2016年02月05日
刑法 平成16年度第2問
問題文
甲は、Aとの間で、自己の所有する自己名義の土地を1000万円でAに売却する旨の契約を締結し、Aからその代金全額を受け取った。ところが、甲は、Aに対する所有権移転登記手続前に、Bからその土地を1100万円で買い受けたい旨の申入れを受けたことから気が変わり、Bに売却してBに対する所有権移転登記手続きをすることとし、Bとの間で、Aに対する売却の事実を告げずに申入れどおりの売買契約を締結し、Bから代金全額を受け取った。しかし、甲A間の売買の事実を知ったBは、甲に対し、所有権移転登記手続前に、甲との売買契約の解除を申し入れ、甲は、これに応じて、Bに対し、受け取った1100万円を返還した。その後、甲は、C銀行から、その土地に抵当権を設定して200万円の融資を受け、その旨の登記手続をし、さらに、これまでの上記事情を知る乙との間で、その土地を800万円で乙に売却する旨の契約を締結し、乙に対する所有権移転登記手続きをした。
甲及び乙の罪責を論ぜよ。
回答
第1 甲の罪責
1 Aに対して売却した土地をBに売却し、Bから1100万円を受け取った行為にBとの関係で詐欺罪(246条1項)の成否を検討する。甲がBに売却する時点で登記をAに移す意思があったか否かで結論が異なるため、場合分けする。
(1)Aに登記を移す意思があった場合
ア 「欺いて」とは人の錯誤を惹起する行為である。それは交付に向けられ、交付の基礎となる重要な事項を偽ることが必要である。不作為による欺罔の場合には、不真正不作為犯であるから、告知義務が必要である。
本件ではBに対する売却の時点で「Aに売却済であり、かつAに移転登記をするつもりであること」を告げないことが「欺いて」に当たるのかが問題となる。これが告げられればBが土地を買わないことは客観的に確実であるから、これを告げないことは交付に向けられ、交付の基礎となる重要な事項を偽っている。また、当然告知義務も発生する。したがって、「欺いて」の要件を満たす。
イ Bは上記行為により錯誤に陥り、錯誤に基づく処分行為として1100万円を交付した。
ウ しかし、本件では解除があって甲に1100万円が返還されているから、財産的損害がなく、詐欺は未遂にとどまるのではないかが問題となる。前提として詐欺罪も財産罪であるから書かれざる既遂構成要件要素として財産的損害が必要と解する。もっとも、詐欺罪の保護法益は財産及びその交付目的と解されるから、交付目的を害する限り交付自体が財産的損害となると解する。
本件では乙は土地がAに売却されていることを知って甲との売買契約を解除しているのだから、乙はAに売却されていない土地を買う予定だったと認められ、1100万円はAに売却されていない土地の対価として交付したものと認められる。しかし実際には土地はAに売却されていたのだから、Bの1100万円の交付目的は害されていたといえる。したがって本件では1100万円の交付自体が財産的損害となる。
エ 以上より、甲の行為に詐欺罪が成立する。
(2)Aに登記を移す意図がなかった場合
「欺いて」の要件充足性について、本件の「Aに売却済の事実を告げないこと」は、誰にも売却されていないことが一般的に土地購入の消極的動機になるから、交付に向けられた欺罔といえる。しかし、二重譲渡は民法上対抗問題とされている適法行為であるから(民177条)、「Aに売却済の事実」は交付の基礎となる重要な事項とまでは言えないし、このことについて甲の側に告知義務が生じるとも言えない。
したがって、Bに対して「Aに売却済の事実を告げないこと」は欺罔行為に当たらず、上記行為に詐欺罪は成立しない。
2 Bに対して二重に売却した行為にAに対する委託物横領罪(252条1項)の成否を検討する。
(1)「占有」は法律上の占有を含むところ、甲は登記名義を有する。
