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2018年02月25日

書評『いちまいの絵』

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こんにちわ小谷中広之です
小谷中広之」が読んだ本の書評をします。「小谷中広之」なりに感じたこと(感情)を書き、少しでも皆様の何かのきっかけになれればこのうえない喜びです(定期的に書評は更新していきます)
小谷中広之」が感じ、思った事を書きたいと思っております

今回のご紹介する本は、原田マハ様の「いちまいの絵 生きているうちに見るべき名画」です

このような方にお勧めです
「絵画に興味ある人 投資家」
著者の方のプロフィール
「1962東京生まれ 作家 山本周五郎賞受賞者 新田次郎文学賞受賞者」

まとめ
絵画にまつわる本を以前ピカソに関する本を読んだ
そのため、絵画にまつわる本は二冊目となる
この本の魅力の一つは、最初の何ページかカラーで絵画の写真が載っていること
そして、内容一つ一つがその写真に載っている絵画にまつわる話となっている
そのため絵を見て、文章を見て、絵を見て、文章というように絵画の歴史に入りやすくなっている

歴史があり、投資的要因も秘めている絵画
投資目的で購入する人に現在奮闘している画家の絵を購入する人がいるという
その現役の画家の現在の表現の結果ともいえる絵画
現役の絵画を自身も購入(投資目的)してみたいとも思うがやはりここは先に歴史から触れることの方が現在の現役の画家たちの絵に対しても何らかの見方ができると思う
そのような意味合いでも読んでみると面白い視点で読めると思う

ピカソ、モネ、ゴッホ、ダヴィンチ
この四名はかなり有名だと思う
ほとんどの人が聞いたことのある画家たち
もちろんこの四名の絵画文も載っているのだが、私にとって全く知らない画家たちを知ることができたのだが最も印象的な画家が「マーク・ロスコのシーグラム壁画」
この本に載っている写真の絵画の中で一番「???」が私にとって頭に浮かんできた作品だ
とても不思議な絵だ
私はこの写真を見て、自宅に飾るのならどこにこの絵を飾るべきか?とまず考えてしまった
???、ときっと誰もが思うかもしれないし、全く無反応な人もいるかもしれない(もちろん独特な観察眼をもっといる人もいるだろう)
しかし、私の友好関係の方たちを考えても私の感性を考えても「???」が圧倒的多数と思う
そう考えたときにここが一番と思う場所は「玄関」ではないかと思う
しかも、外から中に入ってきたときに一番最初に目に入るように飾るのではなく、帰り際にふと目に入るように飾ってみたい
室内側の玄関ドアの上にできるだけ大きく
そのように飾れると何だかその絵画が自分の所有物、この家のために書かれたような絵画の表現となりそうに思う

投資用に絵画を購入し、しかっかりと保管しておくこともまた一つの絵画の楽しみ方かもしれないが、やはり飾ってこそ絵画であると今現在の私は感じる
最も人目(お客様の目)に触れるがインパクトが大きくならないように外から中ではなく、中から外に向かう時に目に入るような、目に入った時に帰宅(お客様が)の道中で絵画について思いを巡らせるように飾りたいと思う
皆さんは自宅のどこに絵画を飾りたいと思いますか?
この本を読みながら、そして写真を見ながら思いを巡らしてみてはいかがでしょうか

ここまで読んでいただきありがとうございます。読んでいただいた方の人生での何かのお役に立てればとても嬉しいです

この本の他の文章が気になった方下記のサイトで購入可能です。








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http://cycleair.jp/

2018年02月21日

書評『クラシック音楽とは何か』

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こんにちわ小谷中広之です
小谷中広之」が読んだ本の書評をします。「小谷中広之」なりに感じたこと(感情)を書き、少しでも皆様の何かのきっかけになれればこのうえない喜びです(定期的に書評は更新していきます)
小谷中広之」が感じ、思った事を書きたいと思っております

