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2016年06月04日

第239回 平塚明子論






文●ツルシカズヒコ




 野枝は『新日本』四月号には「平塚明子論」を書いた。

 らいてうは「最近の我国婦人解放運動の第一人者として常に注目されつゝある」存在だった。

 野枝はまず冒頭に自分とらいてうとの関係を書いた。

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 私は学校を出た許りの十八歳の秋から三四年の間ずつと氏の周囲にあつた、氏に導かれ教へられて来た、私が今日多少とも物を観、一と通り物の道理を考へる事が出来るやうになつたのも氏に負ふ処が少くない。

 私にとつて氏は忘れる事の出来ない先輩でもあり、また情に厚い友人でもある。

 そして氏の傍にゐた間、可なり氏は氏の生活を打ち開いて見せられた。

 それだけにまた氏の真実にも接し得たと信ずる。

 私は、ずつと前から氏に対する理解なき言論を見る度びに残念に思つた。

 或る時には自分のやうに口惜しさに歯をくひしばつた事さへある。

 ……二年程前あたりから、いろ/\な事情がだん/\に二人を遠くした。

 それにも、私は多くの責を自分に感じてゐながらどうする事も出来なかつた。

 そうして二人の実際の上の交りが隔つて来ると同じやうに思想の上にも稍(やや)はつきりと相異を見出すやうになつた。


 殊に最近の私の上に起つた転機は私の境遇にも、思想の上にも、即ち私の全生活を別物にした。

 一方平塚氏も……文章の上にも、理論に於ても、あるひはその態度に於ても大家の風格を具へて来た。


(「平塚明子論」/『新日本』1917年4月号・第7巻第4号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p414~415)





 この批評もけっこう長いので、以下、抜粋要約。

●らいてうは、それまでの日本婦人には希有な明晰な頭脳と思索力を持っている聡明な女性である。

●しかるに、彼女の聡明さが反感を買うのはなぜか? 「一人自らを高し」とし、「自分だけには欠点のないやうな顔をする人」という反感を買うのはなぜか?

●らいてうの聡明さは他人の欠点を笑って、平気で自ら一人高く済ましているような浅薄なものではないと信じたい。

●らいてうは他人の欠点を見ることによって、自省を深め、用心深くなり、用意周到に自分を慎み深く保とうとしているのである。

●世間の多くの人々はらいてうを理智一辺倒の人として、硬い冷ややかで女らしい感情もないように思っているようだが、それは大きな間違いだ。氏はあの冷ややか表構えの奥に、女らしい温かさと柔らかさを限りなく持っているのだ。





●実家を出るまでの、らいてうの母上に対する苦しい心持ちに幾度も泣かされことを覚えている。

●親しい友達として遇された友情にも、隔てのない温かなものがあった。そういうときの氏には、なんの嫌味も冷静さも用意もない。やさしい思いやりに富んだ親切な友達だった。そうしてこのような氏に接した者は、決して私ひとりではない。

●しかし、らいてうは終始、そうではない。あくまで用心深い。柵を作り、ある一線からは一歩も踏み込ませることをしない。

●らいてうは弱味を人に見せる人ではない。いざとなれば、人を呑んでしまう度胸はいつでも持っている。しかし、この度胸が不誠実で傲慢な人というイメージに結びついてしまう。

●らいてうは誠実で謙遜で弱味をさらけ出すよりも、いつも強く冷たく動かずにいることが快いのであろう。





●らいてうの度胸のよさ、しばしば誤解を招く遊戯衝動は禅の修養の影響が大だと思う。

●らいてうの評論集『円窓より』は、理智の力が鮮やかで、事物に対する観察は同時代の婦人の追随を許さない。

●『円窓より』には、らいてうの凄まじい情熱も読み取ることができる。情熱とはすなわち自分の主張を認めさせようとする力、その主張に対する自信である。

●婦人自覚の第一の叫びを挙げたことに対する自負、開拓者に対する世間の嘲笑と侮蔑への反抗心、そして「嘲笑の下に隠れたる或もの」に対する自信が読み取れる。





●らいてうの稀れな理智と情熱とが、とにかく我が国の婦人運動の基礎を作った。とにかく眠れるものを揺り動かした。我々は氏のその力の前に充分な感謝を捧げなければならない。

●らいてうのそうした凄まじい情熱は、彼女が世間知らずだったから、実社会に対して無知だったから、社会の偏見の恐さを知らなかったから、生まれたとも言える。

●社会を知り、用事深くなった今のらいてうには情熱がなくなった。私はその消失を悲しむ。

●森田草平との塩原事件にせよ、青鞜時代の「五色の酒」「吉原登楼」にせよ、らいてうは当初、俗衆(ぞくしゅう)の滑稽さを笑っているようなところがあった。

●しかし、俗衆の興味本位、偏見、無責任さ、愚かさなどが、自分の思想の社会的な効果をも減殺することを知るにおよんで、らいてうはそうしたものを黙過することができなくなった。





●らいてうはエレン・ケイに活路を見出した。ケイによって自分たちを取り巻く社会的事実に関してぼんやり考えていたことを明確に教えられ、それによって自分の意見をまとめることができるようになった。

●らいてうは、自分の恋愛について、さらに母親としての婦人の生活について、ケイの言葉に多くの同感を見出すことによって、ケイからさらに大きなものを吸収することができた。

●そしてらいてうは、ケイを紹介することが最も確実に自己の主張や思想を広めるための最上の手段であると考えた。

●らいてうの主張や思想はケイの中に見出したものによって落ちついたようである。

●しかし、私はエレン・ケイの思想には黙過しがたい疑問を抱いている。





●あれほど用心深いらいてうが、ケイの主張に対しては、厳密な批評をしないことが、私には不思議だし遺憾に思う。

●これはあくまで私の推察だが、ケイの誰にも肯定される批評がらいてうに多くの同感を強い、尊敬を強い、極めて自然にケイに牽引され、さらにケイに牽引されていくのに都合のよい道筋がらいてうの前に拓かれたのではないだろうか。

●らいてうの生活を説明するためには、ケイの主張が最も都合がよかったとも言えるかもしれない。

●だが、過去におけるらいてうの事業に対しては我々は充分な尊敬を持たなければならない。

●しかし、詳細にらいてうについて考えるとき、我々はもはや、最初の仕事以上のことをらいてうに期待するのは間違っているかもしれない。





★『定本 伊藤野枝全集 第二巻』(學藝書林・2000年5月31日)





●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 16:09| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)『秩父事件再発見』(新日本出版社)など。
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