こちらが今回の後編になります。間違えた方は前記事へどうぞ。
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「キャアアアアアッ!!」
悲鳴を上げて顔を覆うさつき。
成す術なく、茫然とその様を見つめるハジメ。
桃子はこの後に繰り広げられるであろう惨劇を見せまいと、敬一郎を胸に抱きしめその目を閉じる。
しかし―
惨事の到来を示す鈍い音はいつまで経っても訪れず、代わりに響いてきたのは―
「ありゃりゃりゃりゃーっ!?」
そんな間の抜けた声。
「へ?」
「は?」
皆がポカンとして上を見てみると、
「ちょ、ちょっと、何ですか!?これー!!」
ズボンを枝先に引っ掛けたレオが、お尻を半出しにした状態でぶら下がっていた。
「・・・・・・。」×4
今ここに至って、あまりと言えばあんまりなその展開に、皆が言葉を失う。
何か、色々台無しである。
「よし・・・。思った通りだぜ!!」
会心の笑みを浮かべながら、天邪鬼が言う。
「・・・何だよ・・・。あれ・・・?」
「どういう事な訳・・・?」
何処か遠い眼差しでその様を見ながら、ハジメとさつきが問う。
「ああ、それはだな・・・ほれ。」
天邪鬼はしばし辺りをキョロキョロすると、何かを指した。
「?」
そこにあったのは、チョロチョロと流れる小川。
この間、皆でメダカを採った川である。
それは角度的に、丁度木にぶら下がったレオの姿が映り込む位置にある。
促され、さつき達がそこを覗き込むと―
そこには爪先にズボンを引っ掛けてレオをぶら下げる、おとろしの姿。
「な、何やってんの!?こいつ!?」
「見てのとおりだよ。」
言いながら、天邪鬼は再び上を見上げる。
「あいつを・・・レオを守ってんだ・・・。」
「・・・へ・・・?」
「どういう事!?おとろし(あいつ)って、レオ君に祟ってたんじゃないの!?」
「オレも最初はそう思ってたんだがな・・・。どうやら事情は逆の様だぜ。」
「え・・・?」
天邪鬼は言う。
おとろしは、社の護り鬼である。
その役目は確かに社を、様々な厄災から守る事にある。
しかし、それと同時におとろしはその社の主である“神”の忠実な使いでもある。
その主からは決して離れず、その命には常に忠実に仕えるのだと言う。
ならば、ここで疑問が一つ。
ここのおとろしは、何故主である巫女神がこの社を発った時、それに付き従わなかったのか。
確かに社を守るのがその役目とはいえ、それも主あっての社である。
主がそこを発てば、それはただの空家に過ぎない。
それを、主よりも優先して守る理由など、おとろしにはない。
「じゃ、じゃあどうしてあのおとろしは・・・!?」
「考えられる理由は一つだけだ・・・。」
「理由・・・?」
「命じられたんだよ。あいつの主の、巫女神とやらにな。」
曰く、原因は社に残された御神体にあるのだと言う。
ここに奉納されていた御神体は巫女神の姿を模ったもの。つまりは“人形(ひとがた)”である。
古来より、人の形を模したものには“もの”が宿りやすいと言われている。
まして、空座となるとは言え、もとは神が座していた強力な霊的磁場。
そこに置かれた人形。力の残滓に惹かれた“何か”が入り込むのは、ある意味必然であったのかもしれない。
賢しい巫女神(彼女)は、それを予見していたのであろう。
そして、“それ”がこの地の人々に災いを振りまくのを憂えた。
故に、自分の忠実な式であるおとろしに命じたのだ。
ここに残り、この場に宿るであろう悪しきものから人々を守れと。
その命に従い、おとろしはこの社に残ったのだ。
訪れた厄災に睨みを効かせ、かつ無辜の人々がいたずらにそれに触れぬ様にと。
「そ、それじゃあ、あの社に悪戯しようとした人達が祟りにあったって話は!?」
「おとろし(あいつ)が追っ払ってたんだよ。深入りして、畑怨霊(あれ)にとっ憑かれない様にな。もっとも・・・」
天邪鬼は呆れた様に苦笑する。
「レオ(アイツ)の知的好奇心ってやつには負けたみたいだがな・・・。」
唖然とするさつき達。
次に継ぐ言葉もない。
「で、でも、それなら、なぜおとろしさんはあの畑怨霊(はたおんりょう)自体を退治してしまわないのですか?神様のお使いなら、その程度の力ぐらい・・・」
桃子がかける問い。
それは、皆が思った事である。
干渉しようとする人間を害して追い払うくらいなら、何故そもそもの元凶である畑怨霊(はたおんりょう)を滅してしまわないのか?
