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2021年03月28日

「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,93


「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,93



「ああ、それあ送ってくれるとも。僕は今まで一度も国へ迷惑をかけたことは無いんだし、二人で一建見持っていればいろいろ物がかかろうぐらいなことは、お袋だって分かっているに違いないから。・・・・・・」



「そう?でもお母さんに悪くはない?」

ナオミは気にしているような口ぶりでしたが、その実彼女の腹の中には、



「田舎へ言ってやればいいのに」

と、とうからそんな考えが在ったことは、うすうす私にも読めていました。



私がそれを言い出したのは彼女の思う壺だったのです。

「なあに、悪い事なんか何にもないよ。けれども僕の主義として、そういう事は厭だったからしなかったんだよ」



「じゃ、どういう訳で主義を変えたの?」

「お前がさっき泣いたのを見たら可哀そうになっちゃったからさ」



「そう?」

と言って、波が寄せて来るような具合に胸をうねらせて、恥ずかしそうに微笑みを浮かべながら、



「あたし、ほんとに泣いたかしら?」

「もうどッこへも行かないッて、眼に一杯涙をためていたじゃないか。いつまでたってもお前はまるでだだッ児だね!大きなベビちゃん・・・・・・」

「私のパパちゃん!可愛いパパちゃん!」





引用書籍

谷崎潤一郎「痴人の愛」

角川文庫刊



次回に続く。


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