2016年02月05日
刑法 平成18年度第1問
1 甲の罪責
Aに治療薬を投与させXを死亡させた行為に殺人罪の間接正犯の成否を検討する(199条)。
(1)甲には外形的に自手実行がない。自手実行がない者に処罰拡張類型としての共犯でなく正犯が成立するか、成立するとしていかなる場合か、間接正犯の成否と要件が問題となる。
自手実行を行わない者も正犯とすべき場合はあるから間接正犯の成立は認めるべきである。問題は成立要件である。
ア 規範的障害説
この点で実行行為を行う被利用者に実行行為をやめる規範的な可能性があった場合には間接正犯は成立せず狭義の共犯となるという見解がある(規範的障害説)。この見解によれば本件はAには自らXの特異体質の有無を確認すべき注意義務という規範的障害があるから、甲が正犯となることはない。
イ 行為支配説
しかし規範的障害説は純粋惹起説を前提としており、正犯なき共犯を認める結果となる点で判例も採用する因果的共犯論と両立しがたく、妥当でない。間接正犯の成立要件は非利用者の行為を道具のごとく支配していたことと解すべきである(行為支配説)。行為支配の有無は@被告人と介在者との関係、A働きかけの程度、B指示の内容、C介在者の事情、D利益の帰属を考慮する。
(2)包摂
@甲は病院長であり、研修医乙とは指揮監督関係にある。B指示の内容は、Xに特定の薬を服用させれば死に至ることはないが聴力を失うという偽計を用い、また、Aの信用絵お失わせるよう持ち掛け、Aが心理的に甲に協力しやすくしている。C乙には日ごろからAの指導方法に不満を募らせていたという事情があり、Aを貶めるためなら甲に協力しやすい状態にあった。D甲はXに恨みを持っており、乙はXに対しては何ら恨みを持っていないから、X殺害による利益はもっぱら甲に帰属する。したがって、甲は乙の行った下記の実行行為を支配していたといえるから、甲を殺人罪の間接正犯に問うべきである。
そして、特異体質のあるXに対して当該薬を投与することは死の結果を生じさせる現実的危険があるから殺人罪の実行行為に当たる。そして、Aは投与された薬の副作用によって死亡しているから、結果と因果関係もある。
(3)結論
したがって、甲に殺人罪の間接正犯が成立する。
そして、後述する乙の犯罪とは傷害致死罪の限度で相互利用補充関係が認められるから、傷害致死罪の限度で共同正犯となる(60条、205条)。
2 乙の罪責
乙がAに対し、「Xに特異体質はない」旨報告し、AをしてXに薬を投与させてXを死亡させた行為に傷害致死罪の共同正犯の成否を検討する(60条、205条)。
(1)間接正犯の成否
問議する犯罪について処罰拡張事由の共犯(共同正犯も本質は共犯である)よりも間接正犯を先に検討すべきである。前述のように間接正犯の成立要件は実行行為を行う被利用者の行為の道具のごとき支配利用である。
本件で乙は、自ら患者の特異体質の確認をしないAの習性を利用し、Aに対してXに特異体質はないと虚偽の報告をしている。そして、乙は、甲がAに対して特異体質のあるAに特定の治療薬を投与するよう指示することを知っている。これらの事情からは乙もAの行為を支配利用したと評価してもよさそうである。
しかし、乙はAの研修医であり、実際にAが特定の治療薬を使うという実行行為を行わせる決定的行為である指示を出す立場にないこと、乙はその指示という決定的行為を甲に依存していることから、Aが実行行為に出ることを道具のように支配利用していたとは評価できない。
したがって、乙は間接正犯としては問議できない。
(2)共同正犯の成否
ア 共同正犯の成否
乙が間接正犯でない以上、次は共同正犯の可能性を検討することになる。
共同正犯を含めた共犯の処罰根拠は構成要件的結果に因果性を及ぼした点にある。本件で乙の一連の行為がなければAの実行行為はなされず結果も発生しなかったと言えるため、この要件は満たされる。
では、乙は共同正犯となるのか、それとも甲の犯罪を幇助したにすぎないか。この点の区別基準として判例は「自己の犯罪」と言えるかどうかという主観を重視し、その認定のための間接事実として役割の重要性等の客観的事実を考慮している。結論に変わりはないが、主観を認定するのは理論的には困難であるため、自説は客観的に重要な役割(重要な因果的寄与)を担った場合が共同正犯であると解する。
本件では、乙は甲からAの信用を失わせようと持ち掛けられた謀議行為の際、これを承諾するだけでなく、自ら「AからXの検査を指示されたときは、Aに『Xに特異体質はない。』旨うその報告をする。」と提案し、甲と対等に犯行計画を立案している。そして、実際に計画通りに行動しており、Aの実行行為直前に重要な役割を果たしている。したがって、乙は客観的に重要な役割を担っているといえ、殺人罪の共同正犯が成立しうる。
