2016年02月05日
刑法 平成17年度第2問
問題文
A県B市内の印刷業者である甲は、知人でB市総務部長として同市の広報紙の印刷発注の職務に従事している乙に現金を渡して同市が発注する広報誌の印刷を受注したいと考えていた。そうした折、甲は、同県内の土木建設業者である知人の丙から同県発注の道路工事をなるべく多く受注するための方法について相談を受けたので、この機会に丙の金を自己のために乙に渡すことを思い付き、乙に対し、「近いうちに使いの者に80万円を届けさせます。よろしくお願いします。」と伝えたところ、乙は、甲が80万円を届けさせることの趣旨を理解した上、これを了承した。一方、甲は、丙に対し、「県の幹部職員である乙に金を渡せば、道路工事の発注に際して便宜を図ってくれるはずだ。乙に80万円を届けなさい。」といったところ、これを信じた丙は、使者を介して乙に現金80万円を届けた。乙は、これが甲から話のあった金だと思い、その金を受領した。
後日、丙は、甲が丙のためではなく甲自身のために乙に80万円を届けさせたことを知るに至り、甲に対して80万円の弁償を求めた。しかし、甲は、丙に対し、「そんなことを言うなら、おまえが80万円を渡してA県の道路工事を受注しようとしたことを公表するぞ。そうすれば、県の工事を受注できなくなるぞ。」と申し向け、丙をしてその請求を断念させた。
甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
回答
1 乙の罪責
甲がB市が発注する広報誌の印刷を受注したいと考えて80万円を供与する趣旨を理解し、その理解の下で丙から80万円を受領した行為に受託収賄罪(197条1項後段)の成否を検討する。
(1)乙は地方公共団体であるB市の職員だから「公務員」に当たる(7条1項参照)。
(2)「賄賂」とは公務員が職務行為の対価として受取る利益の一切を意味し、現金80万円はこれに当たる。
(3)「職務に関し」(職務行為関連性)は必ずしも具体的職務権限の範囲内である必要はなく、一般的職務権限の範囲内であれば足りるし、職務密接関連行為も含まれる。乙はB市総務部長としてB市の広報紙の印刷発注の職務に従事していたから、広報誌の発注は具体的職務権限の範囲内であるため、この要件を満たす。
(4)「請託」とは、公務員に対し職務に関して一定の行為を行うことを依頼することをいい、「受けた」といえるためには承諾したことが必要である。乙は、甲が印刷を受注したがっていることを理解して80万円を受け取ったのだから、甲に対して発注するという行為の依頼を黙示に承諾したと言え、これらの要件を満たす。
(5)したがって、乙の行為に受託収賄罪が成立する。
2 甲の罪責
(1)事情を知らない丙を道具のように支配利用して乙に賄賂を渡した行為は賄賂の「供与」にあたり、贈賄罪の間接正犯(198条)が成立する。
(2)丙を欺罔し、丙をして乙に80万円を交付させた行為に詐欺罪(246条1項)の成否を検討する。
ア 欺罔行為とは人の錯誤を惹起する行為だが、それは交付に向けられ、交付の基礎となる重要な事項を偽るものでなければならない。本件では甲は乙が県の幹部職員であると偽っているところ、丙は県の道路工事の受注を欲しているから、乙が県の幹部職員か否かは交付の基礎となる重要な事項であり、この要件を満たす。
イ 丙は上記欺罔により錯誤に陥り、錯誤に基づく処分行為として80万円を交付している。
ウ 詐欺罪も財産罪であるから、書かれざる要件として財産的損害が必要と解する。しかし丙の行った交付は客観的に賄賂であり、不法原因給付(民708条)として丙には乙に対する民事上の返還請求権がないから、刑法上保護に値する財産的損害がなく、詐欺罪は成立しないのではないかが問題となる。しかし、交付行為が不法原因給付に当たるとしても、交付以前の財物に不法性が認められない場合にはその財物は欺罔者との関係で保護に値するから、詐欺罪が成立すると解する。本件では、交付以前に丙が有していた80万円には何らの不法性がなく、これは甲との関係で刑法上保護に値する。
エ したがって、甲の行為に詐欺罪が成立する。
(3)丙に対し、不正を公表すると申し向け、80万円の請求を断念させた行為に恐喝利得罪(249条2項)の成否を検討する。
