この数年で認知療法が, 実際に自分の鬱病に対して効果があるのがわかってきたので, もう一度入門書を読んで復習しようと思って図書館で借りてきた.
著者の大野裕 (おおのゆたか) さんは一環して臨床精神医学, 特に認知行動療法の研究と普及に関わってきた医師である.
以前 NHK 取材班『ここまで来た! うつ病治療』 を読んで知った.
この本を読んで, 再確認したことと, あらためて認識できたことをまとめておく.
■ 認知療法の復習
認知行動療法 (以下, 単に認知療法と呼ぶ) は, 精神疾患の患者 ── 自分の場合は鬱病 ── が持ってしまう「認知の歪み」を発見し, それに対して具体的・現実的な反証を行う治療方法である.
病の中で患者の感じている認知が, 実際の患者自身が置かれている環境や現実の状況とは異なっていると気付くことで, 認知の歪みを解消して心の負担や苦しみを治癒していく.
自分が過去に認知療法がうまく言った場合を例にとって説明してみる.
※: 以下の記述は, 自分の鬱病の症状に対処する際の, 自分なりの認知療法の理解に基くやり方に沿って書いたものである. 今回の大野さんの本に書かれている正規なやり方に ── 大筋は従っているものの ── 正確に沿ったものではない.
以前仕事の資料を約束の期日に送らなかった際に, 仕事の相手から「社会人失格だ」と言われたことがあって, あらゆる状況で自分は無能な社会人失格の人間なのだと思ってしまった.
「あらゆる状況で自分は無能だ」という思考が, この場合に自分が持っていた「認知の歪み」である.
ある状況において発生した思考を, それ以外の状況まで含めた自分の行動の全て (仕事, 人に対する態度, 日常の振る舞い) に当て嵌めてしまうのだ. その結果, 「自分はあらゆる面で社会人として, 人として駄目だ」という思考に支配されてしまう.
言うまでもなく極端に偏った思考であり, それゆえに「認知の歪み」と言われる.
自分は認知療法の方法でこれを解消できたのだが, その手順の流れを一部を抜粋して以下に示す.
記述は認知療法シートと呼ばれる紙に書いたものである.
「認知療法シート」と言うと, 何か特別なもののように聞こえるが, 実際には
・ 状況
・ その時の気分 (自動思考)
・ 気分, 身体, 行動
・ 反証
という項目とそれを書くための記述欄が記された用紙である.
(1) 状況: 「社会人失格」と言われた時の状況を詳細に具体的に書き出す.
この言葉が発せられる前後の相手と自分の会話とか, 時間帯, 場所などを詳細に書く.
※: これが正規の方法だが, 自分は詳細な具体的な書き出しをしない. 「仕事の仲間に社会人失格と言われた」としか書いていない.
自分には過去の記憶を辿ることへの強い恐怖があり, そのため細かな具体的な事実を思い出すことができないためである (トラウマであって, これは別の方法での治療が必要).
この (1) については他の場合もこの程度の記述で済ませている.
(2) 自動思考: 「社会人失格」と言われたことで自分はどう思ったのかを書く.
この場合だと「自分は社会人として, 人として駄目だ」という思考で, 自動思考と呼ばれる. その時に自分が反射的に, つまり自動的に思い浮かべた思考だからである.
これが鬱病による偏った思考の表われであり, その後の自分に様々な状況でも繰り返し浮かんでくるようになるために苦しいのだ.
実際に書き留めた自動思考はこれ以外にもあったが, ここでは省略する.
(3) 気分・身体・行動: 「社会人失格」と言われた時の自分の気分 (精神的な状態), 体の状態 (身体)・行ったこと (行動) を挙げる. 次のようになる (抜粋).
気分: 急激な落ち込み, 罪悪感, 自分は無能, 自分には生きている価値が無い.
身体: 固まる, 背中を丸めて縮こまる.
行動: 動けなくなる. 家に帰った後, 大量の飲酒をした後, 薬を飲んで寝込む.
(4) 反証: 上に書いた具体的な状況と自分の行動を照らし合わせて反証を考えて書く. これで認知療法のプロセスは完了する. 今回の例では, 自分は次のように書いた (一部を抜粋).
※: この反証を書いたのは, すでに自分が仕事ができなくなって, 障害者手帳を取得し, 障害年金を支給されるようになり, 日々鬱病と向き合う生活 ── 要するに現在の生活 ── を送るようになってからである.
だから, 仮に現在も仕事を続けていたとした場合の反証としては成立しないだろう.
また, 反証は本来具体的な事実に基いて書くものであり, 自分の気持ちや願望などはなるべく排除するのが良いらしいが, そのような記述にはなっていない. 書かなくてもよい余計なことも記されている.
・ 資料の内容に凝り過ぎて完成せず, 相手に送らなかった. 内容が完成するまで送るべきではないと考えた.
