「仕事や働き方クイズ16」を公開しています。
今回のゲームは、家電量販店「ケーズデンキ」がテーマです。
正しく生きる ケーズデンキ創業者・加藤馨の生涯 [ 立石 泰則 ] 価格:2530円 |
1947年 3坪のラジオ店を開業します。
1980年頃、水戸市内に5店を出店、年商約14億円を達成します。
今回のクイズは、「3種の神器」といわれた家電商品の
販売競争に打ち勝つため、ケーズデンキが「どのような
競争戦略を展開したのか?」が問題になります。
昭和30年代は「家電ブーム」の時代で、「三種の神器=
白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫」が全国に普及します。
ケーズデンキ(昭和30年社名 加藤電機商会)も
このブームに乗り成長します。
家電ブームにより、重電メーカー(日立・三菱・東芝など)
も量産体制を整備、販売店の系列化を進めます。
昭和39年、オリンピックでのテレビ商戦(カラーテレビと
モノクロテレビ販売)が不振、各社は過剰在庫のテレビを
流通に「押し込み販売」、お店は安売り競争をします。
家電不況を乗り越え、昭和41年ごろからカラーテレビの
価格低下により第2次家電ブームが起きます。
家電市場の成長性に注目したダイエーなど
スーパーがテレビの安売りを開始します。
各地の家電販売店は、スーパーに対抗するためメーカーの
系列から離れ、各社の商品を販売する混売店にシフトします。
ケーズデンキも、時代の変化にあわせ生き残り策を展開します。
それでは問題です。
「ケーズデンキは成長に向け
どのような競争戦略を推進したでしょうか?」
@ A Bの中から間違った戦略を一つ選んでください
@ 価格競争に耐えうるローコスト経営を目指す
各地の有力家電量販店によって構成される全国組織
「東日電」に加入(昭和42年から)します。
勉強会で「今後は価格競争が避けられない」ことを学びます。
価格競争に打ち勝つために
経費が少なくて済むローコスト経営を目指します。
A 出張サービスの実績をもとに訪問販売を強化する
創業時から他店が行わない出張サービスを実施、お客様から
「親切でサービスの良い店」という評価をえて成長してきます。
この実績をもとに、お客さまとの信頼関係をより効果的に
商売に生かすため、訪問販売を強化します。
B 家電各社の商品を扱い、大量仕入・大量販売する大型店化に取組
これからの家電販売店の生き残り策は大型店化だと予測します。
脱系列店の混売商売が原則になるとして
広い売り場に家電各社の商品を潤沢に並べ
お客様に気にいった商品を買ってもらう販売方式にします。
それでは解答です。
@ABのうち、「間違い」は何番でしょうか?
回答「間違いはA 出張サービスの実績をもとに訪問販売を強化する」です。
@ Bは、実際にケーズデンキが進めた事業展開になります。
ケーズデンキは、訪問販売で個別にお客さまに商品を
販売する方式では売上の大幅増は困難と判断して、これまでの
出張サービス販売から店頭販売の強化に切り替えます。
時代は、各社商品の混売、大量販売、大量仕入れによる
大型店化に向かっていました。
このような動きを促進したのが、ダイエーの価格破壊でした。
昭和44年までに、水戸市内に
総合スーパーのダイエーや西友などが出店します。
ダイエーは、大量仕入れで非常に安くなった家電商品の
「安売り」攻勢をかけます。
ダイエーに対抗するには、大量に仕入れて
割安な価格で大量に売る店頭販売力のある
大型店でなければ生き残っていけないと認識します。
同時に、ローコスト経営のためチェーン
オペレーションのシステムの研究に取り組みます。
商品の仕入れや販売促進、在庫管理、用意の配置、
財務などの業務を「本部」が一括管理することで
ローコストを実現します。
「ケーズデンキ創業者・加藤馨さんの働き方」については
「スゴロクで学ぶユーチューブ」のNo.72回目
『3坪のラジオ店が、水戸市内に90坪の家電店を出店』
でご覧いただけます。
このゲームでは、「戦後まもなく夫婦2人で始めた3坪のラジオ店を
90坪の店にまで成長させた加藤馨さんの働き方」
について学ぶことができます。
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