2016年02月06日
刑法 平成22年度第1問
問題文
甲は、かつて働いていたA社に忍び込んで金品を盗もうと考え、親友であるA社の従業員乙にこの計画を打ち明けて、その援助を依頼した。以下省略
回答
1 甲の罪責
(1)窃盗目的でB社建物という「建造物」(130条)内に入った行為はB社管理権者の意思に反する立ち入りだから「侵入」(同)に当たり、建造物侵入罪が成立する。
(2)バールでB社の金庫という「他人の物」(261条)をこじ開けて金庫の効用を喪失させた行為は「損壊」(同)に当たり、器物損壊罪が成立する。
(3)現金という「他人の財物」(235条)を盗み占有を移転させた行為は「窃取」(同)に当たり、窃盗罪が成立する。
(4)書類の束に手が触れ書類の束を石油ストーブの上に落とし、石油ストーブの火を燃え移らせて煙を上げ、すなわち独立に燃焼させた行為は「焼損」(116条1項)に当たり、失火罪が成立する。
(5)甲が、消火をせずに立ち去り、B社の建物を全焼させた行為に他人所有非現住建造物放火罪(109条)の成否を検討する。
ア B社は住居(人の起臥寝食の場所として日常使用されるもの)ではなく、また、放火当時に人はいなかった。また、B社は住居、邸宅以外の建造物だから「建造物」の要件は満たす。
イ 同罪は「放火」が実行の着手に当たる行為であるが、甲は消火をしないという不作為を行っているのみなので、不作為が「放火」にあたるか問題となる。
実行行為とは構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為を言い、不作為であってもその危険を生じさせることはできるから、不作為も実行行為となり得る。しかし、処罰範囲の限定のため@法的作為義務がありA作為の可能性・容易性が認められることが作為犯との構成要件的同価値性を認める要件となると考える。そして、@を認めるためには、保障者的地位にあることが必要である。保障者的地位にあると言えるためには、自らが構成要件的結果発生の因果の流れを設定し、その流れが結果発生に至る過程を支配していたことが必要と考えられるから、@危険の創出とA排他的支配が必要と解する。
本件では、甲は、(4)の失火罪が成立した行為によりB社建物が焼失する危険を創出している(@)。そして当時B社建物内には誰もおらず、甲がストーブの上から燃え落ちた火が床にも燃え移りそうになったのを認識した時点で消火できるのは甲のみであったと認められるから、排他的支配がある(A)。そのため@法的作為義務が認められる。また、近くに消火器があり消火はA可能かつ容易であった。
したがって、甲の不作為は109条の罪の実行行為に当たる。
ウ B社建物は全焼しているが、丙の行為が介在しているため因果関係が認められるかが問題となる。
(ア)不作為犯の因果関係は観念できないという見解もあり得るが、不作為に実行行為性が認められる場合には、その実行行為の危険が現実化したと言えるかを判断すべき点は作為犯と異ならない。そのため不作為犯にも因果関係を観念できると考える。そして、因果関係を認める要件は、作為がなされていれば結果防止が合理的な疑いを超える程度に確実であることと解する。判例もそう解している。
(イ)しかし、本件が判例と違うのは、甲が消火をしないという不作為により結果発生に向けた因果の流れを設定した後の過程で、丙の不作為が介在している点である。不作為犯に第三者の故意行為の介在があった場合の因果関係の判断基準が問題となる。
この点は判例がないが、作為犯も期待された不作為がなされなかったから結果発生に至ったという点で、不作為犯と本質的な違いはない。そこで、作為犯の第三者の故意行為介在の事例と同様に考えれば足りると解する。そして、作為犯で第三者の故意行為が介在した場合には、結果発生の直接的原因が実行行為なのか介在行為なのかで要件を以下のように異にすべきである。すなわち、実行行為が結果の直接的原因となった場合には、介在行為いかんにかかわらず因果関係が認められる。介在行為が結果の直接的原因となった場合には、実行行為から当該故意行為が介在する可能性がなければ実行行為の危険が結果に現実化したとは言えないため、実行行為から介在事情が生じる可能性が要件に加わる。
