2016年02月05日
刑法 平成17年度第1問
問題文
甲は、自己の取引先であるA会社の倉庫には何も保管されていないことを知っていたにもかかわらず、乙の度胸を試そうと思い、何も知らない乙に対し、「夜中に、A会社の倉庫に入って、中を探して金目のものを盗み出してこい。」と唆した。乙は、甲に唆されたとおり、深夜、その倉庫の中に侵入し、倉庫内を探したところ、A会社がたまたま当夜に限って保管していた同社所有の絵画を見つけたので、これを手にもって倉庫を出たところで警備員Bに発見された。Bが「泥棒」と叫びながら乙の身体をつかんできたので、乙は、逃げるため、Bに対し、その腹部を強く蹴り上げる暴行を加えた。ちょうど、そのとき、その場を通りかかった乙の友人丙は、その事情をすべて認識し、乙の逃走を助けようと思って、乙と意思を通じたうえで、丙自身が、Bに対し、その腹部を強く蹴り上げる暴行を加えた。乙は、その間にその絵画を持って逃走した。Bは間もなく臓器破裂に基づく出血性ショックにより死亡したが、その臓器破裂が乙と丙のいずれの暴行によって生じたかは不明であった。
甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
回答
1 乙の罪責
(1)倉庫という「建造物」(住居、邸宅以外のすべての建物)の中に窃盗目的で入った行為は倉庫の管理権者の意思に反するから「侵入」に当たり、同行為に建造物侵入罪が成立する(130条)。
(2)絵画を手にもって倉庫を出た行為はA会社所有の「他人の財物」の占有を移転させる行為であるから「窃取」に当たり、同行為に窃盗罪(235条)が成立している。
そしてBに発見され、逃げるためすなわち「逮捕を免れ」(238条)るためにBの腹部を強く蹴り上げるという「暴行」(人の犯行を抑圧するに足りる物理力の行使)をした行為に事後強盗罪(238条)が成立する。
(3)窃盗罪は事後強盗罪に吸収される。
2 乙及び丙の罪責
(1)甲と丙が意思を通じたうえで、丙が乙に対し腹部を強く蹴り上げる暴行を加え、乙は盗品である絵画を持って逃走した行為に事後強盗罪の共同正犯の成否を検討する(60条、258条)。
丙は窃盗に関与していないが、事後強盗罪の共同正犯となるか。同罪の法的性質と関連して問題となる。
事後強盗罪を窃盗罪と暴行罪の結合犯ととらえたうえで、承継的共同正犯の問題とする見解がある。しかし、この見解では窃盗の実行に着手した時点で事後強盗罪の実行にも着手したと解さざるを得ず妥当でない。
事後強盗罪は「窃盗」という身分を持つ者のみが行うことのできる身分犯と解すべきである。そして、不真正身分犯と解すると同罪が暴行・脅迫罪の加重類型となってしまい、財産を保護法益とすることにそぐわないから、真正身分犯と解する。
そうすると暴行のみを共同した者に共同正犯が成立するか否かは共犯と身分の問題となる。65条1項の「身分によって構成すべき」、同2項の「身分によって特に刑の軽重があるとき」という文言から、同条は1項が真正身分犯、2項が不真正身分犯の規定と解する。そして、事後強盗罪に暴行のみ加わった者は、暴行により窃盗身分を有する者に「加功した」(65条1項)と言える。したがって、事後強盗罪に暴行のみ加わった者に同罪の共同正犯が成立する。
したがって、乙及び丙に事後強盗罪の共同正犯が成立する。
(2)乙単独の事後強盗罪は、乙及び丙の事後強盗罪の共同正犯と包括一罪となる。
(3)では、乙及び丙について強盗致死罪(240条)を成立させることができるか。Bの死亡結果は乙の暴行によるものか丙の暴行によるものかが不明であるため問題となる。
前提として結果的加重犯の共同正犯が成立するかが問題となるが、結果的加重犯について加重結果に過失は不要であり、基本行為と加重結果との間に因果関係があれば成立するというのが判例であるから、結果的加重犯の共同正犯も、共同行為と加重結果との間に因果関係があれば加重結果に過失がなくとも成立すると解する。以下、乙丙それぞれについて検討する。
ア 乙について
乙は自ら行った暴行について単独正犯として責任を負い、丙が行った暴行について共同正犯として責任を負っている。したがって、乙が責任を負う暴行とBの死亡結果との間には因果関係がある。したがって、乙に強盗致死罪の共同正犯が成立しうる。
イ 丙について
