2016年02月06日
刑法 平成21年度第1問
甲及び乙は、路上を歩いていた際、日ごろから仲の悪いAと出会い、口論となったところ、立腹したAは甲及び乙に対し殴りかかった。甲は、この機会を利用してAに怪我を負わせてやろうと考えたが、その旨を秘し、乙に対し、「一緒に反撃しよう。」と言ったところ、乙は甲の真意を知らずに甲と共に反撃することを了承した。そして、甲は、Aの頭部を右拳で殴り付け、乙は、そばに落ちていた木の棒を拾い上げ、Aの頭部を殴り付けた結果、Aは路上に倒れこんだ。この時、現場をたまたま通りかかった丙は、既にAが路上に倒れていることを認識しながら、仲間の乙に加勢するため、自ら別の木の棒を拾い上げ、乙と共にAの頭部を多数回殴打したところ、Aは脳損傷により死亡した。なお、Aの死亡の結果がだれの行為によって生じたかは、明らかではない。
甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
1 乙の罪責
(1)乙はAが路上に倒れこむ前後に同人に対して木の棒で頭部を殴る暴行(人に対する物理力の行使)を加えているところ、これらを一連の行為と評価するか、倒れる以前の第一暴行とから倒れた後の第二暴行と評価するかが問題となる。行為の一個性の評価は構成要件的に重要な差異の有無を基準に決めるべきである。本件は後述のように第一暴行には正当防衛が成立していることが明らかな事案であるから、構成要件的に重要なのは正当防衛状況の連続性であり、具体的には時間的場所的連続性、侵害の継続性、防衛の意思の連続性を基準にすべきである。
本件は時間的場所的連続性と防衛の意思の連続性は認められる。そして、侵害の継続性については明らかでないから、以下場合分けして論じる。
(2)侵害が継続していた場合
Aが倒れた後もまだ甲乙に対して殴りかかる構えを見せていた等、侵害の継続性が認められる場合には、第一暴行と第二暴行はAによる急迫不正の侵害に対する一連の防衛行為とみて正当防衛の成否を検討すべきである。
本件では、Aが口論の際甲及び乙に対して殴りかかってきたから、甲及び乙の身体に対する侵害の急迫性が認められ、殴りかかる行為は身体に対する物理力の行使だから暴行罪を構成しており不正性も認められる。
「防衛するため」という文言から防衛の意思が必要と解されるが、判例は防衛行為の相当性が認められる事案で防衛の意思を否定するのは稀であるため、防衛の意思の内容としては急迫不正の侵害を認識しつつこれに対応する単純な心理状態で足り、体系的には責任阻却要件と解する。乙は甲の「一緒に反撃しよう」という言に了承して反撃したのだから、防衛の意思は認められる。
「やむを得ずにした行為」とは防衛行為の相当性を意味する。正当防衛が構成要件該当行為の違法性を阻却するのは急迫不正の侵害に対して法益を保全する利益があることに加え、正当防衛がなされることにより侵害行為の違法性が確証されることにあるのだから、緊急避難と異なり、補充性は必要ない。本件は第一行為の時点で素手のAに対して木の棒という武器を使っており武器対等の原則に反するだけでなく、第二暴行においては倒れこんでおり十分な反撃ができない状態のAに対しほぼ一方的に攻撃を加えているから、防衛行為は相当性を満たさない。
したがって、乙の一連の行為に正当防衛は成立せず、過剰防衛(36条2項)となる。過剰防衛ゆえに乙に傷害致死罪(205条)は成立するが、違法性と責任が減少するため刑が任意的に減免される。
(3)侵害が継続していなかった場合
この場合は第一暴行が暴行罪の共同正犯の構成要件に該当し、207条により傷害致死罪の共同正犯と評価される。前者は後者に吸収される。207条は複数人による暴行があった場合に傷害が誰の行為によって生じたか不明なことが多く、誰にも傷害罪を問うことができない不都合性から傷害結果に至る因果関係の立証責任を転換した規定であり、この趣旨は傷害致死罪にもあてはまるから、207条は傷害致死罪にも適用されると解する。もっとも、第一暴行には正当防衛がして罪とならない。武器対等の原則に反するから過剰防衛とも思えるが、木の棒で殴るのと素手で殴るのはそれほど異質な行為とは言えず、なお防衛行為の相当性を逸脱していない。