ア 「恐喝」とは財物又は財産上の利益に向けられた暴行または脅迫であり、ここで言う脅迫とは他人を畏怖させるに足りる害悪の告知をいう。本件で甲の発言は丙からの80万円の請求を断念させることに向けられており、発言中の丙の行為を公表するという行為は、現実になされれば丙の土木建設業者としての信用が失墜するから、丙を畏怖させるに足りる害悪の告知と言え、この要件を満たす。
イ 丙は上記発言により畏怖し、畏怖により生じた瑕疵ある意思に基づき甲に対する請求を断念して黙示の交付をした。
ウ 恐喝罪も財産罪であるから書かれざる要件として財産的損害が必要と解する。しかし、詐欺罪で検討したのと同様に、丙の乙に対する給付は不法原因給付として民事上返還請求できないから、財産的損害がないのではないかが問題となる。確かに、先ほどと異なり、恐喝による交付前の丙の財産は現金80万円ではなく乙に対する80万円の不当利得返還請求権であり、これは不法原因給付であるから甲との関係でも保護に値しない。しかし、先ほど検討した甲の丙に対する欺罔行為は民事上の不法行為(民709条)に当たるため、丙は甲に対して80万円の不法行為に基づく損害賠償請求権を有しており、この債権には不法性がないから、甲との関係で保護に値する。甲は恐喝によりこの不法性のない債権の実現を妨げているから、丙には財産的損害が発生したといえる。
エ したがって、甲の行為に恐喝利得罪が成立する。
(3)罪数
甲には@贈賄罪、A詐欺罪、B恐喝利得罪が成立する。@とAは別の法益を侵害しているから併合罪(45条)である。AとBは同一の法益主体の同一の法益に向けられているから、Aの包括一罪とする。
3 丙の罪責
乙に対する80万円の交付行為に贈賄罪の幇助犯(62条1項、198条)の成否を検討する。
幇助とは、正犯の実行行為及び構成要件的結果惹起を物理的・心理的に促進する行為である。丙は、客観的に甲の贈賄罪を物理的に促進し、同罪を惹起している。そして、丙は主観的には自己の贈賄罪の故意(構成要件的結果発生の認識・予見、38条1項)があったのであり、この故意は客観的に実現した犯罪と構成要件的に同一の故意であるから、丙には甲の贈賄罪の故意が認められる。
したがって、丙の行為に贈賄罪の幇助犯が成立する。 以上
A県B市内の印刷業者である甲は、知人でB市総務部長として同市の広報紙の印刷発注の職務に従事している乙に現金を渡して同市が発注する広報誌の印刷を受注したいと考えていた。そうした折、甲は、同県内の土木建設業者である知人の丙から同県発注の道路工事をなるべく多く受注するための方法について相談を受けたので、この機会に丙の金を自己のために乙に渡すことを思い付き、乙に対し、「近いうちに使いの者に80万円を届けさせます。よろしくお願いします。」と伝えたところ、乙は、甲が80万円を届けさせることの趣旨を理解した上、これを了承した。一方、甲は、丙に対し、「県の幹部職員である乙に金を渡せば、道路工事の発注に際して便宜を図ってくれるはずだ。乙に80万円を届けなさい。」といったところ、これを信じた丙は、使者を介して乙に現金80万円を届けた。乙は、これが甲から話のあった金だと思い、その金を受領した。
後日、丙は、甲が丙のためではなく甲自身のために乙に80万円を届けさせたことを知るに至り、甲に対して80万円の弁償を求めた。しかし、甲は、丙に対し、「そんなことを言うなら、おまえが80万円を渡してA県の道路工事を受注しようとしたことを公表するぞ。そうすれば、県の工事を受注できなくなるぞ。」と申し向け、丙をしてその請求を断念させた。
甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
回答
1 乙の罪責
甲がB市が発注する広報誌の印刷を受注したいと考えて80万円を供与する趣旨を理解し、その理解の下で丙から80万円を受領した行為に受託収賄罪(197条1項後段)の成否を検討する。
(1)乙は地方公共団体であるB市の職員だから「公務員」に当たる(7条1項参照)。
(2)「賄賂」とは公務員が職務行為の対価として受取る利益の一切を意味し、現金80万円はこれに当たる。
(3)「職務に関し」(職務行為関連性)は必ずしも具体的職務権限の範囲内である必要はなく、一般的職務権限の範囲内であれば足りるし、職務密接関連行為も含まれる。乙はB市総務部長としてB市の広報紙の印刷発注の職務に従事していたから、広報誌の発注は具体的職務権限の範囲内であるため、この要件を満たす。
