2016年02月05日
刑法 平成15年度第2問
問題文
甲は、20年以上前から乙という名前で社会生活を営み、運転免許証も乙の名前で取得していた。ところが、甲は、乙名義で多重債務を負担し、乙名義ではもはや金融機関からの借り入れが困難な状況に陥った。そこで、甲は、返済の意思も能力もないにもかかわらず、消費医者金融X社から甲名義で借入れ名下に金員を得ようと企て、上記運転免許証の氏名欄に本名である「甲」と記載し、住所欄には現住所を記載した借入申込書を作成した。次いで、甲は、子の借入申込書と運転免許証とを自動契約受付機のイメージスキャナー(画像情報入力装置)で読み取らせた。X社の本社にいた係員Yは、ディスプレイ(画像出力装置)上でこれらの画像を確認し、貸出限度額を30万円とする甲名義のキャッシングカードを同受付機を通して発行した。甲は、直ちにこのカードを使って同店舗内の現金自動支払機から30万円を引き出した。
甲の罪責を論ぜよ(ただし、運転免許証を取得した点については除く。)。
回答
1 甲名義の借入申込書を作成した行為に私文書偽造罪(159条1項)の成否を検討する。
(1)借入申込書は実社会生活に交渉を有する事項を証明する文書だから「事実証明に関する文書」に当たる。
(2)「偽造」の要件を満たすか。
虚偽診断書作成罪は特別に構成要件が用意されているから、「偽造」とは無形偽造を指す。そして、文書偽造罪(第17章)の保護法益は文書に対する関係者の信用であり、関係者の信用は名義人(文書上作成者と認識される者をいう。)と作成者(文書の意思・観念の帰属主体と解する。)が異なる場合に害される。したがって、「偽造」とは名義人と作成者の人格の同一性を偽ることと解する。
本件で文書の作成者は、20年前から乙という名で社会生活を営んでいる乙こと甲である。一方、名義人は甲である。乙の本名は甲なのであるから人格の同一性を偽ってはいないとも思えるが、20年間乙という名で社会生活を営んできた乙こと甲は、「乙」として社会的信用を築いてきているのだから、突如として「甲」と名乗るのは別人格へのなりすましと認められ、関係者の信用が害される。
したがって、人格の同一性を偽っているから「偽造」の要件を満たす。
(3)「署名」とは自筆で名を記すことを指し、乙こと甲は自筆で「甲」と記載しているから、この要件を満たす。
(4)以上の故意に加え、「行使の目的」が必要である。「行使の目的」とは、偽造した文書を真正な文書として使用することを言い、乙こと甲は当該借入申込書を使って現金を借りる目的があったから、この要件も満たす。
(5)以上より、私文書偽造罪が成立する。
2 偽造した借入申込書を自動契約受付機のイメージスキャナーで読み取らせ、もって真正な借入申込書として使用した行為に偽造私文書行使罪(161条1項)が成立する。
3 運転免許所の氏名欄に「甲」と記載のある紙片を張り付けた行為に公文書偽造罪(155条1項)の成否を検討する。
(1)運転免許証は155条1項の公文書に当たる。
(2)「偽造」の程度としては、一般人に真正な文書と思わせる外観を作出することが必要である。そうでなければ文書についての信用が害されないからである。
本件は運転免許証に紙片が張り付けられており、一般人は一見して不正がなされていると見破ることができ、「偽造」にあたらない。
この点、似た事例で行使態様を考慮して「偽造」に当たるとした裁判例があるが、行使態様を考慮して「偽造」か否かを決めることは有形偽造の判断に異質の要素を持ち込むもので採用できない。
(3)したがって、同行為に公文書偽造罪は成立しない。
4 ディスプレイ上に表示された運転免許証を公文書とみて、当該ディスプレイを作成した行為に公文書偽造罪が成立するか。
文書偽造罪の文書であるためには、文字が可視的・可読的な形で媒体に固定されている必要があり、しかも、視覚による直接的な認識可能性が必要である。機械的処理により間接的に表示されるものでは足りない。
本件のディスプレイ上の表示は機械的処理による間接的な表示である。
したがって、本件のディスプレイ上の表示は「文書」に当たらず、この行為にも公文書偽造罪は成立しない。
5 ディスプレイ上に加工した運転免許証を表示させて身分証明として使った行為に偽造公文書行使罪は成立しない。加工された運転免許証に公文書偽造罪が成立していないからである(158条1項)。
