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2010年02月01日

拝啓、t-Ace

1980年後半。
日本は未来への希望に満ち溢れていた。モノは飛ぶように売れ、比例するように給料は右肩上がりに。誰もがこのまま豊かな生活を送り続けられると信じて疑わなかった。
しかし、何百年も前からの歴史が物語るように栄華は続かない。いわゆるバブル崩壊が訪れ、その後日本が失われた時を過ごしたのは周知の事実だろう―
このストーリーがTVなどで放映されるたびに我々はこう言う。
‘なんで気づかなかったのかね’
しかし、実は私もバブルに気づかなかった一人である。

1996年7月7日―
日比谷で行われた‘さんぴんCAMP’をきっかけに日本語ラップに火がついた。
そこから遅れること2年―
プロメテウスが人間界に運んだ火のように、その火はイッキに地方都市・水戸をも巻き込んだ。
EL-DORADOからLunchTimeSpeax(LTS)がデビューすると、LTSが出演するイベントは常に満員御礼状態となった。
街は服やレコードを物色する若者で溢れ、需要と供給がマッチし、ショップも増え、比例するように街に活気がでる。
LTSがレコードを出せば、ムーヴメントが起き、LTSは唯一無二の存在となった。誰もが水戸がこのまま右肩上がりで盛り上がっていくことを疑わなかった。

‘バブルは終わって、はじめて‘あぁ、あれはバブルだったんだな’と気付く’と言われるが、あの時の水戸はまさにその通りだった。
そんななか冷静な18歳の若者が一人いた。
DJ TSUBASA、またの名を、いや、現在の名をt-Aceという。


「確かに、あの時の水戸は物凄く盛り上がったし、あの時の先輩たちがいなければ今の自分はいない。
だけれども、次に出てくる人がいなかった。オレとLTSのGOCCIとは10歳ちょうど一回り離れているんですよ。その間にバシっと仕切って、ガッチリやる人がいなかった。周りは全てあの人たちに任せきりだった。」

高校三年にしてDJ DENKAにDJとしてのスキルを認められ、LTS『Change the game』以降、リリースパーティーのDJに名を連ねるなど、まさに水戸の内側にいた彼はそんな危機感を覚え、こう分析していた。

「日本って、良くも悪くも認められるのに時間がかかるっていうか。18歳でどんな才能があるからってイッキに上に上がれたりしないし、社会の構造としても25歳を越えなきゃ社会的に信頼されない部分があると思うんです。実際、自分も26歳位から認められだしたし。」

外資なら別だが、日本企業では、一年目でどんなに仕事ができても、いきなり取締役になることはない。t-Aceはその日本のシステムを感じていた。そして、自分とLTSが10歳離れていて、さらにその間に仕切る人がいないとなると。
それはまるで、世代交代に失敗したスポーツチームのように沈んでいく。t-Aceにとって、水戸が右肩下がりになっていくのは必然であり、無常でもあった。
そして、彼は動く。自身で水戸を引っ張っていくため。

また「言いたいことを言うため」にラッパーへと変貌を遂げた。

そんな彼が選んだスタイルは水戸のなかで異色だった。
『プロミス』や『Kiss』をはじめ切ないメロディ。『Ka-f-ka』『手紙』のサックスがなり響くサントラのようなトラック(私が特に好きな四曲)。なによりラップのフロゥは今までの水戸にはないスタイルだった。陳腐な表現を承知でいえば、水戸っぽさというのは、LTSの根っこでもあるMUROやDEV-LARGEの血を受け継ぐHIP HOPといえる。もちろん、ビートの太さから匂いを感じることもできるのだが、そもそもの問題で、t-Aceの答えは別の場所にあった。

「自分がいまやっている音は単純にオレが好きな音なんですよ。HIP HOPのトラックってキックやスネアやグルーヴなど色々な要素がある。
その中で自分がリリックを書くのに1番必要なのはメロディの部分。
だから、それが曲に現れているんです。
俺ね、クルーで固まって、水戸の音はこうとか決めちゃうのって良くないってかおかしいと思う。イベントなんかは協力してやりたいし、仲間だから一緒にいる訳で、近い音楽をやりたいから一緒にいる訳じゃない。先輩たちには先輩の音楽があって、オレにはオレの音楽がある。クルー内で何でも同じって仲良しクラブになりかけって事だと思う。そうゆうの鳥肌が立つ。」

