$n$ を非負整数とし, $e^{(n)}_0$ を $\mathbb{R}^n$ の零ベクトルとする.
\[
e^{(n)}_0 = 0 = 0_{\mathbb{R}^n} = (0,..., 0) \in \mathbb{R}^n
\] また $e^{(n)}_i = (e^{(n)}_{i,1},..., e^{(n)}_{i,n}) \in \mathbb{R}^n \, (i = 1,..., n)$ を
\[
e^{(n)}_{i,j} = \begin{cases} 1 & (i = j), \\ 0 & (i \neq j) \end{cases}
\] により定義する.
\[
e^{(n)}_i = (0,..., 1,..., 0)
\] ($i$ 番目の座標成分が 1.) $e^{(n)}_1,..., e^{(n)}_n$ は $\mathbb{R}^n$ の各座標軸に沿った単位ベクトルである.
集合 $\Delta^n$ を
\[
\Delta^n = [e^{(n)}_0,..., e^{(n)}_n] = \biggl\{ \sum_{i=0}^n t_i e^{(n)}_i \bigg| t_i \in \mathbb{R}, t_i \geq 0 \, (i = 0,...,n), \sum_{i=0}^n t_i = 1 \biggr\}
\] により定義する. $\Delta^n$ を標準 $n$-単体と呼ぶ.となっていて, このような標準 $n$-単体をピースとして複雑な図形を構成していく.
$\Delta^0 = [e^{(0)}_0] = \{ 0 \}$ (原点 0 のみからなる 1 点集合),
$\Delta^1 = [e^{(1)}_0, e^{(1)}_1] = I = [0, 1]$ (単位閉区間),
$\Delta^2 = [e^{(2)}_0, e^{(2)}_1, e^{(2)}_2]$ ($(0, 0), (1, 0), (0, 1)$ を頂点とする三角形とその内部領域),
$\Delta^3 = [e^{(3)}_0, e^{(3)}_1, e^{(3)}_2, e^{(3)}_3]$ ($(0, 0, 0), (1, 0, 0), (0, 1, 0), (0, 0, 1)$ を頂点とする三角錐とその内部領域),
. . . .
$X$ を任意の位相空間とする. このとき連続写像 $\sigma_n : \Delta^n \rightarrow X$ を特異 $n$-単体と呼ぶ. $X$ の特異 $n$-単体の全体を基として生成される自由アーベル群を $C_n(X)$ とおく ($n = -1, -2,...$ に対しては $C_n(X) = 0$ とおく). すなわち,
$C_n(X) = \biggl\{ { \displaystyle \sum_{i=0}^m} c_i \sigma_i \bigg| c_i \in \mathbb{Z}, \sigma_i : \Delta^n \rightarrow X$ は特異 $n$-単体, $m$ は非負整数 $\biggr\}$
である.
$C_n(X)$ の元を特異 $n$-チェイン複体と呼ぶ. 特異 $n$-チェイン複体は, 有限個の点・線分・三角形などの特異 $n$-単体を組み合わせた "図形" と捉えると幾何学的なイメージが持てる.
写像 $\partial_n : C_n(X) \rightarrow C_{n-1}(X)$ を次のように定義する.
まず, 写像 $\varepsilon^{(n)}_i : \Delta^{n-1} \rightarrow \Delta^{n}$ ($n = 1,2,...$) を
\[
\varepsilon^{(n)}_i(e^{(n-1)}_j) = \begin{cases}
e^{(n)}_j & (j \lt i) \\
e^{(n)}_{j+1} & (j \ge i)
\end{cases}
\]
と定義し, これを用いて, 写像 $d^{(n)}_i : C_n(X) \rightarrow C_{n-1}(X)$ を各特異 $n$-単体 $\sigma : \Delta^n \rightarrow X$ に対して
\[
d^{(n)}_i(\sigma) = \sigma \circ \varepsilon^{(n)}_i (i = 0,...,n)
\]
により定義する. 特異 $n$-単体は特異チェイン複体 $C_n(X)$ の基なのでこれで $d^{(n)}_i (i=0,...,n)$ が $C_n(X)$ 上で定義される. 特異 $n$-チェイン複体 $c \in C_n(X)$ に対して, $d^{(n)}_i(c)$ を $c$ の $i$ 番目の面と呼ぶ. 実際に特異 $2$-単体 $\sigma = \text{id}: \Delta^2 \rightarrow \mathbb{R}^2$ (三角形) に対して $d^{(2)}_0(\sigma), d^{(2)}_1(\sigma), d^{(2)}_2(\sigma)$ を計算してみると, ちゃんと三角形の 0 番目, 1 番目, 2 番目の辺 (境界) になるのがすごい.
写像 $\partial_n : C_n(X) \rightarrow C_{n-1}(X)$ を
\[
\partial_n = \sum_{i=0}^n (-1)^i d^{(n)}_i \quad (n=0,1,...)
\]
により定義する. $\partial_n$ は上述の $d^{(n)}_i$ による境界の (向きを考慮した) 和であり, 境界作用素と呼ばれる.
以上により境界作用素の系列
\[
\begin{xy}
\xymatrix {
\cdots C_{n+1}(X) \ar[r]^{\partial_{n+1}} & C_n(X) \ar[r]^{\partial_n} & C_{n-1}(X) \ar[r]^{\partial_{n-1}} & \dots
}
\end{xy}
\] が得られる.
境界作用素 $\partial_n$ は定義により $C_n(X)$ から $C_{n-1}(X)$ への線形写像で,
\[
\partial_{n} \circ \partial_{n+1} = 0 \quad (n=0,1,...)
\]
という性質を持っている. このことは $\partial_n$ の定義に立ち返って実際に計算をしてみると確かにそうなることがわかる.
つまり, $\text{im}(\partial_{n+1}) \subset \text{ker}(\partial_n)$ である.
この $\text{im}(\partial_{n+1})$ と $\text{ker}(\partial_n)$ には名前が付いていて, それぞれ
$Z_n(X) = \text{ker}(\partial_n : C_n(X) \rightarrow C_{n-1}(X))$,
$B_n(X) = \text{im}(\partial_{n+1} : C_{n+1} \rightarrow C_n(X))$
とおかれる. $Z_n(X)$ を特異 $n$-サイクル群, $B_n(X)$ を特異 $n$-境界サイクル群と呼ぶ.
$n = 1$ で考えると, $Z_1(X)$ の元である特異 1-サイクルはループ, $B_1(X)$ の元である特異 1-境界サイクルは曲面の境界になっているループになる. ここで,
$H_n(X) = Z_n(X) \, / \, B_n(X)$
とおく. $H_n(X)$ を特異 $n$ 次ホモロジー群と呼ぶ.
$H_1(X)$ の意味については, 対象となっている図形にどれだけ穴が空いているかを示す量, という説明をいくつかの本で読んだことがある. そうなのだろうが, 自分でも少し納得できるまで考えてみたい.
ここまでで, 空間 $X$ に対するループ空間 $\Omega(X)$, 基本群 $\pi_1(X)$, 特異 1-サイクル群 $Z_1(X)$, 特異 1-境界サイクル群 $B_1(X)$, 特異 1 次ホモロジー群 $H_1(X)$ という概念を得た.
基本群を定義した際に考えたループ空間 $\Omega(X)$ の元である道としてのループと, 特異 1-サイクル群 $Z_1(X)$ の元であるサイクルとしてのループが結び付く. 実際に, この結び付きを利用して Hurewicz 準同型 $hX : \pi_1(X) \rightarrow H_1(X)$ を定義する.