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2016年08月30日

第337回 壟断(ろうだん)






文●ツルシカズヒコ




 野枝は『女の世界』一九二一年三月号に「現代婦人と経済的独立の基礎ーー謬られた思想で養われた独立婦人に与ふ」を寄稿した。

 以下、抜粋要約。

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〈一〉

 ●婦人の完全なる解放のためには、婦人の経済的独立がなくてはならないと、女権論者の方は主張しています。

 ●女権論者は自ら働きさえすれば、婦人は親なり夫なりの奴隷の境涯から解放されると考えていますが、主人が代わるだけでやはり奴隷の境涯から抜け出せないことには一向に気づいていません。

〈二〉

 ●彼女たちは婦人が各方面の職業に従事するようになったのは、婦人の経済的独立の自覚によるものだなどと言われています。

 ●確かにそういう側面もあるでしょうが、職業婦人が増えたのは、現在社会の経済の仕組みが多くの婦人に徒食を許さなくなってきたからです。

 ●知識や教養ある婦人がその才能を発揮するため、あるいは結婚によって衣食住の保証を得るよりは独力で生活を営むことに対する誇りから、職業に就く婦人たちもいます。

 ●しかし、このような呑気な動機から職業を求めた婦人がどのくらいありましょうか。

 ●近代の経済の仕組みは、少数の資本家の利益壟断(ろうだん)を生みましたが、資本家たちはその下で使役される賃金奴隷の範囲を大人から子供へ、男から女へと拡大してきました。

 ●資本家が使用人に払う賃金では、今や一家を支えていくだけの余裕がなくなりました。

 ●生活程度が低くなればなるほど、女でも幼い子供でも徒食は許されなくなった、というのが現在の経済の仕組みなのです。

 ●大資本家が小資本家を飲み込み、徐々に中産階級の存在をも許さなくなってきています。

 ●中産階級も大資本家の使用人として賃金をアテにせざるを得なくなった。どうかすれば、子女の助けを必要とするようになった。

 ●多くの青年が、自分ひとりの生活を維持していくための収入を得ることが困難になってきました。

 ●世間に出て働くに充分な準備を授けて貰うことができる青年たちですら、両親から容易に独立することができないのです。

 ●彼らは結婚を急ぐような幸福な場所には置かれません。

 ●妻子を養う収入を得るには、どんなに辛い仕事をしなけらばならないかを知っているからです。

 ●利口な青年たちは、そんなことをしてまで女に徒食をさせることの馬鹿馬鹿しさを知っています。

 ●娘たちの親は、娘をかかえて求婚者を待つような境遇にいることを許されなくなります。

 ●娘もその保護者である父や兄から、独立することを強いられるようになってきました。

 ●いわゆる職業婦人ですが、職業を求める動機は労働者階級と少しもかわりません。そして、雇主に隷属させられている境遇も同じです。

 ●女権論者たちが、どれほど声を大にして婦人の経済的独立を祝福、主張しても、現在の職業婦人の大部分が自分の境遇を幸福と感じることができない間は、経済的独立が婦人解放問題にいい解決を与えるとは思えません。

 ●そして、職業婦人たちは自分たちが営むことができない家庭生活に、どれほど憧れているかということも、女権論者たちには知ってもらいたい。





〈三〉

 ●職業婦人の賃金の最初の基準は、女一人が自活できるものではなく、女を養う余裕のなくなった男の経済状態を補う程度のものでした。

 ●仕事に不馴れで能率が悪いことなどが低賃金の理由にされていましたが、今ではこれが虚偽であることが明白です。

 ●資本家にとって婦人を雇うほど得なことはありません。彼女たちはよく働きますが、資本家は報酬をできるだけ安く抑えて、彼女たちの若い精力を絞りつくします。

 ●正直な職業婦人は、男子より劣った賃金で勤務時間中、休む間もなく働きます。

 ●仕事から解放されると、後は疲労を癒すために眠るだけです。

 ●なんのためにそれをしているのかを知ることもなく、ただ間断なく強いられる労働があるだけで、生活に娘らしい色彩も潤いもありません。

 ●若い娘らしい色彩や潤いを求めるなら、彼女ひとりの収入では食べていけなくなります。

 ●そして、誘惑の手がたちまちに襲いかかってきます。

 ●こうして、なんと多くの若い娘たちが恥ずべき職業に就いていくことでしょう。

 ●職業婦人の大半は、できるだけ早く仕事を辞めたいと思っています。

 ●どんなに過酷な雇主に対しても、「もうすぐ辞めるのだから」という理由で抵抗しません。

 ●女を雇うことが得なことを知った雇主は、どんどん女を雇用するので、女の働く範囲は広くなりましたが、それによって男の収入が低減したり、男の働く場が奪われることになりました。