(4)「請託」とは、公務員に対し職務に関して一定の行為を行うことを依頼することをいい、「受けた」といえるためには承諾したことが必要である。乙は、甲が印刷を受注したがっていることを理解して80万円を受け取ったのだから、甲に対して発注するという行為の依頼を黙示に承諾したと言え、これらの要件を満たす。
(5)したがって、乙の行為に受託収賄罪が成立する。
2 甲の罪責
(1)事情を知らない丙を道具のように支配利用して乙に賄賂を渡した行為は賄賂の「供与」にあたり、贈賄罪の間接正犯(198条)が成立する。
(2)丙を欺罔し、丙をして乙に80万円を交付させた行為に詐欺罪(246条1項)の成否を検討する。
ア 欺罔行為とは人の錯誤を惹起する行為だが、それは交付に向けられ、交付の基礎となる重要な事項を偽るものでなければならない。本件では甲は乙が県の幹部職員であると偽っているところ、丙は県の道路工事の受注を欲しているから、乙が県の幹部職員か否かは交付の基礎となる重要な事項であり、この要件を満たす。
イ 丙は上記欺罔により錯誤に陥り、錯誤に基づく処分行為として80万円を交付している。
ウ 詐欺罪も財産罪であるから、書かれざる要件として財産的損害が必要と解する。しかし丙の行った交付は客観的に賄賂であり、不法原因給付(民708条)として丙には乙に対する民事上の返還請求権がないから、刑法上保護に値する財産的損害がなく、詐欺罪は成立しないのではないかが問題となる。しかし、交付行為が不法原因給付に当たるとしても、交付以前の財物に不法性が認められない場合にはその財物は欺罔者との関係で保護に値するから、詐欺罪が成立すると解する。本件では、交付以前に丙が有していた80万円には何らの不法性がなく、これは甲との関係で刑法上保護に値する。
エ したがって、甲の行為に詐欺罪が成立する。
(3)丙に対し、不正を公表すると申し向け、80万円の請求を断念させた行為に恐喝利得罪(249条2項)の成否を検討する。
ア 「恐喝」とは財物又は財産上の利益に向けられた暴行または脅迫であり、ここで言う脅迫とは他人を畏怖させるに足りる害悪の告知をいう。本件で甲の発言は丙からの80万円の請求を断念させることに向けられており、発言中の丙の行為を公表するという行為は、現実になされれば丙の土木建設業者としての信用が失墜するから、丙を畏怖させるに足りる害悪の告知と言え、この要件を満たす。
イ 丙は上記発言により畏怖し、畏怖により生じた瑕疵ある意思に基づき甲に対する請求を断念して黙示の交付をした。
ウ 恐喝罪も財産罪であるから書かれざる要件として財産的損害が必要と解する。しかし、詐欺罪で検討したのと同様に、丙の乙に対する給付は不法原因給付として民事上返還請求できないから、財産的損害がないのではないかが問題となる。確かに、先ほどと異なり、恐喝による交付前の丙の財産は現金80万円ではなく乙に対する80万円の不当利得返還請求権であり、これは不法原因給付であるから甲との関係でも保護に値しない。しかし、先ほど検討した甲の丙に対する欺罔行為は民事上の不法行為(民709条)に当たるため、丙は甲に対して80万円の不法行為に基づく損害賠償請求権を有しており、この債権には不法性がないから、甲との関係で保護に値する。甲は恐喝によりこの不法性のない債権の実現を妨げているから、丙には財産的損害が発生したといえる。
エ したがって、甲の行為に恐喝利得罪が成立する。
(3)罪数
甲には@贈賄罪、A詐欺罪、B恐喝利得罪が成立する。@とAは別の法益を侵害しているから併合罪(45条)である。AとBは同一の法益主体の同一の法益に向けられているから、Aの包括一罪とする。
3 丙の罪責
乙に対する80万円の交付行為に贈賄罪の幇助犯(62条1項、198条)の成否を検討する。
幇助とは、正犯の実行行為及び構成要件的結果惹起を物理的・心理的に促進する行為である。丙は、客観的に甲の贈賄罪を物理的に促進し、同罪を惹起している。そして、丙は主観的には自己の贈賄罪の故意(構成要件的結果発生の認識・予見、38条1項)があったのであり、この故意は客観的に実現した犯罪と構成要件的に同一の故意であるから、丙には甲の贈賄罪の故意が認められる。
したがって、丙の行為に贈賄罪の幇助犯が成立する。 以上
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