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2017年05月18日

頸髄損傷って・・・それは突然のことでした

そろそろ忘れかけてきた事も多くなってきたので、書き残さないと という思いが強くなってきた。
記憶は遠ざかっても、身体にはくっきりとした傷痕と症状はある。
頸髄損傷という難治性の受傷、そこからの復帰と自分自身を振り返ったことを書いていきます。





(受傷前日)
2014年12月23日(火)祝日、この日は元々ゴルフの予定ではなかった。思い返せば2014年はゴルフ三昧の年だった。12月14日の笠間カントリーを関東での年内最後として、後は実家(関西)に帰って同級生ゴルフを最後に納める予定だった。これで2014年は53回のプレーで終了!という予定。
そのためゴルフクラブなどは既に実家に送って、あとは残された出勤日と仕事をこなして新年だなって思っていた。

T君からゴルフを誘われたのは、前日に一緒に飲んでいた時。「道具送って無いよ」って言ったけど、毎回一緒に行っているT君はこの年だけでもアイアン・ドライバーを結構買っていて、使うクラブは山ほどあった。
14日の笠間カントリーでのスコアが94。11月のスコアも89が最高で94が2回、100超えが3回。誘われたらいつでも行きたいっていうのがこの頃。
12月は寒いのでゴルフには行かない月だけど、この年はそんなに寒くなかったのかな。

コースはこの年によく行った東京国際空港カントリー。いいスコアが出やすいコース。
この日は苦手なパターが結構良くて88。末広がりで来年に繋がるなぁって思ったのは覚えている。
T君に「このパター頂戴ね」って言ったのも覚えている。
いつもはゴルフの後に地元に帰ってから飲みに行くのだけど、この日はなぜか散会。帰った時間が早かったし。
年賀状を書かないといけなかったので丁度良かった。家のプリンターは年賀状にしか使わないので、毎年インク詰まり。この年はネットで頼んで印刷済みだから、宛名を黒で印刷するだけ。

ところが黒インクも霞んで出ない!?仕方ないので手書きで。毎年出すのは80枚程度。手書きって疲れる、普段字を書かないから。40枚書いたところで19時。疲れたから残りは一杯飲んでから書くかってことで、近所の居酒屋「Y」に顔出すことに。週1位しか行かない店だけど、ちょうど年内最後の“出勤”になるかな。

「Y」のマスターといつものようにTV見ながら話して、その他に馴染みのお客さんはいたかな?覚えていない。2時間弱飲んで、家でゆっくり「何でも鑑定団」を見ながら残り40枚を終わらせようと帰宅。
書き終えたのが鑑定団終了くらいかな。そのあとニュースを少し見て、早めにベッドに。
翌日の仕事は午前に渋谷で打ち合わせ、その次の日から大阪出張でそのまま帰省。帰省したら同級生ゴルフ・両親と姉夫婦との温泉旅行、1月3日には何十年ぶりかの中学の同窓会とこれまでにない楽しい予定が待っていた。

「Y」ではいつもより少なめで生ビール1杯と焼酎3,4杯くらい。そんなに水分を採っていないのに翌朝24日の5時すぎに小用で目が覚める。いつも6時起きなのでガマンしようかとも思ったけど、トイレに行ってすぐベッドへ。それから、やっぱり寝られない。6時を待ちながら少しウトウト。





(受傷当日)
6時ジャスト、いつもの目覚まし音で目が覚めて、ベッドの横のタンスの上の目覚ましを半身起こしで止める。そして、立ち上がって電気の紐を引っぱった・・・
ここから次の記憶。
あれ、何でオレ倒れているの???ベッド?寝ぼけている?いや、ベッドとタンスの間だな。(ベッドから100センチ横にはタンスがある)滑って転んだのかな、早く起き上がらないと。
あれ、手が動かない。あぁ、身体の下に入っているのかな?あれ、足も動かない。首も動かない。
目で上の方を見ると手の一部が見えた。手が千切れた??
よく見たら少し血も見えた!!!

「どないなってんねん?」関西弁がつい口に出る。もがいたのは10分位。でも自分がどんな状況か全くわからない。
僕の寝室はベッドと服関係(タンス・ハンガー)の部屋で、ベッドの背板部分から40センチほどでバルコニー。ベッドに沿う状態で倒れていたので、頭の先はすぐバルコニー。
とにかく助けを呼ばないと。大声を出してみる。「助けて」とか「誰か聞こえますか」とか。

自分の声ってテープで聞いたら違和感がありますよね。大声で叫んでいるときも、自分の声でないような…。とにかく叫び続けた、命乞いのために。この時のことがその後の自分の考え方に大きく影響を及ぼす。

僕の住んでいる賃貸は、商売をやっている大家さんのビル。1階が大家さんの作業場、2階が大家さんの住居、3階が2つに分割されて賃貸、4階も大家さんの住居。一見マンションというより4階建ての鉄筋の民家。
洗濯機は外という不便さを別にすれば、35uの広さで収納も多くあり、駅近で安いのでこの時点で7年半住んでいた。

叫び続けたのはどれ位の時間だろう。隣のバルコニーで「○○さんじゃない?」という声がする。これまでは大家さんの次男が住んでいたが家を出て若いカップルが住んで半年くらい。
それでも叫び続けた。大家さんが鍵を開けて入ってきてくれたのは、隣から連絡が行ったからかどうかは判らない。大家さん曰くは「大きな音がして、何があったのかなと思った」と、僕が倒れた音がかなり下に響いたらしい。入居した頃、大家さんは4階で寝ていたと思ったが2階に変わっていたようだった。

助かった・・・。
とにかく動くことが出来ないことを説明し、救急車をお願いする。






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2014年クリスマスイブのプレゼントは最悪でした。 「頸髄損傷」というケガなのか病気なのか・・その症状との戦いの記録と現在の日々をアップします。 (2018年4月追加) 不全の頸髄損傷は「健常な人」に見えます。“ふつうに見える”様に努力をしています。が、反面、「もう良くなったんだ」と思われがち。 骨折とは違い、中枢神経の損傷は完全回復はしないという現実。 「健常に見える」「もっと良くなるよう努力する」「もう治っているんでしょ」の狭間で何とか毎日を過ごしています。
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