「・・・御神体のせいだな。」
しばし考えた後、天邪鬼はそう答える。
「御神体?」
「ああ、畑怨霊(やつ)はあの御神体の中に入っちまってる。形だけのもんとは言え、自分の主を形どったものだからな。おとろし(あいつ)にゃ手が出せねぇんだ。」
「え・・・?」
それを聞いた桃子が、何かを思いついたように考え込む。
「という事は・・・」
その時ー
「うわぁああああああー!?」
突然頭の上からそんな声が響いてきた。
「あ、レオ兄ちゃん!!」
「素で忘れてた・・・」
見れば、枝先から外れたレオがこちらに向かって落ちてくる所だった。
もっとも、落ちると言っても真っ逆さまに落ちてくる訳ではない。
途中途中で不自然に枝が曲がり、バサンバサンとクッションになっている。
そしてー
ドサンッ
「いてっ!!」
盛大に尻餅をついて落ちるレオ。
コロコロン
その拍子に、何かがレオの懐から転がり落ちる。
「あ!!」
「あれは!!」
それは紛れもなく、今回の凶事の根源たる少女の像。
「触るな!!下がれ!!」
天邪鬼が叫ぶ。
「!!」
思わず距離を取るさつき達。
しかしー
「う、うわぁああああああああああっ!!」
突然上がる奇声。
そして、道端に転がった"それ"に駆け寄る影が一つ。
「レ、レオ君!?」
「ば、馬鹿野郎!!」
像を拾い上げようとするレオを、さつきとハジメが慌てて押さえるがー
「離せ!!離せ!!離せぇええええっ!!」
「うわっ!?」
「キャアッ!!」
半狂乱の態を様するレオに、あえなく振り飛ばされてしまう。
「この娘は僕のものだ!!僕だけのものだぁ!!」
狂気すら感じさせる声で叫ぶと、レオは像へと手を伸ばす。
しかし、その手が像へと触れようとしたその瞬間ー
パシッ
横から伸びた手が、レオのそれよりも早く像を奪い取った。
「!!」
「も、桃子ちゃん!?」
「何を!?」
皆が驚く中、像を持った桃子は道端へとかけて行く。
その先にあるのはー
「!!、うわぁああああああああああっ!!」
「キャアッ!!」
響き渡る悲鳴。
何かを悟ったのか、レオが悲鳴の様な声を上げて桃子に襲いかかっていた。
「やめろやめろやめろやめろ!!返せ返せ返せ返せ返せぇえええええ!!」
裏の返った声で叫びながら、桃子の髪を鷲掴みにし、その細い首に手を伸ばす。
「ちょっ、レオ君!?」
「何やってんだ!!馬鹿!!」
慌ててレオを抑え込むさつきとハジメ。
その隙に、桃子は再び走り出す。
とー
ザワァアアアアアア・・・
「!!」
突然、手元から立ち昇る悪寒。
見れば、手にした像の目から、口から、大量の髪があふれ出していた。
黒く干からびたそれが、みるみるうちに桃子の身体に絡み付いていく。
オォオォオオオオ・・・
それと同時に、耳朶に響き始める慟哭とも呻きともつかない声。
視界を覆う髪の群。
目の前でその中心がグリンと返り―
赤黒く干割れた顔が現れる。
オォアァアアアア・・・
桃子は見る。
眼球の無い目。
その、がらんどうの眼孔の中。
ガクリと裂けた口。
そこにぬめる、紫色の舌の奥。
そこで蠢く、無数の何かを。
桃子は思い出す。
天邪鬼は言っていた。
畑怨霊(これ)は、飢饉で飢え死にした者達の霊が寄り集まったものなのだと。
ならば。
ならばこれは。
その非業の死を遂げた者達。
その成れの果て。
天に昇華する事も。
地に還る事も叶わずに。
”あちら”と”こちら”の狭間を彷徨い続ける存在。
そんな彼女らが言っている。
”お前も来い”と。
”共に彷徨おう”と。
繰り返し。
繰り返し。
延々と。
延々と。
誘う。
いざなう。
いつしか、怖気を誘うだけだったそれは、甘い響きとなって耳に響き始める。
おいで。
おいで。
甘い。
甘い囁き。
意識が揺らぐ。
誘われる。
そちらへ。
わたしも、そちらへ。
足が、そちらへと踏み出しかける。
その時―
ズキィイインッ
不意に走った激痛が、桃子の意識を我に帰した。
見れば、右足に組みついた天邪鬼が、そこに鋭い牙を突き立てていた。
「馬鹿が!!そこまでやって呑まれてんじゃねぇ!!さっさとやっちまえ!!」
口から朱い飛沫を飛ばしながら、天邪鬼が叫ぶ。
「は、はい!!」
桃子はそう言うと、手にした像を思い切り振りかぶった。
オォアァアアアア!!
”彼女ら”が叫ぶ。
だけどもう、惑わされない。
捕らわれない。
「うわぁああああああああああっ!!」
後ろで、レオが叫ぶ声が聞こえた。
だけど、それにも構わない。
桃子は、振りかぶった"それ"を、力一杯振り下ろす。
その先にあるのは、一つの大きな石。
パッカァアアアアン
石に叩きつけられた像が、乾いた音を立てる。
飛び散る破片。
白木で作られたそれは、石の硬さに抗う術もなく、酷くあっけなく砕けて散った。
続く