今回のご紹介する本は、岡田暁生様の「クラシック音楽とは何か」です

このような方にお勧めです
「クラシック音楽に興味のある人 クラシック音楽の魅力を知りたい人 BGM好き」
著者の方のプロフィール
「1960年京都生まれ 音楽学者 京都大学人文科学研究助教授 著書多数(ピアニストになりたい!19世紀もう一つの音楽史 オペラの運命など)」

まとめ
その扉を開くには、まず知識が必要であり、そして生の経験や体験が必要だと思われるため中々その世界への興味が行動へと繋がらない世界は世の中沢山ある
その中でも代表的な世界とでもいえるのが「クラシック音楽」ではないだろうか

音楽ジャンルは多くある
例えばジャズやブルースなどは、割とかっこよさが存在しているため聞きやすいのではないだろうか
そして、周りとも話しやすいし知ったかぶりをしても恥ずかしくないような音楽のジャンルだと私は思う
しかし「クラシック」は知ったかぶりをすると恥をかきそうな気がして(いや実際恥をかくのだろうが)、周りの人にクラシック音楽を聴いているとは胸を張ってはいうことはできないほどのハードルが私には見えている
この本を読んでも、その考え方は薄れることはないが楽しみ方やどう行動したらクラシック音楽により触れられるかを知るいいきっかけをこの本は私に与えてくれた
私がクラシック音楽を聴くタイミングは、読書中かコラムや書評を書いているときがほとんど
今現在の私が思うにクラシック音楽を聴く利点は、今目の前の集中に支障をきたさないことだと思う
他のジャンルの音楽は割と集中力を妨げたり、別の行動をとらせようと誘ってくる(踊らせたり、悲しくなったり、切なくなったり、歌いたくなったり)
ただただ今目の前の身に集中する、しかし体を極端に動かしたりするような作業には向いていないようにも思う
例えば、力仕事などがそうだろう
現場で作業をしながらのクラシック音楽は私にとっては力むことができない音楽となってしまう
クラシック音楽のように読書などで聞くジャンルがもう一つある
それは「雅楽」だが、今回の書評には関係ないのでこれについては別の機会で

クラシック音楽は間違いなくコンサートホールで実際にその空間、時間、音に縛られて聞くことが大切だと思うのだが、なかなかその一歩が踏み出せない
ならば、本から知識をいただきながらいずれはコンサートホールでの生演奏という順番にしようと思いながら本を読み進める
クラシック音楽といえばその長さが一つの特徴のように思う
生演奏ではその長さゆえに眠りについている人すらいる、そのような映像を見たことがある
なぜこんなにも長いのか?ほかの音楽ジャンルにはないその長さに違和感は感じられないが不思議感はある
いくつか理由はあるだろうが、私個人的に最も理解できた理由が
「クラシック音楽が反映した時代の人々が暇だったから」
なんだか単純だが納得はできる
もし今現代にクラシック音楽をはやらせるとしたら、今よりも衣食住に対する欲望を極端に少なくして、暇な時間を作り出さなければならないだろう
しかしクラシック音楽を愛する人がすべて暇な人ということは誤解だろうからここで注意しておく
クラシック音楽を愛する人たちの中にはきっと「常日頃忙しく、せめて音楽を聴くときは暇という時間を味わってみたい」そんな思いでクラシックを聴きにコンサートホールへと足を運ぶ人もいるだろう
実際コンサート中で眠る人も多いそうで、しかし「ここぞ」という瞬間に差し掛かるとなぜだか目が覚める人が大半だそうだ
それはきっとクラシックを愛しているからこその瞬間的な体の反応なのだと思う
私もいつの日かうんざりするほど長いゲルマン系の音楽をコンサートホールで聴きに行き、生演奏を聴きながら時には読書をし(読書はしてよいのかはわからないが)、睡魔が訪れればそのまま眠りにつき、また目覚め読書をし、の繰り返しをしてみたいと思い描いてしまう

