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2019年05月25日

双子のみかんの気持ちになる。

先日行ってきた父方の祖父母の家は元々すごく古い、
トタンとベニヤ板を組み合わせたような家だった。

僕が小学性になるかどうかのタイミングで改築して、
外装も青くしてきれいになった。

→帰郷。
じいちゃん、ばあちゃんへ。
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/180/0

改築する直前あたりで、1つ忘れられないエピソードがある。



季節は確か秋口か、寒くなってきた頃。
夕食後にみかんを食べていた。

皮をむいて、房を見てみるとたまに、
1個の独立した房になりかけなのか、
大きな房の傍らにちょっと小さな房が付いていた。

それを見つけた母か、祖母のどちらかが
ちょこんと付いてる小さな房に、こう言った。

「あ、双子ちゃんだね」



それを聞いた瞬間、僕は大泣きした。

双子ちゃんを食べるのかわいそう。
大きくなってから逢いたかった。
でも他の人じゃなく、僕に逢いに来てくれて嬉しい。

そんな思いが溢れて、ぼろぼろ泣いた。

大粒の涙を流す僕に、母か祖母が
「どうしたのそんな泣いて。」と言った。

その後、双子のみかんを食べたのか、
悲しくて食べられなかったかは憶えてない。
どっちだったろう。



これが確か5歳くらいの出来事。
僕は何に対しても、ものすごく感情移入し易い。

長年愛用してきた電子ピアノを売却した時も、
→「電子ピアノとお別れ。
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/116/0

二度と逢えないかも知れない別れのシーンを見た時も。
→「もらい泣き、もらい号泣。
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/124/0

思い入れのあるものに対しては、
本当にその物本人(?)の気持ちになる。

双子みかんの件、あの時の僕は本当に
双子みかんの気持ちになってたんだと思う。



だからなのか、僕は物持ちがいいと言われる。

高校時代からずっと使ってるバスケ用のアンダーシャツ、
中学校指定の体育用ジャージ上下、高校指定の(同)
高校の文化祭で作ったクラスTシャツ

10年以上、下手したら人生の半分以上
ずっと使ってるものは他にもある。

最近まで断捨離が下手で、
思い入れのある物の気持ちになってしまって
なかなか売ったり捨てたりできなかった。

もったいない、まだ使えるから、ではなく
捨てられるのがかわいそうだから。



ここ数年でようやく、いらなくなったものには
お別れを言ってから手放すことができるようになった。

しかたないさ…物はいずれ捨てられる運命にある…
要はそれまで大事に使ってやる事さ。

「地獄先生ぬ〜べ〜」 8巻 62話”百鬼夜行” より


食べ物、使う物、何にでも、
僕はきっと「捨てられる」「無くなる」ことに敏感で、

自分が捨てられることへの不安を
心に映し出しているのかも知れない。

今でも、みかんを食べる機会があると
改築前の古い家と、皮に隠れた双子を思い出して
懐かしい気持ちになる。


posted by 理琉(ワタル) at 22:48 | TrackBack(0) | 生き方

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自閉傾向の強い広汎性発達障害。鬱病から再起後、低収入セミリタイア生活をしながら好きなスポーツと創作活動に没頭中。バスケ・草野球・ブログ/小説執筆・MMD動画制作・Vroidstudioオリキャラデザインに熱中。左利き。 →YouTubeチャンネル
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