2019年09月10日
◎韓国が反日をする理由の一つ◎
こんばんはぁ(*'▽')/
この頃…お隣り地域の内容ばかりになっておりますが、いいんでしょうかねぇ(^▽^;)
しかしながら、どの世界の方から見ても韓国人の言動は到底…理解することは不可能だということが拡散されてきています↓
そりゃあ当然です!
国と国との約束が守れない国家、きちんとした歴史を自分自身で確かめて調べようともしない国民性、日本製品の不買い運動をしながらフッ素化ポリイミドは輸出を促すなど…発展途上国以下の醜態ぶりですから(・_・;)
そんな韓国さんですが、何故に自分たちが間違っていてもリスクを伴ってでも反日を繰り返すのか?!
そして最近の韓国人たちを見聞きしていて、突然あることを思い出しました!!
それは僕が子供の頃に、元軍人だった祖父から何度も聞かされた第二次世界大戦前後の話の数々です_(._.)_
今回その数々の話の中から一つを取り上げて以下に記します(-。-)y-゜゜゜
まず知っている人も多いと思われますが、今の韓国・北朝鮮・台湾は日本の一部でした。
植民地というより日本人が統治していたとの認識で間違いありません。
ザックリですが、その頃は日本の本州を内地と呼称していて本土という見方が通常でした。
本州以外の海を挟んだ日本国という感覚で申しますと…今の北海道・四国・九州・沖縄と同様に韓国・北朝鮮・台湾も日本だったのです。
戦争前は、日本人も韓国人も皆さん仲良く鉄工所・農業・漁業・建築関係などの仕事を一緒にして、職場の近くで寝泊まりも共にしていたそうです。休みの日も一緒に草野球をしたり、女性と逢瀬する人もいたと言ってました。
今で言うところの給料も日本人との格差は微々たるもので、韓国や台湾の人たちも普通に支給されていました。
給料を貰った翌日に現在の郵便局から韓国人の同僚が祖国に送金する手続きの付き添いに祖父は何度も同行したとのことです。
ただ格別に給料の高い人が存在していたそうですが、それはベテランの技術者や職人さんだったと言ってました。
仕事ができない人に対しては日本人でも高い賃金を支払っていなかったと聞いています。ですので韓国が言うところの徴用工問題というのは、最初からデマだと言うことを僕は知っていました。
それから韓国が言うところの慰安婦問題についても、今の時代で置屋(ちょん間)と呼ばれている仕組みだったそうで、女性を斡旋したりするのは韓国人男性だったと聞いてます。しかも、奴隷のような奉仕をさせたりなどなく女性たちも確実に給付金を貰っていました。
祖父の戦友が戦後に元慰安婦とされる女性と交際していて、その人から内情を詳しく聞いたらしく貯めた金銭で祖国に一軒家を建てたらしいと言ってました。
そんなこんなで、韓国人の殆どは日本人としての名前も当時の日本政府から貰っていたと聞きましたし、日本人は韓国人を差別したり仲間外れにするなども一切なかったと祖父の話の内容を思い出しながら感じました。
ところが戦後に韓国人が反日となってしまう大きな出来事が生じます。
それは、日本が戦争に負けたあとGHQが日本国に対して内政干渉を始め、日本国憲法まで改めたこともあってか朝鮮半島と台湾の各々が日本では無くなったのです。
当初は九州や北海道、沖縄も日本から国力を奪うため切り離す策略があったと言われておりましたが、それらの領土については古来より日本の一部であり当時の天皇を筆頭に多くの日本人が全力で守りました。
つまり違う角度から見れば、ずっと今後も一緒に日本人たちと日本国で同じ日本人として生きていくことを信じて疑わなかった韓国人からすれば『日本に捨てられた』という形になったのです。
例えば沖縄も今でこそ日本の都道府県の一つですが、元々は琉球王国という独立した島国でした。
その沖縄に関しては日本の一部なので譲れないと、一歩も引かなかった大和魂を韓国人は知っています。
韓国人に対して「晴れて独立国となって良かったね!」と当時の日本人からすれば応援する気持ちで見送ったはずですが、韓国人からすると「日本人は我々韓国人には大和魂など発揮せずアッサリ見捨てた」という強い悲しみを抱き、やがて恨みや復讐心へと移行したのは確かなようです。
祖父が生存していた頃しみじみと…親友だった韓国人から「日本は一緒に苦楽を共にした韓国人より知らない日本人たちのほうが大事なんだな」と言われた時に、何も言い返せなかった自分が未だに腹立たしいと話していました。
長くなりましたが…韓国が反日をする理由の一つとして「過去に見捨てられた」という心情が強くあるからだと言えます。
もちろん台湾人たちのように親日になるケースもあるため、韓国人は逆ギレのケースだと思えるので僕は韓国人の性根を忌み嫌いフルスィングでディスっています。
しかし、だからこそ韓国人は自分たちを見捨てた日本には何をしても何を言っても構わない!という感情が成り立ちます。と同時に日本人は韓国人に対して同じ日本人だと言いながら見捨ててしまった!という気持ちが強かったため、今の今まで理不尽な韓国側の主張を受け入れていたという側面があったのでしょう。
今回は以上ですが…僕の幼少時は祖父母に育てられ、どの孫にも優しくなかった気難しい祖父が何故か僕だけは異様に可愛がってくれたとのことで、実際に僕はおじいちゃん子でした。
それだからかどうか定かではありませんが、まだ小学生だった僕に対して誰にも話さなかった第二次世界大戦前後の頃の思い出を、お風呂に入っている時や寝る前に何度も話してくれたのです。
たまに聞き耳を立てていたと思われる祖母に『子供に戦争の頃の話はしなさんな!』と怒鳴られてましたけどね(^^;)
それでは、また機会がありましたら綴らせてもらいます♪
=END=
この頃…お隣り地域の内容ばかりになっておりますが、いいんでしょうかねぇ(^▽^;)
しかしながら、どの世界の方から見ても韓国人の言動は到底…理解することは不可能だということが拡散されてきています↓
そりゃあ当然です!