この本をきっかけとして、クラシック音楽への興味がさらに沸き上がったことを最後に書いておきます

ここまで読んでいただきありがとうございます。読んでいただいた方の人生での何かのお役に立てればとても嬉しいです

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2018年02月17日

書評『面白くて眠れなくなる生物学』

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こんにちわ小谷中広之です
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今回のご紹介する本は、長谷川英祐様の「面白くて眠れなくなる生物学」です

このような方にお勧めです
「生物学の勉強が嫌いだが勉強をしなければならない学生やそんな生徒を教える教師」
著者の方のプロフィール
「1961年東京生まれ 進化生物学者 アリの研究には大きな注目を浴びている」

まとめ
カエルの卵が黒色なのは春先のまだ冷たい水の中で太陽熱を吸収し温める必要があるため黒を選択した
と、なるほどな生態系関係の内容はこの本からはあまり得られない
むしろ遺伝子や細胞レベルの内容に特化した一冊である

私個人的には著名でもある「眠れなくなる」ことはなく「眠れてしまう」
この本は遺伝子や細胞関係に興味の大有りな人ならばおおよそ初歩本としては読みやすいと思う
このシリーズ(面白くて眠れなくなる…)は、文字数も多くなく時間をかけずに読めるのが特徴の一つ

この本を読んでいても痛感するが、環境の変化に適応できた種だけが進化をしていくのは間違いない
遺伝子レベルでも人間の生き方にも、もちろん適応という言葉は必ず当てはまる
自分を変えたいと願う、またはそう思いながらも日々を今まで通り過ごしてしまう
結局変わることを知らずに単調な毎日を送ってしまう(見方を変えれば変化をしているのだが、自分の理想とするような変化とは無縁な毎日)
自分変化を考えたときにやはり真っ先に思い浮かぶのが「環境を変える」ではないかと思う
もちろん変化をする可能性を秘めているのは他にもたくさんある
例えば、食生活を変える、時間の使い方を変える、新しい行動や趣味を始める、何かをやめる、通勤手段を変える、利き手を変える、普段とは違う洋服に挑戦してみる、シャンプーを変えるなどなど多くの自分を変える可能性のある小さなものから大きな行動まで考えられるが、やはりもう一度言うが「環境を変える」ことが最も手っ取り早く自分を変えられる可能性を秘めているのではないか

しかし、この「環境を変える」には大きなリスクが潜んでいることを忘れてはいけない
そのリスクとは?
「変化を求めて変えた環境に飲み込まれて這い上がれなくなってしまう(前向きな感情が湧き出なくなってしまう)」
環境を変えることや、環境が変わるということは自分や子孫がその環境にうまく適応していかなければ進化をすることなどできないことをこの地球上の生き物(ウィルス、微生物、昆虫、植物、哺乳類、鳥類などなど)たちは教えてくれている
このことを人間(特に私)は忘れがちで、突発的に行動を起こしてしまうように思う
「適応」すること
ではどのように適応し、進化を遂げていくのか?
それは誰にもわからないのかもしれないが、結局その環境に自分を置くこと、それしかスタートを切る手段はないように思う
スタートを切ってしまえばあとは適応していくように生きていくことだけを考えていくうちに次第に進化と呼ばれる変化を遂げていくことになるだろう(そう信じて今日も生きる私である)

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2018年02月13日

書評『面白くて眠れなくなる物理』

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小谷中広之」が読んだ本の書評をします。「小谷中広之」なりに感じたこと(感情)を書き、少しでも皆様の何かのきっかけになれればこのうえない喜びです(定期的に書評は更新していきます)
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今回のご紹介する本は、佐巻健男様の「面白くて眠れなくなる物理」です