(ウ)本件についてみると、近くにあった消火器で消火をすれば結果発生防止は合理的な疑いを超える程度に確実と言える。そして、第三者丙の介在行為は消化をしないという不作為であるから、結果発生の直接的原因は甲の実行行為であり、介在行為の起こる可能性の要件は不要である。そうすると、本件では甲の不作為が丙の不作為を経由して結果を発生させたと認められ、甲の不作為と結果との因果関係が認められる。
エ 放火罪の不作為の故意(犯罪事実の認識・予見)の内容として、既存の火を利用する意思を要求する古い判例があるが、不要と解する。本件でも、甲には火を放置すれば建物全体に燃え広がる認識はあったから、故意は認められる。
オ 以上より、甲に他人所有非現住建造物放火罪が成立する。
(6)失火罪は他人所有非現住建造物放火罪の危険創出行為として評価したから、同罪に吸収される。建造物侵入罪は窃盗罪と牽連犯(54条1項後段)となる。窃盗罪と放火罪は併合罪(45条)である。
2 乙の罪責
甲に窃盗の援助を依頼され、A社の通用口の施錠を外した行為に建造物侵入罪及び窃盗罪の共同正犯(60条、130条、235条)あるいは同罪の幇助犯(62条)の成否を検討する。
(1)客観的要件
共同正犯を含む共犯の処罰根拠は結果に因果性を与えた点にあるから、因果性が共同正犯幇助犯共通の要件となる。
本件では甲はA社に侵入しなかったのであるから乙の行為は物理的因果性を及ぼしていない。しかし、乙は甲の親友であり、甲は乙に犯行を打ち明けることによって少なからず犯行の決意を固め、窃盗罪を犯しやすくなったと評価できるから、心理的因果性は認められる。
続いて、共同正犯と幇助犯のいずれが成立するのかの区別については、自己の犯罪か否かによるのが判例である。自己の犯罪か否かについては@動機、A人間関係、B意思形成過程の積極性、C加担行為の内容、D犯行後の行為状況、E犯罪の性質を考慮する。
本件では、確かにB乙は甲のためにA社の通用口の鍵を開けておくことを提案しており、意思形成過程の積極性が認められる。しかし、B甲乙間に乙が分け前をもらう約束はなく、D実際にもらっていない。また、C乙が施錠を外した行為は前述のように実際に役に立つことはなかった。
以上のことから、乙は自己の犯罪として関与したとはいえず、住居侵入罪及び窃盗罪の幇助犯が成立しうるにとどまる。なお、器物損壊罪、失火罪及び放火罪については故意がないから成立しない。
(2)主観的要件
もっとも、乙はA社に侵入・窃盗する認識でいたところ、甲はB社への侵入・窃盗を実現したから、乙の事実の錯誤(方法の錯誤)が故意を阻却しないか問題となる。
故意(38条1項)とは犯罪事実の認識・予見であり、故意犯が過失犯よりも重く処罰されるのは犯罪事実を認識して反対動機を形成せずに実行行為に及んだ点にあると解する。そして犯罪事実は構成要件として与えられているから、幇助者が認識した事実と実行行為者が実現した事実が構成要件の範囲内で符合していれば故意は阻却されないと解する。
本件は、A社であってもB社であっても構成要件は変わらない。
したがって、故意は阻却されない。
(3)結論
以上より、乙に住居侵入罪、窃盗罪の幇助犯が成立する。両者は牽連犯である。
3 丙の罪責
消化しない不作為によりB社を全焼させた行為に非現住建造物放火罪(109条)の成否を検討する。
(1)実行行為性の有無を、前述の基準に当てはめる。
危険創出の有無が問題となる。たしかに、危険を創出したのは甲の過失行為という見方もできるが、丙はストーブを消し忘れるという過失行為があるので、これを危険創出行為とみることができる(@)。そして、丙は事務所に戻って床が燃えているのを目撃し、この時点ではB社建物内にいるのは丙のみであるから、排他的支配を有した(A)。よって@法的作為義務たる保障者的地位が認められる。そして、A近くにあった消火器で消火するのは可能かつ容易であった。
したがって、丙が消火しなかった行為は109条の実行行為に当たる。
(2)丙が消火していればB社建物は全焼しなかったことは合理的な疑いを超える程度に確実だから、因果関係もある。
(3)既存の火を利用する意思は故意の内容として不要であり、本件も故意は認められる。
(4)したがって、丙に他人所有非現住建造物放火罪が成立する。 以上