・ 資料はできたところまででも期日に送るべきだった. しかし残念ながら自分はそういう仕事上のルールや, 期日に間に合うように計画的に作業を進めること, 資料が遅れることで仲間に掛かる負担などを考えて仕事をすることができない. いくら気を付けても何度も同じことを繰り返している.
・ そういった場面に遭遇しないような環境で生きることで, このような迷惑を相手に掛けずに済む.
・ この場合のような, 時間や納期に厳しい状況において自分は「社会人失格」なのであって, すべての状況において社会人失格なのではない.
・ 時間や納期や約束を特に厳しく重要視するような組織や人とは, 仕事を含めた諸々の作業や行為を一緒にしないようにして付き合わないことで, そういった組織や人の邪魔にならなくできる.
・ 時間と納期が厳格に要求される世界で生きることを目指すのではなく (20 年以上努力して直らないのだから, 自分には無理であることを認識すべき), そうではない自分が生きられる世界・社会を探すことを意識する. それによって自分の可能性が見つけられるだろう.
こういったことを含む内容を認知療法シートに書いた結果, とりあえず「自分は社会人として駄目だ」という思考からは解放された.
今読み返すと, 今後の課題 (自分が生きられる世界を探す) は未だに解決していない.
また, 「社会人として駄目だ」という思考からは確かに解放されたが, 並行している「人として駄目だ」という思考への反証ができていない.
実際に「自分は人として駄目だ」という思考は現在でも浮かんでくる.
しかし一つの苦しみから解放されて気持ちが楽になったのは確かである.
■ 認知の歪みに至る心の癖
これは元々の認知行動療法を開発したアーロン・ベック (Aaron Beck) の弟子のデビッド・D・バーンズ (David D. Burns) により整理された幾つかの項目からなるリストだが, 大野さんの本ではそれらの項目のうちの次の 6 個に絞られている.
上記の自分の例に当て嵌めながら列挙してみる.
(1) 思い込み・決め付け
自分が見たり考えたりしていることのみに目を向け, 根拠が全く不十分にも関わらず特定の考えが正しいと決め付けてしまう癖.
例えば, 何らかのミスをした時に「自分はあらゆる面で社会人として駄目だ」と考えてしまう.
(2) 白黒思考
物事を全て白か黒か, 良いか悪いか, 0 か 1 かで判断してしまう癖.
例えば, 「完璧に仕上げなければこの資料に意味は無い」などと考えてしまう.
(3) べき思考
「〜すべきでなければならない」, 「〜しなければならない」という思考に従ってしまう癖.
例えば, 「まだ未完成なこの資料は公開すべきではない. もう期日だが, 何としても完成させてから送らなければならない」と考えてしまう.
(4) 自己批判
良くない問題が起きると, すべて自分が原因だと考えて, 自分を責めてしまう癖.
例えば, 「自分に能力が無いためにこのような問題を起こしてしまった. 非難されるべきは全ての面で自分にある」と考えてしまう.
(5) 深読み
相手の気持ちを一方的に推測して決め付けてしまう癖.
例えば, 「今回, 社会人失格と言われたことで, 相手は自分に無能のレッテルを貼り, 心の底から軽蔑するに至ったろう」と考えてしまう.
(6) 先読み
将来に対して悲観的な予測を立てて, それによって自分の行動を制限してしまう癖.
この癖は自分には無いように思う. 大野さんの本では, 「きっと次も失敗するだろう」と考えてしまい, 多くの場合実際に失敗することが例として挙げられている.
■ 自分の心の癖
上の 6 つの心の癖のうち, 自分は特にこのうちの「白黒思考」と「べき思考」と「自己批判」と「深読み」が強い.
「白黒思考」と「べき思考」によっていつまで経っても作業に取り掛かれず, 取り掛かったとしても完結しないことが多い.
実際の経験として, 「今週末までに来月の飲み会に参加できるかメールするよ」というような約束を何度かしたことがある.
これが自分の中でいつの間にか「相手に迷惑を掛けないように, 参加するか不参加か, 絶対に間違いの無い返事を送らなければいけない」という厳しい命令に変わってしまい, 来月の予定が確実に決定するのを待つのと, メールを送ることへの恐怖心 (当時からコミュニケーション恐怖なのだ) から, いつになっても返信メールが送れなくなる. 結果として相手から催促のメールを受け取って慌てていい加減な返信をしてしまう.
組織の中で働いていた時にはしょっちゅう苦しんでいた.
また, 「自己批判」と「深読み」によって異常な罪悪感と自責の念に苛まれる.
これも実際の経験だが, 「この小説はすごく面白かった. お勧めだよ」と友人に本を紹介したことがあった.