このような方にお勧めです
「勉強と無縁な大人 自然好き 営業マン 建築関係者」
著者の方のプロフィール
「1949年栃木生れ 法政大学教職課程センター教授」

まとめ
透明人間の視覚について私はこの本に出合うまではこう思っていた
周りからは全く見えていないが、透明人間である自分からは見えている

しかし、この本を読んでなるほど確かにそうだ、と感じ私の透明人間に対する考え方が変わった
透明になるというのは空気と同じになるということ
空気と同じになるのであれば、人間の組織達も同じように空気になるということ
つまり視覚は透明ではなかった状態とは全く異なり、透明人間から見る世界は真っ白か真っ黒のまさにカオス状態であるだろう
そう考えればすべての組織はしっかりと機能などせず、いやむしろ存在などしないのが透明人間の結果ではないかと思う
つまり生きているのか死んでいるのか誰も判断してはくれないし、もし自分で自分を生きていると思うのであればそれはもしかしたら浮遊霊となってしまうのではないかと
つまり今の私からの結論は
「透明人間=浮遊霊」
透明人間になってみたいと思うのは人間の欲なのかもしれないが、その欲の結果をもっと様々な視点で考えてみることが大切だ

月では体重が地球の六分の一になるそうだが
地球規模で考えずに拡大し月での自分を想像してみよう
つまり体重に悩みのある人は月の重力を基準に考えてみてみよう
今の体重の六分の一になるのだから、60キロの人は単純に10キロ…痩せすぎだろ
もちろん悩んでいる人にとっても地球上に生きていて常識などもあるので実際に月の体重を生活の基本としては本末転倒なことが起こりまくるだろうから、「私の体重は10キロ。まぁ月の重力考えるとだけどね(笑)」と、人笑いしてみるとその間だけでも一つ悩みが消えていることと思います

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2018年02月09日

書評『梅干しと日本刀』

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今回のご紹介する本は、樋口清之様の「梅干しと日本刀 日本人の知恵と独創の歴史」です

このような方にお勧めです
「日本を知りたい人 日本好き 職人」
著者の方のプロフィール
「1909年奈良生れ 日本の考古学に貢献 松本清張氏は「興味深い比較的文化史は他にない」と著書を評価」

まとめ
日本が独特の進化をしてきたことをさらに知るこの一冊
日本人になじみのある沢庵
この沢庵の臭いに外国人が不快感を示していた時代があったという
沢庵の臭い?果たしてその臭いを外国人の持つ嗅覚はどう判断していたのか
それは「犬」
犬の臭いがするからという理由で沢庵を嫌っていたのだ
そもそもこの沢庵という食べ物の名
この名前の中にも日本人としての犬に関する言葉が含まれているのが不思議だ
沢庵→カタカナに直すと「タクワン(タクアンと呼ぶ人もいるが)」
タク=沢山
ワン=犬のことを「ワンちゃん」とも呼ぶ
つまり「沢山の犬」
沢山の犬=タクワン、という図式が私の頭の中に浮かんでしまった
外国人が犬の臭いがするというのも、もしかしたらあり得ることかもしれない
もちろん沢庵という名前の由来は全然違ったものなのだが
ちなみに「たくあん」か「たくわん」の言い方の違いはないそうで、両方同じ「沢庵」を指すそうです

私は中国人達の食に対する貪欲さを歴史から見ても納得するが、日本人にも食に対する貪欲さを感じずにはいられない
やはり著者の方も同じような考えがあった
今でこそ世界に認められだしている「刺身」
世界から見れば「刺身」を食べることに抵抗が沢山あった
しかしそんな抵抗があっても食文化を続けている日本人
食という視点で世界を視ると、古くからここまで多くの食べ物を生で食べる文化を持っているのは日本人だけ?ではないかと思う
(野菜や果物はここでは含まない。あくまでも殺生した生き物)
魚介類、馬刺し、鳥刺し、鹿刺し、イルカに鯨
刺身とは違うが生ということで言えば
生卵
魚介類に関して言えば、その種類は果てしなく多い
多くの食べ物を生で食べている日本人も世界から見れば食に貪欲な民族なのだ

