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2021年04月02日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,98
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,98
向こうへ着いたのは七時半を過ぎていたので、ダンスは既に始まっていました。騒々しいジャズバンドの音を聞きながら梯子段を上って行くと、食堂のイスを取り払ったダンスホールの入り口に
”Special Dance-admission:Ladies Free,Gentlemen ¥3.00”
と記した貼紙があり、ボーイが一人番をしていて、会費を取ります。
勿論カフェエのことですから、ホールと言ってもそんなに立派なものではなく、見渡した所、踊っているのは十組ぐらいもあったでしょうが、もうそれだけの人数でもかなりガヤガヤ賑わっていました。
部屋の一方に、テーブルと椅子と二列にならべた席が在って、切符を買って入場した者はおのおのその席を占領し、時々そこで休みながら、他人の躍るのを見物するような仕組みになっているのでしょう。
そこには見知らない男や女があっちに一団、こっちに一団とかたまりながらしゃべっています。
そしてナオミが入ってくると、彼等は互いにコソコソ囁き合って、こういう所でなければ見られない、一種異様な、半ば敵意を含んだような、半ば軽蔑したような胡散な眼つきで、ケバケバしい彼女の姿を捜(さぐ)るように眺めるのでした。
「おいおい、あすこにあんな女が来たぞ」
「あの連れの男は何者だろう!」
と、私は彼等に言われているような気がしました。彼等の視線が、ナオミばかりか、彼女の後ろに小さくなって立っている私の上にも注がれていることを、はっきりと感じました。
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
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三国志演義朗読第62回vol,4(全7回)
(^_-)-☆アスカミチル
押忍文学通なりたい人だけ寄ってって!!
■元、県立高校国語教諭30年勤務。
文学士アスカミチルがエスコート。
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三国志演義朗読第62回vol,4(全7回)
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2021年04月01日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,97
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,97
ナオミは衣装をつけてしまうと、
「さ、譲治さん、あなたは紺の背広を着るのよ」
と、珍しくも私の服を出して来てくれ、埃を払ったり火熨斗(ひのし)をかけたりしてくれました。
「僕は紺より茶の方がいいがな」
「馬鹿ねえ、譲治さんは!」
と、彼女は例の、叱るような口調で人睨み睨んで、
「夜の宴会は紺の背広かタキシードに極まっているもんよ。そうしてカラーもソフトをしないでスティッフのを着るもんよ。
それがエティケットなんだから、これから覚えて置おきなさい」
「へえ、そういうもんかね」
「そう言うもんよ、ハイカラがっている癖にそれを知らないでどうするのよ。この紺背広は随分汚れているけれど、でも洋服はぴんと皺が伸びていて、型が崩れていなけりゃいいのよ。さ、あたしがちゃんとして上げたから、今夜はこれを着ていらっしゃい。
そして近いうちにタキシードを拵えなけりゃいけないわ。でなけりゃあたし踊って上げないわ」
それからネクタイは紺か黒無地で、蝶結びにするのがいい事、靴はエナメルにすべきだけれど、それがなければ普通の黒の短靴にすること、赤皮は正式に外れている事、靴下もほんとうは絹がいいのだが、そうでなくても色は黒無地を選ぶべきこと。
どこから聞いて来たものか、ナオミはそんな講釈をして、自分の服装ばかりでなく、私の事にも一つ一つ嘴(くちばし)を入れ、
いよいよ家を出かけるまでにはなかなか手間がかかりました。
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
三国志演義朗読第62回vol,3(全7回)
(^_-)-☆アスカミチル
ご来場、ごっつあんです(*´ε`*)チュッチュ
どうぞーーーーーっ。
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2021年03月31日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,96
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,96
と、鏡の中から私の姿を見るなり言って、片手を後ろの方へ伸ばして、彼女が指し示すソォファの上には、三越へ頼んで大急ぎで作らせた着物と丸帯とが、包みを解かれて長々と並べてあります。