6 偽造私文書と加工された運転免許証を用いてYを欺罔し、貸出限度額を30万円とするキャッシングカードを交付させた行為に詐欺罪(246条1項)の成否を検討する。
(1)欺罔行為とは人の錯誤を惹起する行為である。それは交付行為に向けられており、交付の基礎となる重要な事項を偽ることが必要である。消費者金融会社は借主の返済能力に関心があるところ、乙こと甲は多重債務を負担し、乙名義ではもはや金融機関からの借り入れが困難な状況にあったから、Xは乙こと甲に対しては融資をしなかったと認められる。そのため、乙こと甲が甲名義の借入申込書と運転免許証を使うことは、消費者金融会社の錯誤を惹起する行為と言え、欺罔行為に当たる。
(2)Yは上記欺罔行為により錯誤に陥り、錯誤に基づく処分行為として貸出限度額を30万円とする甲名義のキャッシングカードを発行した。
(3)詐欺罪も財産罪であるから書かれざる構成要件要素として財産的損害が必要と解されるが、詐欺罪の保護法益は財産及びその交付目的と解されるから、交付目的を害している限り、交付自体が財産的損害となると解する。
本件ではYが交付しているのはキャッシングカードというプラスチック片に過ぎないが、同カードは現金自動支払機から現金を引き出すことに用いられるため財産的価値がある。そして、Yは返済能力のある「甲」に対して交付する目的で交付したと解されるところ、実際には返済能力のない「乙こと甲」に交付されているから、交付目的が害されている。
したがって、財産的損害の要件を満たす。
(4)以上より、甲の行為に詐欺罪が成立する。
7 カードを使って現金自動支払機から30万円を引き出した行為は、現金の占有を移す行為だから窃盗罪(235条)が成立する。
8 罪数
甲には@私文書偽造罪、A偽造私文書行使罪、B詐欺罪、C窃盗罪が成立している。@はAの牽連犯となる(54条1項後段)。AはBの牽連犯である。BとCは同一目的に基づく一連の行為として行われているから、Cの包括一罪とする。 以上
甲は、20年以上前から乙という名前で社会生活を営み、運転免許証も乙の名前で取得していた。ところが、甲は、乙名義で多重債務を負担し、乙名義ではもはや金融機関からの借り入れが困難な状況に陥った。そこで、甲は、返済の意思も能力もないにもかかわらず、消費医者金融X社から甲名義で借入れ名下に金員を得ようと企て、上記運転免許証の氏名欄に本名である「甲」と記載し、住所欄には現住所を記載した借入申込書を作成した。次いで、甲は、子の借入申込書と運転免許証とを自動契約受付機のイメージスキャナー(画像情報入力装置)で読み取らせた。X社の本社にいた係員Yは、ディスプレイ(画像出力装置)上でこれらの画像を確認し、貸出限度額を30万円とする甲名義のキャッシングカードを同受付機を通して発行した。甲は、直ちにこのカードを使って同店舗内の現金自動支払機から30万円を引き出した。
甲の罪責を論ぜよ(ただし、運転免許証を取得した点については除く。)。
回答
1 甲名義の借入申込書を作成した行為に私文書偽造罪(159条1項)の成否を検討する。
(1)借入申込書は実社会生活に交渉を有する事項を証明する文書だから「事実証明に関する文書」に当たる。
(2)「偽造」の要件を満たすか。
虚偽診断書作成罪は特別に構成要件が用意されているから、「偽造」とは無形偽造を指す。そして、文書偽造罪(第17章)の保護法益は文書に対する関係者の信用であり、関係者の信用は名義人(文書上作成者と認識される者をいう。)と作成者(文書の意思・観念の帰属主体と解する。)が異なる場合に害される。したがって、「偽造」とは名義人と作成者の人格の同一性を偽ることと解する。
本件で文書の作成者は、20年前から乙という名で社会生活を営んでいる乙こと甲である。一方、名義人は甲である。乙の本名は甲なのであるから人格の同一性を偽ってはいないとも思えるが、20年間乙という名で社会生活を営んできた乙こと甲は、「乙」として社会的信用を築いてきているのだから、突如として「甲」と名乗るのは別人格へのなりすましと認められ、関係者の信用が害される。
したがって、人格の同一性を偽っているから「偽造」の要件を満たす。