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2018年02月05日

書評『百姓夜話』

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こんにちわ小谷中広之です
小谷中広之」が読んだ本の書評をします。「小谷中広之」なりに感じたこと(感情)を書き、少しでも皆様の何かのきっかけになれればこのうえない喜びです(定期的に書評は更新していきます)
小谷中広之」が感じ、思った事を書きたいと思っております

今回のご紹介する本は、福岡正信様の「百姓夜話 自然農法の道 」です

このような方にお勧めです
「農業家 自然に囲まれて暮らしている人 物欲の多い人」
著者の方のプロフィール
「1913年愛媛県生れ 自然農法創始者」

まとめ
「人間は衣服を着たときから寒さを知るようになった」
この本にも書かれていることがまさに先日テレビで放送されていた
番組内(番組名はわからない)で、外国(国不明)のとある歴史が紹介されていた
一人のおばあちゃんがインタビューに答える
このおばあちゃんが地球で最後のある民族(民族名も記憶になし)なのだという
その部族は昔は衣服を身にまとわないで春夏秋冬一年を生活していたという
しかし他国の侵略の影響により衣服文化を無理やり強制させられ、以後寒さを知ってしまったという
寒さを知っただけではなく、体調にもそれは変化をもたらしたのだという
病気になりやすくなってしまった
民族最後の生きる歴史であるおばあちゃん、そしてこの著書にも書いている考え方(人類は衣服を着たときから寒さを知るようになった)と出会いどうしても浮かんできてしまうことがある

それがペットだ

昔はペットといえば外で飼うことが大半であったと私は思うが、今現在のペットの基本はといえば室内だ
しかも外出する際には孫にも衣装ばりにペットに衣装を着させている飼い主が目立ってきている
民族の話、この本に書かれている話がそのままペットに応用していくのではないかと不安に思う
結局ペットを愛して行う飼い主の行動が動物本来の良さをどんどんなくしていることに気が付かないでいる人々
そこまで遠くない未来に寒さに負けてしまうペット達をターゲットにしたビジネスが繁盛期を迎えるだろう



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百姓夜話 自然農法の道 [ 福岡 正信 ]
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2018年02月02日

書評『したたかな寄生』

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こんにちわ小谷中広之です
小谷中広之」が読んだ本の書評をします。「小谷中広之」なりに感じたこと(感情)を書き、少しでも皆様の何かのきっかけになれればこのうえない喜びです(定期的に書評は更新していきます)
小谷中広之」が感じ、思った事を書きたいと思っております

今回のご紹介する本は、成田聡子様の「したたかな寄生 脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち」です

このような方にお勧めです
「寄生された生き物について知りたい人 人生に行き詰まっている人 人間関係に疲れている人」
著者の方のプロフィール
「1978年宮城生れ 免疫細胞療法を中心としたがん治療、再生治療を研究」

まとめ
寄生をすることを生存戦略として恥ずかしさなどもちろんなく、ただただ生きるために、子孫を残すために寄生をしていく
そんな純粋な生き物たちに焦点を当てた本がこれだ

