2016年04月25日
信貴山縁起絵巻と奈良の旅
奈良県の西北部、生駒郡平群町にある朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)は、今から1400余年前、聖徳太子が物部守屋討伐に向かう生駒山中で戦勝祈願をした際、天空より現れた毘沙門天に勝利の秘策を授かったことによって創建されたと伝えられます。そして聖徳太子は、その山を”信ずべし貴ぶべき山”として信貴山(しぎさん)と命名しました。以降、朝護孫子寺は毘沙門天の聖地として信仰を集めてきました。その篤い信仰のもとに制作された国宝の『信貴山縁起絵巻』は、伴大納言絵巻(ばんだいなごんえまき)、源氏物語絵巻と並ぶ日本三大絵巻のひとつに数えられる平安絵画の名品です。
平安後期(12世紀後半)に完成したといわれるこの絵巻は、信貴山中興の祖、命蓮(みょうれん)上人の奇跡譚を描いたもので、山崎長者巻(やまざきちょうじゃのまき)・延喜加持巻(えんぎかじのまき)・尼公巻(あまぎみのまき)の全三巻からなります。画面には、鉢が空を飛び、米俵が舞い上がる、剣をまとう童子が空を駆け巡るといった摩訶不思議なストーリーが躍動感あふれる筆致で描かれています。
★各巻の物語の概略
山崎長者の巻(飛倉の巻): 31.7cm×879.9cm
信濃の国より奈良に来て東大寺で授戒した法師(命蓮)が、帰郷を思いとどまり大仏の前であちこち見ていると坤(未申(ひつじさる):南西)の方向にかすかに信貴山が見えた。そこで修行する内に小さな厨子に入った毘沙門天を得、ささやかなお堂を建てて一心に修行を行った。
山の麓の山崎の長者のもとに命蓮上人が托鉢のために飛ばした鉢が飛来するが、長者は度重なる托鉢を嫌って瓦葺きの米倉に鉢を閉じこめてしまう。
絵巻はこの場面から始まっている。鉢は倉から飛び出すと、校倉造りの倉を乗せて信貴山へ飛んで命蓮の所まで帰ってしまう。長者は馬に乗り、あわてて従者とともに後を追い、信貴山に登って命蓮に倉を返してくれとを懇願する。命蓮は倉は返さないが、倉の中にある米俵は返すと約束し、長者の従者に俵を一つ鉢に乗せるように指示する。すると、俵を乗せた鉢が米俵を従えて飛行し、長者宅に帰り着く。巻は長者の下女達が驚き喜ぶ様子で締めくくられている。
(しかし托鉢のために長者の家に鉢だけを飛ばすというのは。長者が迷惑に思うのも当然かな、という気もしますが)
延喜加持の巻: 31.7cm×1290.8cm
命蓮の加持祈祷の力で、病の床にあった醍醐天皇の病いが平癒する。「剣の護法」(童子)が、空を飛び、転輪聖王の金輪を転がし、後ろに飛行機雲のような細長い雲を残して、天皇のいる清涼殿に現れる。
時の帝、醍醐(だいご)天皇は病の床にあった。高僧の祈祷(きとう)を受けるが、改善せず、信貴山で法力を駆使する命蓮に白羽の矢が当たる。絵巻は、信貴山に向かう勅使一行の姿で始まり、入れ違いに宮中に入る高僧と、これを噂の種にする庶民の姿がある。勅使は京都より遙々(はるばる)信貴山に赴き、命蓮に帝の病気平癒を依頼する。命蓮は、自分は京都に行かないが、ここで祈祷すると答えた。勅使は合点がいかないながらも京都に戻ってこれを報告する。
すると、数日して信貴山より都へたくさんの剣を鎧にした童子姿の剣鎧護法(けんがいごほう)が輪宝を廻しつつ、天を懸けて飛来する。、宮中で帝の枕元に立つと、帝の病気はたちまち全快した。
帝はたいそう喜ばれ、僧正の位や荘園を授けようとお礼の勅使を使わすが、命蓮はこれを受けず辞退する。
尼公(あまぎみ)の巻: 31.7cm×1424.1cm
20年も前に、大和国へ得度するために旅立った弟の消息を訪ねようと、従者を連れて姉の尼公が信濃の国を後にする。道中、街道沿いの民家で命蓮の消息を聞く尼公の姿があり、応対する人々の暖かい様子が描かれている。そして鹿の群が描かれ、奈良に入った様子が暗示される。東大寺の大仏の前でぬかずく尼公の姿があり、命蓮の消息をたずねて祈るうちに、仏前でまどろみ、夢枕で大仏に西の方、紫雲たなびく山に命蓮の存在を暗示され、西を目指して出立する。ここでは、大仏の前で複数の尼公が描かれ、「異時同図法」により時間の変化を表現している。