あぁこの人は‘芯’、つまりフィロソフィー(哲学)を持っているんだなと思った。とがっているのではなく、信念やフィロソフィー。‘孤高’を支えるものだ。

「シーンっていう言葉って好きじゃない。
皆ニューヨークヤンキースの帽子で、同じかぶり方して、似たような格好して。それがシーンなのかな?って、オレから見たシーンってそういうことなんですよ。
だからシーンどうこうではなく、HipHop Musicを聴きたいっていう人を増やしたい。それでいいんじゃないですかね。オリコンに出ている音楽が良いとか悪いとかじゃない。そうじゃなくて、こういう詩の世界や音楽もあるんだよっていうのを出していきたい。俺らがやっている音楽って(現在のオリコンと比べても)認められない音楽じゃないと思うし。」

これだけを読むとシーンに背を向ける唯我独尊に聞こえるかもしれない。しかし、本質は違う。

「オレはリリックを書くときは‘自分の本心’っていうのを考えています。こう見せたいというより、自分の想いに忠実に書いたものが伝わればいい。
韻踏むとこで英語使って聞こえをよくするとか、〜〜マザファッカーっていったりとか、表面的なアメリカのHIP HOPの格好よさを追求するとかじゃないんですよね。まったまには言うけど 笑。
それよりここで生きていて自分の感じたことを書く。なんでもいいってわけではなくて、痛みとかオレが思う大切な事というか。それはオレの行動とか、言葉のひとつにも出ていて、聞いてる人には伝わると思うから。」

伝えたいことの本質は、もっとこの音楽を根付かせたくないですか?というより、なにをすれば日本語ラップは根付きますか?という難しい質問の答えとリンクしていた。

「音楽を根付かせたいっていうより、詩を書いてラップするっていうことは、いま俺はどんなことを考えていて、どうしたらいいんだっていう意思表明だったり、俺の理想とか志向、さらにいえば哲学。それがどんだけ他人にいい方向に影響を与えるかってことだと思う。勇気づけたり、高揚させたり、ヘコんでる人をさらにヘコませたり。
それはさ、書いてる人の人間性だと思う。俺も般若君と一緒で長渕剛さんが好きで。今でも長渕さんを聞いてライブ行くのは、長渕剛の音楽とゆうよりも、長渕剛っていう人に惚れてるっていうか、音楽を通してで考え方や人として信頼できるんですよ。俺もそう思われるようなりたいですね。」

本人は意識していないだろうが、t-Aceという名前は意識のなかで相当に重い位置に置かれている。
そんな信頼されるアーティストを目指しているからこそ、絶対に譲れないものもあるし、反面教師となっていることがある。水戸を揺るがせたあの事件。

「報道されていることなんてのは氷山の一角でホント色々あった。あまりここでは話したくないがあの事は決して忘れない。でも俺のなかでは“過去の事”になってる。」

不祥事は許せない。それは企業のような体裁を守るものではない。法律うんぬんより、自分の音楽を聞いている人を裏切るようなことをしてはいけないということだ。
ここにくるまで、様々な痛みを感じてきた。それを乗り越えたからこそたどり着いた境地がある。

「普通に生きてるだけじゃなくて、困難にぶつかったり、日々一生懸命生きて苦しまないと、必死に考えないでしょ? 人間とはこうで、こういう時はこうしたらいいとかって、普通に生活していたら気づかない。ていうか、俺も含め気付かないことっていっぱいある。痛みと努力を知らない人間に魅力はないと思うんですよ」

「目標ですか?もう、ばあちゃんに言っちゃったのでいつか東京ドームでライブしますよ 笑」(了:インタビュー日2010年1月24日)



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posted by hiphopjournal at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | Column
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