衝撃的内容がたくさんあり、内一つを取り上げてみる
リベロイア
寄生先を転々とするタイプの寄生虫
まずカタツムリの体内に入り込み、生殖機能を失わせ、死ぬまで寄生されたカタツムリはリベロイアのクローンを生み出し続ける
その後成長したリベロイアの幼虫たちはカタツムリから排出され水中へと入っていく
そこで次の寄生先はオタマジャクシだ
オタマジャクシを見つけるとすぐに皮膚を食いちぎり体内へと侵入
オタマジャクシの中でも、後にカエルとなるさいに表れる手足の細胞へと寄生する
その後カエルへと無事に変態すると思いきや、寄生された手足は奇形となって仕上がっていく
奇形となってしまったカエルはうまく環境に適用できるはずもなく簡単に捕食者である鳥に食べられてしまいます
リベロイアは繁殖をするにあたって必ず鳥の体内へと移動しなければ繁殖活動をすることができない寄生虫なのです
リベロイアは最終宿主である鳥の体内へとうまく侵入し、有性生殖を行い、鳥の体内で大量に生み出された卵は糞とともに地上へと落下しまたカタツムリへを寄生していきます
カタツムリ→オタマジャクシ、カエル→鳥→カタツムリ…という寄生サイクルを繰り返して生き抜いています
この書籍にも書いてありますが他の寄生循環方法としては、魚に寄生し行動を操り水面へと魚を行かせわざと鳥に目立つような行動をとらせて捕食させ見事鳥の体内へと寄生していくモノもある
どのようにしても鳥の体内へと行かなければ繁殖できないように進化をしてきた一部の寄生虫たちは、媒介者を巧みに体内から操り操作し見事に移動に成功している

今現在の私のこの本を読んでの予想だが、成長過程で変態をするモノは最終成長段階で奇形として操作され、変態をしないで成長するモノは行動を操作されることがわかる

ここで人間について考えてみよう
人間はもちろん変態をする生物ではない
ならばもしも寄生虫に操作されるとするのならば行動を操作されることになる
脳の一部を占領し、寄生虫にとって最も生存戦略が容易にできるように人間を操作してしまう
操作されている人間はそんなことだと疑いもせずに行動をその寄生虫によってコントロールされていく(本人は自分の意思だと勘違いしている)
そして一般常識では考えられないような危険な行動を起こしたり、社会へ多大なる迷惑をかけたり、いきなり何の躊躇もせずに理解に苦しむような場所で自殺したりということもありうるのかもしれない
いやマイナスなことばかりではないかもしれない
「えっ!?あの人が大金持ちになったの?」「あの人のそんな才能があったとは今までわからなかった」などと周りから思われている人がいる
いきなり事業で大成功をする人、絵画の才能が突如現れ個展などで成功を収めてしまう人、突如ひとりで海外に移住しに行く人などなどプラスに寄生虫が操作する場合ももしかしたらあるのかもしれない、と寄生虫に前向きなイメージも持ってしまう私です

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2018年01月29日

書評『フンボルトの冒険』

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今回のご紹介する本は、アンドレア・ウルフ様の「フンボルトの冒険 自然という〈生命の網〉の発明」です

このような方にお勧めです
「冒険家 科学者 哲学者 教師 自分の信じる道を進んでいる希望ある人」
著者の方のプロフィール
「作家 歴史家 本書で王立協会科学図書賞受賞(2016年) ロンドン在住」

まとめ

フンボルトを知ったのは、以前読んだ本「ナポレオンのエジプト」で名前を知る
「ナポレオンのエジプト」には数々の著名な人物が出てくるがもちろんほとんど私は知らない
しかしなぜか「フンボルト」という名前がかなり印象に残り、それがきっかけとなり「フンボルトの冒険」出会った

この男(フンボルト)、この本を読めば読むほどにとてつもない人物だったことがわかってくる
学生時代に全く勉強をしてこなかった私ですら聞いたことのある歴史的人物たちに多大な影響を与え魅了しまくってきたのだ

文豪ゲーテは、フンボルトに出会うまで植物に関しての独自の理論を持っていたが議論できる相手がいなかった
だが、フンボルトと出会って状況が変わった
ゲーテはその情熱をフンボルトと共有すべく時間を作ってはフンボルトと会い議論した
ゲーテはフンボルトについてこう言っている
「本を八日間読んでも、フンボルトから一時間で教わるより得るものは少ないだろう」と

