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 屋根裏に子供部屋が、小さい頃の思い出・・・ 沢山の思い出が、大冒険の始まりの予感が!
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2009年05月19日
食品工場!
 おはようございます。

今日は、食品工場!です。

我輩が勤務した中にある食品工場があるのです。

以前の話でも紹介した出社拒否?を起こした頃に勤務をしたのですが

ある仕事で別の食品工場へ行くことがあったんです。

これだけなら別段普通のことなのですが

ちょうど出社拒否をした頃の事を思い出す雰囲気がそこにはあったのです。

自衛隊で勤務した地域に位置する食品加工の工場へ

メンテナンスの作業で出かけたときです。

工場の中へ入ると資材が置いてあるスーペースがありそこには社員が

休憩をしていた雰囲気が残っていたんです。

天神川の西側・・・

自衛隊当時、その川を川上に行軍した記憶のある場所・・・

そこには、天神川病院があり精神的な病院だと聞いた事があるのです。

以前からその地域には何かと問題があった我輩なのですが

その食品加工工場の中に入るとまるであの頃の・・・

我輩が出社拒否を起こした頃の雰囲気が残っていたのです。

我輩が思うにその工場で勤務している社員の中にもあの頃の我輩と同じ

気持ちの社員がいたのでは?・・・

その社員も会社へ行くのが辛い状態での勤務をしている・・・

そう感じ取れたのです。

面白いことに川は2本あり天王寺川と天神川!