尼公は信貴山に至り、無事命蓮に会うことが出来、土産のあたたかな「たい(祇=僧衣)」を渡し、再開を喜び合う。尼公は信濃に帰らず、命蓮と共に信貴山で信仰生活を送ったのである。命蓮はこの「たい(祇=僧衣)」をずっと着続けたためすっかり破れてしまう。人々はこの切れ端をお守りとし、あの飛倉も朽ちやぶれてしまうが、その材の破片も持ち帰ってお守りにしたのである。巻末には荒れ果てた倉の屋根が描かれ、命蓮の遷化を暗示して終わる。
奈良国立博物館では、人々を魅了してやまないこの絵巻の全貌を伝え、る特別展「国宝 信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天信仰の至宝】が開催中です。国宝 粉河寺縁起絵巻 、重要文化財 聖徳太子童形坐像(伝七歳像)円快作なども展示中。
学芸員さんのコメント「信貴山縁起絵巻の魅力はなんといっても描写の素晴らしさです。線描や色彩も美しく、物語の展開が現代のアニメーションのように流れるように続き、場面がアップになったり左右に振ったりと遠近感が自在です。現代アニメの巨匠、高畑勲監督もこの絵巻を絶賛しています。また、本展では朝護孫子寺の寺宝の数々や、法隆寺や唐招提寺 など寺外の名宝も併せて展示することで、当時の都の人々が共有していた変化に富んだ信仰の様相に迫ります。6週間にわたる全期間中、全三巻、全画面を同時にお披露目できるのは史上初めてといえます。この機会に信貴山縁起絵巻の魅力を存分に味わってください」
人物の豊かな表情(いい意味で漫画的)、異時同図法や視点移動を意図した構図、遠近法を使った空間処理など、同時代の中国絵画と比べても、際立った作品だと思います。
特に行列もなく、16時すぎにはゆっくり鑑賞することができました。全会期中を通じて三巻すべての場面を同時公開する史上初めての試みであり、全長35m、奇跡のストーリーが一堂に会すまたとないチャンスです、ぜひ実物を見て楽しんでください。
第2室の奥に映像コーナーがあって、絵巻3巻の詳しい解説をビジュアルに見て、見どころを学ぶことができます。全部で30分弱くらいかかりますが、最初にこちらを見ることをぜひおすすめします。
■特別展 【国宝】信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天信仰の至宝
会場/奈良国立博物館(奈良市)
会期/2016年4月9日(土)〜5月22日(日)
住所/奈良市登大路町50(奈良公園内)
電話番号/050-5542-8600(ハローダイヤル)
料金/一般1300円 大高生900円 中小生500円 ※左記料金で名品展も観覧可能
開館時間/9時30分から17時まで、4月29日以降の金曜日は19時まで(入館は閉館30分前まで)
平安後期(12世紀後半)に完成したといわれるこの絵巻は、信貴山中興の祖、命蓮(みょうれん)上人の奇跡譚を描いたもので、山崎長者巻(やまざきちょうじゃのまき)・延喜加持巻(えんぎかじのまき)・尼公巻(あまぎみのまき)の全三巻からなります。画面には、鉢が空を飛び、米俵が舞い上がる、剣をまとう童子が空を駆け巡るといった摩訶不思議なストーリーが躍動感あふれる筆致で描かれています。
★各巻の物語の概略
山崎長者の巻(飛倉の巻): 31.7cm×879.9cm
信濃の国より奈良に来て東大寺で授戒した法師(命蓮)が、帰郷を思いとどまり大仏の前であちこち見ていると坤(未申(ひつじさる):南西)の方向にかすかに信貴山が見えた。そこで修行する内に小さな厨子に入った毘沙門天を得、ささやかなお堂を建てて一心に修行を行った。
山の麓の山崎の長者のもとに命蓮上人が托鉢のために飛ばした鉢が飛来するが、長者は度重なる托鉢を嫌って瓦葺きの米倉に鉢を閉じこめてしまう。
絵巻はこの場面から始まっている。鉢は倉から飛び出すと、校倉造りの倉を乗せて信貴山へ飛んで命蓮の所まで帰ってしまう。長者は馬に乗り、あわてて従者とともに後を追い、信貴山に登って命蓮に倉を返してくれとを懇願する。命蓮は倉は返さないが、倉の中にある米俵は返すと約束し、長者の従者に俵を一つ鉢に乗せるように指示する。すると、俵を乗せた鉢が米俵を従えて飛行し、長者宅に帰り着く。巻は長者の下女達が驚き喜ぶ様子で締めくくられている。
(しかし托鉢のために長者の家に鉢だけを飛ばすというのは。長者が迷惑に思うのも当然かな、という気もしますが)
延喜加持の巻: 31.7cm×1290.8cm
命蓮の加持祈祷の力で、病の床にあった醍醐天皇の病いが平癒する。「剣の護法」(童子)が、空を飛び、転輪聖王の金輪を転がし、後ろに飛行機雲のような細長い雲を残して、天皇のいる清涼殿に現れる。
