2016年02月06日
刑法 予備試験平成23年度
1 腹部に果物ナイフが刺さった乙に「早く楽にして」と言われ、殺意をもって乙の首を両手で絞めつけて意識を喪失させ、家を燃やして乙を一酸化炭素中毒死させた行為に嘱託殺人罪の成否を検討する(202条後段)。
(1)首という身体の枢要部を両手で絞めつける行為は殺人の現実的危険を伴うから嘱託殺人罪の実行行為に当たる。
(2)死の結果との間に因果関係があるか問題となる。
因果関係は法的評価の問題だから自然的な条件関係のみを判断する条件説は妥当でない。相当因果関係説のうち折衷説は客観的構成要件である因果関係に行為者の主観を持ち込む点で妥当でなく、客観説は事後的に検証して因果経過の通常性が認められない場合が想定できず妥当でない。因果関係の判断は行為の危険が現実化したかを基準に行うべきであり、介在事情が結果の主因になった場合には、介在事情が起こる蓋然性が要件に加わると考える。
本件は、介在事情である甲の放火行為によって生じた煙による一酸化炭素中毒が死因であるから、介在事情が結果の主因になった場合である。嘱託殺人の実行行為者が証拠を消すために建物の放火行為に及ぶことはありえないことではないから、介在事情が起こる蓋然性は認められる。そして。実行行為により意識喪失状態にならなければ木造2階建て家屋である甲宅から脱出することは可能かつ容易であったといえるから、実行行為の危険は現実化したと言える。
したがって、因果関係はある。
(3)もっとも、甲は首を絞める行為により既に乙が死亡していると認識して放火行為に及んでいるから、因果関係の錯誤が故意(38条1項)を阻却しないか問題となる。
ア 因果関係が故意の対象か
故意とは犯罪事実の認識・予見であり、犯罪事実は構成要件として示されている。そして因果関係は構成要件要素である。したがって、因果関係も故意の対象である。
イ 因果関係の錯誤の有無
因果関係はあるかないかが重要で、因果経過の錯誤は故意を阻却しないという解釈もあるが、それだと因果関係を故意の対象とする意味がないから妥当でない。行為者の認識した因果経過と実際の因果経過の齟齬が相当因果関係の範囲内か否かを基準にする解釈もあるが、相当性の判断基底をどうするかの問題があることに加え、因果関係の判断で相当因果関係説を採らない自説からは採用できない。
因果関係の錯誤は故意という主観的構成要件要素の問題であるから、行為者の認識を基準として、行為者の認識した因果経過と実際の因果経過との齟齬が結果発生態様のバリエーションの問題と言えるか否かを判断すべきと考える。
本件は、甲は実行行為の当時に甲宅に放火する計画はなかったのであるから、そのような甲の認識を基準とすると、首を絞める行為からではなく、放火した後の一酸化炭素中毒で死亡するという結果はまったくの偶然であり、結果発生態様のバリエーションの問題とは言えない。
したがって、甲の因果関係の錯誤は故意を阻却し、嘱託殺人既遂罪は成立しない。
(4)同行為に嘱託殺人未遂罪(203条、202条後段)および乙が生きているということを確認しなかった注意義務違反に「過失」(210条)が認められるため、過失致死罪が成立する。
2 乙がいる甲宅に放火した行為に現住建造物放火罪(108条)の成否を検討する。
(1)灯油をまきライターで点火する行為は放火により公共の危険を生じさせる現実的危険を有する行為だから108条の実行行為たる「放火」に当たる。
(2)甲宅は全焼し、効用を喪失しているから「焼損」に当たる。
(3)甲宅には乙がいたから「現に人がいる建造物」(現住性)を満たす。
(4)もっとも、甲は乙が死亡していると認識しているから現住性に錯誤があり、109条の故意しかない。このような異なる構成要件間の錯誤(抽象的事実の錯誤)が故意を阻却するかが問題となる。
故意責任の本質は構成要件該当事実を認識しつつあえて実行行為に及んだことに対する非難であるから、構成要件が重なり合う範囲で軽い罪が成立すると解する。
本件は、109条の故意は108条の故意と重なり合う関係にあるから、甲には軽い109条の故意が認められる。そして、甲建物は自己所有であるが抵当権の実行を通告されており、甲はそれを認識しているから、109条1項の故意が認められる(115条)。
(5)したがって、甲の行為に他人所有非現住建造物放火罪(109条1項)が成立する。
3 乙の殺人罪の証拠である丙の死体を燃やした行為に証拠隠滅罪(104条)が成立する。
4 丙の死体を燃やした行為に死体損壊罪(190条)が成立する。
5 罪数
甲には@嘱託殺人未遂罪、A過失致死罪、B他人所有非現住建造物放火罪、C証拠隠滅罪、D死体損壊罪が成立する。ABCDは1個の行為によるが、すべて保護法益が異なるから併合罪(45条)となる。@とも併合罪である。 以上