一方、第二暴行には暴行罪の構成要件に該当し、207条により傷害致死罪が成立し、前者は後者に吸収される。
最終的には傷害致死罪の共同正犯一罪が成立する。
2 甲の罪責
(1)第一暴行について
Aの頭部を右拳で殴りつけた行為は暴行罪の共同正犯の構成要件に該当し、207条により傷害致死罪の共同正犯の構成要件該当行為と評価されるが、正当防衛が成立するため罪とならない。甲はAが殴りかかってきた際、この機会を利用してAにけがを負わせてやろうという攻撃意思を有していたが防衛の意思も有しており、防衛の意思は攻撃の意思と共存していても認められるため、正当防衛の成立は否定されない。
したがって、何らの犯罪も成立しない。
(2)第二暴行について
甲は第一行為を乙と共謀したため、乙が行った第二行為についても責任を負わないか問題となる。
ア 侵害が継続していなかった場合
この場合は第一暴行と第二暴行はわけて考えるため、第一暴行の共謀は第二暴行に影響せず、また、甲は第二暴行について新たな共謀をしていないため、第二暴行については責任を負わない。
イ 侵害が継続していた場合
乙を実行行為者とする傷害致死罪の共同正犯の罪責を負う。
3 丙の罪責
(1)乙とともにAの頭部を木の棒で殴打した行為は暴行罪の単独正犯の構成要件に該当する。丙は仲間の乙に加勢するために行っているが、乙は丙に加勢を求めておらず、認識すらしていないため、「共同して」といえるか。片面的共同正犯が成立するかが問題となる。
60条が一部実行全部責任を認めたのは実行行為及び結果に対して物理的心理的因果性を及ぼしたからである。片面的共同正犯は物理的因果性を及ぼしているが心理的因果性を及ぼしていない。したがって、片面的共同正犯は認められない。
したがって、丙の行為が乙の行為と共同正犯になることはない。
(2)片面的共同正犯を肯定した場合には甲乙により行われた第一暴行について承継的共同正犯の成否が問題となるが、自説は第二暴行について乙丙の共犯関係を否定するため、承継的共同正犯の問題とはならない。
(3)(1)で検討した暴行罪の単独正犯は、207条により傷害致死罪の単独正犯となる。
最終的に、丙には傷害致死罪の単独正犯が成立する。 以上
甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
1 乙の罪責
(1)乙はAが路上に倒れこむ前後に同人に対して木の棒で頭部を殴る暴行(人に対する物理力の行使)を加えているところ、これらを一連の行為と評価するか、倒れる以前の第一暴行とから倒れた後の第二暴行と評価するかが問題となる。行為の一個性の評価は構成要件的に重要な差異の有無を基準に決めるべきである。本件は後述のように第一暴行には正当防衛が成立していることが明らかな事案であるから、構成要件的に重要なのは正当防衛状況の連続性であり、具体的には時間的場所的連続性、侵害の継続性、防衛の意思の連続性を基準にすべきである。
本件は時間的場所的連続性と防衛の意思の連続性は認められる。そして、侵害の継続性については明らかでないから、以下場合分けして論じる。
(2)侵害が継続していた場合
Aが倒れた後もまだ甲乙に対して殴りかかる構えを見せていた等、侵害の継続性が認められる場合には、第一暴行と第二暴行はAによる急迫不正の侵害に対する一連の防衛行為とみて正当防衛の成否を検討すべきである。
本件では、Aが口論の際甲及び乙に対して殴りかかってきたから、甲及び乙の身体に対する侵害の急迫性が認められ、殴りかかる行為は身体に対する物理力の行使だから暴行罪を構成しており不正性も認められる。
「防衛するため」という文言から防衛の意思が必要と解されるが、判例は防衛行為の相当性が認められる事案で防衛の意思を否定するのは稀であるため、防衛の意思の内容としては急迫不正の侵害を認識しつつこれに対応する単純な心理状態で足り、体系的には責任阻却要件と解する。乙は甲の「一緒に反撃しよう」という言に了承して反撃したのだから、防衛の意思は認められる。
