや三年。ようやく軌道に乗り出した昨今。恋愛なんてする暇がまったくなかった。しかし、くるみの方は学生時代から付き合っていた彼氏と卒業とほぼ同時に結婚し、こどもまでいる。

 くるみが産休育休中、フォローしたのは他でもない明日香だ。だってたった二人で切り盛りしている小さなパン屋だもの。くるみの幸せに少なからず貢献している自負があった。

 春香にしても、彼氏と会いやすいからという理由で仕方なく同居してあげていた。妹の幸せにもひと肌脱いでいると思っている。

 それなのに、くるみも春香も「はやく明日香も幸せになりな」だって。ほんと悔しい。

私が結婚できない、恋愛できない理由はたくさんある。

 まず、高すぎるこの身長。175センチ。ヒールを履けば軽く180センチを超える。大抵の男には負けない。そしてパン屋ならではの早寝早起きの生活。夜の飲み会なんて行ったことないし、休みの日に一人で飲みに行くこともない。出会うチャンスがないのだ。

 ずるいずるいみんなずるい。私を踏み台にしてジャンプアップしやがって。でも見て、この夕焼け空の美しいことといったら。もうすべて許そう。すべて受け入れよう。そんな清々しい気持ちになる。

 いつか、好きになった人とこの夕焼け空を眺めることができたなら。そんな幸せな瞬間が私にやってくるのだろうか。その日は永遠に来ないような気がした。

 あと半年足らずで私は三十路を迎える。三十までに恋がしたい。

 明日香の好きな時間が終わってしまった。かじりかけのメロンパンを全部食べて牛乳を飲んだ。

さて、明日は仕事だ。明日も美味しいパンをたくさん作ってたくさん売ろう。




melpn.jpeg




 「二人目ができたみたい」。朝五時。店に入るや否やくるみが告白してきた。まじで?

「いやー、ごめんごめん。どうしても二人目欲しくてさ。がんばっちゃった」

「お、めでと」

「ありがと。て、まだ生まれてないけど」

「じゃあ何て言えばいいの」

「よかったね、とか」

「ぜんぜんよくねえよ。店どーすんだよ」

「パートさん雇おう」

「大丈夫か?パートで?」

「私、いい人探すから。ね、機嫌直して」

「ふん」

「かわいくないなー」

「どーせ、私はかわいくないですよーだ」

「さ、仕込み仕込み。頼むよ!」

 明日香はブスくれながらもサクサクと作業していく。天然酵母のパン屋『ムソウ』は雑誌やテレビでたびたび紹介されるほどの人気店に成長した。毎日焼くパンはおよそ六百個だが、閉店よりずっと前の午後三時に全部売り切れてしまうこともしばしば。

 そんな日は早く家に帰れるのかといえば、そうでもない。次の日の仕込みの準備があるため結局夜の八時まで店にいることが多かった。しかも、主に接客担当のくるみは先に帰り、製造担当の明日香は店を閉めるまで残ってやっていた。

 相方は夫もこどももいる主婦だから仕方がないと諦めている。しかし若干ではあるがくるみの方が年収が高い。くるみが言いだしっぺで明日香は誘われた方だから。

 資本金もくるみの方が多く出した。こどもも養わなければならない。自分の方が少なくて当然と思っている。
実はくるみちゃんと明日香ちゃん、かなり儲かっている。大きな声では言えないが毎月売上三百万を軽く超えているのだ。

二人とも店の近くの中古マンションを購入したばかり。もちろんローンで。

 このまま天然酵母のパンブームが続いてくれればいいなぁと思いながら、日々せっせとパンを焼いている。

春香は婚約。くるみは二人目を妊娠して残された私はまた一人で孤軍奮闘せねばならないのか。はぁ、とため息が出る。

 くるみはつわりのため、パンの製造にはほとんど関われなくなってしまった。酵母の匂いが気持ち悪いんだと。早くパートさん連れてきてよぉ。私ひとりじゃ六百個は無理だよぉ。

