私が不安障害とうつ病を発病したのが10年前である。
ここ3年は寛かいして働いている。
原因は月150時間に及ぶ長時間労働と管理職と実務を行わなくてはいけない責任の大きな職責についたことだ。
責任が重く、やることが多岐にわたる割に、給与は月額額面で27万円程度であった。
でも、40歳代に課長を経験しないと50歳代がもっと厳しくなると思い頑張って結果が
治りずらい不安障害とうつ病での毎日、様々なひどい症状に悩まされた。
私は仕事だけでなく、メンタル疾患になりやすい病前性格を持ていたと思う。
もまじめで几帳面で責任感が強い人間だ。
小さき頃から恐怖症や不安症の傾向にあった。
小学生の頃、夜の暗闇やゴウゴウと吹く強風がとても怖かった。
自分が10年前に発病した当時を思い出すと発病したころ、起床するころに吐き気や腹痛などの身体症状があり、朝は調子が悪く、起床が苦手な状況で、夜は体が重く疲れているのに眠れない、不安感も強い、
そのまま仕事を続けたら、今度は睡眠障害になり、夜不安感が強く、眠れなくなり、内臓の調子もほぼ毎日調子が悪い。
そこで、3か月ほどして退職したのだが。
退職して3か月休んでも治らず、毎日が乗り物酔いや船酔いしたような気分の悪さが3年以上は続いた。
その間、心療内科や精神科に通院したが気分がすっきりした日がなく、毎日不安感が強く、ぐわい悪いのだ。
不安を止める薬を飲んでも効果をあまり感じなかった。
私の場合、神経症の症状もあった。
自分の毎日の腹痛が実は大腸がんなどの重い病気ではと不安感が強くなり、胃腸科で麻酔を打って胃カメラ飲んだり、
夜間に毎日くらい悪夢をみて、冷汗と動悸で目覚め、循環器科で心電図を取るなど心臓の検査、
それと床屋や歯医者、交通渋滞や銭湯など逃げ場がないところへ行ったり、場面になると緊張感と不安感が強まり、吐き気と便意、胃痛、動悸などがおきて、これは広場恐怖症という神経症の症状の一つだ。
強迫性障害の症状として、鍵のかけ忘れやストーブの消し忘れなどが大変気になり、
出かけた直後に自宅に戻って確かめないと不安で仕方がない症状、自動車運転中にゴミなどを踏んだのに
それが実は人ではなかったのかと気になる加害恐怖などもあった。
そのような時期が3年は続いた。
3年目にこれは治りずらいし、貯金もなくなり3級の精神障害者手帳をもらって、障がい者枠で就職しようとしたが、2度申請して2度とも却下されたのだった。
私の症状を脳科学的に言えば、脳内でセロトニンという物質が足りないか、セロトニン神経の働きが悪くなっている症状だ。
セロトニンは脳の過剰興奮を抑制する神経であり、自己防衛本能の偏桃体などの神経が過敏興奮した状態を抑制するのだが、
それが働かないと、一度自己防衛の神経である不安や気になる神経が興奮すると自分の意志では制御できなくなるのだ。
しかし、5年過ぎたころから、時々、気分がすっきりする日が出現した。
逆を言うとぐわい悪い、乗り物よいしたような気分の悪さを感じない日が増えたということだ。
不安感や緊張感が強い症状と自分の将来に対して不安が強まる症状は仕事をしていない時期が長いためも心理に影響しているだろう。
治るきっかけになったのが、地元の自治会の班長の役が回ってきて、是が非でも役職をやらなければならなかったので、
月に1度会議に出なければいけないことと、市からのお知らせなどの配布物を各家庭に配布する際に
歩いて配布したので運動になった。
その運動をきっかけに、家の草取りや古いいらないものの整理とゴミの搬送などして週に1度程度だが運動量を増やした。
集落内でも自治会での周囲の人は私がココ数年、家から出れずにメンタル疾患になっていることはしられているので
そのことを隠さずに、恥ずかしく思わずに、抗不安薬を飲みつつ人前に出ていうことをいうことと、
なるべく体を動かして運動をすることをし始めたら、治り始めた。
ここ2年くらいで不安障害でのパニック発作、強迫性障害の症状、自信喪失による不安感はほぼなくなった。
7年前は自宅から出て車で5分程度運転したただけで、不安感が強くなり、吐き気や動悸と便意で途中から
自宅へ引き返すなどを何度も繰り返した。
だが、今はそのような症状はなく、先日は往復160キロメートルで県庁所在地の市街地まで一人で自動車で言ってきた。
何も問題なかった。
簡単に言うとそのようにして治り、中高年の私は社会復帰に成功した。
この病気のほとんどは時間がかかるが、薬物療法と行動療法+何かの治療法を組み合わせると治ると思う。
私の仕事ではメンタル疾患になる人が多いが、時間がかかるが治る病気だとしってほしいと思う。
問題は治るまでの生活費の工面であるので、自分で貯金などの貯えがない場合、
実家の両親や兄弟などに一時的に助けてもらうなどプライドと意地を捨てることも必要かもしらない。
私の場合、最初の3年は自分の貯金でどうにかしたが、4年目以降は両親の安い年金に助けてもらった。
そして、よくなり、今は最低賃金だが働いて、自分のことは自分でするようにいろいろと工夫して頑張っている。
役所の福祉関係の課では病気で働けない場合、年金や健康保険料の免除制度、10万円までのお金の無利子の貸し付けなどおこなっているので、
市役所や県の窓口に相談するのも良いと思う。
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