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2018年11月15日

恋愛小説「オレンジと青」(6)最終回

   





 枕に顔をうずめて泣いた。泣いて泣いて涙が枯れるまで泣いた。のどが渇いて水を飲んだ。飛鳥にはもう会えないと思った。

 失恋した。恋を失った。恋をしていたのだ私は。よかったではないか。恋ができたのだから。片思いだけど。ちょっとだけ前向きになれた。でも胸の奥が痛いのだ。

 家に帰って爪を切った。足の爪を切りながら、自分の人差し指はなんて長いんだろうと思った。親より出世する、か。妹は短かったな。だから主婦になるのかな、なんてぼんやり考えた。妹に先を越された。情けない。駆けっこも、逆上がりも、勉強も私の方が上だった。もちろん身長も。

 妹は何をやっても普通。標準だった。きっとこどもも二人くらい生むのだろう。普通ってつまらないってずっとバカにしてたけど、普通って一番尊い。

 妹と比較してもしょうがない。他の誰と比較してもしょうがない。自分は自分。大好きな人にフラれてしまった私。それ以外のナニモノでもない。

 フラれはしたが契約は契約。ビジネスなので毎日きちんとパンを納品した。飛鳥に会うことはなかった。くるみは怒って契約破棄にしてやればと言ったが、なんとなく縁が切れるのが寂しかった。運命の人だったから。

 坦々と仕事をした。村田さんに何気なく愚痴をこぼした瞬間、押さえていたものが溢れてしまった。飛鳥さんが好きだったこと。妹が先に結婚してしまうこと。くるみばっかり幸せなこと。村田さんは黙って聞いていた。

「明日香さん、告白してフラれてからが恋愛ですよ。もし縁のある人なら必ずまた会えます」

「諦めなくていいの」

「好きでいればいいんです。気が済むまで」

 無理して忘れようとしなくていいんだ。失恋の仕方も忘れていた。村田さんの言葉が心に沁みた。村田さんにも、彼女を連れてきてくれたくるみにも感謝だ。





panono1.jpeg





 一週間後、飛鳥は事務所を改装した。赤と黒からオレンジと青にイメージチェンジした。マッサージチェアは事務所に移動して従業員たちに使ってもらうことにした。

心無い言葉で木村さんを傷つけてしまった。ああでもしないとひきずるかと思ってきついことを言ってしまった。自分なんかと付き合ってもろくなことはない。本気でそう思っていた。

 木村さんと出会ってから今日までのことを思い出す。無表情で不感症な女という第一印象。しかしパンを焼くのが上手で意外と女性らしい面もあった。なにより誠実で優しい子だと感じた。