また、横領罪の保護法益は所有権及び委託信任関係だから「占有」は委託信任関係に基づくものでなければならないところ、土地の所有権は甲A間の売買契約によりAに移転し、甲はAに対して登記移転義務を負っているから、所有者との委託信任関係も認められる。
(2)「他人の物」の要件については、前述のように土地所有者はAであり、土地は有体物だからこの要件を満たす。
(3)「横領」とは不法領得の意思の実現行為を指し、不法領得の意思とは、横領罪の保護法益が所有権及び委託関係であることから、委託の任務に背いて所有者でなければできない処分をする意思のことを言うと解する。
不動産の二重譲渡事例では既遂時期がいつかが問題となる。というのは、不動産の二重譲渡がなされても、登記が第二譲受人に移転されない限り、売主の第一譲受人への登記移転義務は履行不能とならないからである。確かに、二重譲渡自体が移転登記義務の履行不能をもたらしうるから不法領得の意思の発現行為だとも言いうるが、二重譲渡自体は民法上完全に適法行為(民177条)であるし、また、横領罪は危険犯ではないから、履行不能をもたらす危険を根拠に横領罪を成立させることはできないと考える。したがって、不法行為の意思が実現するのは第二譲受人への移転登記時である。
本件で売主甲はBと売買契約を締結したのみで、Bへの移転登記をしていない。
したがって、「横領」が認められない。
(4)以上より、甲の行為に委託物横領罪は成立しない。
3 Aに売却した土地に、自己がC銀行から融資を受けるために抵当権を設定した行為に委託物横領罪が成立する。抵当権の設定は処分であり、AとCは民法上対抗関係に立つところ、Cの抵当権設定登記がされているから、「横領」に当たるためである。
4 Aに売却した土地を、乙に売却した行為に委託物横領罪の成否を検討する。
土地について既にAに対する委託物横領罪が成立していることから、重ねて同罪が成立するかが問題となる。確かに、1つの物を2回自分のものにすることはできないと考えれば二回目は共罰的事後行為とも思える。しかし、抵当権設定によって所有者から交換価値を奪っても、甲のもとにはまだ使用価値の委託信任関係が残っており、二回目の売却はその使用価値を奪う点で一回目とは異なる不法領得の意思が発現しているとみることができる。したがって、抵当権設定後の売却のような場合には横領罪は重ねて成立すると解する。
本件はC銀行に対する抵当権設定後の売却である。
したがって、甲の行為に委託物横領罪が成立する。
5 罪数
甲には@C銀行のために登記をしたことによる委託物横領罪、A乙に売却したことによる委託物横領罪が成立し、両者は包括一罪となる。B詐欺罪が成立する場合は、詐欺罪と併合罪(45条)となる。
第2 乙の罪責
1 甲から、事情を知って土地を譲り受けた行為に、前述Aの委託物横領罪の共同正犯(60条、252条1項)の成否を検討する。
民法上、土地の第二譲受人は背信的悪意者に当たらない限り適法に土地を取得しうる。そうすると、刑法上も、単純悪意の第二譲受人に対する第一譲受人は保護に値しないと解すべきである。
本件乙は、これまでに事情を知っているにすぎないから単純悪意者である。
したがって、Aの乙の行為に委託物横領罪の共同正犯は成立しない。
2 横領罪が成立している土地を、事情を知って買った行為に盗品有償譲受罪(256条2項)の成否が問題となる。
(1)「盗品」とは財産罪にあたる行為によって領得された物をいうところ、本件土地は横領罪により甲が領得した物であるから、「盗品」にあたる。
(2)256条2項の保護法益は被害者の追求権であるが、事後従犯的性格もある。そこで、「有償で譲り受け」るとは、売買契約などの約束が交わされただけでは足りず、盗品等の現実の移転が必要と解する。
本件では、甲乙間で土地の売買契約が締結されたのみならず、所有権移転登記手続が済まされているから、土地の所有権は現実に乙に移転しており、したがって「有償で譲り受け」たと言える。
(3)従って、乙に盗品有償譲受罪が成立する。
以上
