2017年11月27日
大和朝廷の謎(22)推古天皇・聖徳太子(古代最大級の謎)
さて、第33代推古天皇のお話しです。崇峻天皇が皇后問題で
蘇我馬子に殺された後、即位された正史では初の女性天皇です
(卑弥呼、台与、神功皇后は無視されています)。
推古天皇は、蘇我馬子と悪い言葉で言えば「ずぶずぶの関係」
であり、すべて蘇我馬子の思いのままです。
その推古天皇の摂政として立てられたのが「厩戸皇子(聖徳太
子)」です。
通説では、聖徳太子が若かったからと言いますが、何かおかし
くありませんか?
推古天皇が若かったから聖徳太子を摂政にしたというなら分か
りますが、逆ですよね。
聖徳太子を天皇にすれば済むことなのに、なぜ、回りくどく
推古天皇の摂政にしたのか。
ここに興味深い説があります。
私の尊敬すべき心の師、山下重良さんがその著「古代日本原記」
で述べられています。
厩戸皇子は、実は、蘇我馬子の長男「蘇我善徳」(そがぜんとこ)
だったと。
これなら、辻褄が合います。蘇我馬子は、たよりない推古天皇の
ために、自分の長男を摂政に立てたということですから。
では、その後 ”聖徳太子”はどうなってしまうのか、大化の改新の
行方は?
さあ、いよいよ面白くなって来ました。
蘇我馬子に殺された後、即位された正史では初の女性天皇です
(卑弥呼、台与、神功皇后は無視されています)。
推古天皇は、蘇我馬子と悪い言葉で言えば「ずぶずぶの関係」
であり、すべて蘇我馬子の思いのままです。
その推古天皇の摂政として立てられたのが「厩戸皇子(聖徳太
子)」です。
通説では、聖徳太子が若かったからと言いますが、何かおかし
くありませんか?
推古天皇が若かったから聖徳太子を摂政にしたというなら分か
りますが、逆ですよね。
聖徳太子を天皇にすれば済むことなのに、なぜ、回りくどく
推古天皇の摂政にしたのか。
ここに興味深い説があります。
私の尊敬すべき心の師、山下重良さんがその著「古代日本原記」
で述べられています。
厩戸皇子は、実は、蘇我馬子の長男「蘇我善徳」(そがぜんとこ)
だったと。
これなら、辻褄が合います。蘇我馬子は、たよりない推古天皇の
ために、自分の長男を摂政に立てたということですから。
では、その後 ”聖徳太子”はどうなってしまうのか、大化の改新の
行方は?
さあ、いよいよ面白くなって来ました。
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