着物には口錦の入っている比翼の袷で、金紗(きんさ)ちりめんというのでしょうか、黒みがかった朱のような地色には、花を黄色く葉を緑に、点々と散らした總(ふさ)模様があり、帯には銀糸で縫いを施した二たすじ三すじの波がゆらめき、ところどころに、御座船(おざぶね)のような古風な船が浮かんでいます。
「どう?あたしの見立ては巧いでしょう?」
ナオミは両手に白粉を溶き、まだ湯煙の立っている肉付きのいい肩から項(うなじ)を、その手のひらで右左からヤケにぴたぴた叩きながら言いました。
が、正直のところ、肩の厚い、臀(しり)の大きい、胸の突き出た彼女の体には、その水のような柔らかい地質が、あまり似合いませんでした。
めりんすや銘仙を着ていると、混血児の娘のような、エキゾティックな美しさがあるのですけれど、不思議なことにこう言う真面目な衣装を纏(まと)うと、かえって彼女は下品に見え、模様が派手であればあるだけ、横浜あたりのチャブ屋か何かの女のような粗野な感じがするばかりでした。
私は彼女が一人で得意になっているので、強いて反対はしませんでしたが、この毒々しい装いの女と一緒に、電車へ乗ったりダンス・ホールへ現れたりするのは、身が竦(すく)むような気がしました。
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
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三国志演義朗読第62回vol,2(全7回)
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「押忍、 ご来場、誠にごっつあんです。」
県立高校国語教諭30年勤務。
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2021年03月30日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,95
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,95
すると私はもう一度その頬を拭いてやり、まだいくらかは濡れている眼玉の上を撫でてやり、それからその紙で、微かな嗚咽を続けている彼女の鼻の穴をおさえ、
「さ、洟(はな)をおかみ」
と、そう言うと、彼女は「チーン」と鼻を鳴らして、幾度も私に洟をかませました。
その明くる日、ナオミは私から二百圓貰って、一人で三越へ行き、私は会社で昼の休みに、母親へ宛てて始めて無心状を書いたものです。
「・・・・・・何分此の頃は物価高く、ニ三年前とは驚くほどの相違にて、さしたる贅沢を致さざるにも拘わらず、月々の経費に追われ、都会生活もなかなか容易にこれなく、・・・・・・」
と、そう書いたのを覚えていますが、親に向かってこんな上手な噓を言うほど、それほど自分が大胆になってしまったかと思うと、私は我ながら恐ろしい気がしました。
が、母は私を信じている上に、倅の大事な嫁としてナオミに対しても慈愛を持っていたことは、ニ三日してから手許に届いた返事を見ても分りました。
手紙の中には「なおみに着物でも買っておやり」と私が言ってやったよりも百圓余計為替が封入してあったのです。
第十話
エルドラドオのダンスの当夜は土曜日の晩でした。
午後の七時半からというので、五時頃会社から帰って来ると、ナオミは既に湯上りの肌を脱ぎながら、せっせと顔を作っていました。
「あ、譲治さん、出来て来たわよ」
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
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三国志演義朗読第62回vol,1(全7回)
【文学通】なりたい人だけ寄ってって!!
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2021年03月29日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,94
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,94
ナオミはいきなり私の頸にしがみつき、その唇の赤の捺印を繁忙な郵便局のスタンプ係が捺すように、額や、鼻や、眼瞼(まぶた)の上や、耳朶(みみたぶ)の裏や、私の顔のあらゆる部分へ、寸分の隙間もなくべたべたと捺しました。
それは私に、何か、椿の花のような、どっしりと思い、そして露けく軟らかい無数の花びらが降ってくるような快さを感じさせ、その花びらの薫りの中に、自分の首がすっかり埋まってしまった様な夢見心地を覚えさせました。
「どうしたの、ナオミちゃん、お前はまるで気違いのようだね」
「ああ、気違いよ。・・・・・・あたし今夜は気違いになるほど譲治さんが可愛いんだもの。・・・・・・それともうるさい?」
「うるさい事なんかあるものか、僕もうれしいよ、気違いになるほどうれしいよ、お前のためならどんな犠牲を払ったってかま構やしないよ。・・・・・・おや、どうしたの?又泣いてるの?」
「ありがとよ、パパさん、あたしパパさんに感謝してるのよ、だからひとりでに涙が出るの。・・・・・・ね、分った?泣いちゃいけない?