どちらも我輩が勤務をした川なのですが・・・

なんだか当時の我輩の急に出社拒否を起こした頃の不思議な縁がここにもあったのだろう

そう感じる・・・のです。

その川上にはバラ公園がありきれいなバラが咲いた景色のよい場所を

思い出したのです。



 明日は、助六!です。




 では、また。

Posted by ビギン at 04:23 | 昔を散策 | この記事のURL
2009年05月18日
朝の掃除!
 おはようございます。

今日は、朝の掃除!です。

我輩がある会社へ通っている時のお話です。

その会社へは、アルバイトとして通っていたのですが

以前話した出社拒否の後・・・

その会社の近くにあり自宅から歩いて出社をしていたのです。

作業自体はすぐに慣れ朝、納品した商品を倉庫へしまうのと

その日の出荷商品のピッキングと梱包作業が主で

後は、センターの責任者の指示したことをする。

慣れれば単調ではあるのですが取り扱う商品を覚えるのが少し大変・・・

そんな中、我輩は自宅から近いせいもあって出社時刻が早かったのです。

朝、の時間倉庫の前をほうきを持って毎朝はいてから作業に・・・

そんな中、センターの責任者とある会話が・・・

センターの責任者いわく、その仕事は責任者の仕事君の仕事ではない・・・

しばらく考えた我輩も少し営業の部分が多いかも知れない・・・

そう考えたのですが、毎朝・・・出社時刻がセンターの責任者より早い時には

センターの前を掃除して回ったのです。

その会社へは数か月で退社することになったのですが

センターの責任者に今後のために・・・・

アルバイトでも会社へ出勤する時にはスーツ姿で・・・

会社へ来るまでの出勤風景も仕事の一部である・・・

我輩のその後の人生に大きく変化をくれる一言だったと今では思います。



 明日は、食品工場!です。




 では、また。

2009年05月17日
神社の鳥居!
 おはようございます。

今日は、神社の鳥居!です。

我輩の住む町の神社の鳥居!で不思議な体験をしたことがあるのです。

以前のお話でもしたことがある登校拒否のような状態・・・・

ある体験がきっかけなのです。

我輩の自宅から神社まではまっすぐの一本道

そこを出社拒否になった頃通うために通りかかったとき

突然体が重くなり会社へ行くことが難しい状態になったのです。

神社には鳥居がいくつかあり我輩の今まであまり通ったことがない鳥居の前

その鳥居からはお稲荷さんがあり小さい頃からあまり通った記憶がないのですが

あるお祭りの時、近所に住む叔母にあんたはこっち・・・

呼ばれて通った鳥居・・・

それから以降だったのかは遠い記憶ではっきりしないのですが

ちょうどその鳥居のあたりで何者かに憑かれた・・・・

体は誰かを背負ったように重くなり会社まで歩く事が出来ない状態に

困りはてなんとかいけるところまで歩いたのです。

その先にあったのは叔父の通う会社・・・

小さい頃にはいつもおこずかいをもらいに通った工場の中からは

機械の動く音が・・・

入ってみると一人作業をしている社長

なんとか声をかけてみると上であって行け・・・

自宅へと上がってみるとそこには一人横になっている人が・・・

我輩には母に思えた・・・・

それから一月ほど出社拒否の状態が・・・

なんとか普通の生活がおくれるようになった頃には体の重さもなくなり

普段通り歩く事が出来ていたのです。

今でも、あの不思議な感覚は何だったのだろう

テレビや映画の中には時々、憑依されたシーンが出てくるが

こうした感覚なのだろうかと思うことが時々あるのです。

不思議とそれから以降の我輩の生活は波瀾万丈のような気がします。



 明日は、朝の掃除!です。




 では、また。

2009年05月16日
大型2種免許!
 おはようございます。

今日は、大型2種免許!です。

我輩が長距離トラックの運転手をやめ転職をする時、取得した免許です。

今までが大型トラックの運転手をしていたこともあってさらに免許取得を考えたのです。

それに、大型2重免許があればバスの乗務員になれる・・・

そんな考えもあって・・・・

いざ、免許取得となると一度はバスに乗ってみなければ・・

ところが、我輩の周りにある教習場ではあまり大型2種免許の教習をしていないのです。

大阪にある光明池自動車教習場と兵庫県にある初島教習場だけ?だったのです。

よく調べるとまだ他にもあるのかも知れません。

我輩は自宅から一番近い初島自動車教習場へ申し込むことに

そこでは、1回の教習が11,000円の費用でバスに乗ることができるのです。

さっそく、申し込みをして経験のため教習をしてもらったのです。

ところが・・・その教習場は兵庫県公安員会の指定教習場のため

兵庫県の運転免許試験場のコースと同じにしていて

我輩の受ける大阪府の運転免許試験場とコースが反対だったのです。

当時の教習場の指導員の方の配慮で一部コースの入り方を逆にしてもらい

少しでも感覚に慣れることができるよう指導していただいたのです。

初島教習場へは試験合格まで3回通ったのですが

我輩には教習場の指導員の指導がよく理解できたのです。

指導員の中に自衛隊の自動車教習場の指導員がいたのかも・・・

兵庫県の自動車教習場や運転免許試験場の試験官になっている退職自衛官も

多数指導員として活躍をしていると耳にするのです。

クランクやS字など遠い昔を思い出し教習を・・・

不思議なもので何年もたっていても当時・・・自衛官だった頃指導してもらったことが

この間みたいによみがえりコースも3度目には確認をしながらのでき

なんとか免許取得することができたのです。

一般道路の走行とまた違った意味で教習場のコースの走り方も・・・・

今では、使う事もなくなった免許の一つです。




 明日は、神社の鳥居!です。





 では、また。

Posted by ビギン at 09:39 | 昔を散策 | この記事のURL
2009年05月15日
ある日突然!
 おはようございます。

今日は、ある日突然!です。

我輩の今までの生活の中での体験の一つです。

会社を数社変わった頃のある時・・・・

突然の体調不良?我輩の場合年齢が年齢だっただけに・・・・

学生の頃にはクラスでもたまに見かける。

登校拒否・・・・

ある日突然我輩の身に襲いかかる・・・

不思議なものです。

会社までは、行くのですがどうしても中に入れない・・・

何かに怯える恐怖感・・・

別段周りと変わらない普通の会社?のはずなのですが

我輩自身、これが登校拒否?なのだろうか・・・

学生だったら自宅までクラスメイトや先生が来るのだろう・・・

そんな事を考えてもみた・・・

約一か月・・その後普段と変わりなく出勤をするのだが

どうしてなのだろう・・・突然の出勤拒否社員?

不思議な経験・・・まるでそこから先は、人の通うところではないような感じに・・・・

足を踏み入れてはならない場所?

