2013年04月08日
128. 小川洋子 佐野元春・アンネの日記 「サワコの朝」
小川さんは28歳のとき「妊娠カレンダー」で芥川賞受賞。
41歳で発表した「博士の愛した数式」は2006年に映画化され、累計200万部の大ベストセラーになりました。
デビューして25年。ほぼ毎日机に向かう毎日で、「いつも書きかけの小説が頭の中にある」とのことで、「起きてすぐ机に向かって小説が書ける」状態です。
奥様と小説家を見事に両立させています。
「記憶の中で今もきらめく曲」は
「アンジェリーナ」佐野元春
佐野元春さんがデビューしたころは、小川さんが大学進学のため上京したころと一致しています。
小説家を目指し大学生活を送り始めたときに佐野さんの楽曲に出会い、「素晴らしい!天才だ。いつか小説家になってお会いできたらどんなにいいだろう」と思いました。
歌詞「ニューヨークから流れてきた、さびしげなエンジェル。今夜も愛を探して…」という一節に物語的な客観性を感じ「こんなふうに小説を書けばいいのでは」とサジェスチョンをもらいました。
夢は叶います。
小川さんが作家としてデビューして10年、「佐野元春の歌をもとにして連載をしませんか?」というなんとも夢のような企画が持ち込まれました。
アガワさんいわく「好きだという人の弱みにつけ込んで!」確かに。
小川さんは「来た!」と思い、企画が実現。佐野さんとの対談も果たしました。
「私の人生の夢の95%が叶いました」
文学的な環境では無かった
ところでアガワさんのお父さんも小説家です。
小川さんはアガワさんに思うところがあるらしく、「自分が小説家になれるとは思っていなかったので、作家の娘さんというのが羨ましくて…」
小川洋子さんの生家は小説家を生む環境とはほど遠く、読み物といえば「家庭の医学」しかなかったとか。本当ですか?
幼少期の読書は「家庭の医学」で、そこから人体や性的なこと、思春期の心と体等、いろいろなことを学んだそうです。
そういえばドストエフスキーもデビューしてまもなく、政治犯として牢屋で過ごし、読むの許されたのは聖書だけだったとか。それが後年の「カラマーゾフ」などに繋がっていくわけですから、限られた本を精読するのは悪いことではないのでは。
家に本がないので、図書室で本を借り、それを持ちかえって読むのが大きな楽しみでした。
「アンネの日記」では、アンネが架空の人物に話しかける形で心の内側を吐き出しているのを知り、思春期のもやもやを文章に吐露することを学びます。小川文学の出発点です。
小説を書くこと
小川さんにとって小説を書くことは、顕微鏡を覗いているのに近い、とのこと。
「その向こうに宇宙があるんです」
「1から100まで、全部自分が作ったんだ、と思える小説は失敗作だ」とも。
「自分じゃない人が書いたみたいだ…と思える小説を書けたときに幸福を感じる」
作家として円熟の年代を迎え、ますます楽しみな小川洋子さんでした。
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