(3)「署名」とは自筆で名を記すことを指し、乙こと甲は自筆で「甲」と記載しているから、この要件を満たす。
(4)以上の故意に加え、「行使の目的」が必要である。「行使の目的」とは、偽造した文書を真正な文書として使用することを言い、乙こと甲は当該借入申込書を使って現金を借りる目的があったから、この要件も満たす。
(5)以上より、私文書偽造罪が成立する。
2 偽造した借入申込書を自動契約受付機のイメージスキャナーで読み取らせ、もって真正な借入申込書として使用した行為に偽造私文書行使罪(161条1項)が成立する。
3 運転免許所の氏名欄に「甲」と記載のある紙片を張り付けた行為に公文書偽造罪(155条1項)の成否を検討する。
(1)運転免許証は155条1項の公文書に当たる。
(2)「偽造」の程度としては、一般人に真正な文書と思わせる外観を作出することが必要である。そうでなければ文書についての信用が害されないからである。
本件は運転免許証に紙片が張り付けられており、一般人は一見して不正がなされていると見破ることができ、「偽造」にあたらない。
この点、似た事例で行使態様を考慮して「偽造」に当たるとした裁判例があるが、行使態様を考慮して「偽造」か否かを決めることは有形偽造の判断に異質の要素を持ち込むもので採用できない。
(3)したがって、同行為に公文書偽造罪は成立しない。
4 ディスプレイ上に表示された運転免許証を公文書とみて、当該ディスプレイを作成した行為に公文書偽造罪が成立するか。
文書偽造罪の文書であるためには、文字が可視的・可読的な形で媒体に固定されている必要があり、しかも、視覚による直接的な認識可能性が必要である。機械的処理により間接的に表示されるものでは足りない。
本件のディスプレイ上の表示は機械的処理による間接的な表示である。
したがって、本件のディスプレイ上の表示は「文書」に当たらず、この行為にも公文書偽造罪は成立しない。
5 ディスプレイ上に加工した運転免許証を表示させて身分証明として使った行為に偽造公文書行使罪は成立しない。加工された運転免許証に公文書偽造罪が成立していないからである(158条1項)。
6 偽造私文書と加工された運転免許証を用いてYを欺罔し、貸出限度額を30万円とするキャッシングカードを交付させた行為に詐欺罪(246条1項)の成否を検討する。
(1)欺罔行為とは人の錯誤を惹起する行為である。それは交付行為に向けられており、交付の基礎となる重要な事項を偽ることが必要である。消費者金融会社は借主の返済能力に関心があるところ、乙こと甲は多重債務を負担し、乙名義ではもはや金融機関からの借り入れが困難な状況にあったから、Xは乙こと甲に対しては融資をしなかったと認められる。そのため、乙こと甲が甲名義の借入申込書と運転免許証を使うことは、消費者金融会社の錯誤を惹起する行為と言え、欺罔行為に当たる。
(2)Yは上記欺罔行為により錯誤に陥り、錯誤に基づく処分行為として貸出限度額を30万円とする甲名義のキャッシングカードを発行した。
(3)詐欺罪も財産罪であるから書かれざる構成要件要素として財産的損害が必要と解されるが、詐欺罪の保護法益は財産及びその交付目的と解されるから、交付目的を害している限り、交付自体が財産的損害となると解する。
本件ではYが交付しているのはキャッシングカードというプラスチック片に過ぎないが、同カードは現金自動支払機から現金を引き出すことに用いられるため財産的価値がある。そして、Yは返済能力のある「甲」に対して交付する目的で交付したと解されるところ、実際には返済能力のない「乙こと甲」に交付されているから、交付目的が害されている。
したがって、財産的損害の要件を満たす。
(4)以上より、甲の行為に詐欺罪が成立する。
7 カードを使って現金自動支払機から30万円を引き出した行為は、現金の占有を移す行為だから窃盗罪(235条)が成立する。
8 罪数
甲には@私文書偽造罪、A偽造私文書行使罪、B詐欺罪、C窃盗罪が成立している。@はAの牽連犯となる(54条1項後段)。AはBの牽連犯である。BとCは同一目的に基づく一連の行為として行われているから、Cの包括一罪とする。 以上
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