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2019年03月20日
「幽霊の夕子」(6)
6
あたしの部屋。
そのままになってる。
なんだかすでに懐かしい。
服とか下着とかゴミ袋にガンガンいれた。
自分の遺品を自分でかたすのって複雑な気持ち。でも有難い。
ゴミ袋十コにもなった。
三十三枚のハンカチだけは残した。なんとなく。正人に渡そう。
ふう。あちい。汗ダラダラ。
シャワーでもするか。
正人が手伝ってくれて、なんとかできた。
今日はTシャツと短パンでいいや。いやでも足が出ない方がいいから、やっぱジャージにした。
氷川神社。
セミがわんわん鳴いている。真夏に来るとこじゃない気がする。
正人がとなりで祈ってる。
「何をお祈りしたの?」
「夕子が生き返りますようにって」
「馬鹿だな、生き返らねえよ」
「でもいま、生き返ってる」
「今日までだ」
「うそ」
「決まりなんだ」
「今日の何時まで?」
「知らない」
「また死ぬのか?」
「死ぬっていうか、まあ、死後の世界へ旅立つっちゅうか」
「死後の世界ってあるのか?」
「おしえない」
「なんで?」
「きまりなんだ。でも、星を見たらあたしだと思って。話しかけてみて。必ずこたえるから」
なんかだんだん眠たくなってきた。このくそ暑いのに。意識が遠のく。まさと、あたし逝っちゃう…。
宇宙。
ど派手なパーティー会場。
『星授式』ってやつか?あーあ、正人とちゃんとお別れできなんだ。くそ。
「ゆうちゃん、どしたの?」
「あ、母ちゃん。約束通り戻ってきてやったぜ」
「アホだね、一日間違えてるよ」
「まじで?あ、ほんとだ『準備中』って書いてある」
「ゆうちゃんはおっちょこちょいだねえ」
「ばあちゃん。じゃあ、あたしまた地球に戻る」
「いってらっしゃい。楽しんできてね」
地球では、正人がおやじのカラダに抱き付いていた。
「ゆーこー、帰ってきてくれ、ゆーこー」
目を覚ますおやじのカラダ。
「まーちゃん、泣いてんの?」
「ゆ、夕子!…なんだおじさんか…」
「いや、あたしだ」
「夕子!生き返ったのか?」
「あと一日、人間でいられる」
正人はぎゅうっとあたしを抱きしめた。
「く、くるしい。しんじゃうよお」
「ごめん、ごめん」
見つめ合う正人とあたし。
「アメリカいかない?」
「アメリカ?今から?」
「アメリカってかハワイ」
「ハワイかあ。遠いなあ。移動の時間がもったいない」
「いやか?車イスだしな。飛行機大変そうだもんな」
「そだ。常磐ハワイアンセンターは?」
「ハワイアンセンターか。行ったことねえぞ。いいな、そこにしよう」
正人の運転で急いでいわきへ向かった。
夜、ホテルハワイアンズに無事到着。
「今はハワイアンセンターってゆわないのな」
「そみたいだね」
すげーいい部屋。窓から海が見える。きれいだ。
「温泉いこ!温泉!」
「いいよ。男同士だから一緒に入れる」
「そっか。すげーな」
「一緒に風呂入るの初めてだな。夕子のカラダじゃなくて残念だけど」
「ごめん。おやじで」
男湯。
けっこう人がいる。こんなにたくさんの男の裸みるの初めて。いろんなサイズの人がいるのね。
「キョロキョロしない」
「ごめん。おもろくて」
正人と露天風呂に浸かる。
正人が介助してくれた。
「あー、サイコ―だー」
「やっぱ風呂はいいな」
「ここにきて正解だった」
「うむ」
お湯の中で正人と手を繋いだ。誰にもわからないように。はたからみたら親子が楽しく話しているようにしか見えないだろう。
ドキドキした。
ん?なんかあたしの下半身に異変が。
「ま、まさと。やばい」
「どした?のぼせたか?」
「たっちゃった」
「ええーー。まじでーー。ほんとだ」
爆笑する正人。
「ぼく、人生でこんなに笑ったのはじめて」
ゲラゲラ笑っている。
あたしは口を尖らせた。
「あ、夕子のくせ」
また笑った。あたしも笑った。
最高の夜だ。
やっぱり生きているって素晴らしい。
自殺なんかしたことを心の底から後悔した。
部屋のベランダで夜景を見ながらビールを飲んだ。
夜空に星が瞬いている。
「なあ夕子。星を見たら夕子だと思えってゆったよな」
「うん」
「夕子は星になったの?」
「それは…」
「いえないか」
「ごめん」
「いいんだ。話しかけるよ、星に向かって」
「ありがとう」
「元気でな。っていうのはおかしいけど」
「正人も元気で。十年間ありがとう」
正人があたしにキスをした。
十年間の思い出が走馬灯のように駆け巡った。初めてデートした日のこと。スノボを教えてもらった日のこと。喧嘩してなぐったこと。仲直りのセックスがよかったこと。
朝、目が覚めると、となりに正人の寝顔があった。幸せそうな顔だ。正人には幸せでいてほしい。ずっとずっと。
正人が目を開けた。
「よかった。まだ夕子だよね」
「うん」
「おはよう」
「おはよ」
好きな人と挨拶をする。そんな当たり前のことがなくなる。あたしは絶望と闘っていた。
また涙が出てきた。
正人はあたしのカラダを抱きしめた。
正人愛してる。
あたしはいつの間にか眠ってしまった。
正人が気付いた時にはもう、心も体も夕子の父親になっていた。
「まーちゃん、ここどこ?」
「いわき」
「なんで俺こんなとこいんだ?」
「なんでっすかね」
正人は洗面所で顔を洗った。
本当に夕子はもういないんだ。
部屋の隅に夕子の荷物があった。
小さなトートバッグひとつだけ。バッグの中をのぞくと、色とりどりのハンカチがたくさん入っていた。
一枚取り出す。
I love you
正人は自分のバッグから三十四枚目のハンカチを出す。
Don’t look back
静かになみだを流す正人。
ベランダから空を見上げる。
青い空にうっすら三日月が浮かんでいる。
白い雲のもようが
Thank youという文字に見えた。
おわり
(この物語はフィクションです)
ふとんクリーナーはレイコップ