甲は、かつて働いていたA社に忍び込んで金品を盗もうと考え、親友であるA社の従業員乙にこの計画を打ち明けて、その援助を依頼した。以下省略
回答
1 甲の罪責
(1)窃盗目的でB社建物という「建造物」(130条)内に入った行為はB社管理権者の意思に反する立ち入りだから「侵入」(同)に当たり、建造物侵入罪が成立する。
(2)バールでB社の金庫という「他人の物」(261条)をこじ開けて金庫の効用を喪失させた行為は「損壊」(同)に当たり、器物損壊罪が成立する。
(3)現金という「他人の財物」(235条)を盗み占有を移転させた行為は「窃取」(同)に当たり、窃盗罪が成立する。
(4)書類の束に手が触れ書類の束を石油ストーブの上に落とし、石油ストーブの火を燃え移らせて煙を上げ、すなわち独立に燃焼させた行為は「焼損」(116条1項)に当たり、失火罪が成立する。
(5)甲が、消火をせずに立ち去り、B社の建物を全焼させた行為に他人所有非現住建造物放火罪(109条)の成否を検討する。
ア B社は住居(人の起臥寝食の場所として日常使用されるもの)ではなく、また、放火当時に人はいなかった。また、B社は住居、邸宅以外の建造物だから「建造物」の要件は満たす。
イ 同罪は「放火」が実行の着手に当たる行為であるが、甲は消火をしないという不作為を行っているのみなので、不作為が「放火」にあたるか問題となる。
実行行為とは構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為を言い、不作為であってもその危険を生じさせることはできるから、不作為も実行行為となり得る。しかし、処罰範囲の限定のため@法的作為義務がありA作為の可能性・容易性が認められることが作為犯との構成要件的同価値性を認める要件となると考える。そして、@を認めるためには、保障者的地位にあることが必要である。保障者的地位にあると言えるためには、自らが構成要件的結果発生の因果の流れを設定し、その流れが結果発生に至る過程を支配していたことが必要と考えられるから、@危険の創出とA排他的支配が必要と解する。
本件では、甲は、(4)の失火罪が成立した行為によりB社建物が焼失する危険を創出している(@)。そして当時B社建物内には誰もおらず、甲がストーブの上から燃え落ちた火が床にも燃え移りそうになったのを認識した時点で消火できるのは甲のみであったと認められるから、排他的支配がある(A)。そのため@法的作為義務が認められる。また、近くに消火器があり消火はA可能かつ容易であった。
したがって、甲の不作為は109条の罪の実行行為に当たる。
ウ B社建物は全焼しているが、丙の行為が介在しているため因果関係が認められるかが問題となる。
(ア)不作為犯の因果関係は観念できないという見解もあり得るが、不作為に実行行為性が認められる場合には、その実行行為の危険が現実化したと言えるかを判断すべき点は作為犯と異ならない。そのため不作為犯にも因果関係を観念できると考える。そして、因果関係を認める要件は、作為がなされていれば結果防止が合理的な疑いを超える程度に確実であることと解する。判例もそう解している。
(イ)しかし、本件が判例と違うのは、甲が消火をしないという不作為により結果発生に向けた因果の流れを設定した後の過程で、丙の不作為が介在している点である。不作為犯に第三者の故意行為の介在があった場合の因果関係の判断基準が問題となる。
この点は判例がないが、作為犯も期待された不作為がなされなかったから結果発生に至ったという点で、不作為犯と本質的な違いはない。そこで、作為犯の第三者の故意行為介在の事例と同様に考えれば足りると解する。そして、作為犯で第三者の故意行為が介在した場合には、結果発生の直接的原因が実行行為なのか介在行為なのかで要件を以下のように異にすべきである。すなわち、実行行為が結果の直接的原因となった場合には、介在行為いかんにかかわらず因果関係が認められる。介在行為が結果の直接的原因となった場合には、実行行為から当該故意行為が介在する可能性がなければ実行行為の危険が結果に現実化したとは言えないため、実行行為から介在事情が生じる可能性が要件に加わる。