会社の前の公衆電話から電話をかけながらふと考えてみた。

なんとも奇妙な経験を・・・



 明日は、大型2種免許!です。





 では、また。

Posted by ビギン at 04:10 | 昔を散策 | この記事のURL
2009年05月14日
荷台の容器!
 おはようございます。

今日は、荷台の容器!です。

我輩が長距離トラックのドライバーをしている時にあった恐怖です。

今までのお話の中では車に関することが多かったのですが

今日は、その荷台に積んでいた積み荷にまつわることなのです。

当時の積み荷は日本で数社しか製造工場を持たない製品だったのです。

中身も、かなり危険なものが含まれていて

ドライバーに対する安全教育もある程度あったのです。

危険物の運搬する運転手は皆そうなのかも知れないのですが

当時の我輩にはそうした危機管理がなかったのです。

積み荷が危険物だからではないのですが危険物取扱者の資格を取得したのです。

ところが・・。当時我輩が運んでいた積み荷は国内のいたるところの化学工場へ

冷凍コンテナにポリ容器に詰めた製品を積み込みマイナス20度前後に冷やし輸送するのです。

製品の中身や危険の程度の認識があまりなかったのです。

ある日の長距離輸送の時、会社を出る時には2時間に1回冷凍コンテナの

温度の確認を指示されていたのですが

我輩はトラックを走らせたまま6時間・・・・

最初の1時間の休憩のときに確認をしたまま目的地へ・・・

本来、長距離輸送の時以前の話でも少し出てきたように

最初の1時間の間に長距離輸送に不具合な状態が現れやすいため

休憩を兼ねて車と積み荷の点検2時間に1回小休止・・・

ドライバーの疲労を防ぐために本来はとらなければ・・・

ところが我輩自身、解っていても関東までなら休憩なしで運行することも度々あったのです。

別段、時間に追われてではなく速度もあまり上げなくても

一定の時間での運行が楽だったからなのです。

ヒューマンエラー・・・知らないうちに疲労が蓄積して思いがけない事故に・・・・

我輩の積み荷も現地の工場近くに到着したときには

冷凍コンテナは止まり中の積み荷はポリ容器は膨れ上がり

今にも破裂しそうなまでに膨張していたのです。

ある程度の安全教育がなかったらと思うと怖くなる。

近くのドライアイス製造所の確認・・・・

と同時に積み荷を真夜中にも関わらず化学工場へ・・・

守衛で事情を説明し担当部署へ連絡をしてもらったのです。

幸い製品の知識のある担当者が勤務しておりそのまま化学工場の

冷凍庫へ積み荷を搬送したのです。

あわや大惨事に・・・今でも思い出すと爆発事故につながらずに済んだ事をよかったと思う。

日頃、トラックの運転手に対し少しずつ安全対策の話をしてくれていたことが

事故防止につながったです。

長距離輸送もドライバーの体調と積み荷の状態も考慮しなければと実感したのです。



 明日は、ある日突然!です。



 では、また。

Posted by ビギン at 04:02 | 昔を散策 | この記事のURL
2009年05月13日
大山!
 おはようございます。

今日は、大山!です。

我輩が長距離トラックのドライバーをしている頃のとんでもない高速道路の思い出です。

当時、我輩の運ぶ荷物はお酒が主体だったのですが

お酒だけではなくお酒を造るためのお米も運ぶのです。

大変過酷な労働で海上コンテナなどと変わりなく

お米を貯蔵する倉庫からベルトコンベアで流してトラックに積み込むのです。

トラック3台ドライバーも3人・・・・・

一人は高く積まれたお米の山から下のコンテナにつながるコンテナへ

もう一人は上のコンテナから流れて来たお米をトラックにつながるコンテナへ

もう一人はトラックの荷台で流れて来たお米をトラックの荷台へ・・・

一台のトラックに積み込むのに2時間ほどかかる作業を3台分

積み終わる頃には腕が一回り太くなった感じがするほどなのです。

鳥取県にある西伯農協や東伯農協・会見農協などはいつも定期的に

お米を積み込むのです。

