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SEという仕事 その3

このブログを読んでくださっているみなさん、こんにちは。「よそじSE」でございます。

心療内科の通院にちょっと東京まで2泊3日で行ってきたものですから、日が開いてしまいました。どうもスミマセン。

では、昔話に戻ります。

1995年、Windows95が発売された事を機に、あっという間にIT業界も変貌し大型汎用機からPCを使ったCS/S(クライアント/サーバシステム)にシフトチェンジしました。
VisutalBasicあるいはDelphiでクライアントアプリを開発し、サーバ側としてOracleWindowsNTまたはSun Solarisで動かすというモデルが大流行します。この時、初めてUNIXに触れた私は急速にそのUNIX文化に染まっていき、同時にOracleでD/Bが驚くほど簡単に作れる面白さにのめり込んでいきます。この頃はまだ技術も確立されてなく、インターネットという情報源も少なかったものですから、困ったときは当時流行っていたパソコン通信「NIFTY-Serve」のフォーラムで見ず知らずの方に質問する、というスタイルでした。
分からないことだらけで苦労しましたが、新しい技術を吸収する楽しさが完全に上回っていました。

1990年代が終わりに近づいてくると、世間インターネットが爆発的に普及し、プログラミング言語としてJavaが登場します。
私たちエンジニアが作るシステムもCS/Sの二層構造から、真ん中にアプリケーションサーバを挟んだ三層構造に変化していきます。クライアントはブラウザ(当時はNetscapeの独擅場でした。)でHTMLJavaScriptを実行し、アプリケーションサーバでJavaを実行するというシステム構成が大流行します。
私は、ある先進的なプロジェクトの実験部隊としてこのJavaHTML/JavaScriptと格闘する1ヶ月を過ごします。そして自分で体験したノウハウを、プロジェクトのメンバにフィードバックするという役割を果たすことが出来ました。
今ではもう見かけませんが、当時はブラウザはウィンドウ分割で表示したほうが見栄えがいい(というか見た目珍しかっただけ、と言えます。冷静に考えればウザいだけ。)ので、そのウィンドウ分割で必要とされるHTMLのノウハウを研究したりしました。
サーバサイドで動作するJavaも当時はまだJDK1.xでしたから、非常に動作が遅かった。だからどうすれば動作が速いプログラムになるかを研究して(例えば、「String同士の加算はしてはいけない」というようなTipsです)メンバに伝え、コードレビューするという「エバンジェリスト」的な仕事をしていました。その結果、プロジェクトは一定の成功を収め、私はその時のノウハウを社内論文にまとめ、ちょっとしたご褒美もいただけました。

その頃同時に、私はD/B設計の面白さにも目覚めます。どうしたらアプリケーション開発しやすいD/Bが作れるか、どうしたらSQLのパフォーマンスが良くなるか、運用中にデータの論理矛盾が起こらないような構造に出来るか、という観点でD/Bを設計するという事を突き詰めると、お客様が要望するシステムで実現しようとしている業務内容を出来るだけ正確に把握する必要があります。自ずとお客様により近くなり、たくさんの会話をしながら設計を進めることになります。エンジニアとして持っている技術をフル活用しながら、お客様に最善の解とシステムを提供する、というのが楽しくて仕方ないという事が分かりかけてた頃でした。

そうなんです。楽しいんですよシステムエンジニアっていう仕事。

Appleのスティーブ・ジョブズがiPhone片手に、「いいでしょう?これ。」と自慢げにプレゼンするのは、そのiPhoneをエンジニアリングしてきた過程が楽しくて仕方なかった事の表れではないかと思います。
私とスティーブでは雲泥の差ですが、その時の気持ちは、多分、同じようなものだと思います。

そんな感じで時代の変化と共に変わりつつある技術をどんどん吸収していって、私の20代は過ぎ去ります。

30歳になってまもなく、上司が声をかけてきました。

「〇〇の販売・在庫管理と会計のシステム開発、プロジェクト立ち上げるからリーダーになってくれない?」

「え゛〜っ!?」

字数が足りなくなりました。(笑)続きは次回へ。




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