(ウ)本件についてみると、近くにあった消火器で消火をすれば結果発生防止は合理的な疑いを超える程度に確実と言える。そして、第三者丙の介在行為は消化をしないという不作為であるから、結果発生の直接的原因は甲の実行行為であり、介在行為の起こる可能性の要件は不要である。そうすると、本件では甲の不作為が丙の不作為を経由して結果を発生させたと認められ、甲の不作為と結果との因果関係が認められる。
エ 放火罪の不作為の故意(犯罪事実の認識・予見)の内容として、既存の火を利用する意思を要求する古い判例があるが、不要と解する。本件でも、甲には火を放置すれば建物全体に燃え広がる認識はあったから、故意は認められる。
オ 以上より、甲に他人所有非現住建造物放火罪が成立する。
(6)失火罪は他人所有非現住建造物放火罪の危険創出行為として評価したから、同罪に吸収される。建造物侵入罪は窃盗罪と牽連犯(54条1項後段)となる。窃盗罪と放火罪は併合罪(45条)である。
2 乙の罪責
甲に窃盗の援助を依頼され、A社の通用口の施錠を外した行為に建造物侵入罪及び窃盗罪の共同正犯(60条、130条、235条)あるいは同罪の幇助犯(62条)の成否を検討する。
(1)客観的要件
共同正犯を含む共犯の処罰根拠は結果に因果性を与えた点にあるから、因果性が共同正犯幇助犯共通の要件となる。
本件では甲はA社に侵入しなかったのであるから乙の行為は物理的因果性を及ぼしていない。しかし、乙は甲の親友であり、甲は乙に犯行を打ち明けることによって少なからず犯行の決意を固め、窃盗罪を犯しやすくなったと評価できるから、心理的因果性は認められる。
続いて、共同正犯と幇助犯のいずれが成立するのかの区別については、自己の犯罪か否かによるのが判例である。自己の犯罪か否かについては@動機、A人間関係、B意思形成過程の積極性、C加担行為の内容、D犯行後の行為状況、E犯罪の性質を考慮する。
本件では、確かにB乙は甲のためにA社の通用口の鍵を開けておくことを提案しており、意思形成過程の積極性が認められる。しかし、B甲乙間に乙が分け前をもらう約束はなく、D実際にもらっていない。また、C乙が施錠を外した行為は前述のように実際に役に立つことはなかった。
以上のことから、乙は自己の犯罪として関与したとはいえず、住居侵入罪及び窃盗罪の幇助犯が成立しうるにとどまる。なお、器物損壊罪、失火罪及び放火罪については故意がないから成立しない。
(2)主観的要件
もっとも、乙はA社に侵入・窃盗する認識でいたところ、甲はB社への侵入・窃盗を実現したから、乙の事実の錯誤(方法の錯誤)が故意を阻却しないか問題となる。
故意(38条1項)とは犯罪事実の認識・予見であり、故意犯が過失犯よりも重く処罰されるのは犯罪事実を認識して反対動機を形成せずに実行行為に及んだ点にあると解する。そして犯罪事実は構成要件として与えられているから、幇助者が認識した事実と実行行為者が実現した事実が構成要件の範囲内で符合していれば故意は阻却されないと解する。
本件は、A社であってもB社であっても構成要件は変わらない。
したがって、故意は阻却されない。
(3)結論
以上より、乙に住居侵入罪、窃盗罪の幇助犯が成立する。両者は牽連犯である。
3 丙の罪責
消化しない不作為によりB社を全焼させた行為に非現住建造物放火罪(109条)の成否を検討する。
(1)実行行為性の有無を、前述の基準に当てはめる。
危険創出の有無が問題となる。たしかに、危険を創出したのは甲の過失行為という見方もできるが、丙はストーブを消し忘れるという過失行為があるので、これを危険創出行為とみることができる(@)。そして、丙は事務所に戻って床が燃えているのを目撃し、この時点ではB社建物内にいるのは丙のみであるから、排他的支配を有した(A)。よって@法的作為義務たる保障者的地位が認められる。そして、A近くにあった消火器で消火するのは可能かつ容易であった。
したがって、丙が消火しなかった行為は109条の実行行為に当たる。
(2)丙が消火していればB社建物は全焼しなかったことは合理的な疑いを超える程度に確実だから、因果関係もある。
(3)既存の火を利用する意思は故意の内容として不要であり、本件も故意は認められる。
(4)したがって、丙に他人所有非現住建造物放火罪が成立する。 以上
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