ダーウィンは、フンボルトの影響であの有名なビーグル号に乗ることになる
中南米の調査旅行についてフンボルトが書いた「新大陸赤道地方紀行」もビーグル号に持参した
この本についてダーウィンは「紀行に憧れて、私は遠い国々に旅したいと思うようになり、英国海軍測量間ビーグル号に博物学者として乗り込むことにした」と言っている
また故郷に書いた手紙には「彼の著書を読めば読むほど彼に対する尊敬の気持ちは深まるばかりです」や「ぼくは以前はフンボルトを尊敬していましたが、今はほとんど崇めています」とまで書いている

ナポレオンと同じ年に生まれたフンボルト
フンボルトもまた、ナポレオンのエジプト遠征へ行きたいとあらゆるコネクションを使い試みるが結局その遠征には参加はできなかった
しかし私は「ナポレオンのエジプト」とこの本を読んで思う、フンボルトはエジプト遠征に同行出来なくて良かった、と
エジプト遠征では多くの兵士が亡くなった。そしてまた同行した多くの学者たちも亡くなった
もしかしたらその無くなってしまった学者の一人になっていたかもしれない
そうであったのなら、今私はこの本に出合うは決してなかったことだろう
ナポレオンは何とフンボルトに対して嫉妬心を抱いていたのだと感じる
ナポレオンにとってのエジプト遠征は誇りでもあり喜びでもあった。200人の科学者たちを連れ現地で手に入る知識や文化を収集した著書「ナポレオン エジプト誌」はかなりの自信があったに違いない
しかしフンボルトの「アメリカ旅行記」が直接競合となった
ナポレオンは多くの軍隊や学者などを引き連れての集大成の書
一方フンボルトは
帝国の有り余る財産や軍隊などを用いずに多くの学者の同行もさせずに同じような、いやそれ以上の内容の書を出版したのだ
しかも巻数も銅版画数もフンボルトの方が多かったそうだ

このほかにも多数の歴史的著名人が登場する
冒険心をかきたてられ、このフンボルトのようにひたすらに我が道を突き進むエネルギーが周りの人間たちに影響していく人物にあこがれを感じずにはいられない


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2018年01月25日

書評『イヌネコにしか心を開けない人たち』

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こんにちわ小谷中広之です
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今回のご紹介する本は、香山リカ様の「イヌネコにしか心を開けない人たち」です

このような方にお勧めです
「動物を飼っている人 動物愛護団体関係者 ペットを飼っている人たちに偏見を懐いている人」
著者の方のプロフィール
「1960年札幌生れ 精神科医 著者(なぜ日本人は劣化したのか 悩みの正体 大人の男の心理学など多数)」

まとめ
PTSD(心的外傷後ストレス障害)
このような心の問題を抱えている人たちへの治療法として「アニマルアシステッドセラピー」があるそうだ
詳しくは延べないが、動物と触れ合うことで癒されていき症状を緩和させていくのだろう
PTSDと診断されるほどではないが皆それぞれに悩みはあり、その悩みのせいで時にはうつ病などになってしまうケースがある
それすらもきっとペットは、癒しの道具としての対象となるのかもしれないがそれももしかしたら立派な虐待となっているかもしれない
というのも、これはこの本を読んでいて私なりに思ったことだが
昔、人間以外の動物には痛みを感じることがない、と信じられて実験対象となってきた
そしてその後、その考え方は間違っていることに気づき(つまり動物も人間と同じく痛みを感じる)、それまでの常識が非常識となった
この歴史を、今現在の癒し効果という目的で精神的弱者の治療に持ち入れられている動物
この動物たちの精神的ストレスというものは、考えられているのだろうか?
人間以外の動物にはそのようなストレスは感じられない、というのだろうか?
この精神的弱者のための治療で用いられている動物たちの精神状態もいつの日か新たな常識が誕生する事だろう

そしてこの本の著名ともなっているがペットにしか心を開けない人たちを狙った詐欺は確実に存在していると思う
自分の愛するペットのことをあまりにも思うことで詐欺をされても気づかない、そんな人たちが世の中には多そうだと、この本を読んで感じた