 仕方なく貼紙をした『誠に勝手ながら一日四百個限定とさせていただきます』。ほんとに勝手だな。お客さん減ったらどうしよ。

 明日香の心配をよそに、ムソウ人気は継続し、連日行列ができることもしばしばとなってしまった。ひぃぃ。馬車馬の様に働く明日香。神様助けて。


 ある日の休憩時間。明日香とくるみがコーヒーを飲んでいると一人の中年女性がやってきた。

「すみません、トキタさんの紹介でパートの面接にきました」

 くるみが素早く対応した。

「あー、お待ちしてました。佐藤です」

「村田です!はじめまして!」

 おっとりとしてはいるが元気なおばちゃんである。見た感じ、こどもが二人くらいいて、下の子がもう中学生で手が離れたから来ましたっていう雰囲気。と明日香は想像した。

 実際にはお子さんはいなくてご主人と二人暮らしだそうだ。扶養の範囲内で働いてもいいし、仕事が合えばフルタイムでもいいとのこと。

「接客得意なんですよね?以前はどこで働いていましたか?」

「最近まで喫茶店で働いていました。パンを焼いたこともあります」

「そうですか!主にレジをお願いしたいのですが、機械大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です」

 くるみがテキパキと質問して、村田がそれにおっとり答えるのが何回か続いた。

「明日香なんかある?」

急にふられても困る。

「…ご趣味は何ですか?」

「マラソンです」

 テンションが上がるくるみ。

「え?あの、東京マラソンとか走っちゃう感じですか?」

「はい!東京マラソン去年走りました!」

「すごいですね!じゃあ体力には自信ありなんですね」

 くるみは気に入ったらしい。さっそく明日から来てもらうことになった。

「じゃあ、開店が十時なので十時十分前には来てください」

「はい、わかりました。ありがとうございます。失礼します」




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 次の日も忙しかったが、村田さんが来てくれたおかげで三時前に全部売り切った。これで安心して営業できるようになればいいが。くるみは臨月まで頑張ると言っていたがどうなんだろう。もし万が一何かあったら大変だ。なるべく休み休み働いてもらうことにしよう。

 しかし人の心配をしている場合ではない。婚活というか恋活せねば。でもどうやって?家に帰ってから妹に相談した。

「ねぇ、彼氏ってどうやって作るんだったっけ?」

 春香は明日香が作った麻婆豆腐をほおばりながらめんどくさそうに答える。

「からい!でもうまい!ん〜そうねぇ。一人で旅行でもしてみたら?」

「そんな時間ない。店休めないし」

「休めばいいじゃん」

「いやだ。だって毎日買いに来るの楽しみにしてるお客さんいっぱいいる」

「その人たちを幸せにする代わりに自分が幸せになれなくってもいいわけ?」

「…よくない」

「でしょ。休んじゃえ休んじゃえ」

「でも、酵母が…」

「でた。結婚できない女のいいわけ。デモデモ星人でた。優先順位をつけなきゃ。今は何が一番大事なの?いつやるの?今でしょ?」

 食後の洗い物をしながらしばし考える。旅ねぇ。旅は出会いがつきものっていうよね。

 実際、明日香の知り合いにもそういう女性がいた。たまたま一人で出かけたフランスのパリで運命の男性と出会い、遠距離恋愛し、結婚したという小説の主人公みたいな女子が。でも彼女小柄で愛嬌のあるくるみみたいなタイプだったし。