いけなけりゃ拭いて頂戴」
ナオミは懐から紙を出して、自分では拭かずに、それを私の手の中へ握らせましたが、瞳はじッと私の方へ注がれたまま、今拭いてもらうその前に、一層涙を滾々(こんこん)と睫毛の縁まで溢れさせているのでした。
ああ、何という潤いを持った、綺麗な眼だろう。この美しい涙の玉をそうッとこ
のまま結晶させて、取って置く訳には行かないものかと思いながら、私は最初に彼女の頬を拭いてやり、その圓圓と盛り上がった涙の玉に触れない様に眼窩の周りを拭うてやると、皮がたるんだり引っ張れたりするたびごとに、玉はいろいろな形に揉まれて、凸面レンズのようになったり、凹面レンズのようになったり、しまいにははらはらと崩れてせっかく拭いた頬の上に再び光の糸を曳きながら流れて行きます。
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
三国志演義朗読第61回vol,8(全8回)
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三国志演義朗読第61回vol,8(全8回)
https://youtu.be/j4HP9B04yu4
2021年03月28日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,93
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,93
「ああ、それあ送ってくれるとも。僕は今まで一度も国へ迷惑をかけたことは無いんだし、二人で一建見持っていればいろいろ物がかかろうぐらいなことは、お袋だって分かっているに違いないから。・・・・・・」
「そう?でもお母さんに悪くはない?」
ナオミは気にしているような口ぶりでしたが、その実彼女の腹の中には、
「田舎へ言ってやればいいのに」
と、とうからそんな考えが在ったことは、うすうす私にも読めていました。
私がそれを言い出したのは彼女の思う壺だったのです。
「なあに、悪い事なんか何にもないよ。けれども僕の主義として、そういう事は厭だったからしなかったんだよ」
「じゃ、どういう訳で主義を変えたの?」
「お前がさっき泣いたのを見たら可哀そうになっちゃったからさ」
「そう?」
と言って、波が寄せて来るような具合に胸をうねらせて、恥ずかしそうに微笑みを浮かべながら、
「あたし、ほんとに泣いたかしら?」
「もうどッこへも行かないッて、眼に一杯涙をためていたじゃないか。いつまでたってもお前はまるでだだッ児だね!大きなベビちゃん・・・・・・」
「私のパパちゃん!可愛いパパちゃん!」
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
三国志演義朗読第61回vol,7(全8回)
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三国志演義朗読第61回vol,7(全8回)
https://youtu.be/5GK97_VYubQ
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三国志演義朗読第61回vol,7(全8回)
https://youtu.be/5GK97_VYubQ
2021年03月27日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,92
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,92
その晩、私は床の中へ入ってから、背中を向けて寝たふりをしている彼女の肩をゆすぶりながらそう言いました。
「よう、ナオミちゃん、ちょっとこっちをお向きってば。・・・・・・」
そして優しく手をかけて、魚の骨つきを裏返す様に、ぐるりと言らへひっくり返すと、抵抗の無いしなやかな体は、うっすらと樊目を閉じたまま、素直に私の方を向きました。
「どうしたの?まだ怒っているの?」
「・・・・・・」
「え、おい、・・・・・・怒らないでもいいじゃないか、どうにかするから、・・・・・・」
「・・・・・・」
「おい、眼をお開きよ、眼を・・・・・・」
言いながら、睫毛(まつげ)がぶるぶる顫(ふる)えている眼瞼(まぶた)の肉を吊り上げると、貝の実のように中からそっと覗いているむっくりとした目の玉は、寝ているどころか真正面に私の顔を視(み)て見ているのです。
「困ってもいいよ、どうにかするから」
「じゃあ、どうする?」
「国へそう言って、金を送って貰うからいいよ」
「送ってくれる?」
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
三国志演義朗読第61回vol,6(全8回)
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三国志演義朗読第61回vol,6(全8回)
https://youtu.be/0nCBBTtgjm8
2021年03月26日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,91
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,91
彼女と一緒に歩けなければ何の楽しみもありませんから、私にしても所謂「気の利いた服」の一つも拵えなければならなくなる。
そして彼女と出かける時は電車も二等に乗らなければならない。
つまり彼女の虚栄心を傷つけないようにするためには、彼女一人の贅沢では済まない結果になるのでした。
