こちらが今回の後編になります。間違えた方は前記事へ。
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「このお社は、元々この辺りを護る鎮守の神様を奉るものでな、昔はこの辺りの百姓達にそれは大事にされておったのじゃ・・・。」
・・・老婆の話は、次の様なものだった。
この社に祭られていた神は巫女神、つまりは少女の姿をした神で、天神(あまつかみ)にこの辺り一帯の鎮守を任されていたのだという。
その巫女神は非常に情に厚い性格で、土地の鎮守をこなすと共に、そこに住む人間達にも並々ならぬ心配りをしていたらしい。
日照りが続けば、天を渡って雨師(雨の神)の所へ行って雨を降らしてくれる様に頼み、村で子供が神隠しにあったと聞けば、鞍馬の大天狗のもとへ赴いて子供を親元へ返す様に迫ったと言う。
当然、そんな巫女神は民達の信望も厚かった。
社には参拝する人々が日々絶える事なく、その御前には彼女を慕う子供達の遊ぶ声がいつも響いていた。
ところがある日、一つの事件が起こる。
彼女の美しさに心惑った一人の若者が、彼女を己だけのものにしようと、社の中から御神体を盗み出してしまったのだ。
もちろん、他の人々はいたく憤慨し、若者を責めたが若者は頑として御神体を返そうとはしなかった。
では、当の巫女神はどうしたか。
心優しい彼女は、自分をかどわかした若者すらをも罰しようとはしなかった。
彼が自身で過ちに気付いてくれる事を信じ、ただひたすらにその処遇に耐えていた。
しかし、それを良しとせぬ者がいた。
巫女神には、その身を護る一柱の“護鬼”が仕えていた。
主人の過ぎた優しさのを補うかの様に、非常に荒々しい性をした護鬼であった。
護鬼は若者の所業に怒り狂い、“祟り”を成し始めた。
その様は凄まじく、若者は僅か数日で気を病み、とうとう狂い死んでしまった。
それ見たことかと同情する者はなかったが、一人、その死を悼み悲しむ者がいた。
誰あろう、囚われの身となっていた巫女神である。
彼女は、最初に自分が毅然と若者を諭していれば、こんな結果にはならなかったと嘆き、悲しみの果てにとうとう鎮守の座を辞して姿を消してしまった。
人々は彼女が戻ってくる事を願い、新しい御神体を作って社に奉納した。
しかし、結局彼女が戻ってくる事はなく、いつしか社の事は忘れられ、寂れるままに放置されて今に至るという事だった。
「・・・つまり、今この社は空座という訳ですね?なのに、何故今だに祟りがあるなどという話が残っているのですか?」
いつの間にかメモ帳など取り出し、熱心に記帳などしているレオ。
「・・・護り鬼様じゃよ・・・。」
声を潜めて、雰囲気タップリに話す老婆。
何か、こっちも興に乗ってきたらしい。
「巫女神様はいなくなっても、護り鬼様は今だこの社におる。この鎮守の社をお守りしながら、巫女神様のお帰りを待っておるのじゃ・・・。」
「どうして、そんな事が・・・」
「あるからじゃよ・・・。」
「え・・・?」
レオの問いに、ニタリと笑って老婆は答える。
その様は、陰にこもって物凄い。
「じつはのう、今から三十年ほど前に、“ここ”も潰して田んぼにしてしまおうと言う話があったんじゃ。ところが・・・」
「ところが・・・?」
ゴクリと息を呑むレオ。
その表情は、真剣そのものである。
「いざ工事が始まると、不可解な事が立て続けに起こった・・・。機械が突然壊れたり、関係者が事故に巻き込まれたりとな・・・。」
「・・・ふむふむ・・・。」
皆を待たせている事も忘れて話に聞き入っているレオに、さつき達はますます嫌〜な顔をする。
「・・・完全に、エンジン入ってんな・・・。」
「・・・みたいね・・・。」
「・・・やばいか・・・?」
「・・・うん・・・。」
そんな事をポソポソ言い合うさつき達を他所に、老婆の話は佳境に入る。
「そして、ついにこの土地の地主が病で亡くなってしまったのを機に、計画は白紙に戻されたのじゃ・・・。」
「うぉおおお!!王道ですねぇー!!」