自分にもそんなロマンチックなご縁があるのだろうか。わからない。想像もつかない。丁寧に食器をふきながら溜息をついた。





つづく

※この物語はフィクションです。

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2018年11月08日

創作童話『ほんとはね』

IMG_1253.jpg



夜中に、「ウー、ウー」とうなり声がきこえてきました。

どうやら台所のほうからきこえてくるようです。

ぼくは、ふとんのなかで体がかたくなります。

「ウー、ウー」声のするほうへいってみたいと思うけど、体がうごきません。

つめたい汗がわきの下から背中のほうへ流れていきます。

とても気持ちが悪いです。

むりやり眠ろうとしたけど、気になって眠れません。

やだな…。

しょうがない、たしかめるか。



やっとのことで起きあがり、そろり、そろりと歩いて近づくと…うなっていたのは…冷蔵庫でした。

なーんだ、冷蔵庫か。ぼくはてっきり…ばけものがいるのかと思いました。

するとこんどは「ジョロジョロ。ジョロジョロ」という奇妙な音が聞こえてくるではありませんか。

お風呂のじゃぐちをちゃんとしめていなかったのかな?もう、お母さんたら。

そろり、そろり、まっくらなお風呂場へいってみると…。

じゃぐちはきちんとしめてありました。

「ジョロジョロ。ジョロジョロ」ふりかえるとトイレから灯りがもれています。

バッとドアがあいて老人がでてきました。

「ギャー!」「なーんだタカシ!おきとったかー」「なんだ、じいちゃんか…」ぼくはてっきり…。



ぼくがふとんにもどろうとすると「パーピー、パーピー」とへんな鳴き声がきこえてきます。

ついに、でた!とおもって、鳴き声のほうへ近づいていってみると…。

「パーピー、パーピー」ふすまの向こうからきこえています。勇気をだしてふすまをあけると…。

老婆がいびきをかいてねているではありませんか。

「なんだ、ばあちゃんか…」ぼくはてっきり…。

やれやれ、タカシがふとんに戻ると、ふとんのなかになにかいます。

「ひゃあああ!」ふとんをはぐと、猫のタマがニャーと鳴きました。

タマか…。

タカシはタマをだいて眠りました。



「はやくおきなさーい!」ぼくはすっかりねぼうしてしまい、お母さんに大声でしかられてしまいました。

けっきょくお母さんがほんとに一番こわかったようです。




(おわり)


※この物語はフィクションです。








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東京女子大学卒業。高校1年の時、経団連主催の感想文コンクール『アイズオンザプライズ』で金賞受賞。広告代理店のコピーライターを経て、シナリオの勉強をする。過去にTBSシナリオ大賞一次予選通過、ヤングシナリオコンテスト一次予選通過。







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2018年11月07日

強運になるために勉強する3冊


こんにちは。

いつも読みにきてくださり、ありがとうございます。



突然ですが、みなさんは運が強い方ですか?


私は、生まれつき、運が強い方です。


といっても、たいしたことではありませんが、子供のころおみくじを引くとたいてい大吉でしたし

懸賞に応募すればたいてい当たる、といった程度のことです。


独身時代は、芸能人の方々ともお仕事をさせていただいていたので、本物の強運者をこの目で

見てきました。



大人になってからは、運は、努力したあとにやってくるものだって、だんだんわかってきました。


じゃあ、どうやって努力すればいいの?という問いに対する答えが載っている本を三冊ご紹介します。





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「3分でわかる運のちから」あおぞらきりん



・いらないものを手放す

・まずは自分から誰かに幸せを与える

・自分にたっぷり愛情をそそぐ

・感謝の心をもつ


などなど、やろうと思えば、誰にでもできることが丁寧に書かれています。

毎日1つ、今日から始めれば、あなたも強運体質になれる!


人間関係、仕事運。金運。基本的なことがよくなりたい人におすすめです。






un1031.jpeg


「見えないチカラを味方につけるコツ」山崎拓巳



・マッサージにいく

・温泉にいく

・神社にいく


この3つは、ルーティーンにしましょう、と書かれています。

ほかにも、具体的に、強運体質になるためのノウハウが載っています。

スピリチュアル好きな方におすすめの一冊です。






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「願う前に、願いがかなう本」Keiko



女性の方におすすめです。

とにかく、笑顔。にこにこしている人のところに、幸運がやってきます、とこの本は伝えています。

当たり前といえばあたりまえ。でも、常に実行するのには努力が必要。

努力する人のところに運がくる。


楽して得するではないけれど、この3冊から学んだことを実行すれば、必ず運が上がります。

行動する人はすばらしい。ときにはじっとしていることも必要。


緊張と緩和。

シリアスとコメディ。

シナリオと小説に通じることでもあります。




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いつも読みにきてくださり、ありがとうございます。みなさんの大切な時間をむだにしないように一生懸命書きます。こうして毎日書けるのも健康だから。体を大切に、心も大切に、まわりの人も大切にします。
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