時の帝、醍醐(だいご)天皇は病の床にあった。高僧の祈祷(きとう)を受けるが、改善せず、信貴山で法力を駆使する命蓮に白羽の矢が当たる。絵巻は、信貴山に向かう勅使一行の姿で始まり、入れ違いに宮中に入る高僧と、これを噂の種にする庶民の姿がある。勅使は京都より遙々(はるばる)信貴山に赴き、命蓮に帝の病気平癒を依頼する。命蓮は、自分は京都に行かないが、ここで祈祷すると答えた。勅使は合点がいかないながらも京都に戻ってこれを報告する。
すると、数日して信貴山より都へたくさんの剣を鎧にした童子姿の剣鎧護法(けんがいごほう)が輪宝を廻しつつ、天を懸けて飛来する。、宮中で帝の枕元に立つと、帝の病気はたちまち全快した。
帝はたいそう喜ばれ、僧正の位や荘園を授けようとお礼の勅使を使わすが、命蓮はこれを受けず辞退する。
尼公(あまぎみ)の巻: 31.7cm×1424.1cm
20年も前に、大和国へ得度するために旅立った弟の消息を訪ねようと、従者を連れて姉の尼公が信濃の国を後にする。道中、街道沿いの民家で命蓮の消息を聞く尼公の姿があり、応対する人々の暖かい様子が描かれている。そして鹿の群が描かれ、奈良に入った様子が暗示される。東大寺の大仏の前でぬかずく尼公の姿があり、命蓮の消息をたずねて祈るうちに、仏前でまどろみ、夢枕で大仏に西の方、紫雲たなびく山に命蓮の存在を暗示され、西を目指して出立する。ここでは、大仏の前で複数の尼公が描かれ、「異時同図法」により時間の変化を表現している。
尼公は信貴山に至り、無事命蓮に会うことが出来、土産のあたたかな「たい(祇=僧衣)」を渡し、再開を喜び合う。尼公は信濃に帰らず、命蓮と共に信貴山で信仰生活を送ったのである。命蓮はこの「たい(祇=僧衣)」をずっと着続けたためすっかり破れてしまう。人々はこの切れ端をお守りとし、あの飛倉も朽ちやぶれてしまうが、その材の破片も持ち帰ってお守りにしたのである。巻末には荒れ果てた倉の屋根が描かれ、命蓮の遷化を暗示して終わる。
奈良国立博物館では、人々を魅了してやまないこの絵巻の全貌を伝え、る特別展「国宝 信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天信仰の至宝】が開催中です。国宝 粉河寺縁起絵巻 、重要文化財 聖徳太子童形坐像(伝七歳像)円快作なども展示中。
学芸員さんのコメント「信貴山縁起絵巻の魅力はなんといっても描写の素晴らしさです。線描や色彩も美しく、物語の展開が現代のアニメーションのように流れるように続き、場面がアップになったり左右に振ったりと遠近感が自在です。現代アニメの巨匠、高畑勲監督もこの絵巻を絶賛しています。また、本展では朝護孫子寺の寺宝の数々や、法隆寺や唐招提寺 など寺外の名宝も併せて展示することで、当時の都の人々が共有していた変化に富んだ信仰の様相に迫ります。6週間にわたる全期間中、全三巻、全画面を同時にお披露目できるのは史上初めてといえます。この機会に信貴山縁起絵巻の魅力を存分に味わってください」
人物の豊かな表情(いい意味で漫画的)、異時同図法や視点移動を意図した構図、遠近法を使った空間処理など、同時代の中国絵画と比べても、際立った作品だと思います。
特に行列もなく、16時すぎにはゆっくり鑑賞することができました。全会期中を通じて三巻すべての場面を同時公開する史上初めての試みであり、全長35m、奇跡のストーリーが一堂に会すまたとないチャンスです、ぜひ実物を見て楽しんでください。
第2室の奥に映像コーナーがあって、絵巻3巻の詳しい解説をビジュアルに見て、見どころを学ぶことができます。全部で30分弱くらいかかりますが、最初にこちらを見ることをぜひおすすめします。
■特別展 【国宝】信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天信仰の至宝
会場/奈良国立博物館(奈良市)
会期/2016年4月9日(土)〜5月22日(日)
住所/奈良市登大路町50(奈良公園内)
電話番号/050-5542-8600(ハローダイヤル)
料金/一般1300円 大高生900円 中小生500円 ※左記料金で名品展も観覧可能
開館時間/9時30分から17時まで、4月29日以降の金曜日は19時まで(入館は閉館30分前まで)