イ 故意阻却の有無
しかし、乙は甲から、Xは副作用によって死ぬことはないが聴力を失うと聞きそれを信じていたため、傷害罪の故意(犯罪事実の認識・予見、38条1項)はあるが、殺人罪の故意がない。この場合に故意が阻却されるかが問題となる。
故意責任の本質は犯罪事実を認識して規範に直面し、反対同期の形成が可能であるのにあえて実行行為に出た点に対する非難である。そして規範は構成要件として与えられている。そうすると、行為者の認識した事実と発生した事実とが構成要件的に符合している限りで、軽い罪が成立すると解すべきである(法定的付合説)。
本件では、傷害罪と殺人罪は人の身体と生命という連続的な法益を保護しているから重なり合いはある。したがって、軽い傷害罪が成立しうる。
ウ 傷害致死罪の成否
そして、現実にはAは死んでいるから傷害致死罪が成立するかを見るに、結果的加重犯の成立要件として、責任主義の観点からは加重結果につき過失が必要ということになる。しかし判例は加重結果について過失は不要としているから、基本犯の行為と加重結果との間に因果関係があれば結果的加重犯が成立することになる。
因果関係の判断基準について、相当因果関係説は客観的であるべき因果関係に相当性という異質な判断要素を取り込むことや判断基底をどこに設定するかによって結論が変わり得るという問題点を有しているため採用できない。因果関係は行為の危険が結果に現実化したかを基準に判断すべきである。
本件は折衷的相当因果関係説によればAの特異体質は一般人には認識し得ず乙も認識していなかったから判断基底から外れ、治療薬を投与された通常の患者が死亡することは相当でないから因果関係なしという結論になる。しかし、自説では特異体質のあるAに対し、投与すれば死亡することが判明している危険な薬を投与して実際に死亡させることは、行為の危険が結果に現実化したものと評価できる。したがって、死亡結果との間に因果関係が認められる。
(3)結論
したがって、乙に傷害致死罪の共同正犯が成立する。
甲の犯罪とは、構成要件が重なり合う傷害致死罪の範囲で共同正犯となる。 以上
Aに治療薬を投与させXを死亡させた行為に殺人罪の間接正犯の成否を検討する(199条)。
(1)甲には外形的に自手実行がない。自手実行がない者に処罰拡張類型としての共犯でなく正犯が成立するか、成立するとしていかなる場合か、間接正犯の成否と要件が問題となる。
自手実行を行わない者も正犯とすべき場合はあるから間接正犯の成立は認めるべきである。問題は成立要件である。
ア 規範的障害説
この点で実行行為を行う被利用者に実行行為をやめる規範的な可能性があった場合には間接正犯は成立せず狭義の共犯となるという見解がある(規範的障害説)。この見解によれば本件はAには自らXの特異体質の有無を確認すべき注意義務という規範的障害があるから、甲が正犯となることはない。
イ 行為支配説
しかし規範的障害説は純粋惹起説を前提としており、正犯なき共犯を認める結果となる点で判例も採用する因果的共犯論と両立しがたく、妥当でない。間接正犯の成立要件は非利用者の行為を道具のごとく支配していたことと解すべきである(行為支配説)。行為支配の有無は@被告人と介在者との関係、A働きかけの程度、B指示の内容、C介在者の事情、D利益の帰属を考慮する。
(2)包摂
@甲は病院長であり、研修医乙とは指揮監督関係にある。B指示の内容は、Xに特定の薬を服用させれば死に至ることはないが聴力を失うという偽計を用い、また、Aの信用絵お失わせるよう持ち掛け、Aが心理的に甲に協力しやすくしている。C乙には日ごろからAの指導方法に不満を募らせていたという事情があり、Aを貶めるためなら甲に協力しやすい状態にあった。D甲はXに恨みを持っており、乙はXに対しては何ら恨みを持っていないから、X殺害による利益はもっぱら甲に帰属する。したがって、甲は乙の行った下記の実行行為を支配していたといえるから、甲を殺人罪の間接正犯に問うべきである。
そして、特異体質のあるXに対して当該薬を投与することは死の結果を生じさせる現実的危険があるから殺人罪の実行行為に当たる。そして、Aは投与された薬の副作用によって死亡しているから、結果と因果関係もある。
(3)結論
したがって、甲に殺人罪の間接正犯が成立する。
そして、後述する乙の犯罪とは傷害致死罪の限度で相互利用補充関係が認められるから、傷害致死罪の限度で共同正犯となる(60条、205条)。
2 乙の罪責