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2018年01月21日

書評『哲学しててもいいですか?』

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こんにちわ小谷中広之です
小谷中広之」が読んだ本の書評をします。「小谷中広之」なりに感じたこと(感情)を書き、少しでも皆様の何かのきっかけになれればこのうえない喜びです(定期的に書評は更新していきます)
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今回のご紹介する本は、三谷尚澄様の「哲学しててもいいですか? 文系学部不要論へのささやかな反論」です

このような方にお勧めです
「現役大学生 大学を目指す者 他人とは異なった行動パターンを生活に取り入れている人」
著者の方のプロフィール
「1974年三重県生れ 信州大学人文学部助教授 著書有(近代からの問いかけ、義務とアイデンティティの倫理学など)」


まとめ

大学の先生、という職業もまた昔と今では授業の教え方や雰囲気、先生というあり方などが大きく変化している
諸行無常、このことはどのようなコトでも、どのようなモノでも当たり前に日々起こっている
私は大学に進学という選択を考えたことのない学生生活を送ってきた一人だ
昔の大学の在り方と今の大学の在り方、その一部分をこの本で知ることになった

西田幾多郎という哲学者は、講義中に教室の壇上で突如黙り込み、しばし沈思をし「わからん」と一言いい残して教師を立ち去ったり、仏文学者の生田耕作が「教科書が面白くないから」という理由で授業を中断させて、「これ、つまらんからこっちやるわ」といって研究室から持ってきた詩の解説を始めた、というエピソードがあるそうだ

そして、この著者の方が学生の頃に実際に体験した授業にとても羨ましさを感じた
先生がある哲学者の一つのフレーズにひたすらこだわり続け、ああでもないこうでもないと壇上で自問自答しながら90分が終わる
このような授業の取り組み方を現在の大学で行えばクレームの嵐だという
そしてどこに羨ましさを感じたかというと率直に言えば
「自分もそのような講義をしてみたい」だ

私も読書中によく言葉に引っかかる
そうした場合、読書はいったんやめて引っかかったその言葉について考え(自問自答)を膨らませている
つまり、その考えを、ある本のある言葉についてのイマジネーションを目いっぱい広げ90分も話をする
そんな講義をいつかしてみたい(そもそも教師としての資格を持ち合わせてはいないが)
私が講師として教壇に立って、講義(上記のような)を行う
生徒たちがどう思うかよりも、私の思考をフルに出し切ってそれを聞き取ってもらいそれぞれに感じてもらう
私のスタイルとしては、講師は私しかいないがもう一人の私をその教団上に創り上げる(創造で)
そして私は講師としての私の意見と講師としてではない私の二人で話始める(ある言葉について)
それをただひたすら聞くという講義をしてみたい

しかしそれにはダントツに必要なモノがある
影響力だ
もともと影響力のある人(西田幾多郎や著名な学者、有名人など)が行う講義ならまだ聞く耳を持ってくれる人がいるかもしれないが、影響力のない人間の授業中にいきなりそんなことが始まれば、???…である
しかし、例外はあるように思う
普段の生活スタイルから、その人の醸し出している雰囲気(のみ)が勝手に周りに何かしらの言葉では言い表せない影響を与えている教師(講師)なら別だ
常に周りのしがらみ等に影響を受けてないで、本当に自分の信じている学問に突き進んで研究している講師ならば、今までに何か偉業を成し遂げたりメディア露出をしていたりしていなくても、聞く耳を持ってもらえる気がする(私が生徒なら聞くこと間違いない)
しかししがらみを気にしないで今の時代大学で研究を続くることはとても困難なのだろうとこの本を読んでいて感じる


ここまで読んでいただきありがとうございます。読んでいただいた方の人生での何かのお役に立てればとても嬉しいです

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