 好きです、か。自分にはもう恋愛なんて関係ないと思っていた。正直、前回の結婚で懲りていた。女に振り回されるのはもうごめんだ。

 僕なんかやめたほうがいい。友だちでいようなんて生半可な答えよりベターだと思ったんだが。また言い過ぎたか。
 ノックの音がして高橋が入ってきた。

「ずいぶん雰囲気変わりましたね。何かあったんですか?」

「いいだろう」

「こっちの方がオーナーに合ってますね」

「今まで無理してたんだ。強い人間を装ってた」

「わかってます」

 飛鳥はふっと笑った。高橋も笑った。

「ところで用件は?」

「先月の売上の件ですが…」

「しょうがない。本屋なくすか?」

「でも『ヨムネル』ですよ?本はうちの顔です」

「足をひっぱってる」

「代案を考えてはいるのですが」

「例えば?」

「花屋、雑貨屋、またはヨガ教室」

「なるほど。悪くない。悪くないがピンとこない」

「企画書を」

「ありがとう。みておく。パンの売れ行きは?」

「好調です」

「そうか。よかった」

 高橋はハッとして、

「社長、パン屋は?本屋のかわりにパン屋をやるのはどうでしょう?」

 飛鳥はスッと立ち上がる。

「なんで思いつかなかったんだろう。話してみる」


 明日香が汗を流しながら工房でパンを焼いている。明日は三十歳の誕生日。やっぱりできなかった恋人。好きな人はできたけど。

突然、村田が顔を出した。

「明日香さん、飛鳥さんがいらっしゃってます」

「うそ?」

 どんな顔で会えばいいのだ。明日香はいつもより丁寧に手を洗ってパンが並べてある方へ出た。

「パンに何かありましたか?」

「うちのホテルに引っ越してきませんか?」

「へ?」

「うちでパンを焼きませんか?」

 明日香は何が何だかよく理解できずにいた。

「お店が終わったらお話しましょう」

「はぁ」


 喫茶店で飛鳥と向き合っていた。自分はフラれたはずでは?フった女を自分のホテルに誘うって。これが傷つけるということなのか。

「お断りします」

「どうしても?そちらの条件は全部飲みます」

「条件?」

「希望は全部聞き入れるって言ってるんです」

「じゃあ、私と付き合って」

 何を言ってるんだ私は。やけくそにもほどがある。

 飛鳥はカフェラテを一口飲んだ。





cake0519.jpeg






「いいですよ」

「え?」

「それで、いいんですね?」

「付き合ってくれるって言うんですか?」

「はい」

「こんな、こんなデカイ女と?」

「僕、木村さんが焼いたパンしか食べられなくなってしまったんです」

「パンですか…」

「いや、あなた自身にも興味がある。変わった人だけど面白い。恋愛対象になりえます。逆に僕みたいなオジサンでもいいの?」

「死んでもいい」

 明日香は信じられなかった。自分がこんなに素敵な男性とデートできるなんて。すぐに飽きて捨てられるかもしれない。それでもいい。飛鳥さんと恋人になりたい。

「でも、なんであんなひどいこと言ったんです?」

「女に疲れていた。元妻が作家だったんだ。小説のネタに浮気されたり不倫されたり。ほとほと女が嫌になった」

「幸せそうに見えたのに」

「ほんとに?なんでだろ。今は一人だからかな。自由が向いてるのかも。仕事は充実してるしね」

「最高じゃないですか」

「木村さんもお仕事充実してるでしょ?」

「木村さんじゃなくて」

「名前何て言うの」

「やっぱり納得いかない。なんで私と付き合ってくれるんですか」

「めんどくさい女だな」

「ごめんなさい」

「木村さんはパンで人を幸せにしてる。僕はホテルで人を幸せにする。二人で幸せを作ろろう。それじゃだめ?」

 飛鳥は白い歯を見せて笑った。明日香は嬉しいやら恥ずかしいいやら泣きそうになった。人生で一番幸せな瞬間だった。

 人を幸せにすることが自分の幸せなんだってわかった。なんだ私もともと幸せだったんだ。初めて気がついた。飛鳥さんのおかげで。

「アスカ」

「え?いきなり呼び捨て?」

「そうじゃなくて、私の名前。漢字でこう書きます」

「本当に?」

 二人で笑った。

「引っ越しのこと、くるみに相談しないと」

 くるみを説得しなければ。くるみは何と言うだろう。くるみのことだきっとポジティブなことを言ってくれるはず。頭の中はくるみのことでいっぱいだった。

「明日香ちゃん」

 飛鳥に呼ばれて我に返る。

私、三十前に恋人ができた。

「ちょっと来て」

 ヨムネルの屋上で明日香と飛鳥が夕方の空を眺めている。

「好きなんだーこの時間」

「私も、大好き」

 明日香は涙ぐんで飛鳥のコートの袖につかまった。全身から好きという感情が溢れ出てくる。飛鳥が明日香の手を握ってくれた。白い溜息が出る。生まれてきてよかった、生きててよかった。心から思えた。

私が飛鳥さん、いや健さんを好きな理由なんかない。好きは好きだから。


ヨムネルという名前はそのままに。ムソウは引っ越しをした。本屋はパン屋になったけど、本はいつでもどこでも読めるようにホテル中に本棚が設置された。





おわり

※この物語はフィクションです。

コピーライトマーク齋藤なつ









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