2016年02月05日
刑法 平成19年度第2問
問題文
甲は、交番で勤務する警察官Xに恨みを抱いていたことから、Xを困らせるため、Xが仕事で使っている物を交番から持ち出し、仕事に支障を生じさせようと考えた。そこで、甲は、Xが勤務する交番に行き、制帽を脱いで業務日誌を書いているXに対し、「そこの道で交通事故があって人が倒れています。」とうそを言った。これを信じたXは、制帽と業務日誌を机の上に置いたまま、事故現場に急行するため慌てて交番から出て行ったので、甲は、翌日まで自宅に隠しておいたあと返還するつもりで、交番内からXの制帽と業務日誌を持ち出し、自宅に持ち帰った。
その日の夜、甲は、知人の乙と会い、「警察官を困らせるために交番から制帽と業務日誌を持ち出してきたが、もういいから、明日こっそり交番に返しておいてくれ。」と言ったところ、乙が、甲に対し、「警察官の制帽なら高く売れるよ。」といったので、甲は、業務日誌だけを乙に渡し、制帽については、Xに返すのをやめ、後に売るために自宅に保管しておくことにした。翌日、乙は、この業務日誌をもって交番に向かったが、その途中、このまま返すのが惜しくなり、この機会にXに金を出させようと思った。そこで、乙は、交番に着くと、Xに対し、「この業務日誌を拾った。マスコミに持って行かれたら困るだろう。10万円出せば返してやる。」と言ったが、Xは、これに応じなかった。
甲及び乙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
回答
1 甲の罪責
(1)Xに対し嘘を言って交番から出て行かせた行為は公務の執行を妨害しているが、暴行又は脅迫によるものではないため、公務執行妨害罪(95条1項)は成立しない。同行為に偽計業務妨害罪(233条)が成立するか検討する。
「業務」とは社会生活上の地位に基づき継続して行う事務を言うが、公務がこれに含まれるか問題となる。公務は暴行又は脅迫という限られた妨害手段に対してのみ保護されている(95条1項)のに対し、業務はそれ以外の緩やかな妨害手段から広く保護している。その根拠は、前述の「業務」の意義からは公務も業務に含まれるが、強制力を行使する権力的公務については業務妨害罪による保護が必要ないということと解する。
警察は強制力を行使する権力的公務である。
したがって、甲の行為に偽計業務妨害罪は成立しない。
(2)交番内からXの制帽と業務日誌を持ち出した行為に詐欺罪(236条1項)は成立しない。なぜなら、「そこの道で交通事故があって人が倒れています。」という欺罔行為は交付に向けられていないからである。そこで、同行為に窃盗罪(235条)の成否を検討する。
ア 制帽も業務日誌もXが所有する有体物だから「他人の財物」に当たる。
イ 「窃取」とは占有を移転させることであり、甲は制帽と業務日誌を持ち出しているからこの要件を満たす。
ウ 以上の故意(38条1項)のほかに、窃盗罪は財産罪であるから不法領得の意思が書かれざる要件として必要である。その内容は、不可罰的な使用窃盗との区別のための@権利者排除意思と、毀棄罪との区別のためのA経済的利用処分意思である。本件では、甲は翌日まで自宅に隠しておいたあと返還するつもりで持ち出しているから@を欠くようにも思えるが、制帽と業務日誌は一般人に貸し借りできない性質の物だから、@は認められると考える。しかし、甲はXを困らせるためにそれらを持ち出しているから、Aが欠ける。よって不法領得の意思が認められない。
エ したがって、窃盗罪は成立しない。
(3)制帽を持ち出した行為はXの制帽の効用を害する行為だから器物損壊罪(261条)が成立する。
(4)業務日誌は警察官Xという「公務員」(7条1項)が交番という「公務所」(7条2項)で使う文書だから「公務所の用に供する文書」(258条)に当たる。そして同条の「毀棄」は隠匿を含むところ、甲の持ち出し行為は隠匿に当たる。したがって、業務日誌を持ち出した行為には公用文書毀棄罪(258条)が成立する。
(5)乙に対し、制帽と業務日誌を交番に返すよう言った行為に盗品運搬罪の共同正犯(60条、256条2項)の成否を検討する。
ア 被害者の下へ届ける行為が「運搬」に当たるのかが問題となる。そもそも256条の保護法益は主に被害者の盗品に対する追求権だが、運搬者等が本犯を助長した点も処罰根拠となっていると解する。違法状態を維持する点が保護法益だという見解は、本犯者が保管していても違法状態が維持されているため保管罪が成立しかねず、説明として妥当でない。被害者の下へ運ぶ行為は追求権を害することはないが、本犯を助長する点は被害者の下以外へ運ぶ行為と異ならない。したがって、被害者の下へ運ぶ行為にも盗品運搬罪は成立すると解する。