そんな事情でやりくりに困っていた所へ、この頃またシュレムスカヤ夫人の方へ四十圓ずつ取られますから、このうえダンスの衣裳を買ってやったりしたらにっちもさっちもいかなくなります。
けれどもそれを聞き分けるようなナオミではなく、ちょうど月末の事なので、私の懐へ現金が有ったものですから、なおさらそれを出せと言って承知しません。
「だってお前、今この金を出しちまったら、すぐに晦日に差し支えるのがわかっていそうなもんじゃないか」
「差し支えたってどうにかなるわよ」
「どうにかなるって、どうなるのさ。どうにもなりようはありゃしないよ」
「じゃあ何のためにダンスなんか習ったのよ。いいわ、そんなら、もう明日からどこにもいかないから」
そう言って彼女は、その大きな眼に露を湛えて、恨めしそうに私を睨んで、つんと黙ってしまうのでした。
「ナオミちゃん、お前怒(おこ)っているのかい、・・・・・・え、ナオミちゃん、ちょっと、・・・・・・こっちを向いておくれ」
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
三国志演義朗読第61回vol,5(全8回)
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三国志演義朗読第61回vol,5(全8回)
https://youtu.be/dt2VP3vbzlQ
2021年03月25日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,90
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,90
そう言った調子で、彼女は自分の買いたいものはすべて現金、月々の払いはボーナスが入るまで後回しと言うやり方。
そのくせやはり借金の言い訳をするのは嫌いで、
「あたしそんなこと言うには厭だわ、それは男の役目じゃないの」
と、月末になればフイと何処かへ飛び出して行きます。
ですから私は、ナオミのために自分の収入を全部捧げていたと言ってもいいのでした。
彼女を少しでもよりよく身綺麗にさせて置く事、不自由な思いや、ケチ臭いことはさせないで、のんびりと成長させていること、それは素より私の本懐でしたから、困る困ると愚痴りながらも彼女の贅沢を許してしまいます。
するとそれだけ他の方面を切り詰めなければならないわけで、幸い私は自分自身の交際費はちっともかかりませんでしたがmそれでもたまに会社関係の会合などが在った場合、義理を欠いても逃げられるだけ逃げるようにする。
その他自分の小遣い、被服費、弁当代などを、思い切って節約する。
毎日通う省線電車もナオミは二等の定期を買うのに、私は三等で我慢をする。
飯を炊くのが面倒なので、てんや物を取られては大変だから、私が御飯を炊いてやり、おかずを拵えてやることもある、が、そういう風になって来るとそれが又ナオミには気に入りません。
「男のくせに台所なんぞ働かなくってもいいことよ、見っともないわよ」
と、そう言うのです。
「譲治さんはまあ、年が年中同じ服ばかり着ていないで、もう少し気の利いたなりをしたらどうなの?
あたし、自分ばかり良くったって譲治さんがそんな風じゃあやっぱり厭だわ。それじゃ一緒に歩けやしないわ」
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
三国志演義朗読第61回vol,4(全8回)
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2021年03月24日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,89
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,89
と言って見ても、昔はj学生らしく袴を着けて靴で歩くのを喜んだくせに、もうこの頃では、稽古に行くにも着流しのまゝしゃなりしゃなりと出かけるという風で、
「あたしこう見えても江戸っ児よ、なりはどうでも穿きものだけはチャンとしないじゃ気が済まないわ」
と、こちらを田舎者扱いにします。
小遣いなども、音楽会だ、電車賃だ、教科書だ、雑誌だ、小説だと、三圓五圓くらいずつ三日にあげず持って行きます。
この外に又英語と音楽の授業料がニ十五圓、これは毎月規則的に払わなければなりません。と、四百圓の収入で以上の負担に耐えるのは容易でなく、貯金どころかあべこべに貯金を引き出す様になり、独身時代に幾らか用意していたものもチビチビ成し崩しに崩れて行きます。
そして、金という者は手を付け出したら誠に早いものですから、この三四年間にすっかり蓄えを使い果たして、今では一文もないのでした。
因果なことには私のような男の常として、借金の断りを言うのは不得手、従って勘定はキチンキチンと払わなければどうも落ち着いておられないので、晦日が来ると言うに言われない苦労をしました。
「そう使っちゃ晦日が越せなくなるじゃないか」
とたしなめても、
「越せなければ、待って貰えばいいわよ」
と、言います。
「三年も四年も一つ所に住んでいながら、晦日の勘定が延ばせないなんて法はないわよ。
半期半期にはきっと払うからって言えば、どこでも待つにきまっているわ。譲治さんは気が小さくって、融通が利かないからいけないのよ」
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
三国志演義朗読第61回vol,3(全8回)
【文学通】なりたい人寄っといで
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三国志演義朗読第61回vol,3(全8回)
https://youtu.be/fg80qn95IZA