2020年03月27日
"許せない"の正体は、自分の中の前提と我慢。
歩きスマホ
歩き煙草
電車で足を大きく広げて座る
僕はこれらを見かけると、許せないとは言わないまでも
心がザワザワし、つい気になる。
では、どうして僕はこれらの行為が気になるんだろう。
それは、
自分はルールを厳しく守らされて育った
本当はもっと気楽に生きたかったのに我慢してきた
なのに他人は堂々とルールを破っている
という、自分の前提と我慢が覆されたから。
ー目次ー
僕の家は、17時ルールや21時ルール、
父の前でゲームをしてはいけないなど、
厳しい懲罰教育の敷かれた家庭だった。
21時30秒前になると、父が残り時間のカウントを始め、
寝室に入るのが1秒でも遅れたら
奥の部屋へ淡々と幽閉される罰があった。
→「懲罰教育、ルールが支配する家。」
懲罰が嫌で父のルールを守るしかない状況でも、
決められたことは守るべきという価値観は
僕にインストールされてしまったかも知れない。
最低限のルールを守れば、あとはだいたいでいい。
寝室へ入るのが1〜2分くらい前後したって、どうってことない。
そんな、良い意味でラフな生き方を無意識に我慢してきた。
だから僕は、歩きスマホや歩き煙草を見た時、
「自分は我慢してルールを守って生きてきたのに」
という感情が湧き上がってしまうんじゃないかな。
何かが許せない、何かを見ると嫌な気持ちになるというのは、
見た行為そのものは関係なく、
自分の中の前提が破られたことへの反発なんじゃないかな。
では、
何かが許せない、何かを見ると嫌な気持ちになる
というのはどうやったら減らせるのか。
僕が試した3ステップはこちら。
許せないと感じた出来事に共通するのは何なのか。
僕の場合は総じて「公共のルールやマナーを守っていないこと」。
共通点が見えてきたら、僕が何を嫌がったのかを探る。
厳しくルールを守らされたことが嫌だったんだな
本当は少しくらいふざけて生きてみたかったんだな
ここに気づくことができた。
「迷惑だなぁ」「嫌だなぁ」と、
自分の価値観で判定したと思ったら、そこで立ち止まる。
歩きスマホを見かけたら、
「まぁ、気になることもあるよね」とつぶやいてみる。
歩き煙草を見かけたら、
「吸いたくなる時もあるよね」とつぶやいてみる。
少しくらいふざけたり、くだけたりしてラフに生きてみる。
必要以上にきっちりしていたことを適当にやってみる。
「こんなもんでいいか」。
そうやって、ラフに生きる感覚を少しずつ身につけていく。
自分が感じた"許せない"の正体を探っていくと、
何かに囚われ感情を持っていかれることが減ってくる。
自分がコントロールできないことで消耗し、
気持ちが激しく上下することも減り、
少しずつ心が安定してきたように思う。
自分が何を我慢しているのかも見えてきたから、
生きやすくなるための方向性も決められる。
自分の中の、厳しい前提に気づき、緩めていく。
そのために、僕は「そんな時もある精神」で生きてみる。
歩き煙草
電車で足を大きく広げて座る
僕はこれらを見かけると、許せないとは言わないまでも
心がザワザワし、つい気になる。
では、どうして僕はこれらの行為が気になるんだろう。
それは、
自分はルールを厳しく守らされて育った
本当はもっと気楽に生きたかったのに我慢してきた
なのに他人は堂々とルールを破っている
という、自分の前提と我慢が覆されたから。
ー目次ー
- 懲罰教育でインストールされた、”決まりごとは守るべき”という価値観
- "許せない"のは、自分が我慢していることを他人に破られたから
- ”許せない”を手放すために実践した3ステップ
- ”許せない”を手放すと、心が安定する
1.懲罰教育でインストールされた、”決まりごとは守るべき”という価値観
僕の家は、17時ルールや21時ルール、
父の前でゲームをしてはいけないなど、
厳しい懲罰教育の敷かれた家庭だった。
21時30秒前になると、父が残り時間のカウントを始め、
寝室に入るのが1秒でも遅れたら
奥の部屋へ淡々と幽閉される罰があった。
→「懲罰教育、ルールが支配する家。」
懲罰が嫌で父のルールを守るしかない状況でも、
決められたことは守るべきという価値観は
僕にインストールされてしまったかも知れない。
2."許せない"のは、自分が我慢していることを他人に破られたから
最低限のルールを守れば、あとはだいたいでいい。
寝室へ入るのが1〜2分くらい前後したって、どうってことない。
そんな、良い意味でラフな生き方を無意識に我慢してきた。
だから僕は、歩きスマホや歩き煙草を見た時、
「自分は我慢してルールを守って生きてきたのに」
という感情が湧き上がってしまうんじゃないかな。
何かが許せない、何かを見ると嫌な気持ちになるというのは、
見た行為そのものは関係なく、
自分の中の前提が破られたことへの反発なんじゃないかな。
3.”許せない”を手放すために実践した3ステップ
では、
何かが許せない、何かを見ると嫌な気持ちになる
というのはどうやったら減らせるのか。
僕が試した3ステップはこちら。
1.許せない出来事の共通点を探す
許せないと感じた出来事に共通するのは何なのか。
僕の場合は総じて「公共のルールやマナーを守っていないこと」。
共通点が見えてきたら、僕が何を嫌がったのかを探る。
厳しくルールを守らされたことが嫌だったんだな
本当は少しくらいふざけて生きてみたかったんだな
ここに気づくことができた。
2.自分の中の前提で判定するのを止めてみる
「迷惑だなぁ」「嫌だなぁ」と、
自分の価値観で判定したと思ったら、そこで立ち止まる。
歩きスマホを見かけたら、
「まぁ、気になることもあるよね」とつぶやいてみる。
歩き煙草を見かけたら、
「吸いたくなる時もあるよね」とつぶやいてみる。
3.自分が普段から我慢していることを止めてみる
少しくらいふざけたり、くだけたりしてラフに生きてみる。
必要以上にきっちりしていたことを適当にやってみる。
「こんなもんでいいか」。
そうやって、ラフに生きる感覚を少しずつ身につけていく。
4.”許せない”を手放すと、心が安定する
自分が感じた"許せない"の正体を探っていくと、
何かに囚われ感情を持っていかれることが減ってくる。
自分がコントロールできないことで消耗し、
気持ちが激しく上下することも減り、
少しずつ心が安定してきたように思う。
自分が何を我慢しているのかも見えてきたから、
生きやすくなるための方向性も決められる。
自分の中の、厳しい前提に気づき、緩めていく。
そのために、僕は「そんな時もある精神」で生きてみる。
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