はい。こちらが今回の後編になります。間違えた方は前記事へどうぞ。
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「へ、へえ・・・。そんな事があったんだ・・・。」
時は昼時、場所は給食時間の天の川小学校。
湯気を立てるシチューの乗ったトレイを机の上に置きながら、さつきは引きつった笑みを浮かべる。
その視線の先には、絆創膏だらけの傷だらけになったレオの姿。
四時間目の終業間際、教室の戸を開けて入ってきたレオ。それを見て、担任の教師が口にしたのは叱責ではなく、保健室に直行する様にとの御達しであった。
「ま、まあ、運の悪い日ってのは誰にでもあるもんだからな。気にすんなよ・・・。」
さすがのハジメも、この惨状を前にしては軽口を叩く気にもなれないらしく、そんな言葉で茶を濁す。
「・・・全く、散々でしたよ・・・。」
レオは憮然としながらトレイを机に置き、椅子に腰掛ける。
途端、
バキンッ
ガシャーンッ
教室の中に高らかに響く音。
椅子の脚が折れたのである。
盛大に転倒したレオの上に、引っくり返ってきた給食のトレイが襲い掛かる。
「アチャチャチャチャッ！！」
熱々のシチューを頭から引っかぶり、飛び上がるレオ。
思わず自分の机に手を突く。
ベキンッ
ゴチャアアアアンッ
・・・机の脚が折れた。
再びシチューの海に沈むレオを前に、ただ顔を引きつらせるしかないさつきとハジメであった。
その後もレオは、無数の災難に襲われ続けた。
理科の実験をすれば、明らかにオーバースペックな火柱を吹き上げるアルコールランプに髪を炙られかけ、思わず仰け反った拍子に後ろにあったメダカの水槽に頭を突っ込む。
廊下を歩けば、二階であるにも係わらず窓から飛び込んできたサッカーボールが顔面に当たり、ぶっ倒れて後頭部を打ったその顔スレスレに蛍光灯が落ちてくる。
掃除をすれば濡れ雑巾に滑って転び、そのまま清掃用具入れに突っ込んだ挙句に倒れてきたモップの柄で股間を強打する。
挙句の果てに、トイレに入れば詰まった上に紙がない。
初詣のおみくじで、大凶を引いた年の天中殺の日に、十三日の金曜日と仏滅が重なり黒猫が目の前を横切って下駄の鼻緒が切れた時でも、ここまでの災難には見舞われまいというのがさつきやハジメ達の結論だった。
「柿ノ木君、大丈夫？」
午前中にも増して傷だらけになったレオを見て、今井ミオは心配そうにそう声をかけた。
今は放課後。ハジメとレオはさつきの飼育委員の仕事に付き合い、飼育小屋に来ていた。
「ええ・・・まあ、何とか・・・」
地肌が見えない程の絆創膏に覆われた顔を撫でながら、レオはぼやく様にそう答える。
「だけど、ちょーっと・・・っていうか、かなり変よねぇ・・・。何か・・・」
そう言いながら、ウサギに餌を与え終わったさつきがミオとともに小屋から出てくる。
「そうだよなぁ・・・。変だよなぁ・・・。これじゃまるで・・・」
餌のキャベツをボールの様に両手で弄びながら、ハジメも言う。
「「何かの“祟り”みたい。」」
ギックゥウウウ
二人の言葉に、硬直するレオ。
「ん？どした？レオ。」
怪訝そうな顔をするハジメに、レオがゆっくりと顔を向ける。
ギギギ・・・という擬音でも付きそうなギコチナイ動きである。
「レ・・・レオくん？どうかした？」
「い・・・イえ，何でモありマセンでございマスデスよ・・・。」
・・・あからさまに挙動不審である。
「・・・サ、さあ、ソれでは早ク帰りまセウか。日が暮レテしまいまふ・・・。」
そう言いながら、ギクシャクと動き始めるレオ。
―と、
ズルン！！
「うえっ！？」
その足が、落ちていたキャベツの葉っぱを踏んで滑る。
そのまま、前のめりに傾いでいくレオの身体。
（ま・・・また！？）
思わず目を瞑るレオ。
しかし、その顔面が冷たい地面に激突する事はなかった。
代わりにその顔を受け止めたのは―
フニン
温かく、柔らかい感触。
「・・・へ・・・？」
訳が分からず、自分が顔を埋める“それ”を手でまさぐってみる。
フニ
フニ
フニ
マシュマロの様な、心地よい弾力。
「？？？？？」
一体何かと思い、身を引いてみると―
目に入ってきたのは、ピンクの生地と可愛いウサギのワッペン。
「・・・・・・！！？」
一拍の間。
やがて、混乱した頭がそれが何かを理解する。
途端、一気に顔が赤くなり、続いて一気に青ざめる。
恐る恐る顔を上げると、そこには目を丸くしてこちらを見つめるミオの顔。
つんのめったレオは、その勢いのまま、ミオの胸へと顔を押し付けていたのである。
見る見る朱に染まるミオの顔。
・・・彼の名誉のために断言しよう。
他意はなかった。
やましい気持ちなど、微塵もなかった。
全ては偶然であり、紛れもない事故であった。
それは確かである。
しかし、偶然であろうとなかろうと、故意であろうとなかろうと、世の中には容認出来るものと出来ないものとがある。
そして悲しきかな、これは後者の方だった。
「きゃあああああっ！！」
ドンッ
顔を真っ赤にしたミオが、レオを力いっぱい突き飛ばす。
「でぇえええええっ！？」
突き飛ばされたレオはその勢いのまま―
ガシャッシャーンッ
ウサギ小屋の隣にある鶏小屋の金網を破り、その中へ頭を突っ込んだ。
「う・・・うぅん・・・。」
舞い散る羽毛の中、幾つもの星が頭の周りで回るのを観測するレオ。
―と、刺す様な視線を感じて正気に戻る。
気付けば、彼を見つめる・・・否、睨みつける、無数の金色の目。
そう。レオは、小屋の中の鶏達に取り囲まれていた。
彼を囲む輪の中から、一羽の鶏が進み出る。
大きな鶏冠を持った、立派な雄鶏であった。
『コォー、コケッケコ・・・（よお、兄さん・・・）』
剣呑な響きを持って響く、その声。
『ケッケコケココ、ココッコケケコッコ・・・（ワイらのミオ姉さんに、またえらい事してくれたのぉ・・・）』
生憎と鳥類と哺乳類。
言葉の壁は厚い。
しかし、その言葉にこもる怒りの色は十分に通じる。
『コケッケッコ、ケッケーコケコケコ。コケケッコケケコ・・・。ケケケコッコ、ケケコッコー・・・？（そりゃあ、女神の様にお綺麗なミオ姉さんの事や。雄としてたまらんようなる気持ちも分かるがのう・・・。男と女の間柄には、もっと守らにゃあならん道理ってぇものがあるんじゃないかのう・・・？）』
ズイッ
雄鶏が、金網にはまったまま身動きの取れないレオに、自分の顔を寄せる。
『コケ、コケケッコケコココ、ケケコケコ・・・（まあ、ミオ姉さんを傷物にした責任は、とってもらわなきゃならんのぉ・・・。）』
雄鶏の目が鋭い光を放つ。
そして―
『コケッ、ケケッコケー！！（野郎共、やっちまいな！！）』
『コケコッコォー！！（合点だー！！）』×９
バサッ バササササッ
「ひ、ひぇえええええーっ！？」
繰り広げられる惨劇。
その中に、哀れな犠牲者の悲鳴が響いた。
続く
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