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2018年10月14日

『羽化のとき』 第五話 30歳のヴァージン

『羽化のとき』 第五話









○水島ビル・101号室(夜)

   成実と神谷がテーブルを挟んで話している。

成実「お久しぶりです。お元気でしたか?」

   神谷はうなずく。

成実「たまこさんがいなくなって、3年になりますね」  

神谷「もうそろそろ、忘れたくて」

成実「無理に忘れる必要はありません」

神谷「たまこが夢に出てくるんです」

   成実、うなずく。

神谷「たまこを今でも愛しているんです」

成実「愛することはいいことです」

神谷「そうでしょうか?」

成実「自分以外を愛せなくて苦しんでいる人もいます」

神谷「俺も、そういう人知ってます」

成実「気の毒ですよねぇ」

   と、花が入ってくる。

花「あのぉ」

   成実と神谷は驚く。

成実「噂をすれば、あ、いや、まだ時間じゃないですよね?」

花「たまこさんて恋人ですか?」

神谷「関係ないだろ」

花「すいません。でも気になっちゃって」

成実「失礼な人ですね!時間までお待ちください!」

花「監督、たまこさんて誰ですか?」

神谷「うるさい。あっちへ行け」

花「行かない。人に変われっていって、自分は変わらなくてもいいんだ?ずるいよ、監督!」

成実「あなた、いいかげんにしなさい!」

   成実が立ち上がる。

   と、テーブルが揺れてテーブルの上の猫の首輪の鈴が鳴る。

   花が首輪を見る。

花「……たまこさんて、もしかして……」

神谷「悪かったな!」

   神谷すねる。

   花は微笑む。

   成実は座って、

成実「本当に失礼な人ね。人の心に土足で入り込むなんて。脚本家の方ってみんなそうなのかしら?」

花「ちがいます!」

成実「何が違うの?」

花「脚本家は、人の心に土足で入り込むんじゃなくて、人の心の泥を落としてあげるために書いてるんです」

成実「まあ、偉そうに」

花「少なくとも私は、人を癒したい。癒すために書いているんです」

神谷「もういいよ」

○同・同・玄関(夜)

   神谷と花が出てくる。

神谷「じゃ」

花「待って」

   神谷が花を見る。

花「飲みに行きませんか?」



hanaazipink.jpeg



○バー・外観(夜)

○同・中(夜)

   花と神谷がカウンターに座っている。

   カクテルなど飲んでいる。

神谷「昔付き合ってた女がおいていったんだ」

花「?」

神谷「たまこ」

花「ああ、はい」

神谷「最初はぜんぜん懐かなくって、ぜんぜんかわいくなかったんだけど」

   花、相槌を打つ。

神谷「どうやらオスらしくて」

   花、笑う。

神谷「でも、一緒に暮らしているうちに相棒みたいな感じがして、いないと寂しくなっちゃって」

  花、相槌をうつ。

神谷「一度返しにいったことがあるんだ。でもなぜか戻ってきちゃって」

   神谷はカクテルを飲む。

神谷「だからまたすぐ戻ってくるって信じてたんだけど」

花「それって、その女性ですか?」

神谷「どっちも」

   花はカクテルを飲む。

花「女性は猫で、猫は女性なんですね」

神谷「めめしくて」

花「歌でも歌いに行きますか?」

神谷「……」

   花と神谷は見つめ合う。

○マンション「ローズバッド」・全景(夜)

○同・花の部屋(夜)

   花と神谷がベッドに座っている。

   花の膝に、神谷が頭を乗せる。

   花は、神谷の髪をなでる。

   神谷は涙を流している。

   花は腕時計を外す。

神谷「前から気になってたんだ。よく触るくせ」

花「この腕時計は、祖母の形見なの。とても綺麗な人だったらしくて。男性と色々あったらしいの。

うちの母は、祖母のこと嫌っててね。“おばあちゃんみたいになっちゃだめ”って厳しく育てられた」

神谷「だから恋愛に臆病なんだね」

花「そうかもしれない。これは自分への戒めだったの」

   神谷が花に口づける。

   花は動けない。

神谷「あれ?もしかして、初めて?」

花「ううん。キスはしたことあるけど、それ以上は……」

   神谷は花を抱きしめる。

花「いいの?」

神谷「それ、こっちのセリフ」

花「30歳のヴァージンなんて恐くない?」

神谷「すごくコワイ」

   花は、神谷を殴ろうとする。

   神谷は花の腕をつかむ。

   見つめ合う二人。

   と、外で猫の鳴き声がする。

神谷「あ、たまこが」

   花は、神谷の手を取って、自分の胸に当てる。

   神谷は、花のブラウスのボタンを外していく。

   花のブラジャーが現れる。

   花は嬉しさと恥ずかしさで震える。

   神谷が花の左胸に口づける。

   花は涙を流す。

   花は、神谷の頭を抱きしめる。

   ×  ×  ×

   花と神谷が裸でベッドに横になっている。

花「ありがとう」

神谷「?」

花「わたし、実は乳ガンなの」

   神谷が体を起こす。

神谷「!」

花「手術する勇気がなかったけど。もう大丈夫」

神谷「ほんとに?」

花「うん」

神谷「何か俺にできること、ある?」

花「もう、してもらった」

神谷「こんなことでいいの?」

花「監督にとっては小さなことでも、わたしにとっては大きなことなの」

神谷「ごめん、俺、まだ、結婚とかそういうの」

   花はうなずく。

神谷「ごめん」

   テーブルの上に猫の首輪と、腕時計が置いてある。

○イメージ

   さなぎが完全に蝶の姿を現す。


○関東ブレストセンター・外観

○同・手術室

   花が手術台に乗っている。

   麻酔をかけられる花。

   花は目を閉じる。






つづく

※この物語はフィクションです。

コピーライトマーク齋藤なつ














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