2024年1月26日現在カテゴリー枠173,557人中8位に評価
順位。
ブログの評価順位の事である。
数年前から1位から余り入れ替わりがなく、文書も酷い物が多い。
私の記事が高順位にならないからいう訳ではないが、よくぞこんなものがトップグループにという物がある。
まともな物もあり、流石だなと感じる物もあるが私のエントリーしているクラスは大したことはない。
昨年5月に順位について投稿し、暮の12月にカテゴリー枠の人数も増えてきたので、8月から自分のくくりの中で300番以内から400番以内迄と拡大し別のページに取りまとめて来た。
そして投稿記事に対してその枠内に入れた(≒高評価)確立を表示投稿した。
ブログ投稿し出して足掛け4年、初年度は時分の設定した枠内に1件の記事すら入らなかったものの、次年度から徐々に枠内に入ってきて、昨年は投稿記事の7割以上が取り敢えず高評価を得て来た。
高評価を得る手段も、ある程度判って来たような気がする。
決めつけることは出来ないが、文書の善し悪しは3,4割か。
仮にプロの作家さんが書いてもトップ評価を得る事はまずないであろう。
そもそも文書ではないような、そう3,4割が文書力であろうから。
では何が、高順位を受ける事に繋がるのか。
アクセス数と閲覧者数が大きく物を言い決定づけるのではなかろうか。
だから、その辺りは自分の努力でもある。
4年を過ぎて漸く判ったのもどうかなと思うが、それはそれで良いのではないかと思うに至った。
レビューのマイルームの【イイね】数を伸ばすべく、他人をフォローする事を積極的にやれば、それらの人達が私のブログの存在に気が付き、見てくれる=アクセス数が伸びる=高評価と言う図式が見えてくる。
これが全てではないにせよ、骨格をなしている事は事実であろう。
だから以前投稿したように、新人の歌手が小さなレコード店でも、スナックでも宣伝の為に出向き店頭で握手会、持ち歌の披露を地道に繰り返し中央に進出する努力をしていると。
そんな訳で近頃マイルームをしっかり見て、自分を【イイね。フォロー】してくれた人をお返し【イイね。フォロー】しているのである。
その結果であろうと思われるが、その湯にし出してから常に高評価を得てきているので別ページに取り分け保存の必要がなくなり、2024年からは一切保存管理していない。
今日は2024年1月21日であるが4ヶ月以上の長きにわたり、カテゴリー枠173,000件の内300番内からはみ出す事は無くなって来た。
気にしないようでいて気にしているのかもしれない。
なにしろ数字がハッキリ表示されてくるのだから嫌でも目に付く。
100番、50番以内に評価を受けると悪い気はしない。
しかし、その場だけの感傷である。
なにしろ文書内容に関係ない処で評価実績が翌日発表されるのだから。
全ての記事とその評価順位を記録に残してあり、それらをじっくり見るとそれが真実である事が歴然。
※
2023年12月19日5位、2024年1月11日6位、1月26日8位と174,000人弱の中からの評価順位である。
但し、その記事の内容からしたらやはりおかしい。
昨日の【小事は大事に、大事は小事に】と題した記事は多少なりとも趣があるにしても前記2件の記事内容は三文記事に等しい。
単に、その日アクセス数が多かっただけの事である、そのアクセス数にしても前日からの私の他のブロガーに対しての接触数が多かった事と、接触した殻らの対応が良かっただけの事である。
所詮、この評価は記事内容の出来不出来に殆ど関係がない事が証明できた。
これは、寂しい事である。
それでも、今後も投稿し続ける事であろうが他に移ってみればの意見にも心が動く事は事実であるが、今はその手段が判らない。
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