 ●妻が働き出ることによって、夫の賃金が低減したり職場を失ったするので、家族の生活は苦しくなるばかり です。

 ●職業婦人たちの憧れる家庭生活は遠ざかるばかりで、過労と堕落に陥れられるだけです。

 ●彼女たちが資本家と労働者の利害関係に無頓着であるかぎり、彼女たちの境遇は改善されません。

 ●女権論者たちの目には、こういう事実が見えないのでしょうか。

 ●女権論者たちは言うでしょう。

 ●「それは職場婦人としての自覚がないからだ。職業的利害に目覚めて、それを改善すれば仕事はもっと楽になるし、収入も増す。そして婦人も立派に経済的な独立ができる」

 ●しかし、大部分の職業婦人たちが思想的基礎の上に立たず、経済的必要に迫られて職業に就いているのだとすれば、それは無駄な自覚です。

 ●彼女たちは、女権論者たちが最も唾棄すべき、男の保護をどれだけ望んでいることでしょうか。

 ●彼女たちは長くその職場に止まっていても、自分をその境遇から救い出すのは、求婚者であると考えているにちがいありません。

 ●そうして、男に保護されることを屈辱に感じて職を求めて独立したはずの彼女たちは、当初の志を翻せざるを得ないのです。





〈四〉

 ●女権論者の有力な味方になり、自覚ある職業婦人として立つ人々は、ただ男子を相手に競争することに懸命になり、女らしい情緒も色彩も涸らしつくしてしまった、少数の刺々(とげとげ)しい人々です。

 ●その人たちはただ一個の機械と同じです。自分の生活に少しも自由を持ちません。

 ●彼女には天真爛漫さなど少しもありません。いつも眉を寄せ、唇を一文字に結び、青白い顔に冷たい表情を浮かべて人の顔を見据えます。

 ●彼女たちには、洒落や空談はもちろんのこと、およそ人の気を軽くする言葉や表情は一切禁物なのです。

 ●これは決して私の誇張でもなんでもありません。

 ●今日、知識があり教養がある職業婦人として、一般人の尊敬を集めている少数の人は、実にここまでの修養を積んだ人たちなのです。

 ●意地悪な世間の人々に尊敬されるには、このような離れ業をして見せなければならないのです。
 
 ●常識を持った世間の人々は、はたしてこんな婦人たちをたくさん作り出すことを喜ぶでしょうか。これが真の婦人と言えるでしょうか。

 ●今日、どれほど多くの職業婦人が、結婚と同時に職業を投げ出していることでしょう。

 ●既婚者や母親となった婦人が働くことができる設備が、少しも整っていないからだと力説されています。

 ●しかし、かりにその設備が充分だとしても、婦人たちに充分な仕事が与えられるでしょうか。その夫にも父にも兄にも妹にも、すべての人にまんべんなく相当な仕事が与えられるでしょうか。

 ●利口な資本家は熟練した労働者の就職を脅かして、その補助の位置にいるものに、もっと悪い条件で仕事を分け与えるというようなやり方をします。

 ●こうして人間の労働価値はどんどん低下していきます。

 ●資本家はいかに安く労働者を使うかしか考えていません。





〈五〉

 ●婦人が経済的に独立して、親や夫の干渉圧迫を退けただけでは、問題は解決しません。

 ●大多数の婦人労働者が、雇主というタイラントからさらに大きな圧迫暴虐を蒙るのです。

 ●女権論者たちによく考えてもらいたいのは、ここなのです。

 ●どんな人間でも徒食するということはゆるされないことですから、私は婦人の経済的独立に反対するものではなく、むしろ積極的にそれを主張する必要を感じています。

 ●しかし、中産階級に属する女権論者たちの狭い視野からの議論では、婦人の経済的独立や女性の完全なる解放の問題は、根本的な解決にはいたらないのですーー私はそれを明確にし強調したいのです。

 野枝はこの評論をこう結んでいる。


 問題は深く一般の社会問題と交錯してゐます。

 そして今、世界中の大問題になつてゐます。

 経済組織の重要な点にまでふれてゐます。

 すべての婦人達は先づ何よりも現在の重大な社会問題について研究する必要があります。

 その経済組織について考慮を要します。

 此の根本的な問題の解決は必ず、婦人問題にも、根本的に何の不合理も残さない解決を与へるにちがひありません。


(「現代婦人と経済的独立の基礎ーー謬られた思想で養われた独立婦人に与ふ」/『女の世界』1921年3月号・第7巻第3号/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』_p248~249)


★『定本 伊藤野枝全集 第三巻』(學藝書林・2000年9月30日)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index






タグ:伊藤野枝
posted by kazuhikotsurushi2 at 13:08| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)『秩父事件再発見』(新日本出版社)など。
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