イ 甲が乙に頼んだ行為は「共同」の要件たる共謀に当たる。そして、乙は共謀に基づき業務日誌についてXの下へ運んでいる。この運ぶ行為は「運搬」(256条2項)に当たる。
ウ しかし、盗品運搬罪は「盗品」の運搬について成立するところ、業務日誌は公文書毀棄罪によって占有されているにすぎず、「盗品」ではない。
ウ したがって、業務日誌について盗品運搬罪の共同正犯は成立しない。
(6)後で制帽を売るために制帽を自宅に保管した行為に盗品保管罪(256条2項)が成立する。甲は乙に「警察官の制帽なら高く売れるよ。」と言われて保管することを決意したのであり、この時点で不法領得の意思が認められるからである。
(7)罪数
@器物損壊罪、A公用文書毀棄罪、B盗品保管罪が成立しているが、@とAは同じ行為だから観念的競合(54条1項前段)による科刑上一罪となる。@AとBは保護法益が違うから併合罪(45条)となる。
2 乙の罪責
(1)甲に対し、「警察官の制帽なら高く売れるよ。」と言って甲に制帽の保管を決意させた行為に盗品保管罪の教唆犯(61条1項、256条2項)が成立する。乙は分け前をもらうわけではなく、提案したにすぎないから他人の犯罪と言えるため、共同正犯には問疑しない。
(2)Xに対し「マスコミに持って行かれたら困るだろう。10万円出せば返してやる。」と述べて10万円を請求した行為に恐喝罪(249条1項)が成立するか検討する。
ア 「恐喝」とは財物の交付に向けられた暴行又は脅迫であり、ここで言う脅迫は相手方を畏怖させるもので足りる。畏怖するか否かは客観的に判断する。本件では、警察官に対してその業務日誌をマスコミに持って行くと言うことは客観的に警察官を畏怖させる行為である。そして、甲は対価として10万円を要求しているから上記脅迫は財物の交付に向けられている。したがって、「恐喝」に当たる。
イ 恐喝罪が既遂となるためには恐喝によって畏怖し、畏怖に基づき財物を交付する必要がある。しかし、本件でXは10万円を交付しなかった。
ウ したがって、本件は恐喝未遂罪が成立するにとどまる(250条、249条1項)。
(3)@盗品保管罪の教唆犯とA恐喝未遂罪は併合罪となる。 以上
甲は、交番で勤務する警察官Xに恨みを抱いていたことから、Xを困らせるため、Xが仕事で使っている物を交番から持ち出し、仕事に支障を生じさせようと考えた。そこで、甲は、Xが勤務する交番に行き、制帽を脱いで業務日誌を書いているXに対し、「そこの道で交通事故があって人が倒れています。」とうそを言った。これを信じたXは、制帽と業務日誌を机の上に置いたまま、事故現場に急行するため慌てて交番から出て行ったので、甲は、翌日まで自宅に隠しておいたあと返還するつもりで、交番内からXの制帽と業務日誌を持ち出し、自宅に持ち帰った。
その日の夜、甲は、知人の乙と会い、「警察官を困らせるために交番から制帽と業務日誌を持ち出してきたが、もういいから、明日こっそり交番に返しておいてくれ。」と言ったところ、乙が、甲に対し、「警察官の制帽なら高く売れるよ。」といったので、甲は、業務日誌だけを乙に渡し、制帽については、Xに返すのをやめ、後に売るために自宅に保管しておくことにした。翌日、乙は、この業務日誌をもって交番に向かったが、その途中、このまま返すのが惜しくなり、この機会にXに金を出させようと思った。そこで、乙は、交番に着くと、Xに対し、「この業務日誌を拾った。マスコミに持って行かれたら困るだろう。10万円出せば返してやる。」と言ったが、Xは、これに応じなかった。
甲及び乙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
回答
1 甲の罪責
(1)Xに対し嘘を言って交番から出て行かせた行為は公務の執行を妨害しているが、暴行又は脅迫によるものではないため、公務執行妨害罪(95条1項)は成立しない。同行為に偽計業務妨害罪(233条)が成立するか検討する。
「業務」とは社会生活上の地位に基づき継続して行う事務を言うが、公務がこれに含まれるか問題となる。公務は暴行又は脅迫という限られた妨害手段に対してのみ保護されている(95条1項)のに対し、業務はそれ以外の緩やかな妨害手段から広く保護している。その根拠は、前述の「業務」の意義からは公務も業務に含まれるが、強制力を行使する権力的公務については業務妨害罪による保護が必要ないということと解する。
警察は強制力を行使する権力的公務である。
したがって、甲の行為に偽計業務妨害罪は成立しない。