乙がAに対し、「Xに特異体質はない」旨報告し、AをしてXに薬を投与させてXを死亡させた行為に傷害致死罪の共同正犯の成否を検討する(60条、205条)。
(1)間接正犯の成否
問議する犯罪について処罰拡張事由の共犯(共同正犯も本質は共犯である)よりも間接正犯を先に検討すべきである。前述のように間接正犯の成立要件は実行行為を行う被利用者の行為の道具のごとき支配利用である。
本件で乙は、自ら患者の特異体質の確認をしないAの習性を利用し、Aに対してXに特異体質はないと虚偽の報告をしている。そして、乙は、甲がAに対して特異体質のあるAに特定の治療薬を投与するよう指示することを知っている。これらの事情からは乙もAの行為を支配利用したと評価してもよさそうである。
しかし、乙はAの研修医であり、実際にAが特定の治療薬を使うという実行行為を行わせる決定的行為である指示を出す立場にないこと、乙はその指示という決定的行為を甲に依存していることから、Aが実行行為に出ることを道具のように支配利用していたとは評価できない。
したがって、乙は間接正犯としては問議できない。
(2)共同正犯の成否
ア 共同正犯の成否
乙が間接正犯でない以上、次は共同正犯の可能性を検討することになる。
共同正犯を含めた共犯の処罰根拠は構成要件的結果に因果性を及ぼした点にある。本件で乙の一連の行為がなければAの実行行為はなされず結果も発生しなかったと言えるため、この要件は満たされる。
では、乙は共同正犯となるのか、それとも甲の犯罪を幇助したにすぎないか。この点の区別基準として判例は「自己の犯罪」と言えるかどうかという主観を重視し、その認定のための間接事実として役割の重要性等の客観的事実を考慮している。結論に変わりはないが、主観を認定するのは理論的には困難であるため、自説は客観的に重要な役割(重要な因果的寄与)を担った場合が共同正犯であると解する。
本件では、乙は甲からAの信用を失わせようと持ち掛けられた謀議行為の際、これを承諾するだけでなく、自ら「AからXの検査を指示されたときは、Aに『Xに特異体質はない。』旨うその報告をする。」と提案し、甲と対等に犯行計画を立案している。そして、実際に計画通りに行動しており、Aの実行行為直前に重要な役割を果たしている。したがって、乙は客観的に重要な役割を担っているといえ、殺人罪の共同正犯が成立しうる。
イ 故意阻却の有無
しかし、乙は甲から、Xは副作用によって死ぬことはないが聴力を失うと聞きそれを信じていたため、傷害罪の故意(犯罪事実の認識・予見、38条1項)はあるが、殺人罪の故意がない。この場合に故意が阻却されるかが問題となる。
故意責任の本質は犯罪事実を認識して規範に直面し、反対同期の形成が可能であるのにあえて実行行為に出た点に対する非難である。そして規範は構成要件として与えられている。そうすると、行為者の認識した事実と発生した事実とが構成要件的に符合している限りで、軽い罪が成立すると解すべきである(法定的付合説)。
本件では、傷害罪と殺人罪は人の身体と生命という連続的な法益を保護しているから重なり合いはある。したがって、軽い傷害罪が成立しうる。
ウ 傷害致死罪の成否
そして、現実にはAは死んでいるから傷害致死罪が成立するかを見るに、結果的加重犯の成立要件として、責任主義の観点からは加重結果につき過失が必要ということになる。しかし判例は加重結果について過失は不要としているから、基本犯の行為と加重結果との間に因果関係があれば結果的加重犯が成立することになる。
因果関係の判断基準について、相当因果関係説は客観的であるべき因果関係に相当性という異質な判断要素を取り込むことや判断基底をどこに設定するかによって結論が変わり得るという問題点を有しているため採用できない。因果関係は行為の危険が結果に現実化したかを基準に判断すべきである。
本件は折衷的相当因果関係説によればAの特異体質は一般人には認識し得ず乙も認識していなかったから判断基底から外れ、治療薬を投与された通常の患者が死亡することは相当でないから因果関係なしという結論になる。しかし、自説では特異体質のあるAに対し、投与すれば死亡することが判明している危険な薬を投与して実際に死亡させることは、行為の危険が結果に現実化したものと評価できる。したがって、死亡結果との間に因果関係が認められる。
(3)結論
したがって、乙に傷害致死罪の共同正犯が成立する。
甲の犯罪とは、構成要件が重なり合う傷害致死罪の範囲で共同正犯となる。 以上
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