積んだ後も大変な道のりを帰るのです。

鳥取県につながる高速道路には大変きつい峠があるのです。

高速道路を使用しないときには、長距離同様翌日の荷降ろしで

峠の手前にある食堂で夕食をした後仮眠をとり車が少なくなった時間に

走り始めるのです。

大山の峠を越えるのが大変で昼間の時間だと大渋滞・・・

トラックも以前のお話でも紹介したように馬力の少ない我輩の車はそれこそ

止まりそうな速度での走行がやっとなのです。

荷物の当日降ろしの時には、高速道路を使用するのですが

これにも問題があり大変きつい勾配があり我輩の乗るトラックは、お米の数量が少ない時で

35km・・・多い時には、34kmの速度での走行がやっとの状態・・・

トラックの運転席の我輩はハンドルを持つ手が自然に前後にゆするような感じ

右足のアクセルペダルもこれでもかというくらいに目一杯の状態なのです。

後ろからのの車もかなりの速度の遅さにしびれが切れる思いをしていたことでしょう。

もう少し高速道路を造るときに緩やかな勾配に・・・

それほど高速道路も一般国道も勾配のきつい峠を越えなければ運ぶことが出来ない

お酒を造るお米を無事運び終えると一回りも体が丈夫になってゆくような気がする。

大変な労力と大変な峠を越えるトラックの運転に

昔の人の大変さが心から実感できるのです。



 明日は、荷台の容器が!です。




 では、また。

Posted by ビギン at 05:00 | 昔を散策 | この記事のURL
2009年05月12日
北海道までの道のり(その2)!
 おはようございます。

今日は、北海道までの道のり(その2)!です。

夜景のきれいな場所で仮眠を取った後我輩は積み荷を無事に降ろすため

再びトラックを走らせたのです。

長万部から国道の分岐になりニセコ方面へ向かう事に

北海道ならでは直線道路を走ってみたいそう思っていたのですが

長万部から先の普通の国道でも我輩の住む大阪にはない直線の道路があるのです。

白樺なのでしょうか道路の横には木が立ち並びまだ雪が日陰には残っている。

爽快な気分を味わいながら目的地へ・・・

無事積み荷の機械を降ろし終えた我輩に帰りに北海道の市場にじゃがいもを持っていく

余裕があれば・・・・当時の我輩には少し荷が重い仕事・・・・丁重に断って帰路についたのです。

帰りのトラックには積み荷はなく軽快な走りと爽快な気分を味わいながら来た道を引き返す。

再び長万部を通り函館へ・・・峠には市場があり夜景の見えるところでの食事を

市場の中にある新鮮な北海道の幸をいただくと疲れも出た来てしばらくの仮眠をとる

青函連絡船に乗り青森へ着いたころには今までに味わったことがない疲れに

ふと、温泉に入りたいそんな気分に

青森から地図を開いてみると日本海沿いに延びる7号線・・・

帰りは来た道と違った道で帰ろう・・・どこかの温泉を見つけて1日ゆっくりしてみるのも

そう思い7号線目指しトラックを走らせたのです。

不思議なことに本州の端と端で道路が似ている7号線に入るのに少しわかりにくさがある

山口県の下関を思い出す。

国道へ入る経路の複雑さ・・・どこか似ているそう感じながら秋田まで南下した頃

一軒の温泉宿を見つけたのです。

古びた建物がとても雰囲気良く感じそこで疲れをいやすことに決定・・・

その後も日本海沿岸をゴールデンウィークの人にまぎれ関西を目指し帰ってきたのです。

会社へ帰った我輩は駐車場へトラックを止め初めて気がついたのです。

青函連絡船の領収書以外の領収書をもらってなかったことを・・・

長い運行の疲れともらい忘れの領収書とで疲労も2倍になった気分に

今、思えば楽しくもあり懐かしくもある北海道までの長距離輸送・・・

我輩にはたぶん合っていたのだと思います。



 明日は、大仙!です。





 では、また。

2009年05月11日
北海道までの道のり!
 おはようございます。

今日は、北海道までの道のり!です。

今から何年前のことでしょうか長距離トラックのドライバーとして働き始めてから

3年ほどたった今頃の季節ゴールデンウィークの連休中のことです。