「やむを得ずにした行為」とは防衛行為の相当性を意味する。正当防衛が構成要件該当行為の違法性を阻却するのは急迫不正の侵害に対して法益を保全する利益があることに加え、正当防衛がなされることにより侵害行為の違法性が確証されることにあるのだから、緊急避難と異なり、補充性は必要ない。本件は第一行為の時点で素手のAに対して木の棒という武器を使っており武器対等の原則に反するだけでなく、第二暴行においては倒れこんでおり十分な反撃ができない状態のAに対しほぼ一方的に攻撃を加えているから、防衛行為は相当性を満たさない。
したがって、乙の一連の行為に正当防衛は成立せず、過剰防衛(36条2項)となる。過剰防衛ゆえに乙に傷害致死罪(205条)は成立するが、違法性と責任が減少するため刑が任意的に減免される。
(3)侵害が継続していなかった場合
この場合は第一暴行が暴行罪の共同正犯の構成要件に該当し、207条により傷害致死罪の共同正犯と評価される。前者は後者に吸収される。207条は複数人による暴行があった場合に傷害が誰の行為によって生じたか不明なことが多く、誰にも傷害罪を問うことができない不都合性から傷害結果に至る因果関係の立証責任を転換した規定であり、この趣旨は傷害致死罪にもあてはまるから、207条は傷害致死罪にも適用されると解する。もっとも、第一暴行には正当防衛がして罪とならない。武器対等の原則に反するから過剰防衛とも思えるが、木の棒で殴るのと素手で殴るのはそれほど異質な行為とは言えず、なお防衛行為の相当性を逸脱していない。
一方、第二暴行には暴行罪の構成要件に該当し、207条により傷害致死罪が成立し、前者は後者に吸収される。
最終的には傷害致死罪の共同正犯一罪が成立する。
2 甲の罪責
(1)第一暴行について
Aの頭部を右拳で殴りつけた行為は暴行罪の共同正犯の構成要件に該当し、207条により傷害致死罪の共同正犯の構成要件該当行為と評価されるが、正当防衛が成立するため罪とならない。甲はAが殴りかかってきた際、この機会を利用してAにけがを負わせてやろうという攻撃意思を有していたが防衛の意思も有しており、防衛の意思は攻撃の意思と共存していても認められるため、正当防衛の成立は否定されない。
したがって、何らの犯罪も成立しない。
(2)第二暴行について
甲は第一行為を乙と共謀したため、乙が行った第二行為についても責任を負わないか問題となる。
ア 侵害が継続していなかった場合
この場合は第一暴行と第二暴行はわけて考えるため、第一暴行の共謀は第二暴行に影響せず、また、甲は第二暴行について新たな共謀をしていないため、第二暴行については責任を負わない。
イ 侵害が継続していた場合
乙を実行行為者とする傷害致死罪の共同正犯の罪責を負う。
3 丙の罪責
(1)乙とともにAの頭部を木の棒で殴打した行為は暴行罪の単独正犯の構成要件に該当する。丙は仲間の乙に加勢するために行っているが、乙は丙に加勢を求めておらず、認識すらしていないため、「共同して」といえるか。片面的共同正犯が成立するかが問題となる。
60条が一部実行全部責任を認めたのは実行行為及び結果に対して物理的心理的因果性を及ぼしたからである。片面的共同正犯は物理的因果性を及ぼしているが心理的因果性を及ぼしていない。したがって、片面的共同正犯は認められない。
したがって、丙の行為が乙の行為と共同正犯になることはない。
(2)片面的共同正犯を肯定した場合には甲乙により行われた第一暴行について承継的共同正犯の成否が問題となるが、自説は第二暴行について乙丙の共犯関係を否定するため、承継的共同正犯の問題とはならない。
(3)(1)で検討した暴行罪の単独正犯は、207条により傷害致死罪の単独正犯となる。
最終的に、丙には傷害致死罪の単独正犯が成立する。 以上
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