(1)首という身体の枢要部を両手で絞めつける行為は殺人の現実的危険を伴うから嘱託殺人罪の実行行為に当たる。
(2)死の結果との間に因果関係があるか問題となる。
因果関係は法的評価の問題だから自然的な条件関係のみを判断する条件説は妥当でない。相当因果関係説のうち折衷説は客観的構成要件である因果関係に行為者の主観を持ち込む点で妥当でなく、客観説は事後的に検証して因果経過の通常性が認められない場合が想定できず妥当でない。因果関係の判断は行為の危険が現実化したかを基準に行うべきであり、介在事情が結果の主因になった場合には、介在事情が起こる蓋然性が要件に加わると考える。
本件は、介在事情である甲の放火行為によって生じた煙による一酸化炭素中毒が死因であるから、介在事情が結果の主因になった場合である。嘱託殺人の実行行為者が証拠を消すために建物の放火行為に及ぶことはありえないことではないから、介在事情が起こる蓋然性は認められる。そして。実行行為により意識喪失状態にならなければ木造2階建て家屋である甲宅から脱出することは可能かつ容易であったといえるから、実行行為の危険は現実化したと言える。
したがって、因果関係はある。
(3)もっとも、甲は首を絞める行為により既に乙が死亡していると認識して放火行為に及んでいるから、因果関係の錯誤が故意(38条1項)を阻却しないか問題となる。
ア 因果関係が故意の対象か
故意とは犯罪事実の認識・予見であり、犯罪事実は構成要件として示されている。そして因果関係は構成要件要素である。したがって、因果関係も故意の対象である。
イ 因果関係の錯誤の有無
因果関係はあるかないかが重要で、因果経過の錯誤は故意を阻却しないという解釈もあるが、それだと因果関係を故意の対象とする意味がないから妥当でない。行為者の認識した因果経過と実際の因果経過の齟齬が相当因果関係の範囲内か否かを基準にする解釈もあるが、相当性の判断基底をどうするかの問題があることに加え、因果関係の判断で相当因果関係説を採らない自説からは採用できない。
因果関係の錯誤は故意という主観的構成要件要素の問題であるから、行為者の認識を基準として、行為者の認識した因果経過と実際の因果経過との齟齬が結果発生態様のバリエーションの問題と言えるか否かを判断すべきと考える。
本件は、甲は実行行為の当時に甲宅に放火する計画はなかったのであるから、そのような甲の認識を基準とすると、首を絞める行為からではなく、放火した後の一酸化炭素中毒で死亡するという結果はまったくの偶然であり、結果発生態様のバリエーションの問題とは言えない。
したがって、甲の因果関係の錯誤は故意を阻却し、嘱託殺人既遂罪は成立しない。
(4)同行為に嘱託殺人未遂罪(203条、202条後段)および乙が生きているということを確認しなかった注意義務違反に「過失」(210条)が認められるため、過失致死罪が成立する。
2 乙がいる甲宅に放火した行為に現住建造物放火罪(108条)の成否を検討する。
(1)灯油をまきライターで点火する行為は放火により公共の危険を生じさせる現実的危険を有する行為だから108条の実行行為たる「放火」に当たる。
(2)甲宅は全焼し、効用を喪失しているから「焼損」に当たる。
(3)甲宅には乙がいたから「現に人がいる建造物」(現住性)を満たす。
(4)もっとも、甲は乙が死亡していると認識しているから現住性に錯誤があり、109条の故意しかない。このような異なる構成要件間の錯誤(抽象的事実の錯誤)が故意を阻却するかが問題となる。
故意責任の本質は構成要件該当事実を認識しつつあえて実行行為に及んだことに対する非難であるから、構成要件が重なり合う範囲で軽い罪が成立すると解する。
本件は、109条の故意は108条の故意と重なり合う関係にあるから、甲には軽い109条の故意が認められる。そして、甲建物は自己所有であるが抵当権の実行を通告されており、甲はそれを認識しているから、109条1項の故意が認められる(115条)。
(5)したがって、甲の行為に他人所有非現住建造物放火罪(109条1項)が成立する。
3 乙の殺人罪の証拠である丙の死体を燃やした行為に証拠隠滅罪(104条)が成立する。
4 丙の死体を燃やした行為に死体損壊罪(190条)が成立する。
5 罪数
甲には@嘱託殺人未遂罪、A過失致死罪、B他人所有非現住建造物放火罪、C証拠隠滅罪、D死体損壊罪が成立する。ABCDは1個の行為によるが、すべて保護法益が異なるから併合罪(45条)となる。@とも併合罪である。 以上
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