毎年、ゴールデンウィークの時には北海道までの荷物があり

会社から一人休日を返上して長距離を走るのです。

その年は、我輩にも北海道への長距離の話がきたのです。

大阪から豆腐の製造する機械を運ぶのですが

途中、荷物を積み合わせていくのです。

北海道までの経路の選択から始まって帰ってくるのも運転手まかせ・・・・

我輩、その当時一種の旅行感覚・・・・

連休中の長距離誰もが敬遠するのですが我輩には合っていたのかも知れません。

今までが延着に気をつけての輸送だけに自分の予定で長距離を走れる

うれしさがあったのでしょう。

JR上野駅で最初の荷物を降しそのまま国道を北上JR仙台駅へ

途中、利根川を超える橋の上で長距離仲間とすれ違いお互い連休期間の長距離輸送の

労をねぎらい無事JR仙台駅へ着いたころには夜を迎え仙台市内でトラックを止め

宿泊することに・・・

連休の混雑の心配も都内一部だけで国道をなんなく走り幾つかのパチンコ屋へ立ち寄り

快適な長距離輸送・・・青森へ着く頃には連休のことなどすっかり忘れ

青函連絡船を待つ間駅前のパチンコ屋へ少しの船を待つ間のパチンコの出る事

ビックリするほどよく球が玉が出る。

青函連絡船の出航の時刻に合わせてトラックに戻りいざ北海道へ・・・・

函館に付いた時には空は暗く青函連絡船乗り場にあるパチンコ屋のネオンがまぶしく

感じたのです。

北海道のパチンコ屋は大阪より営業時間が長く夜11時30分までの営業

再び閉店までパチンコに・・・閉店を迎える頃にはあたりに車の影はなく

数台の長距離トラックが静かに止まっている・・・

我輩はひとまず眠くなるまでトラックを走らせることに

函館の街を抜け上り坂を上り気がつくとそこには函館の夜景が一望できる場所まで

あまりの美しい景色にその日はそこでトラックを止め休むことに

北海道へ着いてからでも目的地まではあと2日かかる距離を残したまま



 明日は、北海道までの道のり(その2)!です。





 では、また。

2009年05月10日
北陸周り?
 おはようございます。

今日は、北陸周り?です。

我輩がまだ長距離トラックのドライバーとして勤務をしている時のお話です。

当時の我輩は国内のいたるところへの輸送があったのです。

北は、北海道から南は熊本・宮崎・・・

残念なことに鹿児島と沖縄には行く機会が・・・・

初めて東北へ行くことになった時のことです。

まだ、日の浅かった我輩の選んだ運行経路は名神・東名高速道路を乗り継いで

首都圏を抜け東北自動車道へ・・・・

いつものように運転手仲間と行き先や荷物の話をしていると

先輩ドライバーから今日は、北陸周りだな・・・

我輩は、あまりの唐突な言葉にきょとんとしていると

まさか・・・東北自動車道を??

何・・・我輩の地図には岩手県宮古市までの経路は東北自動車道しか・・・

先輩ドライバーはおそらく気が付いていたのでしょう。

まだ、日の浅いドライバーの選ぶ経路を・・・

我輩の頭の中には北陸自動車道のことなど全くといってなかったのです。

北陸自動車道を使い新潟まで

そこからは国道113号線を通り13号線へ宮古市の病院に大きいなレントゲンの機械を・・・

途中、一か所トラック同士のすれ違う事が出来ない昔の古いトンネルがあり

真ん中を通行しなければトンネルの天井へあたる危険なところが・・・

宮古市までは高速からほぼ一本道迷う事はないがトンネルだけは要注意・・・

初めての東北への運行・・・この日から東北への輸送は北陸経由が多くなったのです。

宮古市に到着した我輩は病院の近くで買ったビールとおつまみをいただきながら

明日の積み荷を降ろした後は宮古漁港の海産物を食べてみよう・・・

ひそかな楽しみに朝までゆっくりと仮眠をとったのです。



 明日は、北海道までの道のり!です。




 では、また。

Posted by ビギン at 05:45 | 昔を散策 | この記事のURL
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