丙は現段階では自らの暴行による事後強盗罪の共同正犯しか成立しておらず、乙の暴行により死の結果が生じた可能性がある以上、強盗致死罪の共同正犯を成立させることはできない。同罪を成立させるためには、丙が、加功前の乙単独の暴行についても責任を負う必要がある。承継的共同正犯が認められればそれが可能になるため、承継的共同正犯の成否を検討する。
承継的共同正犯については、加功前の行為者の行為及びそこから生じた結果を積極的に利用した場合には加功前の行為者の行為による結果の責任も承継するという一部肯定説が有力であった。
しかし、そもそも共同正犯を含む共犯の処罰根拠は共同行為者の実行行為及び結果に因果性を及ぼした点にある(因果共犯論)から、いくら積極的に利用したと言っても加功前の行為者の行為には因果性を及ぼすことができない以上、承継的共同正犯は否定すべきである。最近の判例もそのように解している。
本件でも、丙は関与前の乙の暴行について責任を負わない。
したがって、丙には事後強盗罪の共同正犯が成立するのみである。
ウ 結論
そうすると、共犯は犯罪を共同するものであるから異なる罪名の共同正犯は罪名が重なり合う範囲でしか成立しないから(部分的犯罪共同説)、乙に強盗致死罪の共同正犯、丙に事後強盗罪の共同正犯とするわけにはいかない。結局、乙も丙も事後強盗罪の共同正犯となる。
3 甲の罪責
(1)乙に対して、A会社に侵入するよう唆した行為に建造物侵入罪の教唆犯が成立する(61条、130条)。
(2)乙に対して、窃盗罪の教唆犯が成立するか。甲はA会社の倉庫内に何も保管されていないと認識していたため、既遂の故意(犯罪事実の認識・予見)がない。そこで未遂の教唆が可罰的かが問題となる。
前述のとおり、共犯の処罰根拠は共同行為者の実行行為及び結果を通じて間接的に法益侵害をしたことである。そして、単独犯で未遂の故意しかない者に既遂罪を成立させることはない。そうすると、教唆犯でも未遂の故意しかない者に既遂の教唆犯を正立させることはできないというべきである。
したがって、乙に窃盗罪の教唆犯は成立しない。
(3)未遂の教唆を認めた場合には、乙が実現した事後強盗罪について共犯の錯誤が問題となるが、前述のように未遂の教唆は否定すべきであるから、問題とならない。 以上
甲は、自己の取引先であるA会社の倉庫には何も保管されていないことを知っていたにもかかわらず、乙の度胸を試そうと思い、何も知らない乙に対し、「夜中に、A会社の倉庫に入って、中を探して金目のものを盗み出してこい。」と唆した。乙は、甲に唆されたとおり、深夜、その倉庫の中に侵入し、倉庫内を探したところ、A会社がたまたま当夜に限って保管していた同社所有の絵画を見つけたので、これを手にもって倉庫を出たところで警備員Bに発見された。Bが「泥棒」と叫びながら乙の身体をつかんできたので、乙は、逃げるため、Bに対し、その腹部を強く蹴り上げる暴行を加えた。ちょうど、そのとき、その場を通りかかった乙の友人丙は、その事情をすべて認識し、乙の逃走を助けようと思って、乙と意思を通じたうえで、丙自身が、Bに対し、その腹部を強く蹴り上げる暴行を加えた。乙は、その間にその絵画を持って逃走した。Bは間もなく臓器破裂に基づく出血性ショックにより死亡したが、その臓器破裂が乙と丙のいずれの暴行によって生じたかは不明であった。
甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
回答
1 乙の罪責
(1)倉庫という「建造物」(住居、邸宅以外のすべての建物)の中に窃盗目的で入った行為は倉庫の管理権者の意思に反するから「侵入」に当たり、同行為に建造物侵入罪が成立する(130条)。
(2)絵画を手にもって倉庫を出た行為はA会社所有の「他人の財物」の占有を移転させる行為であるから「窃取」に当たり、同行為に窃盗罪(235条)が成立している。
そしてBに発見され、逃げるためすなわち「逮捕を免れ」(238条)るためにBの腹部を強く蹴り上げるという「暴行」(人の犯行を抑圧するに足りる物理力の行使)をした行為に事後強盗罪(238条)が成立する。
(3)窃盗罪は事後強盗罪に吸収される。
2 乙及び丙の罪責
(1)甲と丙が意思を通じたうえで、丙が乙に対し腹部を強く蹴り上げる暴行を加え、乙は盗品である絵画を持って逃走した行為に事後強盗罪の共同正犯の成否を検討する(60条、258条)。
丙は窃盗に関与していないが、事後強盗罪の共同正犯となるか。同罪の法的性質と関連して問題となる。