甲は、Aとの間で、自己の所有する自己名義の土地を1000万円でAに売却する旨の契約を締結し、Aからその代金全額を受け取った。ところが、甲は、Aに対する所有権移転登記手続前に、Bからその土地を1100万円で買い受けたい旨の申入れを受けたことから気が変わり、Bに売却してBに対する所有権移転登記手続きをすることとし、Bとの間で、Aに対する売却の事実を告げずに申入れどおりの売買契約を締結し、Bから代金全額を受け取った。しかし、甲A間の売買の事実を知ったBは、甲に対し、所有権移転登記手続前に、甲との売買契約の解除を申し入れ、甲は、これに応じて、Bに対し、受け取った1100万円を返還した。その後、甲は、C銀行から、その土地に抵当権を設定して200万円の融資を受け、その旨の登記手続をし、さらに、これまでの上記事情を知る乙との間で、その土地を800万円で乙に売却する旨の契約を締結し、乙に対する所有権移転登記手続きをした。
甲及び乙の罪責を論ぜよ。
回答
第1 甲の罪責
1 Aに対して売却した土地をBに売却し、Bから1100万円を受け取った行為にBとの関係で詐欺罪(246条1項)の成否を検討する。甲がBに売却する時点で登記をAに移す意思があったか否かで結論が異なるため、場合分けする。
(1)Aに登記を移す意思があった場合
ア 「欺いて」とは人の錯誤を惹起する行為である。それは交付に向けられ、交付の基礎となる重要な事項を偽ることが必要である。不作為による欺罔の場合には、不真正不作為犯であるから、告知義務が必要である。
本件ではBに対する売却の時点で「Aに売却済であり、かつAに移転登記をするつもりであること」を告げないことが「欺いて」に当たるのかが問題となる。これが告げられればBが土地を買わないことは客観的に確実であるから、これを告げないことは交付に向けられ、交付の基礎となる重要な事項を偽っている。また、当然告知義務も発生する。したがって、「欺いて」の要件を満たす。
イ Bは上記行為により錯誤に陥り、錯誤に基づく処分行為として1100万円を交付した。
ウ しかし、本件では解除があって甲に1100万円が返還されているから、財産的損害がなく、詐欺は未遂にとどまるのではないかが問題となる。前提として詐欺罪も財産罪であるから書かれざる既遂構成要件要素として財産的損害が必要と解する。もっとも、詐欺罪の保護法益は財産及びその交付目的と解されるから、交付目的を害する限り交付自体が財産的損害となると解する。
本件では乙は土地がAに売却されていることを知って甲との売買契約を解除しているのだから、乙はAに売却されていない土地を買う予定だったと認められ、1100万円はAに売却されていない土地の対価として交付したものと認められる。しかし実際には土地はAに売却されていたのだから、Bの1100万円の交付目的は害されていたといえる。したがって本件では1100万円の交付自体が財産的損害となる。
エ 以上より、甲の行為に詐欺罪が成立する。
(2)Aに登記を移す意図がなかった場合
「欺いて」の要件充足性について、本件の「Aに売却済の事実を告げないこと」は、誰にも売却されていないことが一般的に土地購入の消極的動機になるから、交付に向けられた欺罔といえる。しかし、二重譲渡は民法上対抗問題とされている適法行為であるから(民177条)、「Aに売却済の事実」は交付の基礎となる重要な事項とまでは言えないし、このことについて甲の側に告知義務が生じるとも言えない。
したがって、Bに対して「Aに売却済の事実を告げないこと」は欺罔行為に当たらず、上記行為に詐欺罪は成立しない。
2 Bに対して二重に売却した行為にAに対する委託物横領罪(252条1項)の成否を検討する。
(1)「占有」は法律上の占有を含むところ、甲は登記名義を有する。
また、横領罪の保護法益は所有権及び委託信任関係だから「占有」は委託信任関係に基づくものでなければならないところ、土地の所有権は甲A間の売買契約によりAに移転し、甲はAに対して登記移転義務を負っているから、所有者との委託信任関係も認められる。