(2)交番内からXの制帽と業務日誌を持ち出した行為に詐欺罪(236条1項)は成立しない。なぜなら、「そこの道で交通事故があって人が倒れています。」という欺罔行為は交付に向けられていないからである。そこで、同行為に窃盗罪(235条)の成否を検討する。
ア 制帽も業務日誌もXが所有する有体物だから「他人の財物」に当たる。
イ 「窃取」とは占有を移転させることであり、甲は制帽と業務日誌を持ち出しているからこの要件を満たす。
ウ 以上の故意(38条1項)のほかに、窃盗罪は財産罪であるから不法領得の意思が書かれざる要件として必要である。その内容は、不可罰的な使用窃盗との区別のための@権利者排除意思と、毀棄罪との区別のためのA経済的利用処分意思である。本件では、甲は翌日まで自宅に隠しておいたあと返還するつもりで持ち出しているから@を欠くようにも思えるが、制帽と業務日誌は一般人に貸し借りできない性質の物だから、@は認められると考える。しかし、甲はXを困らせるためにそれらを持ち出しているから、Aが欠ける。よって不法領得の意思が認められない。
エ したがって、窃盗罪は成立しない。
(3)制帽を持ち出した行為はXの制帽の効用を害する行為だから器物損壊罪(261条)が成立する。
(4)業務日誌は警察官Xという「公務員」(7条1項)が交番という「公務所」(7条2項)で使う文書だから「公務所の用に供する文書」(258条)に当たる。そして同条の「毀棄」は隠匿を含むところ、甲の持ち出し行為は隠匿に当たる。したがって、業務日誌を持ち出した行為には公用文書毀棄罪(258条)が成立する。
(5)乙に対し、制帽と業務日誌を交番に返すよう言った行為に盗品運搬罪の共同正犯(60条、256条2項)の成否を検討する。
ア 被害者の下へ届ける行為が「運搬」に当たるのかが問題となる。そもそも256条の保護法益は主に被害者の盗品に対する追求権だが、運搬者等が本犯を助長した点も処罰根拠となっていると解する。違法状態を維持する点が保護法益だという見解は、本犯者が保管していても違法状態が維持されているため保管罪が成立しかねず、説明として妥当でない。被害者の下へ運ぶ行為は追求権を害することはないが、本犯を助長する点は被害者の下以外へ運ぶ行為と異ならない。したがって、被害者の下へ運ぶ行為にも盗品運搬罪は成立すると解する。
イ 甲が乙に頼んだ行為は「共同」の要件たる共謀に当たる。そして、乙は共謀に基づき業務日誌についてXの下へ運んでいる。この運ぶ行為は「運搬」(256条2項)に当たる。
ウ しかし、盗品運搬罪は「盗品」の運搬について成立するところ、業務日誌は公文書毀棄罪によって占有されているにすぎず、「盗品」ではない。
ウ したがって、業務日誌について盗品運搬罪の共同正犯は成立しない。
(6)後で制帽を売るために制帽を自宅に保管した行為に盗品保管罪(256条2項)が成立する。甲は乙に「警察官の制帽なら高く売れるよ。」と言われて保管することを決意したのであり、この時点で不法領得の意思が認められるからである。
(7)罪数
@器物損壊罪、A公用文書毀棄罪、B盗品保管罪が成立しているが、@とAは同じ行為だから観念的競合(54条1項前段)による科刑上一罪となる。@AとBは保護法益が違うから併合罪(45条)となる。
2 乙の罪責
(1)甲に対し、「警察官の制帽なら高く売れるよ。」と言って甲に制帽の保管を決意させた行為に盗品保管罪の教唆犯(61条1項、256条2項)が成立する。乙は分け前をもらうわけではなく、提案したにすぎないから他人の犯罪と言えるため、共同正犯には問疑しない。
(2)Xに対し「マスコミに持って行かれたら困るだろう。10万円出せば返してやる。」と述べて10万円を請求した行為に恐喝罪(249条1項)が成立するか検討する。
ア 「恐喝」とは財物の交付に向けられた暴行又は脅迫であり、ここで言う脅迫は相手方を畏怖させるもので足りる。畏怖するか否かは客観的に判断する。本件では、警察官に対してその業務日誌をマスコミに持って行くと言うことは客観的に警察官を畏怖させる行為である。そして、甲は対価として10万円を要求しているから上記脅迫は財物の交付に向けられている。したがって、「恐喝」に当たる。
イ 恐喝罪が既遂となるためには恐喝によって畏怖し、畏怖に基づき財物を交付する必要がある。しかし、本件でXは10万円を交付しなかった。
ウ したがって、本件は恐喝未遂罪が成立するにとどまる(250条、249条1項)。
(3)@盗品保管罪の教唆犯とA恐喝未遂罪は併合罪となる。 以上
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