事後強盗罪を窃盗罪と暴行罪の結合犯ととらえたうえで、承継的共同正犯の問題とする見解がある。しかし、この見解では窃盗の実行に着手した時点で事後強盗罪の実行にも着手したと解さざるを得ず妥当でない。
事後強盗罪は「窃盗」という身分を持つ者のみが行うことのできる身分犯と解すべきである。そして、不真正身分犯と解すると同罪が暴行・脅迫罪の加重類型となってしまい、財産を保護法益とすることにそぐわないから、真正身分犯と解する。
そうすると暴行のみを共同した者に共同正犯が成立するか否かは共犯と身分の問題となる。65条1項の「身分によって構成すべき」、同2項の「身分によって特に刑の軽重があるとき」という文言から、同条は1項が真正身分犯、2項が不真正身分犯の規定と解する。そして、事後強盗罪に暴行のみ加わった者は、暴行により窃盗身分を有する者に「加功した」(65条1項)と言える。したがって、事後強盗罪に暴行のみ加わった者に同罪の共同正犯が成立する。
したがって、乙及び丙に事後強盗罪の共同正犯が成立する。
(2)乙単独の事後強盗罪は、乙及び丙の事後強盗罪の共同正犯と包括一罪となる。
(3)では、乙及び丙について強盗致死罪(240条)を成立させることができるか。Bの死亡結果は乙の暴行によるものか丙の暴行によるものかが不明であるため問題となる。
前提として結果的加重犯の共同正犯が成立するかが問題となるが、結果的加重犯について加重結果に過失は不要であり、基本行為と加重結果との間に因果関係があれば成立するというのが判例であるから、結果的加重犯の共同正犯も、共同行為と加重結果との間に因果関係があれば加重結果に過失がなくとも成立すると解する。以下、乙丙それぞれについて検討する。
ア 乙について
乙は自ら行った暴行について単独正犯として責任を負い、丙が行った暴行について共同正犯として責任を負っている。したがって、乙が責任を負う暴行とBの死亡結果との間には因果関係がある。したがって、乙に強盗致死罪の共同正犯が成立しうる。
イ 丙について
丙は現段階では自らの暴行による事後強盗罪の共同正犯しか成立しておらず、乙の暴行により死の結果が生じた可能性がある以上、強盗致死罪の共同正犯を成立させることはできない。同罪を成立させるためには、丙が、加功前の乙単独の暴行についても責任を負う必要がある。承継的共同正犯が認められればそれが可能になるため、承継的共同正犯の成否を検討する。
承継的共同正犯については、加功前の行為者の行為及びそこから生じた結果を積極的に利用した場合には加功前の行為者の行為による結果の責任も承継するという一部肯定説が有力であった。
しかし、そもそも共同正犯を含む共犯の処罰根拠は共同行為者の実行行為及び結果に因果性を及ぼした点にある(因果共犯論)から、いくら積極的に利用したと言っても加功前の行為者の行為には因果性を及ぼすことができない以上、承継的共同正犯は否定すべきである。最近の判例もそのように解している。
本件でも、丙は関与前の乙の暴行について責任を負わない。
したがって、丙には事後強盗罪の共同正犯が成立するのみである。
ウ 結論
そうすると、共犯は犯罪を共同するものであるから異なる罪名の共同正犯は罪名が重なり合う範囲でしか成立しないから(部分的犯罪共同説)、乙に強盗致死罪の共同正犯、丙に事後強盗罪の共同正犯とするわけにはいかない。結局、乙も丙も事後強盗罪の共同正犯となる。
3 甲の罪責
(1)乙に対して、A会社に侵入するよう唆した行為に建造物侵入罪の教唆犯が成立する(61条、130条)。
(2)乙に対して、窃盗罪の教唆犯が成立するか。甲はA会社の倉庫内に何も保管されていないと認識していたため、既遂の故意(犯罪事実の認識・予見)がない。そこで未遂の教唆が可罰的かが問題となる。
前述のとおり、共犯の処罰根拠は共同行為者の実行行為及び結果を通じて間接的に法益侵害をしたことである。そして、単独犯で未遂の故意しかない者に既遂罪を成立させることはない。そうすると、教唆犯でも未遂の故意しかない者に既遂の教唆犯を正立させることはできないというべきである。
したがって、乙に窃盗罪の教唆犯は成立しない。
(3)未遂の教唆を認めた場合には、乙が実現した事後強盗罪について共犯の錯誤が問題となるが、前述のように未遂の教唆は否定すべきであるから、問題とならない。 以上
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