ところが後になって
「自分にとっては面白かったが, 彼の好みかどうかわからない. 勝手な思い込みで長編小説を進めてしまった.
これを読むために彼の貴重な時間を無駄に奪ってしまう.
人の時間を奪うのは絶対にやってはいけないことで犯罪的な行為だ.
自分のことしか頭に無く, 人の気持ちを考えない. 自分は失礼極まりない人間であり, 彼は非常に不愉快な思いをしただろう.
いい歳をして基本的な礼儀もわきまえない自分は最低の出来損ないである」
というおかしな結論に至ってしまって落ち込んだ.
この類のこともよくあって, 後からの感情の揺り戻しで非常な苦痛に陥っていた.
喜劇だ.
だが実際の状況において, こういうことで自分の行動が制限されていき, 自己を認めることよりも自己を否定することの方に思考の大半が費されることになる.
自分の鬱病の症状がなぜこのように現れるのかは, トラウマも関係していることで現時点でここに書くことができない.
しかし, 自分のための記録として, いつか症状が回復したら書き留めておきたいとは思う.
いずれにせよ, 本書を読んだことで, 認知療法の自分なりの復習, および自分なりの認知療法のやり方を再確認できた.
一般的な認知療法について整理もできた.
読んで良かったと思う.
付記: 認知療法の有効性について
自分の場合は, 認知療法によって既にいくつかの苦しみから解放されている.
あくまで自分の鬱病に関してではあるが, 実際に上記の例のような心の苦しみに対して, 認知療法は有効である.
その他, 子供の頃から延々と苦しめられてきた
・ 「一度始めたことは最後まで責任を持ってやり遂げなければならない」
・ 「失敗した時の言い訳は非常にみっともないから絶対にしてはいけない. 自分の実力と努力が足りなかっただけ」
・ 「苦しい時に逃げ出すことは人として卑怯で最低の行為である. 決して逃げてはいけない」
という束縛からも, 時間はかかったが認知療法によってほぼ完全に解放された. 心が相当楽になった.
多くの人は, 上の言明はどれも決して絶対的なものではないと当然のように受け止めることができるのだろう.
しかし自分にとってはどうしても振り払えない意識だったのだ.
自分を束縛する思考はまだいくつもある. ただし, 残っている大きなものは後一つだけである.
・ 「どんなことがあっても人に迷惑を掛けてはいけない」
これも現在, 少しづつ認知療法で対処している. ただしこの思考は, 自分の中のいくつかのトラウマを伴っている.
大野さんの『はじめての認知療法』で説明されているやり方には, 理由がはっきりしなかったり, トラウマが関わって発生する鬱への対処について書かれていなかった.
特に, トラウマによって発生する抑鬱状態には, 本書の認知療法の基本形だけでは不十分だと感じている.
トラウマに対応した治療方法や認知療法の応用は, 現在関連した本を読み, PSW さんにも手伝ってもらいながら勉強している最中である.
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パソコンの調子が悪いのですか. フリーズが頻発するとストレスが溜まりますね.
文章を書くことの楽しさというか喜びが半減してしまうのではないですか?
メモリーかプロセッサーが故障しているのかも知れません.
完全に動かなくなってしまう前に時期を見計らって修理に出すのがいいのではと思います.
Takeo さんのブログは毎日読んでいますよ. 昔の記事なども興味深く拝見させていただいています.
木村敏さんの文章を多く引用されていますね.
木村敏さんの書いたものでは, 『臨床哲学講義』という本を読んだことがあるのですが, 残念ながら内容は忘れてしまいました.
図書館で目に止まって鬱病について書かれた章があったことで借りて読んだのです.
また読み直してみたいものです.
> 上の小説を友人に貸した話、失礼ですが笑ってしまいました。ごめんなさい。
私自身も笑ってしまいます. これで「もう死んでお詫びするしかない」などと追い詰められていたのです.
傍から見ると滑稽な側面が, 当人にとって苦しみの袋小路になってしまうわけで, 鬱病の恐ろしさの一端を感じます.
体調がせめてもう少し回復したら, 私も一度 Takeo さんとお会いしてみたいですね.
Takeo さんも苦しいようですが, 安心できる日々を過ごせることを願っております.
随分と長い文章を書かれましたね。
いろいろとお話したいことがあるのですが、パソコンの具合が本格的に悪く、やはり修理が必要のような気配です。すぐにフリーズします。
ブログで見苦しいところをお見せしました。(え?もう読んでない?(笑))
パソコンのストレスもあり、ついムキになって反論してしまいました。
デイケアでもちょとしたこともあり・・・などとかいている間にまた強制終了です。
暖かくなったら、実際にお会いしていろいろ話したいと思います。
PS.
上の小説を友人に貸した話、失礼ですが笑ってしまいました。ごめんなさい。
取り急ぎご挨拶まで。