国と国との約束が守れない国家、きちんとした歴史を自分自身で確かめて調べようともしない国民性、日本製品の不買い運動をしながらフッ素化ポリイミドは輸出を促すなど…発展途上国以下の醜態ぶりですから(・_・;)
そんな韓国さんですが、何故に自分たちが間違っていてもリスクを伴ってでも反日を繰り返すのか?!
そして最近の韓国人たちを見聞きしていて、突然あることを思い出しました!!
それは僕が子供の頃に、元軍人だった祖父から何度も聞かされた第二次世界大戦前後の話の数々です_(._.)_
今回その数々の話の中から一つを取り上げて以下に記します(-。-)y-゜゜゜
まず知っている人も多いと思われますが、今の韓国・北朝鮮・台湾は日本の一部でした。
植民地というより日本人が統治していたとの認識で間違いありません。
ザックリですが、その頃は日本の本州を内地と呼称していて本土という見方が通常でした。
本州以外の海を挟んだ日本国という感覚で申しますと…今の北海道・四国・九州・沖縄と同様に韓国・北朝鮮・台湾も日本だったのです。
戦争前は、日本人も韓国人も皆さん仲良く鉄工所・農業・漁業・建築関係などの仕事を一緒にして、職場の近くで寝泊まりも共にしていたそうです。休みの日も一緒に草野球をしたり、女性と逢瀬する人もいたと言ってました。
今で言うところの給料も日本人との格差は微々たるもので、韓国や台湾の人たちも普通に支給されていました。
給料を貰った翌日に現在の郵便局から韓国人の同僚が祖国に送金する手続きの付き添いに祖父は何度も同行したとのことです。
ただ格別に給料の高い人が存在していたそうですが、それはベテランの技術者や職人さんだったと言ってました。
仕事ができない人に対しては日本人でも高い賃金を支払っていなかったと聞いています。ですので韓国が言うところの徴用工問題というのは、最初からデマだと言うことを僕は知っていました。
それから韓国が言うところの慰安婦問題についても、今の時代で置屋(ちょん間)と呼ばれている仕組みだったそうで、女性を斡旋したりするのは韓国人男性だったと聞いてます。しかも、奴隷のような奉仕をさせたりなどなく女性たちも確実に給付金を貰っていました。
祖父の戦友が戦後に元慰安婦とされる女性と交際していて、その人から内情を詳しく聞いたらしく貯めた金銭で祖国に一軒家を建てたらしいと言ってました。
そんなこんなで、韓国人の殆どは日本人としての名前も当時の日本政府から貰っていたと聞きましたし、日本人は韓国人を差別したり仲間外れにするなども一切なかったと祖父の話の内容を思い出しながら感じました。
ところが戦後に韓国人が反日となってしまう大きな出来事が生じます。
それは、日本が戦争に負けたあとGHQが日本国に対して内政干渉を始め、日本国憲法まで改めたこともあってか朝鮮半島と台湾の各々が日本では無くなったのです。
当初は九州や北海道、沖縄も日本から国力を奪うため切り離す策略があったと言われておりましたが、それらの領土については古来より日本の一部であり当時の天皇を筆頭に多くの日本人が全力で守りました。
つまり違う角度から見れば、ずっと今後も一緒に日本人たちと日本国で同じ日本人として生きていくことを信じて疑わなかった韓国人からすれば『日本に捨てられた』という形になったのです。
例えば沖縄も今でこそ日本の都道府県の一つですが、元々は琉球王国という独立した島国でした。
その沖縄に関しては日本の一部なので譲れないと、一歩も引かなかった大和魂を韓国人は知っています。
韓国人に対して「晴れて独立国となって良かったね!」と当時の日本人からすれば応援する気持ちで見送ったはずですが、韓国人からすると「日本人は我々韓国人には大和魂など発揮せずアッサリ見捨てた」という強い悲しみを抱き、やがて恨みや復讐心へと移行したのは確かなようです。
祖父が生存していた頃しみじみと…親友だった韓国人から「日本は一緒に苦楽を共にした韓国人より知らない日本人たちのほうが大事なんだな」と言われた時に、何も言い返せなかった自分が未だに腹立たしいと話していました。
長くなりましたが…韓国が反日をする理由の一つとして「過去に見捨てられた」という心情が強くあるからだと言えます。
もちろん台湾人たちのように親日になるケースもあるため、韓国人は逆ギレのケースだと思えるので僕は韓国人の性根を忌み嫌いフルスィングでディスっています。
しかし、だからこそ韓国人は自分たちを見捨てた日本には何をしても何を言っても構わない!という感情が成り立ちます。と同時に日本人は韓国人に対して同じ日本人だと言いながら見捨ててしまった!という気持ちが強かったため、今の今まで理不尽な韓国側の主張を受け入れていたという側面があったのでしょう。
今回は以上ですが…僕の幼少時は祖父母に育てられ、どの孫にも優しくなかった気難しい祖父が何故か僕だけは異様に可愛がってくれたとのことで、実際に僕はおじいちゃん子でした。
それだからかどうか定かではありませんが、まだ小学生だった僕に対して誰にも話さなかった第二次世界大戦前後の頃の思い出を、お風呂に入っている時や寝る前に何度も話してくれたのです。
たまに聞き耳を立てていたと思われる祖母に『子供に戦争の頃の話はしなさんな!』と怒鳴られてましたけどね(^^;)
それでは、また機会がありましたら綴らせてもらいます♪
=END=
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