興奮するレオ。それを見て、老婆はまたニタリと笑う。
「しかしのぅ、それで終わりではない。」
「と、申しますと?」
「それからも、祟りの話は絶える事はなかったのじゃ。」
「何と!?」
「どこそこの誰が、お社の屋根を壊して交通事故にあったとか、だれそれの家の子供が鳥居に落書きをして病気になったとかいう話が、今でも年に数回、耳に入る・・・。“いらっしゃる”のじゃよ・・・。護り鬼様は、今でも確かにここに・・・。」
そこまで話すと、老婆はよっこらせ、と腰を上げた。
「いいかい?今言った通りじゃ。そのお社に手を出してはいかん・・・。己の身がかわいいのならな・・・。くっくっくっ・・・」
そう言って、不気味な笑い声を残しながら老婆は立ち去っていった。
結局、最後までノリノリであった。
「・・・・・・。」×5
辺りに流れる、しばしの沈黙。
そして―
「フ、フフ、フフフフフ・・・」
レオが先の老婆もかくやといった、不気味な笑い声を上げる。
「こんな所に、僕も知らない怪奇スポットがあったとは・・・!!これぞまさしく天の与えたもうた僥倖!!どれ、さっそく・・・。」
レオが獲物を物色する野獣の如き目を、社に向けた。
―と、
ガシィッ
「な、何ぃいいいい!?」
彼の身体を、さつきとハジメが背後から羽交い絞めにしていた。
「ハジメ!!さつきさん!!一体何を・・・!?」
「レオく〜ん。もう少しで日が暮れるわ〜。」
「暗くなる前に、帰んね〜とな〜。」
その顔に引きつった笑いを貼り付けながら、さつきとハジメはレオの身体を引きずって行く。
「ま、待ってください!!僕はここの調査を・・・!!」
必死の形相で抗議するレオ。しかし―
「“それ”が駄目だってのー!!」
「お前が“それ”をやると、いっつもろくな事にならねーんだよ!!」
息ぴったりに叫ぶ二人。
こっちも、かなり真剣な表情である。
よほど、思う所があるのであろう。
「い、いやだ!!僕は研究がしたい!!研究がしたいんだぁー!!」
響く雄叫び。そして―
ズ・・・ズズズ・・・
「ちょ・・・ちょっと!?」
「こ、こら!!お前!!」
何と、その身に人二人を張り付かせたまま、レオがジリジリと前進し始めた。
「ど、どうなってんのー!?」
「お、お前なぁ!!いつもは弱っちいくせに、何でこんな時だけ・・・!!」
二人の必死の叫びも空しく、レオの前進は止まらない。
何というか、凄まじい執念である。
正直、少し、怖い。
「フハハハハハ!!心霊研究家の探究心を馬鹿にしてはいけません!!さあ、諦めてこの手を離しなさい!!」
勝利の哄笑をあげるレオ。
一方、敗色濃厚なさつきとハジメ。
「こ、このー!!」
「させるかぁー!!」
迫り来る絶望の時を前に、最後の力を振り絞る。
しかし、自称「校内一の心霊研究家」の足は止まらない。
もはやこれまでかと思われたその時―
ガツコンッ
酷く鈍い音が、辺りに木霊した。
・・・レオの頭の上に、水のたっぷり入ったバケツの底が、餅つきの杵よろしく叩きつけられていた。
眼鏡のガラスに、ピシリと入るひび。
「がふっ!!」
一拍の後、短く息を吐いて、ぶっ倒れる心霊研究家。
一瞬宙に浮いたバケツの取っ手を、白い手がパシリと掴む。
「だめですよ、レオさん。皆さんの言う事はちゃんとお聞きしませんと。」
この所業の張本人、恋ヶ窪桃子は重いバケツを片手で持ちながら、地に伏したレオにそう語りかける。
当然と言うか、答えはない。
「・・・何も言わないと言う事は、OKという事ですね。ありがとうございます。」
そして桃子は、傍らで茫然としていたさつきとハジメに、その朗らかな笑顔を向ける。
「レオさんも納得してくれた様ですし、帰りましょうか?」
「「は・・・はい・・・。」」
引きつった笑いを浮かべ、そう答えるさつきとハジメ。
・・・しかし、彼らは知らない。
自称「校内一の心霊研究家」の執念。それがいかほどのものであるかを・・・。
傾く夕日の中、バケツの中でメダカが一匹、ピチョンと跳ねた。
続く