(2)「他人の物」の要件については、前述のように土地所有者はAであり、土地は有体物だからこの要件を満たす。
(3)「横領」とは不法領得の意思の実現行為を指し、不法領得の意思とは、横領罪の保護法益が所有権及び委託関係であることから、委託の任務に背いて所有者でなければできない処分をする意思のことを言うと解する。
不動産の二重譲渡事例では既遂時期がいつかが問題となる。というのは、不動産の二重譲渡がなされても、登記が第二譲受人に移転されない限り、売主の第一譲受人への登記移転義務は履行不能とならないからである。確かに、二重譲渡自体が移転登記義務の履行不能をもたらしうるから不法領得の意思の発現行為だとも言いうるが、二重譲渡自体は民法上完全に適法行為(民177条)であるし、また、横領罪は危険犯ではないから、履行不能をもたらす危険を根拠に横領罪を成立させることはできないと考える。したがって、不法行為の意思が実現するのは第二譲受人への移転登記時である。
本件で売主甲はBと売買契約を締結したのみで、Bへの移転登記をしていない。
したがって、「横領」が認められない。
(4)以上より、甲の行為に委託物横領罪は成立しない。
3 Aに売却した土地に、自己がC銀行から融資を受けるために抵当権を設定した行為に委託物横領罪が成立する。抵当権の設定は処分であり、AとCは民法上対抗関係に立つところ、Cの抵当権設定登記がされているから、「横領」に当たるためである。
4 Aに売却した土地を、乙に売却した行為に委託物横領罪の成否を検討する。
土地について既にAに対する委託物横領罪が成立していることから、重ねて同罪が成立するかが問題となる。確かに、1つの物を2回自分のものにすることはできないと考えれば二回目は共罰的事後行為とも思える。しかし、抵当権設定によって所有者から交換価値を奪っても、甲のもとにはまだ使用価値の委託信任関係が残っており、二回目の売却はその使用価値を奪う点で一回目とは異なる不法領得の意思が発現しているとみることができる。したがって、抵当権設定後の売却のような場合には横領罪は重ねて成立すると解する。
本件はC銀行に対する抵当権設定後の売却である。
したがって、甲の行為に委託物横領罪が成立する。
5 罪数
甲には@C銀行のために登記をしたことによる委託物横領罪、A乙に売却したことによる委託物横領罪が成立し、両者は包括一罪となる。B詐欺罪が成立する場合は、詐欺罪と併合罪(45条)となる。
第2 乙の罪責
1 甲から、事情を知って土地を譲り受けた行為に、前述Aの委託物横領罪の共同正犯(60条、252条1項)の成否を検討する。
民法上、土地の第二譲受人は背信的悪意者に当たらない限り適法に土地を取得しうる。そうすると、刑法上も、単純悪意の第二譲受人に対する第一譲受人は保護に値しないと解すべきである。
本件乙は、これまでに事情を知っているにすぎないから単純悪意者である。
したがって、Aの乙の行為に委託物横領罪の共同正犯は成立しない。
2 横領罪が成立している土地を、事情を知って買った行為に盗品有償譲受罪(256条2項)の成否が問題となる。
(1)「盗品」とは財産罪にあたる行為によって領得された物をいうところ、本件土地は横領罪により甲が領得した物であるから、「盗品」にあたる。
(2)256条2項の保護法益は被害者の追求権であるが、事後従犯的性格もある。そこで、「有償で譲り受け」るとは、売買契約などの約束が交わされただけでは足りず、盗品等の現実の移転が必要と解する。
本件では、甲乙間で土地の売買契約が締結されたのみならず、所有権移転登記手続が済まされているから、土地の所有権は現実に乙に移転しており、したがって「有償で譲り受け」たと言える。
(3)従って、乙に盗品有償譲受罪が成立する。
以上
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